魔偶の如き齎{もたら}すもの
[紹介と感想]
『密室の如き籠るもの』・『生霊の如き重るもの』に続く〈刀城言耶シリーズ〉の第三短編集です。言耶の学生時代の物語で統一されていた『生霊の如き重るもの』に対して、本書にはその後の時代、言耶が大学を卒業して間もない頃のエピソードが収録されています。シリーズではおなじみの担当編集者・祖父江偲との出会いもありますが、これは偲が登場する他の作品(*1)を先に読んでからの方がより楽しめると思われるので、シリーズを本書から読むのはおすすめできません。
それぞれに違った面白さで甲乙つけがたいところがありますが、個人的ベストは「獣家の如き吸うもの」。
- 「妖服の如き切るもの」
- 仲の悪い兄弟が、坂道の上と下に分かれた二軒の家でそれぞれ、互いの息子と暮らす砂村家。その兄弟が、“上”と“下”の家で同じ剃刀を使って殺されるが、犯人らしき息子たちには剃刀を受け渡す機会がなかったという。事件には、服の姿で人を操る怪異〈妖服〉も関わっているらしい。事件の話を聞いた刀城言耶は……。
- 新本格ミステリを思わせる、謎のための奇抜な設定が目を引く作品で、犯人がほぼ明らかなため、言耶の“一人多重解決”もハウダニット版となっているのが珍異色です。真相はかなりわかりやすいと思いますが、よく考えられているのは確かでしょう。ホラー要素が少々取って付けたように感じられるのが残念。
- 「巫死の如き甦るもの」
- 刀城言耶に助けを求めてきた女学生が語るのは、何とも不気味な話だった。復員してきてから様子がおかしくなり、村の中に独自の集落を作ってそこで暮らしてきた兄が、不治の病にかかって不死の妄想――〈巫死〉に取り憑かれ、集落を高い塀で囲って閉じこもった末に、いつしかその中で消え失せていたというのだ……。
- 閉ざされた空間からの人間消失……ではありますが、必ずしも不可能状況とはいえない(*2)上に、消えた当人をはじめとする集落の人々の不可解な様子も相まって、ハウダニットというよりもホワットダニットというべき内容となっているのが面白いところです。言耶がいきなり突きつける真相の衝撃(*3)、そしてそこからの恐るべき結末が強烈な印象を残します。
- 「獣家の如き吸うもの」
- 山道で迷って“そこ”にたどり着いた歩荷{ぼっか}(*4)の体験談、苦労して“そこ”を探し当てた学生が綴った手記、かつて“そこ”に招かれた投資家と新聞記者の対話――三つの話には、体が二つに分かれようとしている獣たちの石像が飾られた、山中の奇怪な家が登場してくるが……話を聞いた刀城言耶の推理は?
- 旧知の本宮教授(*5)らが提供する怪異譚の謎を解く、安楽椅子探偵形式の作品。怪異譚のホラー的な雰囲気の中、メインの謎が示されたところでは思わず笑ってしまいましたが、海外古典の名作をひっくり返したような謎はユニークですし、それが思わぬところから解き明かされるのが鮮やかです。そして一気にホラーに転じる結末もお見事。
- 「魔偶の如き齎すもの」
- 執筆依頼に訪れた編集者・祖父江偲から、持ち主に“福”と“禍”をもたらすという土偶の骨董〈魔偶〉の話を聞いた刀城言耶は、偲とともに現在の持ち主の屋敷を訪れるが、収集した骨董を納めた卍堂の中で事件が起きる。しかし卍堂の四つの出入り口はそれぞれ、刑事を含む四人の客でふさがれていたのだ……。
- 刀城言耶と祖父江偲の出会いが描かれた作品ですが、(100頁ほどで長めとはいえ)短編ということもあってか、いきなり〈魔偶〉の持ち主を訪ねるスピーディな展開(*6)から、奇妙な建物を舞台に事件が発生します。容疑者の数こそ少ないものの、工夫を凝らした“一人多重解決”は圧巻で、その果てに待つ意外な真相と、それを踏まえた最後の一幕もよくできています。
*2: 集落を囲む塀は、深い森と山に続く背後を除いた三方に築かれています。
*3: 一部には既視感もありますが……。
*4: 山小屋などに荷物を運ぶ労働者(→Wikipedia)。
*5: 「死霊の如き歩くもの」・「屍蝋の如き滴るもの」(いずれも『生霊の如き重るもの』収録)に登場した民俗学者。
*6: もっとも、訪問先で思わぬ同行の士を得た言耶が、ノリノリで脱線してしまうのが愉快ですが(苦笑)。
2019.09.02読了 [三津田信三]
君待秋ラは透きとおる Sister of the Invisible
[紹介]
一千万人に一人ともいわれる、唯一無二の特殊な能力“匿技”の持ち主――匿技士たちを集める、戦後の混乱期に設立された〈日本特別技能振興会〉。自分自身や手に触れたものを透明化する匿技を持つ大学生・君待秋ラは、〈振興会〉からの勧誘に一旦は背を向けるが、初めて他の匿技士に出会ったことで関心を抱き、〈振興会〉に所属することになった。匿技の研究への協力、さらには米軍の匿技士との模擬戦など、〈振興会〉での活動にもなじんでいく君待だったが、ある匿技士の死が事態を一変させる……。
[感想]
ひねくれたミステリを発表し続ける作家・詠坂雄二による、“匿技”と呼ばれる異能を題材として、透明化の匿技を持つ主人公・君待秋ラ(*1)をはじめとする匿技士たちの活躍を描いたSFミステリです。帯には“バトル&リドル”
という言葉がありますが、どちらも本格的になるのは物語後半に入ってからで、むしろそこに至るまでの“土台”がしっかりしているという印象を受ける(*2)のは、この種の作品としては異色かもしれません。
その“土台”を担っているのが〈振興会〉の造形で、匿技の研究という役割は当然として、それよりもまず、君待を勧誘する際に説明されているように、現代の日本社会(*3)における公的な組織として、匿技士たちを“どのように扱うべきか”を丁寧に考えてあるのが目を引きます。その結果として、(それなりのインセンティブも用意して)匿技士を“所属させる”こと自体が第一義という穏当な(?)ものとなり(*4)、あまり荒唐無稽にならないような形で“超能力者の組織”を成立させてあるところがよくできています。
そして匿技の研究についても、主に君待の透明化を対象として、現象が発生するプロセスや効果の範囲(距離や時間)などを多角的に検証し、原理の解明には至らないまでも、あるべき仮説を立てていく――という科学的なアプローチが積み重ねられていき、SF的で非常に面白いものになっています(*5)。そのような部分も含めて――さらにいえば設立の歴史にまである程度言及されることで、〈振興会〉が確かな存在感をもって描かれているのが本書の見どころの一つで、それ自体が本書の影の主役といえるでしょう。
その中で、物語後半の「第六章」に入ると正体不明の“敵”の存在が浮かび上がり、“誰が?/なぜ?”という謎とともに本格的なバトルが幕を開けます……と書いてしまうと唐突に思われるかもしれませんが、バトルとミステリの両面において、それまでの物語が伏線として機能しているのが秀逸です。そして凄絶な決着を迎えるバトルと歩調を合わせるかのように、そこで明らかになる真相もまた凄絶としかいいようがなく、特にホワイダニットが何とも強烈な印象を残します。
とある理由で自身の匿技を嫌っていた君待ですが、〈振興会〉での活動を通じて匿技への抵抗が次第に減じていったその矢先、バトルの顛末に大きな打撃を受けることになります。それでも、新たな一歩を踏み出すための“救い”が用意されており、そこから――物語全体が、作中である人物が口にした“世代を繋ぐ”
という言葉を体現しているかのように――第一章と同じ「勧誘」という題名の最終章で幕を閉じるのも印象的。作者のファンであればニヤリとさせられる結末もありますが、ファンでなくとも素直に楽しめる快作といえるでしょう。
*2: 主人公の透明化の他にも、鉄筋生成、座標交換、猫化……といった突拍子もない匿技が登場するにもかかわらず。
*3: 戦時中ではなく、軍備に力が注がれた国家でもなく、ましてや“悪の組織”など存在しない――要するに、匿技を戦闘に利用することが想定できない状況であり、また独裁国家のように強権的かつ秘密裏に組織を構築することもまず不可能でしょう。
*4: 三津田信三『九孔の罠』の〈ダークマター研究所〉も、多少はそのようなところがなきにしもあらずですが……。
*5: このあたり、“透明人間”をあくまでもミステリのための特殊設定として使った阿津川辰海「透明人間は密室に潜む」(『透明人間は密室に潜む』収録)と読み比べてみると、方向性の違いが楽しめるように思います。
2019.09.20読了 [詠坂雄二]