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虚像のアラベスク/深水黎一郎

2018年発表 (KADOKAWA)
「ドンキホーテ・アラベスク」
 万全の警備を敷いていたはずが、肝心のマルグリット・シャルパンティエ女史が失踪――脅迫者の犯行かと思いきや、いきなり舞台上に登場する“超展開”に驚かされますし、さらにそれが『ドン・キホーテ』の新演出にまでつながるのが非常に秀逸です。その踊りっぷりをみれば、パリのオペラ座で活躍したという烏丸大哉と旧知の仲であることは見当がつきますが、鮮やかに解き明かされる烏丸珠*1名前の秘密が、二人の関係を示唆する一種の手がかりとなっていたところが巧妙です。

 公演初日のハプニングが“良い話”で終わったことで、脅迫者の正体はどうでもよくなってしまう感もありますが(苦笑)、“意外な犯人”のなかなか“意外な動機”*2が飛び出してくるのがお見事。そして何より、こちらも“良い話”で幕を閉じるところが非常によくできています。

「グラン・パ・ド・ドゥ」
 冒頭の“柳行李”(121頁)という和風の小道具(?)に引っかかりを覚えはしたのですが、まさかの相撲を“バレエ”に見せかける叙述トリックには仰天。他人の台詞まで“勝手に脳内翻訳して理解する”(214頁)というのはさすがに反則気味(苦笑)とはいえ、“あたしが舞台に登場しただけで、大声で名前を呼んでくれる。”(145頁)*3“MVD”(151頁)など違和感を抱かせる記述もある*4ので、真相に気づくことも不可能ではないかもしれません。いずれにしても、館林刑事が長々と指摘する(215頁~216頁)*5中で浮かび上がる動作の共通性が興味深いところですし、「ドンキホーテ・アラベスク」でのバレエ用語の連発がトリックの“下地”になっているのが秀逸です。

 相撲を“バレエ”に見せかけることで、箪笥による(?)圧死が不可能犯罪のような印象を与えているところもあると思います*6が、相撲部屋だと明らかになればもちろん力士の仕業――と思わせて、箪笥の移動は力士によるものではなかったというひねりも巧妙。そしてそこから人情を前面に出した結末かと思いきや、まさかの“ダチョウ倶楽部オチ”が何とも絶妙です。

「史上最低のホワイダニット」
 犯人の白姫山関が「グラン・パ・ド・ドゥ」の解決で(思いのほか)多くを語っているので、さらなる動機がありそうには思えないところ、潔癖症(156頁)の一言*7と“相撲部屋の不文律”とを組み合わせることで、“まわしを洗うため”という凄まじい動機*8が生み出されているのが強烈です。

*1: 余談ですが、同じ作者の『ミステリー・アリーナ』を読んでいると、一瞬ドキッとすることになったのではないでしょうか(苦笑)。
*2: ミステリ以外も含めて、前例がないわけではないようにも思いますが、具体例がすぐに思い出せません。
*3: “舞台に登場しただけで”ということは舞台の途中でしょうから、バレエであれば客席から声をかけることはない……ように思います。
*4: 毛頭ないのはコーチの方じゃない!”(175頁)というのも気になりました(笑)。
*5: 海埜警部補の“考える楽しみを奪うな”(217頁)という一言が心憎いところです。
*6: 夕霧が“最有力容疑者”(188頁)だったことの真相にも苦笑を禁じ得ません。
*7: 化粧まわし盗難事件がこの一言のきっかけになっているのも見逃せないところです。
*8: とはいえ、ジャック・カーリイ『百番目の男』を超えるのは難しいように思いますが……。

2018.03.07読了