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江南の鐘/R.ファン・ヒューリック

The Chinese Bell Murders/R.van Gulik

1958年発表 和爾桃子訳 ハヤカワ・ミステリ1816(早川書房)

 まず“半月小路暴行殺人事件”については、犯人が王{ワン}秀才でないことを示す、死体に残された爪痕の手がかりがよくできています。また、捕らえられた王秀才が語った夜警の拍子木の音が、実は托鉢の木魚だったという真相も面白いと思います。

 “仏寺の秘事”については、何が行われているのかは早い段階から見え見えなのですが、“どうやって確証をつかむのか”という部分で興味を引きます。杏児と藍玉を使った狄判事の計画はあざとく感じられる部分もありますが、内部に潜入する以外に手の打ちようがないのも確かで、まさに“虎穴に入らずんば虎児を得ず”といったところでしょうか。そして、頭頂部につけた紅の目印がなかなか巧妙です。
 亭の一部に隠し戸がなかったとすることで事態を収拾しようとする、狄判事の見事な裁きも見逃せないところです。

 “鐘の下の白骨死体”ではまず、横溝正史『獄門島』を思わせる死体発見の場面が印象的です。しかも、全員が鐘の中に閉じ込められてしまうという危機の演出がうまいところ。
 そして、“林”と彫られた金の護符の意味が鮮やかに逆転するのをきっかけとして、“梁夫人”の正体がその娘である林夫人だったという真相が暴かれるところも非常によくできていると思います。
 復讐のために自分の息子を夫に殺させるという林夫人の心理は、なかなか理解しがたいものがありますが、儒教をベースとした唐代中国の倫理観の下では、あり得ないことではないのかもしれません。
 殺人よりも罪が軽そうな襲撃事件を前面に出しておいて、林がそれを認めたところで“国への反逆”という重罪に問う、狄判事のトリッキーな戦術が秀逸です。第24章のお歴々のやり取りをみれば、これもかなり綱渡りに近かったようではありますが……。

2001.12.20 『中国梵鐘殺人事件』読了
2008.09.10 『江南の鐘』読了