滅びの掟/安萬純一
まず紫真乃・奢京太郎と五郎兵衛の対決では、五郎兵衛を誘い込んだ小屋ごと持ち上げて崖から落とす、何とも豪快な力技(苦笑)が炸裂しますが、建物の使い方はある密室殺人トリック(*1)に通じるといってもよく、なかなか興味深いものがあります。崖から落としやすいように、小屋が半分以上も空中に突き出た状態となっていたのがポイントですが、それをさりげなく示す“笛のような鳴き声が真下を通過していく”
(48頁)という手がかり(*2)がよくできています。
一方、紫真乃に対して五郎兵衛が仕掛けた小屋のトリックは、落とし穴に小屋ごと落とすというもので、“小屋を落とす”という点だけみると最初のトリックのバリエーションともいえますが、死因が転落死ではなく窒息死になるのが大きな違いで、死体を別の小屋に移動させることで奇怪な死に様が演出されるところが巧妙。この謎解きに挑む“名探偵・麩垣将間”は、紫真乃の指の爪の傷みと木屑から現場の移動を、さらに首の引っ掻き傷から窒息死を見抜き、“小屋ごと土に埋めた”という完全正解に至っているのが鮮やか。
李香の正体は、伝奇小説ではありがちといえばありがちです(*3)が、まずは李香(と豪蔵)を目にした与四郎の反応(105頁~106頁)が、塔七郎にとっての謎として提示されているのが面白いところで、さすがに推理で解明というわけにはいかないものの、直接明かされるよりも先に与四郎の話で少しずつ真相にたどり着く見せ方がよくできています。また、李香をめぐる与四郎の島原での記憶が、選ばれた忍者たちのミッシング・リンクにつながっていくのもうまいところです。
湯葉による李香(と豪蔵)殺しは、手足を縛られた状態での密室殺人(*4)という演出が魅力。その真相は、鬘の下に仕込んだ鉄のかぶりものを使って頭突きで殺したという、何とも凄まじいバカトリックですが、自身も撲殺されたように見せかける上では都合のいいトリックともいえます。仮死の術を使ったために逃げられず、将間に捕えられることになったのが痛恨ですが、いくら縛られていたとはいえ知らぬ存ぜぬで押し通すのは難しいわけで、致し方ないところでしょうか。
将間の不可思議な首切りトリックに対して、“名探偵・五郎兵衛”は、ぎざぎざな――しかし“一番外側だけはきれいな直線をしていた”
(259頁)――首の切り口と、直角に曲げられた右手という湯葉のダイイングメッセージを手がかりに、“刃が直角に曲がった小刀を口の中に入れて、内側から薄皮一枚残して首を切った”という真相にたどり着いていますが、これはさすがに解明できる方がおかしいでしょう(苦笑)。
忍者対決の最後に明かされるのは、陣場半太夫=藪須磨是清の一人二役で、“顔のない死体”ならぬ“死体のない顔”トリックが実に凄絶です。作中では塔七郎と与四郎が様々な可能性を検討していますが、“顔のない死体”の変形だと考えれば(*5)、それを利用した“バールストン先攻法”であることは見え見え。とはいえ、当初は入れ替わるべき相手が見当たらず、後に登場してくる“藪須磨是清”が怪しく思えても、将間が“藪須磨是清”と普通に会話している(226頁~227頁)ことが障害となる(*6)のがうまいところで、実は八年前から一人二役を続けていたという真相に驚かされます。それだけ半太夫に先見の明があったともいえますが、それでも“藪須磨是清”の身分まで捨てざるを得なくなったという顛末が、忍者の悲哀を強調しているところがあります。
木挽の里での連続殺人ではまず、犯人が被害者の墓の中――棺の中ではなく棺の下に隠れていたというトリックがまずまず。犯人の正体そのものは、殺される鯉霧が犯人の顔を見て“この化け物め”
(80頁)と言ったことで、前述の“死体のない顔”トリックを使った半太夫であろうことは見当がつきました(*7)し、後に犬丸が犯人と思しき黒ずくめの男と対峙した際に“膏薬じみた匂い”
(247頁)がしたことも、玄也が疑問を抱いた(276頁・281頁)ように藪須磨是清としてはおかしなことであっても、“顔を切り落としたばかりの半太夫”とすればむしろ裏付けとなり得ます。
一方で、鴉の羽根や黒い布といった合図から内通者がいることも確実。そしてその容疑者が限られてくる中にあって、頭領・東善鬼に直談判までした桔梗は何かを知っている様子ではあるのですが、(それが何かもさることながら)“どうやって知ったのか”が謎となっているところ、本篇冒頭に言及されている“仮死の術”
(8頁)という答が用意されている――“聞いたことをあとから思い出せる”
(9頁)ことまでしっかり示されている――のにうならされます。
かくして、黒い布に関する紋の推理(306頁)でも匂わされている(*8)ように、最後に待ち受けているのは桔梗が半太夫の共犯者という真相ですが、(半太夫が“桔梗に話しかけているのを見たことがある”
(30頁)という十佐の言葉がそれを指しているのかどうかはわかりませんが)本篇が始まる前の巻頭の一幕(5頁)につながるのに脱帽(*9)。そして、“選ばれた忍者たちを全員抹殺する”という伊豆守信綱の謀略の一部――“忍者勝負で生き残って帰ってきた者を里の全員で殺す”という指令を止める、という皆殺しの動機が何とも壮絶です。
由井与四郎が由井正雪であることは明らかで、物語の最後が“由井正雪の乱”で終わることも予想できるところですが、十佐が“服部半蔵”になっていたことは、信綱が“提案”
(349頁)を持ち出したことで予想できなくもないとはいえ、それこそ“ガラじゃねえ”
(354頁)ので驚きました。が、(与四郎は史実なので仕方ないとして)十佐と桔梗だけでも生き残ってくれたことに一安心。
*2: 鳥のおかげで仕掛けを見抜いて命拾いした五郎兵衛が、
“もう山で会った鳥を捕って喰うのはやめよう。”(59頁)と決意しているのにニヤリとさせられます。
*3: といいつつ、具体例をすぐに思い出せないのですが、風太郎忍法帖にはあったような気が……。
*4: これも既視感があるのですが、思い出せません(『忍者月影抄』の本がすぐに発掘できず確認できないのですが、「忍法「足八本」」の章がこの状況だったような気が……)。
*5: “顔のない死体”トリックのポイントが、“顔”と“死体”、すなわち“アイデンティティ”と“死”を切り離すことにあるわけですから、逆――“死体のない顔”――もまたしかり、といえるでしょう。
*6: 他にも、“藪須磨是清”の顔まで隠した黒装束が忍者のイメージとして違和感がないことも、悩まされる一因となっている感があります。
*7: 実をいえば、半太夫が“死体のない顔”トリックで忍者対決から離脱してこちらに専念しているのではないか、と考えていました。
*8: 紋が
“やっぱり連れてくればよかった。もう殺されているかもしれない。”(306頁)と考えているのは、それまでの流れからすると桔梗を指しているようにも思わされますが、死に際に
“紋の脳裏に浮かんだのはすえの姿だった。”(335頁)とあるように、(当然ながら)桔梗ではなくすえのことだと考えられます。
*9: 正直なところこの部分は完全に忘れていたのですが(汗)、読み返してみるとかなり早い段階(33頁)で毒が使われた可能性に言及されているのがまたすごいところです。
2019.07.06読了