〈戦地調停士シリーズ〉

上遠野浩平
『殺竜事件』 『紫骸城事件』 『海賊島事件』 『禁涙境事件』 『残酷号事件』
『無傷姫事件』




シリーズ紹介

 このシリーズは、魔法が日常的に使われるファンタジー的異世界において、〈戦地調停士〉と呼ばれる登場人物たちが事件の謎を解いていくというもので、R.ギャレットの〈ダーシー卿シリーズ〉などにも通じるファンタジー・ミステリとなっています。

 魔法(呪文)が科学に近い形で扱われている点や、国際政治的な背景が重要な要素となっているあたりなども、前述の〈ダーシー卿シリーズ〉を思い起こさせますが、謎解きの比重はさほど大きいものではありません。しかし、それぞれの謎は設定や伏線をうまく生かしたユニークなものであると思います。

 謎解き役となる〈戦地調停士〉は、各国の主権から独立した存在である巨大な通商連合〈七海連合〉に所属し、各国間の戦争を終結させることにつとめる特殊戦略軍師ですが、“弁舌と謀略で歴史の流れを押さえ込む”と評されるほどの能力を持つ一方、かなりくせの強い個性的な面々であるようです。その中で、シリーズ全体の中心となっていくのは、常に謎めいた仮面を身に着けているエドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED{エド}、またはE・T・M)。彼は、高名な戦士である“風の騎士”ヒースロゥ・クリストフ(ヒース・クリフ)少佐と共に事件を解決していきながら、次第に世界の命運に関わっていくことになるようです。それには、彼自身の才能もさることながら、彼が追究する界面干渉学――魔法が発達していない異世界(私たちの住む世界でしょうか)からのオーパーツを研究する学問――が大きな役割を果たすことになるのかもしれません。

 なお、一点だけ内容と関わりのない苦言を呈しておきます。
 おそらく執筆前から、このシリーズにはイラストが付されることが決まっていたのだと思うのですが、金子一馬によるイラストが実際に魅力的なものになっているとはいえ、作中で登場人物たちの容姿に関する描写があまりにも少ないのが気になります。言動や性格はそれなりに描写されているものの、イラストと結びつかない人物についてはなかなかイメージしがたくなっていますし、逆に誰を描いたイラストなのか判然としないものもあります。このあたりはもう少し気を付けてほしいと思うのですが……。




作品紹介

 2016年12月現在、『殺竜事件』・『紫骸城事件』・『海賊島事件』・『禁涙境事件』・『残酷号事件』・『無傷姫事件』の6冊が刊行されており、さらにスピンオフ短編集『彼方に竜がいるならば』が2016年2月に刊行されています(未読)。
 なお、次作として『奇帝国事件』というタイトルが予告されています。


殺竜事件 a case of dragon slayer  上遠野浩平
 2000年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 ある戦争の調停が、中立国ロミアザルスで行われることになった。ここには一匹の竜――強力な魔力と知性を備え、不死身に近い存在――が住んでおり、そのために中立を保ってきたのだった。調停役として派遣された、七海連合の戦地調停士EDと“風の騎士”ヒースロゥ・クリストフ、そして小国カッタータの女性大尉レーゼ・リスカッセの3人は、調停の前に竜に面会に行くが、不死身のはずの竜は何者かに殺害されていたのだ。事件は調停の行方にも影響を与え、一ヶ月のうちに謎を解く必要に迫られた三人は、容疑者たちに会うためのに出た……。

[感想]
 竜の殺害というファンタジー世界ならではの謎はなかなか魅力的です。斬新な不可能犯罪というだけでなく、帯にも書かれているように“フーダニット”・“ホワイダニット”・“ハウダニット”のすべてが問題となってくるあたりはよくできていると思います。そして解き明かされる真相は、若干拍子抜けの感がなくもないとはいえ、しっかりと伏線も張られており、まずまずの出来といっていいのではないでしょうか。

 しかし、その殺竜事件そのものは副次的な扱いであり、この作品の中心となっているのは“旅”です。旅といっても主役三人の道中が描かれるわけではなく、様々な土地での、様々な人々との出会いを通じて世界の姿を描くことに重点が置かれています。ファンタジーRPGなどでよく使われている手法ともいえますが、やはり有効であることは間違いありません。そして、容疑者たち――比較的最近に竜に面会した、様々な立場の人々――がそれぞれに語る竜のイメージが強く印象に残りますが、主役3人が出会う人々もいずれ劣らず個性的で、物語に彩りを添えています。全般的に、舞台となっている異世界の紹介に追われている感もありますが、まずまずの作品といえるのではないでしょうか。

2003.01.18読了



紫骸城事件 inside the apocalypse castle  上遠野浩平
 2001年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 古の魔女リ・カーズが築き上げた巨大な城・紫骸城。彼女と宿敵オリセ・クォルトの最後の決戦の場となってから三百年が経ち、その城は魔導師ギルドが開催する限界魔導決定会の会場となっていた。だが、今回の大会は最初から様子が違っていた。強力な防御呪文を誇る前回大会の優勝者が、死体となって城に転送されてきたのだ。さらに事件は続き、魔導師たちが次々と殺されていく。果たしてそれは、城に残されたリ・カーズの呪いのせいなのか? 事件の謎を解くのは、最凶の戦地調停士、双子の姉弟〈ミラル・キラル〉……。

[感想]
 この作品ではEDや“風の騎士”は脇役に回り、“ひとつの戦争を終わらせるのにそれまでの戦死者に倍する犠牲者を生む”という双子の戦地調停士〈ミラル・キラル〉、そして“風の騎士”に心酔する“英雄”フロス・フローレイド大佐が主役となっています。前評判の割に〈ミラル・キラル〉のエキセントリックさがやや物足りなく感じられる部分もありますが、主役として十分な存在感は備えていると思います。

 前作『殺竜事件』ではファンタジー・ミステリとしての興味は“竜”という存在に集約されていましたが、この作品では“魔導”が中心となった数々の不可解な謎が登場し、まさに〈ダーシー卿シリーズ〉に通じる面白さを備えています。しかし、このタイプの作品では“何ができて、何ができないのか”というルールをはっきりさせておかないと、結論が恣意的(アンフェア)になってしまうという危険性があります。その意味で、この作品で使われているトリックのアイデアは非常に面白いと思うのですが、残念ながら詰めの甘さが感じられる部分があり、結果的にファンタジー・ミステリとしては破綻してしまっているといわざるを得ないでしょう。

 しかし、決して物語としての面白さが損なわれているわけではありません。閉ざされた空間の中での連続殺人(むしろ大量殺人というべきか)はサスペンスを高めていますし、魔導師ギルドの成立から現在に至るまでの因縁も興味深いものです。また、物語の背景として再三登場してくる、リ・カーズとオリセ・クォルトの戦いというモチーフの壮大さも見逃せません。

2003.01.19読了



海賊島事件 the man in pirate's island  上遠野浩平
 2002年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 様々な事情で母国を追われた貴族や富豪たちが集う高級ホテル・落日宮。その一室、密室状態の現場で発見されたのは、“この世で最も美しい死体”だった――その事件の犯人と目される人物が落日宮を脱出し、治外法権の海賊島へと逃げ込んだことから、容疑者の引き渡しを求めるダイキ帝国と海賊組織〈ソキマ・ジェスタルス〉との間に緊張が走る。一触即発の危機に〈ソキマ・ジェスタルス〉が調停を依頼したのは、カッタータの特務大尉レーゼ・リスカッセ。一方、戦地調停士EDは単身落日宮へと赴き、敢然と事件の謎に挑む……。

[感想]
 この作品は、落日宮における事件の解明と、海賊島における危機の回避という二元中継になっていますが、さらにそこに海賊組織〈ソキマ・ジェスタルス〉の歴史が絡んでくるという、なかなか複雑な構成です。そして、『殺竜事件』で主役となった3人が再び重要な役どころとして登場することで、シリーズ全体を貫く大きな流れが生まれているように感じられます(その反面、『紫骸城事件』がやや浮いているようにも思えてしまいますが)

 落日宮で起きた事件は、強烈な印象を残す発端から鮮やかな解明に至るまで、非常によくできていると思います。特に、さりげなく張られた細かい伏線の使い方が巧妙です。また、窮地に追い込まれた〈ソキマ・ジェスタルス〉がどうやってそれを乗り越えていくか、正確には調停の依頼を受けたリスカッセ大尉がどうやってそれを成し遂げるか、といったところも興味をひきます。

 しかし、この作品で主役となっているのはあくまでも海賊の頭首ムガンドゥ一族です。三代にわたる一族の歴史に隠された秘密や因縁、そして現在の頭首であるムガンドゥ三世がどのように育ってきたか、という物語は、ムガンドゥ三世自身の強烈な個性も相まって、めっぽう面白いものに仕上がっています。爽やか(?)なラストも含めて、非常によくできた作品であると思います。

2003.01.20読了



禁涙境事件 some tragedies of no-tears land  上遠野浩平
 2005年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 数十年前、戦地の狭間に誕生した難民の街・禁涙境。魔法がほとんど効力を失うという奇怪な現象によって、非武装中立地帯として独自の地位を獲得するに至ったこの街だが、創立者は不可解な状況で暗殺され、さらにその後も“禁涙境の三不思議”と呼ばれる怪事件――希望街の妊婦殺害・幸運街の殺人鬼・無用街の暗殺事件――が起こってきた。そして今、月光祭の夜に出現した怪人“残酷号”によって、禁涙境は壊滅させられてしまった。しかし、すべてが終わったはずの廃墟を訪れた戦地調停士EDは、隠された真実を明らかにしていく……。

[感想]
 今回の主役は“禁涙境”という舞台そのもので、その成立から崩壊に至るまでの数十年の間に起きた不可解な事件が描かれています。構成はやや複雑で、禁涙境が崩壊した後の場面から始まり、複数の事件の経緯が回想として挿入されていきます。それぞれの事件は部分的に解決されるものの微妙に謎が残り、それが最後にまとめて解き明かされる〈連鎖式〉に近い形になっています。

 しかし残念ながら、ミステリとしての面白さは少々物足りなく感じられてしまいます。いくつもの謎が示され、また解かれていくことで物語が進んでいくという風に、物語の中で謎解きが重要な要素となっているのは間違いないのですが、そうであるにもかかわらず謎解き(のプロセス)が全般的にあっさりしすぎているような印象を受けます。そしてそれは、一つ一つの謎解きを“軽い”ものにしてしまうだけでなく、“真相”が本来備えているべき説得力を減じているように思えてなりません(例えば、“希望街の妊婦殺害”の解決には穴があるように思えるのですが、それは一つには説明不足、つまり“穴を埋める”ための努力が十分になされていないことが原因ではないでしょうか)

 とはいえ、“ミステリ風味の群像ファンタジー”としては十分に面白い作品になっていると思います。前述のように主役は舞台そのものといえるのですが、その中で生きる、あるいはそこにかかわっていく人々は、大なり小なりそれぞれに印象に残ります(地味なところでは、口絵4〜5頁に描かれた人物がいい味を出しています)し、謎と真相が組み合わさって織りなされる物語もまた魅力的です。終盤の怪人“残酷号”の登場と大暴れはやや唐突ですが、そのあたりは次作『残酷号事件』でフォローされています。その意味では、単体でも一応決着してはいますが、“大きな物語の中の一つのエピソード”という性格がより前面に出てきたということかもしれません。

2005.01.15読了



残酷号事件 the cruel tale of ZANKOKU-GO  上遠野浩平
 2009年発表 (講談社ノベルス)

[紹介]
 亡命者レギューン・ツィラスを中心としてオルトミル公国が密かに進めてきた〈ヴェイルドマン計画〉。ところが実験は予想外の暴走を起こし、そこに居合わせることになった“なんでも屋”ロザン・フリューダと女戦士ネーティス・ハイフスの眼前で、怪人“残酷号”が誕生した。心を喪失したまま巨大な十字架を携え、ロザンとネーティスに庇護される少年サトル・カルツ――しかしひとたび変身すれば、無敵の力を振るって民衆を戦火から救う怪人“残酷号”。やがてそこに、〈ヴェイルドマン〉を我が物にしようとするレギューンの魔の手が……。

[感想]
 シリーズ4年ぶりの新作となる本書は、題名の通り、前作『禁涙境事件』の終盤で大暴れした怪人“残酷号”に焦点を当てた作品となっています。前作ではすでにロザン・フリューダとネーティス・ハイフスのコンビが“残酷号”(サトル・カルツ)と行動を共にしていましたが、本書の前半では若干時間を遡る形で“残酷号”の誕生や二人と出会う経緯などが描かれており、戦地調停士EDを主役とするシリーズの本筋からはやや離れたサイドストーリー的な味わいとなっています。

 また、個人的には少々残念なところではありますが、本書の結末において戦地調停士EDが“この一連の出来事を残酷号事件と呼ぶならば”とした上で“解決”を行っているとはいえ、今までになくミステリ色が薄い――ほとんどないといっても過言ではない――のも、シリーズの中にあって異色の作品だと感じられる所以の一つです。

 物語の中心に据えられた“残酷号”は、ごく普通の人間であったサトル・カルツが魔法兵器の開発実験の材料にされた結果、強大な力を備えた異形の存在と化したもので、端的にいえば“仮面ライダー”に代表されるような、本意ならざる処置を受けて誕生した“改造人間”の一種としてとらえることができるでしょう。しかし、それらの多くに付き物の“改造された者の悲哀”が主観的には描かれない点が、本書の大きな特徴といえるように思います。実のところ、“残酷号”となったサトルはすでに悲哀など感じない(ように見える)ほどに空虚な存在として描かれています。

 無力な民衆を暴虐の軍勢から救うという“残酷号”の振る舞いは、(巻末の「あとがき」でも言及されているように)“正義の味方”のそれに他ならないのですが、当の“残酷号”=サトルがあまりにも空虚であるだけに、(誤解を恐れずにいえば)その行動は――レギューン・ツィラスというわかりやすい悪役(敵役)が用意されてなお――どこか機械的/反射的にさえ映ります。その原因となっている、“改造”の結果としての(大部分の)人間性の喪失が、読者の胸に悲哀の情を呼び起こすことはいうまでもありません。

 すべての原因となっている〈ヴェイルドマン計画〉の実体――さらに計画の中心となっているレギューンの目論見――が明らかになっていく物語は、“ある一点”のご都合主義*を除けば非常に興味深いものですが、それ以上に印象的なのはやはり、物語が進むにつれて解き明かされていく、“残酷号”に変じたサトルを突き動かすただ一つの思いで、その途方もない強さと、それによってもたらされた運命の凄絶さは圧倒的です。

 前述のように、ファンタジー・ミステリというシリーズの定型からは外れていますが、印象に残る物語という意味ではシリーズ中随一といえるかもしれません。

*: 252頁で明らかにされている、ロザンが×××だという点。

2009.03.08読了



無傷姫事件 injustice of innocent princess  上遠野浩平
 2016年発表 (講談社ノベルス)

[紹介]
 大国同士による戦争末期の混乱の最中、敗残兵たちによって辺境に誕生した小国〈カラ・カリヤ〉。建国の立役者は、“誰にも傷つけられない”強さと天真爛漫な言動で兵士たちの中心となった、“無傷姫”と呼ばれる少女だった。その初代・ハリカ姫の後を継ぎ、強大な独裁者にも屈することなく国を守った二代目のミリカ姫。周囲を驚かす独創的な方法で、小国に確固たる地位をもたらそうとした三代目のマリカ姫――形は違えど、それぞれに“無傷姫”として〈カラ・カリヤ〉を導いてきた彼女たちだったが、四代目・ヨリカ姫の長い治世の末に、世界を揺るがす未曾有の大事件が発生して……。

[感想]
 シリーズ第六弾の本書はがらりと趣を変えて、辺境の小国〈カラ・カリヤ〉の誕生から消滅に至るまでを描いた“年代記”風の物語となっています。“現在”のパートではEDをはじめ主要キャラクターが登場しているとはいえ、基本はサイドストーリー的な作品ではありますが、“カラ・カリヤ年代記”とともに世界の歴史の概略が語られ、さらに“界面干渉学”や“七海連合”、“戦地調停士”といったシリーズの重要な設定の由来が明かされるなど、作品世界に厚みを加える一冊といえるでしょう。

 まず「第一章 姫と敗残者」、戦地に取り残されて途方に暮れる敗残兵たちと、初代の“無傷姫”となる少女・ハリカの出会いから、〈カラ・カリヤ〉の物語は始まります。ハリカの“無傷姫”たる所以はほとんど“出オチ”に近い形で明かされるのですが、“強さ”と“無邪気さ”が同居したキャラクターは非常に魅力的。しかしその“強さ”は、世界に知られてしまえば狙われる羽目になる“諸刃の剣”であるため、実力行使することなく無傷姫の存在をアピールするトリッキーな企みによって、周辺諸国に〈カラ・カリヤ〉の独立を認めさせる戦略が面白いところです。

 続く「第二章 姫と独裁者」は、強大な独裁者が世界を蹂躙する“動乱の時代”における、二代目・ミリカ姫の物語。ハリカ姫と違ってごく普通の少女にすぎないミリカ姫ですが、ハリカ姫が遺した“無傷姫の伝説”だけを頼りに、独裁者に対して毅然とした態度で臨む姿は鮮烈。しかしその一方で、他の誰も知らないハリカ姫の意思をよく知るがゆえの、後を託された立場の重圧と苦悩が見え隠れするあたりも印象に残ります。

 「第三章 姫と亡命者」は、世界の情勢が安定する中、“武力を行使しない軍事国家”という建国以来の枠組みを保ちつつ、その内情をがらりと一変させた三代目・マリカ姫によって、〈カラ・カリヤ〉が外交と通商を武器に最大の発展を遂げる“躍進の時代”が描かれています。「第一章」から登場する“無傷姫の天敵”との密かな“共犯関係”にも支えられ、世界を動かしていく様子が非常に魅力的であるだけに、章の冒頭に置かれた“早すぎる終焉”の悲劇性が際立っています。

 そして四代目・ヨリカ姫の治世となる「第四章 姫と犯罪者」は、見方によっては倒叙ミステリ風といってもよさそうな形で、冒頭で事件の概要とともにその犯人が明かされ、そこからカットバックで事件発生に至る過程が描かれていき、一種のホワイダニットとなっています。〈カラ・カリヤ〉が“安定の時代”を迎えたため、無傷姫の座について以来、長らく凡庸であることを求められてきたヨリカ姫が、事件に際してとった壮絶すぎる決断が、何とも非凡な輝きを放っています。

 事件の発生を受けて〈カラ・カリヤ〉を訪れたEDですが、その目指すものは決して事件の真相ではなく、〈カラ・カリヤ〉の歴史/物語の中に埋もれた“謎”と“真相”で、掘り起こされた思いのほか壮大なスケールの“真相”は、歴史の重みも相まって実に感慨深いものがあります。さらに、そこから(一応伏せ字)口絵に描かれた(ここまで)美しい終幕へとつながっていくのもまたお見事。そして、国家としての〈カラ・カリヤ〉が終わりを迎えた後にも、未来への希望を予感させる結末が用意されており、爽やかな余韻を残します。長いブランクにもかかわらず、十分に期待に応えてくれた快作です。

2016.01.15読了


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