Cool Cool Dandy 〜The First Step〜
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第21章
受付でもらった立入許可証のバッジを見ると、守衛は道を開けてくれた。 殺風景な廊下では、TVで見知った顔と何人もすれ違った。これから収録なのか、それとも終わったところなのか、皆それぞれにさまざまな扮装をしている。物珍しくてキョロキョロしながらマリーンが歩いて行くと、やがて目指すドアの前に着いた。 <ジャスミン様控室> プレートに書かれた名前には聞き覚えがあった。確かこの春にデビューしたばかりの19歳の売れっ子モデルだ。ジャスミンの顔はよく知らない。美容室の客のうわさでは、のびやかな肢体を誇る長い黒髪のエキゾティックな美女らしい。 長い黒髪――いやな想い出にマリーンは眉をしかめた。あの日以来、ヤムチャが何度家へ来ても電話をしてきても、居留守を使ったり、手ひどく拒絶したりして、彼に弁解の機会を与えずにきた。アメリアも呆れるほど彼女は意固地になっていたが、ヤムチャもまた簡単に諦めたりしなかった。 「あの……?」 ドアの前でいつまでも突っ立っている彼女の後でためらいがちに声がした。振り返ると長い黒髪の美女が立っている。その顔を間近で見て、マリーンはあっと叫びだしそうになった。 (あの女だ!) 間違いない。ヤムチャのマンションのベランダでいそいそと洗濯物を取り入れていた女。 この女がどうして―――。 「わたしに御用かしら?」 切れ長の目を細め、片頬にえくぼを作って相手はにっこりと微笑んだ。するとこの女がこの控室の主、ジャスミン本人であるらしい。さすがにいつも人に見られていることに慣れている人種だけあって、そこに立っているだけで圧倒されるような存在感だった。 「あ、あの、メイクのカモミールさんから電話で注文受けて」 「ああ、美容室の人ね」 ジャスミンはドアを内側に開いてマリーンを招き入れた。 「どうぞ。さっきからお待ちかねよ」 マリーンが部屋の中に入ると、地味な服に個性的な化粧をしたショートヘアの女が飛びつかんばかりに寄ってきた。 「よかったわあ、間に合って。これこれ、この5番の口紅がないとお話にならないのよ。限定販売ものだからどこも在庫がなくって。助かったわ。ありがとう。店長にいつも無理言ってすみませんって言っておいてね」 カモミール女史はジャスミンを促して鏡の前に座らせると、口紅を手に仕上げに取りかかった。 「さ、出来たわよ。ステキよぉ、ジャスミンちゃん」 自分の作品の出来映えに惚れ惚れして見とれてから、カモミール女史は次の担当者の元へそそくさと向かった。 後にはマリーンとジャスミンの二人だけが残された。 「じゃ、あたしはこれで」 マリーンが部屋を出ていこうとすると、ジャスミンは鏡の中からマリーンに微笑みかけた。 「どうもありがとう。ご苦労さま」 実に魅力的な微笑みだった。どんな男の心をもとろかすような マリーンの中にむらむらと闘志が湧いてきた。彼女は開けかけていたドアをまた閉めてジャスミンに向き直った。 「なあに? 忘れ物かしら」 「あなた、ヤムチャとは長いの?」 ジャスミンは目を見開いたまま固まった。心臓発作でも起こしたのかしらとマリーンが心配するほど長く、彼女はそうしていた。 「あ、あなた一体―――」 「答えて。証拠はあがってるんだから。あなたも結婚しようってあいつに言われたの?」 「ケッ、ケッコン!?」キツネが鳴くようにジャスミンは叫んだ。 「そうよ。あいつ、あたしにプロポーズしたんだから。あなたと二股かけてたのよ。いえ、もっとかしら。とにかく許せないわ!」 ジャスミンは喉を鳴らして唾を呑み込んだ。 「ちょちょちょっと待って。あなたはヤムチャさまの恋人―――ですか?」 「ち、違うわよっ」 マリーンは赤くなって叫んだ。 CM撮りの後、次の仕事のロケ地へ向かう飛行機の中でジャスミン―――いや、プーアルはスケジュール表から目を上げた。 (困ったなあ。このあとずっと予定が入ってて、ヤムチャさまと連絡が取れそうにないや。どうしよう) 今までにヤムチャがあらぬ浮気の疑いを受けて、つき合っていた恋人に振られるということはあった。そもそも彼は人がよすぎるのだ。誰にでも親切で優しいから相手はつい自分に気があるのかと誤解してしまうし、恋人はそんな彼に疑惑の目を向ける。 それに、その気のない相手から好意を寄せられても、きっぱりとした態度が取れない。相手を傷つけないように断ろうとしているうちに誤解が誤解を生み、抜き差しならないハメに陥ってしまう。 ただ、今回のようにプーアルがその誤解の元になるというのは初めてのケースだった。それだけに彼は罪悪感を感じていた。 あの後すぐ、マネージャーが呼びに来たので、彼はマリーンの誤解を解くことが出来なかった。そのことをヤムチャに知らせなければと思うのだが、お互いスケジュールがかみ合わなくて、連絡すら取れないありさまだった。 (ごめんなさい、ヤムチャさま。何とかうまくいくように祈ってますよぉ) プーアルは心の中で手を合わせた。 雨の多い季節は過ぎ、強烈な白い日射しが照りつけている。 オフの日にヤムチャは神殿を訪れた。窓からアメリアが彼を見つけて手を振っている。彼女とここで会うのは実に久々だ。ピッコロ大魔王とピッコロの関係に彼女が自分なりに説明を見つけ、それを受け入れたことにヤムチャは心から安堵していた。 この日射しではさすがに庭で座って話すという訳にもいかず、前にヤムチャがいつもお茶をよばれていた神殿の一室でピッコロとアメリアはお茶を飲んでいた。 そこへヤムチャが入って行くと、森林の中にいるような心地よい風が吹いてきた。エアコンも見あたらないのにこの部屋は夏は涼しく、冬は暖かい。どういう仕組みなのだろう。 「もう夏休みだよな。どこかへ出かけるのか」 アメリアからお茶を受け取ってからヤムチャは尋ねた。 「どこかへ行きたいねとはマリーンと話してるの。そうだ、ヤムチャさん、ピッコロさん、みんなで海水浴へ行かない?」 ピッコロが目をむいた。ヤムチャは危うく飲んでいたお茶を吹き出すところだった。 「じょ、冗談キツイって。ピッコロの海パン姿なんてオレは見たくないぜ」 「誰がきさまなんかに見せるかっ」 ピッコロは席を立って部屋を出ていこうとした。 「ピッコロさん、どこ行くの?」 「修行だ」 「そう」アメリアはにこっと微笑んで手を振った。「頑張ってね」 ピッコロはほんの心持ち頬を緩めたが、ヤムチャがこちらを見ているのに気づくと、眉間にシワを寄せ、難しい顔を作って出ていった。 「見せるかって言ったよな。……海パン……持ってるのか?」 ヤムチャは引きつった顔でブツブツとつぶやいた。 「ほんとに一緒にどこかへ行けたらいいんだけど。ヤムチャさん、マリーンとはまだ……?」 「ああ、口をきく機会すらない」 アメリアは溜息をついた。「マリーンって強情だから」 ヤムチャは笑いを漏らして言った。「彼女はきみが頑固だって言ってたぜ」 「やだ。そんなこと言ってた?」 苦笑を浮かべてから、彼女は両手の中のカップに目を落としたまま、真顔になってつぶやいた。 「ヤムチャさん、マリーンってね、自分だけを愛して欲しいっていう気持ちが強い人なの。孤児院ではみんな家族みたいに楽しく暮らしてたけど、院長先生や他の先生方がどんなにわたしたちを愛してくれたとしても、それはみんなで平等に分けなきゃいけない愛でしょ。 誰かが自分ひとりだけに注いでくれる愛というものに、マリーンは飢えているんだと思う。わたしをとても愛してくれるのは、妹みたいに思ってるってこともあるけど、誰かに深く愛されたいっていう気持ちの裏返しなの」 アメリアは軽くヤムチャをにらむようにして言った。「だから、自分の好きになった人に浮気なんてされると絶対許せないのよ」 「う、浮気じゃないって」 プーアルのことを説明して、アメリアからマリーンに伝えてもらおうかと思ったが、それはやめた。変身型動物というのは世界中にいるわけではないから、見たこともない人間の方が多い。実際に変身するところを見てもらわないことには、言うに事欠いてとんでもない言い訳をでっち上げていると思われるのがオチだ。 それでも、このままほうっておいていいわけはなかった。 「今夜マリーンは家にいるか?」 「仕事のあとは予定はないはずよ。7時半には帰ってくるかしら」 「よし。ダメで元々だ。オレは8時にきみんちへ行くよ。何とかマリーンと二人だけで話が出来るように協力してくれないか」 「わかったわ。わたし、ヤムチャさんとマリーンってお似合いだと思う。あなたが浮気性のところだけ直せばね」 「だから浮気じゃないんだって」 アメリアはクスクス笑った。 その夜、8時ちょうどにアメリアは外出の用意をして玄関に向かった。 「じゃ、行って来ます。10時頃には戻るわね」 マリーンはちょっと渋い顔で見送った。 「中学生が夜のデートなんて感心しないけど、夏休みの宿題なら目をつむるわ。ピッコロさんによろしくね」 「はあい」 アメリアは玄関を出ると、そこで待機していたヤムチャに囁いた。 「タイムリミットは2時間よ。これだけあれば説得出来るでしょ」 「充分だ。感謝するよ。ところできみは行くところはあるのか?」 「自由研究に星座の観察をするの。もちろん神殿で。いい口実が出来ちゃった」 いたずらっぽく笑う彼女にヤムチャは苦笑した。 「ちゃっかりしてるな。どっちが協力してるんだか」 アメリアは玄関のドアを開け、ヤムチャをそっと中に招き入れてから、奥に向かって叫んだ。 「マリーン、ひとりじゃ寂しいでしょうから、わたしの代わりにお友達に来てもらったの」 「友達?」 奥から出てきたマリーンはヤムチャを一目見るなりその場に立ちつくした。彼女が何か言う前にアメリアは、「じゃ、後はよろしく。ヤムチャさん、ごゆっくり!」と早口で叫ぶと急いで外へ退散した。 「アメリア! ちょっと、謀ったわね。待ちなさいったら!」 マリーンの怒鳴り声がした頃には彼女はすでに階段を駆け下りていた。 |