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ビーフ巡査部長のための事件/L.ブルース

Case for Sergeant Beef/L.Bruce

1947年発表 小林 晋訳 扶桑社文庫フ42-4(扶桑社)

 まず、巻末の三門優祐氏による解説で、本書を"ビーフ巡査部長を『名探偵』として遇するため"(333頁)の作品と位置づけてあることに、なるほどと思わされます。シリーズ第一作の『三人の名探偵のための事件』(“Case for Three Detectives”)との題名の類似はわかりやすいとしても、チックルの日誌が“ビーフ巡査部長の最も大切にしている記念品であった”(18頁)というさりげない記述の解釈などはお見事です。

 しかしながら、解説で根拠の一つとされている、“真犯人の“陳腐さゆえの意外性”を軸にするならば、なぜ作者はビーフに不要な絵解きを行わせたのか”(333頁)という“謎”については、大いに違和感があります。本書の冒頭に置かれたチックルの手記を目にした読者に対して、その顛末を説明する必要があるのはもちろんですし、チャットー警部の解決ではチックルの死にうまく説明がつかないのですから、ビーフの謎解きは作中の人物に対しても不要とはいえないはずで、ここはやや筆が滑ってしまったというところでしょうか。

 さらにいえば、本書の軸は“真犯人の“陳腐さゆえの意外性””なのか、というのも少々気になるところです。確かに作中ではビーフ自身が、“警察の“容疑者”が真犯人”(322頁)であることがサプライズだと主張していますが、“ビーフを“名探偵”として遇する”のが作者の狙いだとすれば、その“名探偵”が解き明かした“真相”こそが“軸”であるべきではないか――つまり、ビーフが掘り起こしたチックルの殺人計画、ひいてはチックルが“先を越された”という事件の構図こそが、本書の眼目ではないかと思われてなりません*1

 とはいえ、こちらはお世辞にも“サプライズ”とはいえないのが難しいところで、作中の人物と違ってチックルの計画を知っている読者からすれば、“私は失敗した”(279頁)というチックルの“遺書”の意味もほぼ一目瞭然でしょうし、遅くともフラスティング氏がチックルの人となりを語る「第二十六章」には、ほとんどの読者にとって見え見えでしょう。勘のいい方であれば、「第六章」でチックルが綴った事件当日の“私たちが話している間に遠くの方から銃声が聞こえた。”(65頁)という一節で、チックルの“失敗”を予期することも可能ではないかと思います。

 ということで、ビーフが解き明かしたチックルの“失敗”がサプライズになるどころか、殺人計画を明かしておいても、チックルが犯人だと読者に疑わせることさえほぼ不可能なのですから、作者が本書の冒頭に手記を配した狙いがよくわからない、というのが正直なところです。一つ考えられるのは、やはり“警察の“容疑者”が真犯人”という真相をサプライズに仕立てるべく、チャットー警部が知らない事件の“裏”をあらかじめ読者の目にさらしておくことで、〈フリップが犯人〉とするチャットー警部の解決が(部分的にではなく)完全に誤りだと読者をミスリードする、という仕掛けです……が、そこまでやっても結末自体が面白味に乏しいのは否めないどころか、読者の予想ではなく期待を裏切ることになるのは明らかなはずですが……。

 また、そのような仕掛けだとすれば、チックルの手記とともに“名探偵”たるビーフの存在がその一端を担うことになる*2わけですが、“名探偵”による解決が読者の知り得たところまでにとどまるというのは、さすがに脱力せざるを得ないところです。もっとも、本書と対になる(と思しき)『三人の名探偵の事件』における“名探偵”たちの扱いを思い返してみると、本書で首尾よく“名探偵”の座に収まったビーフもまた、同じように名探偵の“戯画化”(327頁)から逃れられなかった、とも思われます。少なくともこのシリーズにおいて*3"『名探偵』として遇する"というのは、そういうことなのかもしれません。

*1: ちなみに解説では、『ロープとリングの事件』解説での真田啓介氏による“作者はサプライズ・エンディングの新手を編み出したつもりのようだが、その手は既にバークリーが先鞭をつけている”(331頁~332頁)という本書の評を引いて、“真田氏が指摘した「前例のある“サプライズ・エンディングの新手”」とはこのことか”(332頁)とされていますが、“殺人を企図したチックルが真犯人ではなかった”(一応伏せ字)ことを軸としても、真田啓介氏の言には一応当てはまります(ここまで)
*2: 予想外の真相を解き明かしてくれるのではないかと、読者に期待を抱かせる――という意味で。
*3: 作者のもう一つのシリーズであるキャロラス・ディーンものについては、あまりこのような印象はありませんが。

2021.12.05読了