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転・送・密・室/西澤保彦

2000年発表 講談社ノベルス(講談社)
「現場有在証明」
 この作品は、まず“リモート・ダブル”という設定から出発して、それをどう使えばいいか模索する形で組み立てられたものだと思われます。作中にも“鉄壁のアリバイなんか(中略)つくり放題”(35頁)とあるように明らかにアリバイトリック向きの能力ですが、〈チョーモンイン〉による超能力の観測から始まるこのシリーズでは、ストレートに使っても“鉄壁のアリバイ”が無効になるだけの話で、あまり面白味はありません。そこで、『念力密室!』のホワイダニットを裏返したような、“超能力を使ったはずの犯人がアリバイを主張しないのはなぜか?”という謎を作り出してあるのがお見事。

 そしてその謎を成立させるために、超能力者の誤認――車前多恵子が超能力者ではなく、鴻田が超能力者だと見せかけるトリックが仕掛けられているわけですが、そもそも超能力の使用が発覚することなど想定していない犯人・多恵子としては、まったく意図しないトリックなのが面白いところ。つまり犯人の計画・行動は、作者が意図したトリックに沿うような形で、なおかつ犯人自身としてもできるだけ不自然にならないように、周到に組み立てられているわけで、作者の手腕が光っています。

 まず、第一の事件の際に鴻田のアリバイが成立したことは、〈作者のトリック〉において必要不可欠*1である反面、〈犯人の計画〉としては完全に失敗ではあるのですが、それでも実際に起こり得るアクシデントの範疇ではあるでしょうし、目撃された場所の微妙さが“鴻田にはアリバイは、ないんだ”(55頁)という保科匡緒の“気づき”につながるところがよくできています*2。一方、第二の事件で多恵子が財布を落としたことは、証人・新見を現場まで呼び寄せる道具〈犯人の計画〉であると同時に、“リモート・ダブル”を実体に見せかける強力なミスディレクション〈作者のトリック〉としても機能している、非常に秀逸な仕掛けだといえるでしょう。

 謎を成立させる上で最も難しいのは、鴻田が(一旦は)罪を認める必要がある点ですが、多恵子への償いとしてその罪をかぶるといった情緒的な(?)理由ではなく、鴻田本人にとってそれなりに合理的な理由が用意されているところが、かなり苦しいながらもよく考えられていると思います。

「転・送・密・室」
 現場からそのまま未来へジャンプするだけでは、殺人を犯して逃亡するには不十分*3であることは明らかですし、凶器の指紋をふき取って死体と一緒に隠してあったことから、殺人で動揺して衝動的にジャンプした可能性も否定されます。ということで、“タイムイレイザー”の能力を使った使主唯夫が犯人でないことは、かなり見え見えといわざるを得ないでしょう。

 そうなると、いかにもなアリバイを持つ鎮源子が犯人であることはおおよそ見当がつきますが、被害者たちが犯人に協力していたという構図の反転が鮮やか。そして使主月子が、唯夫の浮気現場を押さえるために居留守を使って室内にとどまり、自発的にクロゼットの中に隠れていたという真相も、納得できるものです。

 最後に明らかにされる、源子の凄まじい動機には唖然。よほどひどい目に遭ったのかもしれませんが、恨みも何もない他人を二人も殺した上に、計画にはものすごい手間がかかっているわけで、何というか、強烈な独善と執念を感じさせられて圧倒されます。

「幻視路」
 予知夢の“なぜ真澄が聡子を殺そうとするのか?”という謎に続いて、御土田の怪しげな依頼の謎が浮上してくるのが見どころ。ここで聡子は御土田の愛人の存在を疑って推測を重ね、さらに友人から情報を収集することで裏づけを得ていますが、そのあたりについては序盤に挿入されている、聡子が体験した以前の職場での出来事(132頁〜134頁)が一種の伏線となっているのが巧妙です。

 とはいえ、聡子の推測をそのまま受け取ってもすっきりしないものが残るのは確かで、違和感を抱えながら読み進んでいくと、二つの謎がセットで解き明かされるのがお見事。かつて“大蛇の聡子”(!)と呼ばれた聡子自身の性格が、御土田の計画の中心的な要素となっていたところも印象的ですが、それにしても他にやり方はなかったのかと暗澹たる気分になります。ラストの聡子の姿が救いですが……。

「神余響子的憂鬱」
 犯人と被害者の特異な親子関係と、被害者・伊香正治が呑み込んだ一本の鍵を手がかりに、何が起こったのかをつぶさに解き明かしていく保科匡緒の推理は圧巻。とりわけ、鍵をめぐる推理を通じて(犯人ではなく)被害者の側の計画とゆがんだ人物像が明らかにされていき、薄気味悪い印象をより強めていくところがよくできています。

 ただし、伊香が“カンチョウキ”を使って鍵を動かそうと(取り出そうと)していたことは、神余響子が明かしていないはずの秘密ですから、保科匡緒が“鍵を貯金箱の中に隠した”(231頁)と推理するのは無理があります。神余響子の視点で描かれているために、読者に示される事実に即した説得力のある推理にみえますが、保科匡緒からすれば、“伊香が鍵を入手したのが事件の起きたその日で、着替えの際に鍵を呑み込んだことを見咎められ、問い詰められた結果として事件に至った”という推理でも十分に筋が通り、“キーをどうしても取り出せない焦燥感”(232頁)が不可欠とはいえないはず。このあたりは、神余響子視点での叙述に引っ張られてしまったがゆえの破綻といえるでしょう。

 ところで、この作品では新キャラクター・神余響子が登場し、その背景が少しだけ描かれていますが、彼女の母親の“ごめんね、寿美子(217頁)という言葉が困りもの。「念力密室F」『念力密室!』収録)をお読みになった方はおわかりのように、そちらの内容と考え合わせると、〈チョーモンイン〉で“保護”されている神余響子の母親は(一応伏せ字)遅塚聡子(または能解匡緒)(ここまで)である可能性が出てきます。“特別なサイコ・プロテクト”(215頁)によって、通常空間で対面しても気づかないようになっている*4ということも考えられますし、時間のあれこれについては、〈チョーモンイン〉本部が“通常空間側から見て遍在している”(184頁)のと同じように“通常時間側から見ても遍在している”ということで説明がつくかもしれませんが……。

「〈擬態〉密室」
 まず細かいことをいえば、“百百太郎自身が“Dツーラー”であり、内空閑冬美を殺した犯人である”可能性――親戚の副総監にでも化けて冬美を騙し、自宅まで同行してそこで殺害した――も否定できないように思われるのですが、まあそこはそれ(苦笑)

 能解匡緒にとって“信頼できる証人”だったはずの百百太郎が、“信頼できない証人”だったというのが面白いところですが、“Dツーラー”が能解匡緒に変装していたために百百太郎が偽証し、その結果として不可解な密室殺人の様相を呈することになるという、謎の作り方が巧妙です。しかもその偽証により、“Dツーラーが冬美に変装していた”ことになったせいで、当の冬美自身が“Dツーラー”だったという真相が完全に盲点となってしまうのが秀逸です。

「神麻嗣子的日常」
 ここまでのシリーズをお読みの方はお分かりのように、この作品のラストはシリーズ第一作「念力密室」『念力密室!』収録)につながっています。本書巻末の「あとがき」で、“特に同書(注:『念力密室!』ノベルス版)、三十頁、上段、十五行目のくだりは、なるほど、このための伏線だったのか”(335頁)とあるのは、保科匡緒と初対面であるはずの神麻嗣子が、“ほ、保科さんにまでそんなに、そんなふうに怒鳴られるなんて”(『念力密室!』30頁)初対面らしからぬ言葉を口にする箇所*5で、なるほど、こちらで描かれたような経緯があっておぼろげに記憶が残っているのであれば、その言葉も不自然ではなくなります。

 しかし、「念力密室」の時点でははっきり“相談員・(見習)”と書かれている神麻嗣子が、この作品のラストでは“正規相談員”(331頁)に昇格しているところをみると、阿呆梨稀の(と思われる)能力は単純な“ループ”ではなく過去の改変を伴うもののようです(「〈擬態〉密室」でもそういう感じでしたが)。それほど強大な能力でありながら、〈チョーモンイン〉の観測機で超能力の発動が観測されないというのは不可解ですが、「転・送・密・室」で言及された“10年以上ジャンプするタイムイレイザー”の例(97頁〜98頁)もありますし、少なくとも“超能力ではない”ということはなさそうです。

*1: 当然ながら、“リモート・ダブル”によってアリバイが成立した(ように見える)状況を一度は作っておかないと、鴻田を超能力者だと見せかけるのが少々難しくなってきます。
*2: もっとも、多恵子の立場からするとそもそも、“鴻田が多恵子と間違えてリミを殺したのだ、という偽装”(58頁)のために第一の事件を起こす、という必要が薄く感じられるのは否めません。
*3: どこかへ逃亡した後で、念を入れて未来へジャンプしてほとぼりを冷ます、というならまだわかりますが。
*4: とりあえず本書では、神余響子が(能解匡緒とはさておき)遅塚聡子と対面する事態には至っていませんが、どう考えても時間の問題でしょう。
*5: 私自身は『幻惑密室』を先に読んだので、特に違和感はありませんでしたが……。

2014.07.15読了

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