一緒の時間

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6

パーティー会場に着いたときは、30分ほど遅刻だった。
理由は、セフィロスがわざわざクラウドの髪型を変えさせた所為である。


「……髪の形なんて、どんなのでもいいじゃないですか」
「あいにく、ルナから懇切丁寧な指定が来ている。あのスーツとこのワンピースで同じ髪型は絶対に許されないのだそうだ」


セフィロスはのほほんとしているが、クラウドは遅刻が嫌いだ。それがたとえ、自分にとってどーでも良いようなイベントでも、なんだか落ち着かない。
セフィロスの出席はジュノンの若い士官候補生にとっては一大イベントだったらしく、駐車場には金のラインの入った白い制服姿の青年達が大量に、今か今かと待ちわびている。ヘッドライトにその姿が浮かび上がると、クラウドは拗ねた顔でセフィロスの脇腹を突っついた。
「ほら、時間に遅れたせいです」
「別に出迎えがいたところで、問題なかろう」
「……俺は問題あるんです〜〜〜」
ただでさえ、セフィロスと一緒にいると注目されるのだ。こんな大勢の人間が見ている前で車から降りなければいけないのかと思うと、このまま引き返したい気分になる。


「アホ面下げて待ち伏せしている連中に、ちゃんと見せてやれ。オレの連れがどれだけ美人か」
「……どっちがアホ面ですか…」
暢気に自分の髪を直しているセフィロスの顔を眺めながら、クラウドは呟いた。
ゆるめのウェーブをかけられた髪は横の部分だけねじって後ろに纏め、服と同じ色の小花のついたピンで止められている。セフィロスは面白そうに、肩に落ちている金髪を背中に流している。
「お前、口が悪くなったな」
「黙ってると、誰かさんに振り回されっぱなしになりますから」
クラウドは僅かに唇を尖らせる。車が止まり、待っている士官候補生達の前でドアが開く間際、セフィロスは軽く顔を寄せてクラウドの尖らせた唇に触れた。とっさの事で油断していたクラウドは、士官候補生達の歓声を聞いて真っ赤になった。


「……何考えてるんですか!」
「キスを強請っているのかと思った」
ああ言えばこう言うで、結局クラウドはこの人にはかなわないと白旗を揚げるしかない。何よりも、ひゅーひゅー口笛を吹いている士官候補生の団体の前に素で降りられるわけもなく、クラウドはセフィロスの陰に隠れるようにして車から降りる。
「大胆だな」
「顔上げられないんですってば」
腕にしがみついて顔を押し当てているクラウドに、セフィロスは笑いながら言う。
「オレはお前を自慢したかったんだが」
「まだ言ってるんですか…」
クラウドは俯いたまま深いため息をついた。この人に「恥ずかしい」という感覚はないのだろうか。くすくす笑っている気配を感じつつ、クラウドはセフィロスの腕にすがったままエントランスに足を踏み入れた。
若い男の声が出迎える。


「ようこそ、サーセフィロス。お待ちしていました」
その声にクラウドは顔をあげた。士官候補生の制服を着た若い男が立っている。
「みんな、英雄にお会いできるのを楽しみにしていたんです。あ、自分は世話役を仰せつかりました、スモーク・グレイといいます。よろしくお願いします。えと、こちらの女性はサーの…?」
その名前に、クラウドは顔を上げてセフィロスを見た。セフィロスは全く表情を変えず、僅かに頷くことで了承を伝えている。
「パートナーのルリだ」
それを聞いてスモークはクラウドに笑顔を向けた。
「ようこそ、ミス・ルリ。歓迎します。うわー可愛いなぁ。さすがは神羅の英雄が選んだ人ですね。出身はミッドガル?やっぱり都会の女性は違いますね」
「……よろしくお願いします」
田舎出身の男だよ、と心の中で突っ込みを入れつつ、クラウドは隠れるようにして小さく返事をした。ユーシスから話を聞いていたので、偏見の目で見ているのかもしれないが、なんだか如才無さ過ぎて信用できない感じだ。


「大人しいですね〜みんなごついけど、怖くないですから、楽しんでいってくださいね」
ニコニコしながらスモークは、クラウドの顔を覗き込むように身をかがめてくる。
クラウドはついセフィロスの背中に回り込むような動作になる。
「アレ?警戒されちゃったかな?とにかく中へどうぞ。本当に、みんな待ってたんですから……って、お前らも追っかけしてないで、中に入れよ」
スモークは、駐車場からぞろぞろ着いてきていた他の士官候補生達に声をかけた。
でへへ〜〜っという照れ隠しのような笑いを残し、男達は散っていく。
「さあさあ、どうぞ」
セフィロスがクラウドの背に腕を回し、促す。失笑しているような顔つきだ。調子のいい青年達にセフィロスも閉口しているのかと思うと、クラウドは少しほっとした。


パーティー会場に入ると、さざ波のようにざわつく気配が広がる。
マイクを持った司会担当の候補生が『ただ今、サーセフィロスが到着されました。みなさん、拍手でお出迎えを!』と上擦った声を上げる。着飾った若い男女に、年輩の男達はジュノン基地の士官達だろう。一斉に拍手が起きる。
「……うわ、恥ずかしい……」
「少しの辛抱だ、耐えろ」
少しの辛抱も何も、昼の交流会よりも勢いのある若者達が突撃してきて、2人の周りはあっと言う間に人垣が出来た。
質問やら、会えて感動といった賞賛やら、どさくさ紛れの愛の告白やら一度に口にするので、結局の所に何を言っているのか全然クラウドには聞き取れない。
セフィロスは当たり障りのない質問のみ選んで短く返事をしているようだ。
熱気に戸惑っていると、急に背中をかすめた感触に、クラウドはすくみ上がった。
「……わ…」
「どうした?」
小さく上げた声に、セフィロスが下を向く。
クラウドは狼狽えて視線を彷徨わせた。


……今の、ひょっとして、誰か、尻撫でた?


気のせいだと思いたい。これだけ人が固まっているのだから、何かの弾みで身体に触れる事もあるだろう。でもなんとなく、掌で尻から背中をなで上げられたような感触。
「ちょっと……」
クラウドは口元を隠すような仕草でセフィロスを見上げた。それで察したのか、セフィロスは周りを見回して言った。
「失礼。連れが諸君の熱気に圧倒されたようだ」
言いながら人混みから連れ出されようとした時、例のスモークの声がする。


「あーあ、ほら、お前らみたいなむさ苦しいのが周りを囲むから。彼女、ちょっと外で休みませんか?俺、付き添いますよ」
ニコニコしている顔は、世話役として当然の気遣いといった風だ。
「いや、オレがついているから良い」
「駄目ですよ、サーセフィロスに会えるって、こいつらもう一ヶ月も前から浮き足立って踊り狂ってたような物なんですから。もう少し、いろいろと話させてください。彼女は俺が面倒みますから信用してください」
セフィロスの目が剣呑に光る。一瞬、周りの雰囲気が凍り付きかけたところで、柔らかい声が割って入った。
「じゃあ、ルリちゃんには私がついていますから」


マリカだった。優しい印象のベージュのドレスを着ているあたり、彼女も招待客のようだ。
「知り合いなの?」
不思議そうにスモークが聞くと、マリカはあえかに微笑み、頷く。
「ええ、昨日。ガイドを受けたの」
「ふーん……」
微妙な雰囲気の2人の会話を聞きながら、クラウドはセフィロスに低く言った。
「……じゃ、マリカさんに付き添ってもらいます」
「ああ、それが良さそうだ」


マリカが自分より少し小柄なクラウドをかばうようにテラスに向かうと、スモークは頭をかきながらぼそっと言った。


「……ガイドのバイトなんて、止めちゃえって言ってるのに」
「知り合いの女性か」
セフィロスが訊ねると、スモークはにやけた顔を向けた。
「ああ、今、プロポーズしてるんです。でも彼女、ちょっと頑固で」
「……なるほど」
「あ、でも、感触はいいんですよ。彼女のパパが俺のパパの部下で、玉の輿だって喜んでるから」


本人の感触ではなく、親の方の感触か。
セフィロスは皮肉に笑ったが、スモークはその笑みが皮肉とは思わなかったらしく、嬉しそうににこっと笑った。
「サーも、俺と彼女がお似合いだって思いますよね。そうですよね」
セフィロスは無言のまま、唇を笑みの形に作って男の顔を見下ろした。




「いきなり囲まれちゃって、疲れたよね。遠慮知らない馬鹿ばっかりでゴメン」
テラスに出ると、マリカは困ったような顔で笑いながら謝罪した。
クラウドは首を横に振る。実際、彼女が謝るようなことではない。
テラスには屋外用ヒーターが設置してあって寒くはないが、他に人はいない。
パーティー会場では軽快な音楽が流れ、カップルが楽しそうに踊っている。
「変なところ、触られなかった?あいつら、親が幹部だからって調子に乗って、女の子ナンパの相手くらいにしか思ってないのよ」
マリカはセフィロスの周りに固まっている若者達を見ると、辛辣に言った。
「みんな、軍幹部の息子なんですか?」
「半分はね、コネで入った連中。本当に実力で上がってきた人達は、あんなに無邪気にサーの周りではしゃがないわ」
「……あの、スモークって人も?」
「パパが憲兵隊の第一分隊長してる。おかげでちょっとくらい街で悪さしても、見逃してもらえるの。馬鹿みたい」
吐き捨ててから、マリカはクラウドの顔を見た。少し悲しそうだ。


「……ユーシスから連絡貰った。無茶なこと、頼んじゃってごめんなさい」
「……いえ」
少し躊躇ってから、クラウドは訊ねた。
「……マリカさんも、ユーシスさんのお兄さんのこと、殺されたって思ってるんですか?」
「……分からないわ。それに……自分の所為で、あの人が殺されたなんて、考えたくないし」
「…あ、ごめんなさい」
クラウドは口を押さえた。あの男がマリカに横恋慕した結果、恋人を事故に見せかけて死なせたと言うことは、言い換えれば彼女の所為で死んだとも言えることだ。酷く無神経な言い方をしたことを、クラウドは後悔した。
マリカは切なげに顔を顰めたが、薄く微笑んで首を振った。儚げな笑顔だ。


「ううん、元を正せば、私がユーシスに相談した所為もあるの。何とかしてお兄さんの死を受け入れようとしてた彼女の気持ちを揺らしたのは私だから」
こくんとつばを飲み込み、マリカはクラウドを見つめる。


「考えたくないけど、もしもあの人が殺されたのなら。私も気持ちをハッキリと、決めなきゃ無いと思うの。私のパパとママ、あの人のプロポーズに舞い上がっちゃって、前途有望だなんて言ってる。このままじゃ、結婚させられちゃうし」
「無神経なのは分かりますけど、――質問させてください。どの辺で、可笑しいと思ったんですか?」
クラウドの問いに、マリカは少し考え込むように視線を動かす。
「……最初から、あの人のお葬式の時かな。最初はね、私も事故だと思ってたから、埋葬に来て祈ってくれるあの人見て、馬鹿男だけど良いところもあるって見直しかけたの。その後も、パイロットとしての腕は良かったとか、とても残念だったとか言ってくれて。でも、その後で言ったのよ…」
ぞくりと、寒そうにマリカは体を震わせた。


「『あの、君の素敵な水着姿、もう彼は見ることが出来ないんだね。あのヒマワリ柄はとってもよく似合っていたのに』って。葬儀の場で水着の話も変だけど、それ、去年の夏の話なの。どうして、その日、私のこと始めて知ったって人が、そんな事知ってるの?彼がフライトの最中に話したのかとも思ったけど、似合っていたって、どうしても見ていたとしか思えない言い方だわ」
「……なんだか、気持ち悪いですね」
「そうよ、分かるでしょ!」
その強い口調には、クラウドの方が驚いた。
「他にも、学生時代のボランティアとか口にして、『君は前から世話好きだったものね』なんて言われて。誉めてるつもりかもしれないけど、この人、私のこと、メイド扱いしたいだけじゃないかった気もするの。だって、私が他の人と約束あるからって、デートの誘いを断ると不機嫌になるし。私、正直言って、あの人のコーヒーに砂糖入れてあげる気なんて無いの。ベビーシッターで泣いてる赤ちゃんにパンチ入れられる方がずっと好き」
一息にそう言ってから、マリカは肩を落とした。


「でも、あの人、勝手に私のこと恋人だって吹聴するし、両親は乗り気だし。あの人のこと疑うと、そのまま、私の所為で彼を殺したんじゃないかって考えて、もう死にたくなるくらい悲しくなるし、どうしたらいいか分からなくなるわ」


話を聞いていると、クラウドもどうすればいいのか分からなくなる。
でも、調査の結果、事故だと判断されたのなら、それ自体は変なところはなかったと言うことなのだろうか。
ただの、恋愛感情のもつれなら、いくらセフィロスでもどうにもならない。
彼女の親に向かって「娘さんの気持ち第一に」なんて、唐突すぎて意見できるわけがない。
どうすれば、いいんだろう。
でも、クラウドにも一つだけ分かったことがある。
もしも自分の所為で、セフィロスに何か悪いことが起きたとしたら、自分は絶対に自分を許せないだろう。




うるさくまとわりついていた若者達がようやく離れていったあと、1人だけ隣に残っていた世話役のスモークが口を開く。その視線の先には、テラスで親しげに話し合っているクラウドとマリカ。
スモークはウィスキーのグラス片手にほろ酔い加減で、遠慮なくセフィロスに話しかけてくる。
「ルリ嬢でしたっけ?随分若く見えますけど、歳、いくつなんですか?」
「……16才だ」
実は14才だ、と心の中で自分に突っ込みを入れつつ、セフィロスは無感情に質問に答える。
「うわー、若いですね、可愛い。ハイスクールの学生?サーとは10才くらい歳離れてるんじゃないですか?犯罪だったりしてーーー」
随分と饒舌な男だと、セフィロスは半ば呆れ気味に思う。
「どうりで、お尻とか胸とか、まだちっちゃいですもんねーー。ちょっと、こう、物足りないなんて思ったりしませんか?」
「べつに、尻や胸のサイズが気に入った理由じゃない」
「そうですねーー、きっとそのうち、いい感じに育ちますよ」


愛想はいいのだが、細かいところで癇にさわる男だ。
日常的にこうやって他人の身体の品定めをしているのだろうか。
「そう言えば、ルリさんって、何かスポーツやってるんですか?」
「……それがどうかしたのか?」
「華奢に見えるのに、脚とかけっこう引き締まった感じですよね〜〜。でも、鍛えすぎると筋肉ついちゃうかなって。お尻、キュッて上がってるのは良いけど、けっこう固いし、どうせならもっと柔らかい方が……」
「あれの尻の感触を、なぜ知ってる?」
スモークはぱっと口を押さえた。しゃべりすぎに気がついたらしい。


「あ、さっき、ごちゃごちゃ囲まれてたとき、前に出ようとしたら偶然さわっちゃってー。悪気はないんですよ、彼女も気がついてないと思うし」
スモークはヘラヘラと笑うが、セフィロスは笑う気になれなかった。
その時のセフィロスの目を見たら、ザックスならおそらくこう考えただろう。


『旦那、けっこうやきもち焼きで大人げないから』


偶然触れたくらいなら、特に騒ぐ気はない。愉快ではないが、仕方ない場合もあるだろう。
問題は、他人のパートナーの身体に触れた事を悪いとも思わず、その感触を堂々と口に出来る神経だ。これでは意図的に触ったと受け取られても仕方ないし、事実意図的に触ったのだろうと思う。
男の視線の先を注意深く追ってみれば、マリカだけではなくクラウドの身体も嘗めるように見ている。
柔らかい豊満な身体が好みならば、クラウドを見ても得るところはない筈だが、それでも見ているのは「英雄に愛されている身体」だからだろうか。
個人的に、不快な男だ。
そうセフィロスは結論づけた。





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