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亜愛一郎の転倒/泡坂妻夫

1982年発表 創元推理文庫402-15(東京創元社)
「藁の猫」
 粥谷東巨が六本指などの“間違い”を意図的に描いたことから、“東巨は自分の作品は、全て完全だと信じていた”(39頁)という結論に至る逆説的なロジックが秀逸です。さらに、“完璧なものへの恐れ”や“完全なものを避ける”という思想に説得力を与える数々の伏線――丘本の“一病息災”に至るまで――は圧巻というべきでしょう。
 そして、(作中でも三条が“その猫を買った人間、ずばり東巨だ”(35頁)と推理しているように)自身を指し示すダイイングメッセージだと解釈されるという危険性をかえりみず、というよりもむしろそれだからこそ、完全犯罪を完全でなくするために藁の猫を現場に残さざるを得なかった東巨の“狂気”が、強く印象に残ります。

「砂蛾家の消失」
 家の消失トリックそのもの――どうやって消失したのか――は唖然とさせられるほど豪快です*1が、釘や鎹を使わないという合掌造りの特徴が生かされているところがよくできています。そして何より、家の消失という現象の方に読者の目を引きつけておいて、実は“一日の消失”がポイントとなっているのがすごいところで、それを示す数々の伏線もよくできています。
 読者に対してはフェアとはいえませんが*2“本当なら、目を覚した瞬間に、事件の全てを知るべきでした”(92頁)というラストも面白いところです。

「珠洲子の装い」
 いわば“そっくりさんコンテスト”の中にあって、加茂珠洲子に似せようとしていない“三千六十番”(箱森伊津子)は確かに異色ではあるのですが、作中の淑子のように“三千六十番の弱味は、りんこファンでないことだと思う。従って、りんこの特徴をよく取れてないでいる”(115頁)という見方もできますし、さすがに“そっくりさんコンテスト”で積極的に“似せまいとする”という常軌を逸した発想は想定しがたいところです。
 そして、“自分自身に変装する”という逆説的な動機もよくできています。

「意外な遺骸」
 犯人が見立てを行った理由は不都合な事実を隠蔽するためであり、その意味ではありふれているともいえます。しかし、隠蔽されるべき事実、すなわち死体の煮沸消毒という奇想が秀逸。そして東南アジア旅行という冒頭の伏線も見事です。
 ところで、実は私は熊本出身なので「あんたがたどこさ」(→「あんたがたどこさ - Wikipedia」参照)にもなじみがあり、歌詞の違いがポイントとなることが予想できたのですが、全国的にはどの程度知られているのでしょうか。

「ねじれた帽子」
 だぶだぶの帽子と注射の場所という手がかりはまずまずですが、人形のかつらで禿を隠すというのは少々無理があるように思えます。また、千賀井の息子の罪につながる手がかりとなる“二十一世紀”という暴走族のグループ名は、亜が真相を指摘した後(212頁)になって初めて読者に示されているので、解決がアンフェアなものになってしまっています。

「争う四巨頭」
 様々な手がかりを芸や奇術という共通点でくくったサーカスというダミーの真相には苦笑させられますが、その後も“有名な奇術に、弾丸受止めの術というのがあります”(245頁)と、あくまでサーカスに固執しているのが愉快なところです。
 鈴木自身の心理を重ね合わせることで、引退した“四巨頭”の心理に説得力を持たせてあるのがうまいところですし、最後に“梅津の五傑”でまとめる結末は実に鮮やかです。

「三郎町路上」
 作中では建築になぞらえて説明されていますが、“困難は分割せよ”という金言を地でいくトリックには、“作家・泡坂妻夫”以上に“アマチュア奇術師・厚川昌男*3”の資質が表れているといえるかもしれません。
 死体の出現トリックもさることながら、現場の地下室にわざとコンクリートを流し込むことで、証拠隠滅を自然に行おうとする犯人の発想が秀逸です。

「病人に刃物」
 体内に手術用具が残されたままになるという医療事故は、様々なフィクションも含めてかなり陳腐なものになっている感がありますし、事件の際の“シャツの腹のあたりが血に染まり、何やら尖った物が突き出ていた。”(312頁)という描写をみれば、凶器の刃物が体の外側からではなく内側から刺さったものだという真相を見抜くことは、さほど難しくはないのではないでしょうか。
 それでも、体外と体内の反転という構図は面白いと思いますし、“このカーネーションは、あのメスと反対なのです”(335頁)から始まる最後の亜の解説が非常によくできています。

*1: ちなみに感想を書いている途中、うっかり題名を「砂蛾家の焼失と誤変換していました。
*2: “亜も床の上に坐っていて、ぼんやり顎を撫でている。無精髭が目立っていた。”(67頁)という伏線があるにはありますが。
*3: いうまでもなく泡坂妻夫の本名です。

2008.10.08再読了

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