東方の黄金/R.ファン・ヒューリック
The Chinese Gold Murders/R.van Gulik
当初は別々のものに思われた“顧{クー}夫人失踪事件”と“方忠{ファンチュン}失踪事件”は、実は一つの事件だったわけですが、組み合わせることで単なる駆け落ちのようにもみえてしまうところを、地道な捜査を通じて真相を解き明かしていく狄判事の手際はなかなかのものです。特に、白素娘{ペイスーニャン}の証言をもとに人違いの殺人だったと結論づけるあたりはお見事。
顧夫人を窮地から救った柏開{プオカイ}の行動が、最後のどんでん返しにつながっていくあたりもよくできていると思います。
“前知事毒殺事件”の仕掛けは、お茶好きだった前知事の習慣を利用した巧妙なものだと思いますし、仕掛けが見抜かれても犯人まではたどり着けなくなっているところも抜け目がありません。また、戸が叩きつけられるという怪現象のはずみで天井から落ちてきたほこりが、解決へのヒントになっているのも面白いところです。
これらの事件の背後に隠されていたのが黄金密輸計画で、『東方の黄金』という題名からある程度予測できてしまうのは残念ではありますが、まず朝鮮への武器密輸疑惑がうまい隠れ蓑になっていますし、密輸品が黄金であることが明らかになってからも“朝鮮へ”という先入観が邪魔をしているところがよくできています。
曹{ツァオ}進士が都へ送る本の包み、荒れ寺に積まれた竹の杖、そして奉納される仏像といった黄金の隠し場所もなかなかよく考えられています。特に仏像については、急死した僧・慈海{ツーハイ}を火葬にするという口実が巧妙ですし、破壊された鋳型が処分される経緯も面白いところです。
そして何より、前知事が残した手がかりが実に秀逸です。中身の書類をダミーにして、それを納めていた骨董の文箱に描かれた一対の竹の図柄で犯人を告発するというアイデアは非常に面白いと思いますし、それが金漆で描かれていたことで密輸の手口までも暗示しているところに脱帽です。
一方、序盤からかなり怪しげな様子をみせていた湯{タン}は、事件とは直接かかわりのないレッドへリングだったわけですが、その裏に人虎(虎憑き?)という恐るべき秘密が隠されていたのが面白いところです。最後に暗示される前知事の幽霊も含めて、オカルト要素がうまく取り込まれているところは歴史(時代)ものならではでしょうか。
すべての陰謀を暴いて意気揚がる狄判事でしたが、首謀者が友人の侯{ホウ}主事だったという真相は大きな皮肉です。冒頭の別れの場面がうまく生かされているところも目を引きますが、人間的な苦悩を見せながらも正義を重んじる狄判事のキャラクターがよく表れた結末が印象的です。
2001.12.14 大室幹雄訳『中国黄金殺人事件』読了2007.09.16 『東方の黄金』読了