キス

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3

マシュー・マーチンは神羅大学戦史課の学生で、チャリティダンスパーティーの実行委員長だった。
彼の叔母の夫が軍人で、ウータイ戦で戦死。叔母は1人で娘を2人育てている。父や母が何かと叔母に気遣い、姪達が不自由しないよう気配りするのを見るにつれ、頼りになる親族のいない未亡人や、両親を亡くしたウータイの孤児達はさぞや辛い思いをしているだろうと思う。
だからこそ、このイベントには高校生の頃から裏方として参加して、今までたくさんの寄付金を集めてきた。
サー・セフィロスというミッドガル最高の有名人である英雄が趣旨に賛同し、参加してくれた功績は大きかった。
だが、メイン1人だけではイベントは成功とは言えない。
老若男女問わず、このイベントに参加して欲しかった。そのためにはチケットを購入しても良いと思えるほどの魅力的な参加者を数多く集める必要がある。
男性陣は、神羅軍の協力があったのでいくらでも集まった。
だが、問題は女性陣だ。
ダンスパーティーは約3時間の長丁場。体力的に踊り続けるのはきつい。
それでも、今まで参加者が絶えなかったのは、これがある種女性陣の人気のバロメーターにもなっていたからだ。各高校、大学の学園祭クイーンがこぞって参加し、売れたチケットの枚数で実質的な学生街クイーンを選ぶという暗黙の了解が出来ていた。
ところが、それが仇となった。
チケットを売るための営業スマイルを本気にした男達が続出し、女性達はストーカーと化した連中に悩まされる羽目になった。
そして、去年――ダンス会場から拉致未遂という事件が起き、今年の女性参加者は激減した。
マシューはとにかく、女性参加者を集めるために走り回った。
多少容姿が落ちても良い。その場の雰囲気と化粧とドレスで誤魔化せる。
とにかく、1人でも多くの女性に参加して欲しい。
彼は、そればかりを考えていた。




この日、ダンスレッスンの教官をしているレイヴンの元にマシューがやってきたのは、今年初参加組のダンスの腕前を見せて貰うためだった。
女性不足と並んで実行委員が頭を悩ませるのが、この初参加組のダンスの失敗だ。
若くてたくましい士官とダンスをするのを楽しみにしている有閑マダムは多い。
彼女たちにチケットを大量購入して貰うためにも、うっとりするくらいに上手くダンスを踊って貰わなくては困るのだ。


「こんにちは、レイヴン教官」
「よう、マシューか。相変わらず、今年も実行委員やってんのか」
「俺のライフワークみたいなものですから」
その返事に、レイヴンはからからと笑った。
「まあ、例年、あのドジっぷりを見てると、仕上がりが気になるのは無理ないよな。だが、今年は大丈夫だ。頼りになるアシスタントがついた」
レイヴンはマシューをレッスン場に案内しながら、自慢げに胸を張った。


「アシスタントですか?」
「ああ、そうだ。足を踏むと殴り倒し、蹴られると蹴り返し、振り回されると投げ飛ばすという教育的指導を迅速、かつ適切にこなす。おかげでだいぶ上達したぞ」
その体育会的レッスンとはどのような物だろう。
根っから文系体質のマシューは怖気を振るう。レイヴン並みの巨体の鬼軍曹でもついているのだろうか。


首をひねりながら格闘訓練所に行くと、相変わらず入り口周辺は見物客で一杯だ。
「おう、お前らどけどけ」
人混みをかき分けるレイヴンの後をついて中にはいると、3組のカップルが踊っている。
なるほど、確かに去年に比べたらずっと優雅で落ち着いたダンスだ。
で、鬼軍曹はどこにいるのだろう。
そう思って目を凝らすと、一組だけちゃんと男女でカップルを組んでいるところがある。
その女性の方を見て、マシューは目を見開いた。あるいは、頭の中で鮮やかな鐘の音でも鳴っていたかも知れない。
それは華やかな金髪碧眼ときゅっと引き締まった足首を持つ、耐久力抜群そうな美少女だったからだ。


「レ、レイヴン教官、あの女性も軍関係者なんですか?」
息を弾ませて意気込んで聞くと、レイヴンは首を傾げた。
「女性?」
その声に被さるようにして、見物客の歓声が上がる。ついで、フロアに人が叩きつけられる音。
「だから、なんでそんなに大振りするんだよ!相手にジャイアントスイングでもかける気か!」
「ご、ごめん〜〜〜」
マシューは急いで声の方を向いた。見ると、金髪美少女が腰に手を当てた仁王立ちで、床に伸びたたくましい士官を怒鳴っている。
「あ、あの?」
「ああ、あれがさっき言ったアシスタントだ。大人しそうに見えて、おっかねーぜ。おかげで、ほら見ろ」
レイヴンは大騒ぎしている見物客の方を指さした。
「あいつら、次に誰が教育的指導されるかって、賭けしてやがる」


レイヴンがからからと笑う声と、それを裏付ける見物客の「ほら、俺の言ったとおり!」「ちくしょう、最近あいつ上手くやってたから」「上手くやってる奴ほど、安心して失敗するんだ」などという楽しそうな声が聞こえる。
マシューは口をぱくぱくさせながら、もう一度美少女を見た。
どうやら、パートナーの順番で揉めているらしく、「次は俺だろ!」「いや、いまミスったから、復習のためにもう一回!」などと士官の間で言い争いが始まっている。
「いいから、早くしろよ!次、誰の番!」
いらだった美少女に鶴の一声で、いまさっき投げられたばかりの男はすごすごと引き下がり、別の組で女性用ステップを踏んでいた男が喜々として美少女の手を取る。次の瞬間、
「手の位置が違うだろーが!誰がケツ撫でろって言ったんだ!」
顎を蹴り飛ばされ、幸せそうな顔で士官は床にのびている。
これはいったい、どんな幸福なレッスンだというのか。
なにやら、今年は違う!と妙に力を込めてしまう展開が眼前に広がっていてマシューは目眩がする。


「ほら、連中、上達してるだろ」
「はい、……教官!」
マシューはレイヴンの手を握りしめると、懇願するように言った。
「ぜひ、彼女を紹介してください!ダンスパーティーにメンバーとして参加してくれるよう、お願いしたいんです!」
「彼女って誰だ?」
レイヴンのポカンとした答えに、マシューもポカンとなった。
「あのアシスタントの彼女です」
「お前、目が悪かったか?ありゃ、男だぞ」
マシューは盛大に大口開けた。




休憩時間にレイヴンの紹介でマシューと顔合わせをしたクラウドは、蕩々と流れるように弁舌を振るう男を曖昧な顔で見つめていた。そして、話が終わった直後に、一言言う。


「つまり、俺も売られる側に回って欲しいって事?」
「言い方は悪いけど――そういう事」


クラウドは頭をかいた。この学生の入れ込みようは理解できるが、チャリティーなんて自分が参加する柄じゃない気がする。
「大体にして、こういうのって、もっと背が高くて格好いい人が喜ばれるものなんじゃないの?」
「いや、そう言う人材は余ってるから!女性サイドで参加して欲しいんだ」
「教官……」
クラウドは低く呻るような声を出した。


「この人の頭に教育的指導して良いですか?」
「……やめとけ」
レイヴンは重々しく答えた。内心でひっそり「一発くらいなら大丈夫かも…」等と考えながら。




クラウドはしらけた目をマシューに向けた。
「何が嬉しくて、仕事でもないのに、ただで女装しなきゃいけないんだ、この理想ガチガチの青なりびょうたんが!」
と、怒鳴りつけるのは耐えたが、クラウドの内面を示す目は非常に危険な色を放っている。だがそれに気がつかないのは、血なまぐさいこととはいっさい無縁な学生のおめでたさのせいか。
マシューは意気込んでさらに勧誘を続ける。


「むろん、お礼はするよ。イベントの性質上、お金は出せないけど、その代わり、ダンスチケット4割引券!」
「6割は払わなきゃチケット買えないって事だろ。ありがたくないよ」
むっつり顔でクラウドは答えた。
大体にして、ドレス着た状態で一体誰のダンスチケットを買えばいいのか。
相手は女性か、男性か。そこからして怪しい。


「で、でも!相手がサーだったら、10000ギルのチケットが6000ギル!4000ギルの差は大きいよ!」
「おいおい、ストライフがサーのチケット買ってどうするんだよ」
「何言ってるんですか!教官も知ってるでしょ!サーのチケット購入者の3割は男ですよ。とくに、士官学校の学生なんて、憧れのサーセフィロスと一対一で話せるチャンスだって大騒ぎなんですから!」
「大騒ぎったってなぁ、ストライフはこれでもソルジャー直属支援部隊の一員だぞ。サーと話する機会なんざ、学生なんかとは比べモンにならない確率であるだろ」


話する機会どころか、一緒に暮らしてますが。


とは言えないクラウドだが、男子学生がセフィロスのチケットを買っているというのは意外だった。
一曲平均3分のダンスだと、ザックスは言った。たったその3分を手に入れるため、血眼になる人間が大勢いるというのは頭では想像できていたが、その対象は妙齢の女性達だった。
まさか、自分と同じような立場の連中がチケットを購入するなんて考えても見なかった。
自分だって、一般部隊配属で、お金でセフィロスと一対一で話せる機会を得ることが出来ると言われたら、必死でお金を貯めて買ってしまっていたかも知れない。


……いやまあ、こういう関係になる前だったら、多分諦めていただろうけど。3分に一万ギルはぜったい無理。
そう冷静に考えたところで、はっと気付いたことがあった。


(――そう言えば、俺、いつも一緒にいたいとか思ってるけど、一緒にいることが当たり前になって、サーに対する態度がぞんざいになってなかっただろうか。 せっかく休日を合わせてくれたのに、時給に浮かれて失言したり)


「……俺、やってもいいです」

クラウドはぼそっと言った。
レイヴンは驚いて片眉を上げ、マシューは全開の笑顔でクラウドの両手を掴み、ぶんぶんと上下に振り回す。


「ありがとう、ありがとう!あなたみたいに体力ありそうな人が女性側にいてくれたら、ものすごく助かります!1人で5人分くらいは踊りまくってくれそうだ!」
「はあ……」
クラウドは微妙な声を上げた。確かに普通の女性と比べたら体力はあるが、5人分も踊らなくてはいけないのだろうか。


「あ、ドレスや靴、アクセサリーの類は大学の方に寄贈されたものがありますので、当日はそれを無料レンタルしてます!着付けや衣装のサイズ合わせもボランティアがやりますから、全く何も気にしないで来てください!詳しい時間は後で招待状出しますから!」
半分浮きそうなくらいに軽い足取りでマシューは帰っていった。


「意外だな。お前も、サーとキスしたい口か?」
マシューが消えた後、レイヴンが不思議そうに聞いた。
「キスはともかく……こういうのも、敬意を表す手段の一つかなって……」
「まあ、そう言うのもあるかもな。学生や下っ端兵にして見りゃ、サーは雲の上の人みたいなもんだし。側で見る機会があるなら、一センチだって近くに行きたい奴はいるな。憧れの度合いを示すにゃ、絶好の機会かも知れねーや」
「そうですね……」
クラウドは大人しく頷いた。








「で、お前も女性側で参加することにしたの」
話を聞いて、ザックスは驚いたように言った。


「何もわざわざチケット買わなくたって、いつでも踊れるっしょ。俺の彼女なんて、『クラブ行けばただで踊れる男のために、なんで金出さなきゃいけないのよ』っつって、パーティー来てくれないって……」
言っているうちに自分で切なくなったのか、ザックスはいじけた泣き真似を始めた。
「……別に良いじゃん……クラブに行けば、堂々と2人で踊れるんだから」
呆れ顔で言われ、ザックスは頭をかく。さすがにわざとらしすぎて、自分でもちょっと恥ずかしいとか思っていたらしい。


「……まあ、お前達は、こんな機会でもなきゃ人前で堂々と手を繋いでダンスなんて真似は出来ないもんな」
「ダンス自体は別に良いんだけど……ただ、チケット買う事が好意を示す手段の一つになってるみたいだし。なんか俺も、ちゃんと傍目から見て判る態度の一つくらいとれないかなって思って」
「お前の態度、旦那、不満があるって?」
「ううん、そんな事言われたことはないけど。でも、俺、いまだに名前で呼べないし、いろいろ買ってもらってもお返し一つしたことないし。仕送りとかそっちばっかり優先して、サーに対して態度悪かったんじゃないかと思ったんだ」
「別に、お前に何か買って貰おうとか、そんな事は考えてないと思うけどなぁ」
「うん、サーは面と向かって俺に何か要求するなんて事、ないから。だから、それに甘えていたかなぁとかって……」
「それで反省して、自分からなんか働きかけてみようかと?」
面白そうにザックスは言う。クラウドはこくんと頷いた。


「二番煎じ、三番煎じみたいで、サーにしてみたらどうって事ないかも知れないけど、一応人並みに」
そう言ってクラウドは照れくさそうに笑う。チケット買うより、そのことを直接言ってやった方がセフィロスは喜ぶんじゃないかと思ったが、せっかくのクラウドの決意に水を差すのもなんなので、ザックスは現実的なことを聞いた。


「4割引で6000ギルか。金の方はあるの?お前、確か月の小遣い2000ギルくらいでなかったか?」
「夜勤の日を別にして、レッスンにびっちり出れば21日間で5000ギルくらい稼げるから。残り1000ギル、何とかなるよ」
「自販機で良いなら、昼飯くらいおごってやるから。節約するにしても、身体だけは壊さないようにしろよ」
「うん、ありがと。そんな事になったら、サーにむちゃくちゃ怒られそうだし。気を付ける」


当たり前のようにそう言ってクラウドは笑う。
ザックスはちょっとだけ複雑な顔で笑った。




なんかクラウド君の反応、日頃の感謝の印に誕生日にネクタイプレゼントしたいとか考えるパパ大好きっ子みたくないかい?
サー・セフィロス。
保護者ぶりっこも程々にした方がいいよ〜。


と、半分以上、面白がりながら思うザックスだった。





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