完全・犯罪/小林泰三
一部の作品のみ。
- 「完全・犯罪」
観察者の視点を基準とした『過去は変わらない』・『未来は変わる』という二つの原理は、感覚的には納得しやすいところがありますが、当然ながら観察者が複数になった途端に破綻することになります。しかし、叙述の視点を動かさないことで破綻を隠蔽しつつ、タイムパラドックスもものともせず無数の主人公を集結させる力技に脱帽です(*1)。そして収拾のつかなさそうな事態を、突然の改心で強引に片付けてしまうオチには思わず脱力。最後の一行のツッコミも鮮やかです。
- 「ロイス殺し」
ジョン・ディクスン・カー『火刑法廷』の中では、ゴーダン・クロスが
“わしがロイスを殺したとき……ついでに言っておくが、こいつは殺されて当り前なやつだったんだが……わしには完全なアリバイがあった……給仕も含めて二十人の人間が、デルモニコの店でわしが食事をしてたと証言してくれた。”
(『火刑法廷』ハヤカワ文庫版281頁)と語っており、作者がそれを巧みに膨らまして作品に仕立てていることがわかります。しかも、“その犯行は発覚するにはそれしかないという形で発覚しちまったのさ……つまり、わしが自分でしゃべっちまったんだ。酔っぱらったあげくに口をすべらせちまったんだよ”
(同272頁~273頁)とある、真相発覚の経緯まで取り込まれているのが見事です。密室トリックはさほどでもありませんが、ロイスの病的なギャンブル好きという設定がうまく利用されています。そして、
“内開きのドアがテーブルにぶつかる”
(49頁)といういきなりの伏線にニヤリとさせられます。- 「双生児」
名前の共有――両親をはじめとする周辺による双子の取り違えが、二匹の飼い犬についてのエピソードなどを交えながら説得力をもって描かれているのが秀逸で、それによって“取り違えはなかった”――二人の精神の方が入れ替わっていたというオチのインパクトが強まっています。
冒頭のニュース記事では関係者の名前が伏せられているものの、“姉の方が死んだ”ということは読み取れるので、姉だと考えられる(*2)真帆が語り手となっているのはおかしな話なのですが、それもまた取り違えを疑わせるミスディレクションとなっている感があります。
*2: 一貫して“真帆と嘉穂”という順序で名前が登場することから。
2010.10.05読了