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亜愛一郎の狼狽/泡坂妻夫

1978年発表 創元推理文庫402-14(東京創元社)
「DL2号機事件」
 “ごく普通の人間が考える方法”(43頁)“狂気の論理”にまでエスカレートさせつつ、密かに張り巡らせておいた伏線によって“狂気の論理”に説得力を与える手法が実に見事です。そして、DL2号機の爆破予告と“なぜ階段でつまずいたふりをしたのか?”という謎だけをクローズアップすることで、他の伏線を目立たなくしてあるところもよくできています。

「右腕山上空」
 葉巻の煙やUFOといった手がかりは面白いと思いますが、空中に浮かんだ熱気球からの脱出手段はどうしても限られてしまうので、スカイダイビング(パラシュート)という脱出トリックにはさほど驚きはありません。重要なのは密室状況への侵入手段の方で、単身飛行のはずがこっそり協力者(バスト浅野)を同乗させるという、被害者自身の大胆な発想によってトリックが成立しているところに注目です。

「曲った部屋」
 立て続けに三度も繰り返される二毛佐久子の行動の意味は、かなりわかりやすいのではないかと思います。が、“曲った部屋”に置かれた曲り過ぎたステレオによる鏡像のイメージは鮮烈。そして、冒頭にさりげなく描かれたレコードのプレーヤーが伏線となっているところがよくできています。

「掌上の黄金仮面」
 黄金仮面を被った被害者が正面から撃たれているという事実が、奇妙な形で不可能犯罪を成立させているわけで、巧妙な状況設定によって強烈な謎を生み出している作者の手腕が光ります。そして、“なぜ犯人は被害者を撃ったのか”――“見られたと思った”(171頁)――と、“なぜ被害者はむざむざ撃たれたのか”――“何も見ていなかった”(179頁)――という、二つの“なぜ”のすれ違いが印象的です。

「G線上の鼬」
 みたいに陰険”(197頁)よりのように陰険”(219頁)の方が自然なのは確かですが、それがさらに“ましてあなたは、ちょっと前にきつね屋という食堂で”(219頁)と念入りに補強されているところが周到です。そして、冒頭の天ぷら定食に始まり、中里ララの歌の歌詞に至るまでが、“人はでたらめに物を選ぶことが不得意”(217頁)につながる伏線となっているところが圧巻です。

「掘出された童話」
 仮名文字を閉曲線の有無で二つに分ける、すなわち文字を図形としてとらえるという意表を突いた発想に脱帽。誤字が解読の手がかりとなっているところもよくできていますし、(“Originated by T. Awasaka”(234頁)で思わずニヤリとさせられる)「消えたドクロ」がヒントになっているのもうまいところです。惜しむらくは、本書(創元推理文庫)の活字が“本来閉曲線を持っていない、や、も、わ、ふ、などの字が、筆の勢いのために閉曲線を生じてしまう”(285頁)というそのまま*で、本書の中では暗号が成立していないのが残念。
 解読された内容があまりにもあからさまな告白になっているのには驚かされますが、逆にいえば“池銃”にとってはそれほど切実だったということでしょうし、それを強調する何とも不気味な結末も印象的です。

「ホロボの神」
 二つの文化が出会ったこの状況でのみ成立するトリック、さらにはホロボの神の置き替えという犯人の動機が巧みにトリックに組み込まれているところが見事です。そして、後追い心中というダミーの真相それ自体が、“文明人”による(そして“文明人”に向けた)偽装であることを示唆しているというあたりが何ともいえません。

「黒い霧」
 アンドレ洋菓子店絡みの推理には苦笑させられますが、時間が重要だという着眼点をもとに、事件が発覚する前にそのアリバイトリックを暴いてしまうあたりは、このシリーズの真骨頂といえます。さらに、玉葉匡子の視点で描かれることによって、同じく事件が発覚する前にその犯人までもが読者に示されるというのが、この作品のものすごいところです。

* * *
「ホロボの神」 (「幻影城」1977年5月号掲載)
(一応伏せ字) 犯人は三人の若者の一人、猟銃を用意していた鐘田ですが、この作品のトリックは猟銃では成立しないため、植物学者の中里教授が持っていた拳銃を盗み出したということになっています。が、現代では一般人が(猟銃ではなく)拳銃を手に入れるのは簡単なことではないと思われるので、若干無理が感じられます。
 また、亜が直接事件に立ち会っているために、解決のタイミングが難しくなっているのも難点です。作中では直ちに真相を見抜いて“……可愛相に。この酋長は、殺されたのかも知れません――”と口にしながらも、その数日後、鐘田が(原浜軍曹のように“ホロボの神”を飲み込んだわけでもなく)たまたま発病して死ぬ間際にようやく、“……鐘田さん、苦しいでしょう。一つだけ楽になる方法がありますよ。もう白状したらどうですか。”と犯人を指摘する形になっており、どうもすっきりしない感じが残ります。
(ここまで)


*: “ふ”はかろうじて閉曲線になっていないようですが。

2008.10.05再読了

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