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Cool Cool Dandy  〜The First Step〜

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第5章

 それから数日後、神殿の庭でピッコロが、さてこれから修行にとりかかろうかという時にアメリアはやってきて、「おいしいお煎餅せんべいがあるの」と言って差し出してくる。
「クッキーはお口に合わなかったみたいなので。これは甘い物が嫌いな人でも大丈夫よ」
 なかなかめげない性格のようだ。ピッコロはじろりとそれを一べつして言った。
「オレはこういうものは食わない」
「あら」とアメリアは残念そうに包みを引っ込めた。
「じゃ、今度は何にしようかしら」とつぶやいている彼女に、ピッコロは断固とした調子で言った。
「いいか、ここへ来るのは勝手だが、来るんなら手ぶらで来い。それからオレの修行の邪魔はするな」
「了解!」とおどけて敬礼したあと、アメリアはふふっと肩をすくめて笑った。「修行ってどんなことするんですか?」
 ピッコロはちょっと黙ってから重い口を開いた。「ここでやるのは主に瞑想だ」
 ふうーんと彼女は感心してみせる。「イメージトレーニングってやつね」
「そうだ」
 答えたくなければいちいち答えてやることもないのだが、聞かれれば答えてしまう律儀なピッコロであった。
「どうぞわたしにおかまいなく。瞑想して下さい。その間わたしはここで本を読んでいますから」
 アメリアは嬉しそうににこにこして電子本を取り出し、イヤホンを耳に押し込んだ。そして、樹齢数百年はあろうかという大きなケヤキの根方の、柔らかな下草が生えた地面に腰を降ろした。
(おかしな娘だ)
 スイッチを押して朗読の声に耳を傾けている彼女を、ピッコロは横目で見ながら空中に浮遊し、瞑想状態に入った。そのうちにピッコロの頭から完全にアメリアの存在は消え、彼の心は無になって周りの世界に溶け込んでいった。


 どのくらい時間が経っただろう。彼はふと我に返った。傍らに小さな気を感じて見下ろすと、アメリアが幹にもたれ、足を投げ出した格好で眠っている。ミニスカートの上では電子本が回ったままになっていて、いつの間にか耳からはずれて草の上に落ちたイヤホンからは、穏やかな朗読の声が続いていた。
 まばたきする時に音がしそうなほど長い睫毛や、やわらかな頬に光る金色のうぶ毛、くうくうと規則正しい寝息をもらしているわずかに開いた唇を何ということもなしに眺めていると、後ろから出し抜けに大きな声がした。
「おい、襲うなよ」
 思わずどきっとしてピッコロは振り向いた。少し離れた所にヤムチャがにやにやしながら立っている。
「人聞きの悪いことを言うな」
 ピッコロは痛くもない腹を探られたように顔をしかめている。気配を感じたのか、アメリアがふっと目を開けて、はじかれたように体を起こした。
「やだ、わたしったら」
 よう、とヤムチャに声をかけられて彼女は飛び上がった。
「ヤムチャさん! いつからそこに?」
「今来たところさ」
「ああよかった。やだぁ、寝顔を見られるところだったわ」
 胸を撫で下ろしている彼女に、ヤムチャはからかうように言った。
「オレの代わりにこいつがしげしげと眺めてたぜ」
「やだっ」アメリアは真っ赤になった顔を両手で隠した。
「寝顔を見られると何かまずいことでもあるのか」
 不思議そうに訊くピッコロに、ヤムチャは噛んで含めるように言った。
「女性は恥ずかしいもんなの。男なら少々いびきをかいてようが、口を開けてよだれを垂らしてようが平気だけどな」
「ふん、そういうものか」
 ピッコロはアメリアに向かって励ますように言った。
「安心しろ、おまえは別にいびきはかいていなかったと思う。よだれは――」
 どうだったかな、というふうにピッコロはちょっと首を傾げて思いだそうとした。
「もういいです!」アメリアは更に赤くなって叫んだ。

「ちょ、ちょっとこっちへ来い!」
 ヤムチャがピッコロの腕をつかんで神殿の陰へ引っ張っていった。
「なんだ、やぶから棒に」
「ピッコロ、おまえってやつはなあ」
 ヤムチャは大きく溜息をついた。
「あーあ、一から教えなきゃなんねえのかよ」
「なんのことだ」
「恋愛オンチのおまえに、このオレが女の子の扱い方を伝授してやるって言ってるんだ。ありがたく思えよ」
 ピッコロは穴の開くほどヤムチャの顔を眺めた。「きさま、何か変なものでも食ったか」
「まあ聞けよ。いいか、女の子というのは心身共にデリケートな生き物だ。さっきみたいに身もフタもないことを言うな。嫌われるぞ」
「オレは別に嫌われてもかまわん」
「おまえなあ、そういう贅沢なこと言うなよな。まあ聞けよ、これだけは言っとく。アメリアを悟飯と同じように扱うなよ、いいな」
「組み手をしてはいかんということか」
 ヤムチャは目をむいた。「当たり前だ。死んじまうぞ」
「面倒な生き物だ」
「心配するな。そのかわり相思相愛になれば、組み手よりもっと楽しいことが待っている」
「何だそれは」
 自分で言っておいて、ヤムチャは真っ赤になって叫んだ。「そ、そんな恥ずかしいこと、オレの口からはとても言えん!」
「何をひとりで興奮している。きさま、やっぱり変なものを食っただろう―――おい、ミスター・ポポ」
 ピッコロはたまたま通りかかったポポを呼び止め、「ヤムチャの様子が変だ。デンデに診てもらってくれ」と言って、無理矢理ヤムチャを神殿の奥へ連れて行かせた。
 それから、座っているアメリアのところへ戻り、隣に腰を下ろした。彼女の電子本を手にとって眺めていると、アメリアは心配そうにピッコロに訊いた。
「ヤムチャさん、どうかしたんですか?」
「恋愛とかいうやつのしすぎで頭が変になったようだ」
 大真面目で言うピッコロに、アメリアは弾かれたように笑いころげた。
「マジュニアさんて、やっぱりおかしな人ね」

 その時、電子本を返そうとしたピッコロの手がアメリアの手に触れた。彼女はやけどでもしたかのように手を引っ込めた。
「なんだ」
「ううん、なんでもありません」
 あわててかぶりを振り、うつむいたアメリアの頬がちょっと赤くなっているのに気づき、ピッコロは何気なくその額に手を当てた。とたんに彼女はハッと体を固くした。
「顔が赤いが、熱はないようだな」
「え……? あ、ああ」
 “マジュニアさん”が自分の額に手を当てた意味がわかると、アメリアはちょっとがっかりしたようにまたうつむいた。
(ド・ン・カ・ン)
 彼女が心の中でつぶやいた言葉は、当然ながらこのナメック星人の耳には届かない。


 それからまた数日後。
 買い物に出かけたヤムチャは、西の都のショッピング街で、友達らしい少女たち数人と笑いさざめきながら歩くアメリアの姿を見つけた。近寄って声をかけると、一斉に振り向いた顔の中にアメリアのきょとんとした顔がある。
 一瞬の間をおいて、アメリアはヤムチャの声を聞き分けた。
「ヤムチャさん? ヤムチャさんね。うわあ、どうしたんですか、こんなところで」
「誰? 誰?」と詰め寄る少女たちに向かって彼女は言った。
「ほら、言ったでしょ。わたしを助けてくれた――」
「アメリアの王子さまね!」
 最後まで聞かずに、ひとりが興奮して叫んだ。とたんにあちこちできゃあきゃあとかしましい嬌声きょうせいが上がる。
「ち、ちがうったら! このひとはヤムチャさんて言って、わたしを助けてくれたマジュニアさんの友達なの!」
 頬を真っ赤にしたアメリアがむきになって彼女たちに説明している。
(王子さまぁ!?)ヤムチャはポカンと口を開けた。(それってピッコロのことかよ、おい)

「友達と買い物か?」
 歩道の段差からアメリアをさりげなくかばいながら、ヤムチャが笑顔で尋ねると、彼女は嬉しそうにうなずいて言った。
「みんな同じクラスなんです。今日は私の服を選ぶのにつき合ってくれてるの―――それから、この人がマリーン」
 アメリアが手で示した方を見ると、集団から少し離れて、背の高い少女がヤムチャに遠慮のない視線を注いでいた。さすがに18歳というだけあって、他の少女とは一線を画して、ひとりだけ大人びた雰囲気を持っている。ひょろっと長い足をジーンズに包み、頭に巻いたバンダナの裾から細く編んだ三つ編みを何本もたらしていた。
「きみがマリーンか。アメリアから話は聞いてるよ。美容師なんだってね。西の都にはもう慣れたかい」
「まあね」
 気のないそぶりでヤムチャからくるりと背を向け、マリーンは振り向きざまにアメリアに言った。
「じゃ、あたし、用があるから」
「うん、あとでね、マリーン」
 アメリアのこと頼んだわよ、というようにマリーンは少女たちに軽くうなずき、ちらっとヤムチャに目を留めてから、また背中を向けて雑踏の中に消えた。
 彼女の後ろ姿を見送ってヤムチャはアメリアに言った。
「きみの姉貴分はとてもシャイな性格みたいだね」
「ごめんなさい。マリーンは誰に対してもあんな調子なの。無愛想だけど、でも親しくなるととてもいい人よ」
「うん、わかるよ。オレの仲間にもそういうやつがいるから」
 ヤムチャは微笑んで言った。

 改めて少女たちを見渡してみると、白い杖を手にしているのはアメリアひとりだが、中には手話を使って友達と会話している少女がいるのにヤムチャは気づいた。聞けば彼女たちの通う中学は、障害者も健常者も入り交じって学んでいるとのことだ。
 障害者が支障なく授業に参加できるのも、カプセルコーポのハイテク技術のおかげらしい。たとえば、アメリアの場合、教師が板書した内容はただちに赤外線で彼女の机の上にあるノート型パソコンに送られる。音声化された情報を彼女はイヤホンで聞く、という次第だ。
 不自由を感じることはほとんどないけれど、この友人たちのおかげでいろいろ助けられていると、アメリアは嬉しそうに言った。
(それは分け隔てのない校風のせいもあるんだろうけど、きっときみのその屈託のなさが人を惹きつけるんだよ)
 ヤムチャは言葉に出さずに心でつぶやいた。

「アメリアったら、マジュニアさんてひとのこと、あたしたちには何も教えてくれないんですよ。外見はわからなくても、どんな感じの男の人なのかくらい教えてくれたっていいのに」
 最初は遠慮がちだった少女たちも、だんだんと好奇心を抑えきれなくなってきたらしい。中の一人が先生に言いつけるような口調でヤムチャに言うと、それを皮切りに少女達の間で口々に賛同する声が上がった。
 背が高くてたくましくて、その上ハンサムなヤムチャを見て、その友達の“マジュニアさん”もさぞかしステキな男性だと期待しているのだろうか。
「ねえねえ、背は高いらしいけど、あなたと同じくらい?」
「髪はどんな色?」
「目の色は?」
 ワイドショーのレポーターのように次々に畳みかけてくる質問を適当にかわしながら、「きみたちが知りたがっているマジュニアっていうヤツの正体はなあ、実はあの恐ろしいピッコロ大魔王で、腕は伸びるし、目や口から光線出すし、肌は緑色だし、触覚生えてるし、巨大化するし、おまけに口からタマゴまで産んじゃうっていう、とんでもないヤツなんだぜ!」と教えてやったら、この子たちは驚くだろうなあ……。
 意地悪い想像にふけって、ヤムチャの口元が思わずほころんだ。
「ニヤニヤしてないで教えてください!」
 鋭く突っ込まれてたじたじとなっている彼をかばうようにアメリアが前に出た。
「みんな、もういいでしょ。ヤムチャさん困ってるじゃない。わたしだってマジュニアさんのこと、知り合ったばかりであまりよく知らないのよ」
 そのまま彼女はヤムチャの耳元にすまなそうに囁いた。
「ごめんなさい。あなたたちのこと、誰にも内緒にしておくつもりだったんだけど、アパートの前でマジュニアさんにわたしが抱きかかえられてるところを、友達がバスの窓から偶然見たらしいの。遠目だったから、マジュニアさんの姿はよくわからなかったらしいんだけど……」
「ははあ、ラブシーンと間違えられたわけだな。それで弁解するハメになったのか」
 アメリアは一層声をひそめた。
「だけど、話したのは、溺れていたところを助けてもらって家まで送ってもらったってことだけ。神殿のことや、空を飛べる不思議な力のことは話してないわ」
「そいつはありがたいな」
「でも、マリーンには全部話しちゃった。ごめんなさい。彼女、カンが鋭いから隠し事はできないの。でも、口は堅いのよ、彼女。保証するわ」
「いいさ。きみの姉さんみたいなもんだろ」
 二人で内緒話をしているのを少女達にとっちめられ、ヤムチャはほうほうのていでそこから逃げ出した。はちきれそうな若さのパワーに圧倒され、湯当たりでもしたように頭がのぼせている。


 頭が冷えるまでそのへんをぶらぶらと歩いているうち、彼の目は一軒の居酒屋にとまった。ブルマとつき合っていた頃に、二人で何度か来たことのある居酒屋だ。準備中の札がかかっていて、店の前を店員が箒で掃いている。開いていた戸口から彼は店の中を覗き込んだ。
「へえ〜、懐かしいなあ。あの頃のまんまだ」
「まだ開店前よ!」
 かがんでほうきで掃いていた店員が、威勢よく大きな声で言いながら顔をあげた。そのとたん、「あっ」という形に口を大きく開けて立ちつくしている。
 マリーンだった。


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