ミステリ&SF感想vol.183

2010.11.24

新世界崩壊  倉阪鬼一郎

ネタバレ感想 2010年発表 (講談社ノベルス)

[紹介]
 所属する組織の指令でイギリスからアメリカへと移り、ニューヨークを拠点として特殊な任務を遂行する美女・シンディ。あるとき彼女はターゲットの男をニューヨークの密室で殺害後、扉を開くことなく屍体とともに姿を消す。またあるときは、ニューヨークからロンドンの密室へ、あるいはサンフランシスコからニューヨークへ、瞬時に移動して殺人を繰り返す……。一方、FBIとの人的交流でアメリカにやってきた上小野田警部は、独自の美学に基づく“理想の犯人”を求めてシンディに目をつけ、非番の日も彼女のいる館へ通いつめる。館でシンディの登場を待つ間、シンディが書いたという童話を執事に渡されて読みふける上小野田警部だったが、それは……。

[感想]
 バカミスの領域を突き抜けた怪作『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』で、見事「第3回 世界バカミス☆アワード」を受賞した作者が、“バカミス界の小林幸子”を目指すという意気込みとともに送る、今年の“バカミスのパフォーマンス”。これまた前代未聞のバカミス『紙の碑に泪を』に登場した上小野田中生警部を主人公に*1、読者を唖然とさせずにはいられない“倉阪流バカミス”が展開されています。

 物語は、組織の指令で殺人を繰り返す謎の美女・シンディに、犯罪の気配をかぎつけた上小野田警部が迫っていく……というものですが、どこをとってもやけに密度の低いぼかされた描写をみれば何かが仕掛けられていることは歴然としていますし、シンディが書いたという童話*2もまたあからさまに怪しい雰囲気を漂わせています。このあたりは、一連の“倉阪流バカミス”を読んだことのある方にはおなじみのもので、作者としてもある程度まで見抜かれることは想定の範囲内といったところでしょう。

 しかして本書の目玉となるのは、シンディがターゲットを殺害してその屍体を解体する場面、ノベルスの二段組を利用してニューヨークとロンドンの様子を一度に描く、上下段同時進行という趣向です。凄惨な解体場面と“ビバ、ニューヨーク!”といった能天気なかけ声との落差に苦笑を禁じ得ない中、例によって情報量の少ない描写を追っていくと上段と下段の間で奇怪な不可能犯罪が浮かび上がってくる*3という仕掛けは、段組を利用した趣向の中でもおよそ例を見ないものになっています*4

 そして終盤には謎解きになだれ込むわけですが、完全に脱力を余儀なくされる、いい意味で実にくだらない真相もさることながら、『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』と同様の“主客の転倒”――〈真相〉よりも〈○○〉を示すことに重きが置かれた解決が見どころで、そこで明かされる〈○○〉は空前絶後の脱力もの。と同時に、それが本来ならばあり得ない形で提示されているのも注目すべきところで、やや強引ではあるものの、上小野田警部のキャラクターと相まって奇妙な味がかもし出されています。

 一連の“倉阪流バカミス”を読んでいると、ややインパクトに欠ける――特に『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』と比べると――きらいはありますが、誰も考えもしないような方向性の奇天烈なアイデアにはやはりニヤリとせざるを得ませんし、それを作品にまで仕立てるために注ぎ込まれた“無駄”な労力には脱帽です。もはや完全に独自の境地に達した孤高のバカミスに、今後も期待したいと思います。

*1: 話のつながりがあるわけではありませんが、『紙の碑に泪を』を先に読んでおいた方が、上小野田警部の特異なキャラクターを把握しやすいのは確かでしょう。
*2: 余談ですが、「踊る館」と題された童話の中の、“「たまごはひよこに、たまごはひよこに、そして、いつかニワトリに」/「たまたま、たまたま」/「ひよひよ、ひよひよ」”(136頁)というフレーズがツボに入りました。
*3: 実をいえば、さらりと読んでしまうと何が起こったのかよくわからないまま終わってしまうおそれもありそうで、“ニューヨークの密室で殺害後、瞬時にロンドンに移動”というカバーの紹介文はややネタバレ気味ながら結果オーライの感があります。
*4: そもそも段組の各段を分割する趣向は、かんべむさし「決戦・日本シリーズ」のようにストーリーの分岐を表現するものが大半だと思われます。本書のように描写の視点を分割して同時進行させた作品は、堀晃「最後の接触」『太陽風交点』収録)と山田正紀『魔術師』(部分的ではありますが何と四段組)くらいしか思い当たりません。

2010.09.11読了  [倉阪鬼一郎]

災園  三津田信三

ネタバレ感想 2010年発表 (光文社文庫 み25-4)

[紹介]
 お狐様のお告げを聞くことができると評判になった幼い少女・根津奈津江は、ほどなく養父母を相次いで亡くすという凶事に遭い、実姉と名乗る祭深咲に連れられて実父が経営する施設〈祭園〉に引き取られた。奈津江と同じ6歳の三紀弥から13歳の汐梨まで、施設で暮らす少年少女たちはいずれもわけありの様子。施設の裏手には、奈津江の亡くなった実母が使っていたという祈祷所〈廻り家〉が廃屋と化したまま残され、さらにその奥には得体の知れない何かが凄む黒い森が……。自らの素性を伏せたままそこで暮らし始めた奈津江だったが、三紀弥から恐ろしい“灰色の女”の話を聞かされて……。

[感想]
 『禍家』『凶宅』に続く〈家〉シリーズの第三弾。内容に直接のつながりはないものの、いずれも“新天地に飛び込んだ子供の身に起きる怪事”*1を描いた点で共通するシリーズですが、幼い少年が主人公だった前二作と違って少女が主役である点以外にも、色々な部分でやや毛色の違った作品となっています。

 まず冒頭からして、主人公の奈津江が“新天地”に飛び込むの経緯がそれなりの分量をもって描かれているのが、前二作との大きな違い。相次いで亡くした両親が養父母だったことを知らされ、実の父親が経営する施設に引き取られるという複雑な事情もありますが、もう一つ重要なのは“お狐様のお告げ”を聞くことができるという奈津江の特殊な能力で、奈津江が普通の子供ではないことがはっきり示されている点が異色です。

 つまり、解き明かされるべき“謎”―“怪異”が完全に主人公の外部にあった前二作に対して、本書ではその少なくとも一部は主人公自身の内部にあるといえるわけで、その由来に関わる*2とされる奈津江の素性がクローズアップされることにより、場所としての“家”よりも血筋としての“家”の方に重点が移っているのが本書の大きな特徴でしょう。そしてそれは、物語の舞台が園長を養父とした血縁のない家族が暮らす施設とされていることで、より一層際立っている感があります。

 その中で、主人公の奈津江が同い年の三紀弥少年を“相棒”に得て“謎”―“怪異”に立ち向かっていく展開は、もはやシリーズ定番というべきもので、物語に安定感とシリーズとしての統一感をもたらしています*3。もっとも、〈祭園〉で起きる“怪異”――“灰色の女”の出現にさほどの怖さは感じられず、奈津江と三紀弥の活動もどことなく“少年探偵団”めいた印象で、前2作に比べると全体的にホラーよりもだいぶミステリの方に寄った作りとなっているのが目を引きます。

 ……といいながら、これまでの作品と比べると随分“真相”がわかりやすいものになっているのが少々微妙なところですが、逆にいえば主人公がなかなかそれに思い至らないのが(年齢の割にかなりしっかりしているとはいえ)子供らしいところではありますし、また早い段階から“イヤな気配”を漂わせている“真相”に直面する主人公の衝撃もひとしおです。というわけで本書は、恐怖よりも謎解きのカタルシスよりも“真相”の“イヤ感”が強く表れた、いわゆる“イヤミス”に近い味わいの作品として読むべきではないでしょうか。

*1: 杉江松恋氏の解説より。
*2: これは早い段階で示されています。
*3: このあたりについては、杉江松恋氏による解説で“仮説その一”として論じられている部分になるほどと思わされました。

2010.09.16読了  [三津田信三]
【関連】 『禍家』 『凶宅』

黒と愛  飛鳥部勝則

ネタバレ感想 2010年発表 (ハヤカワ・ミステリワールド)

[紹介]
 奇妙に傾く和洋折衷の狂気の城、〈奇傾城〉。悪趣味な収蔵品の数々を誇り、かつてアミューズメントパークとして公開されていたものの、二年前に入場客の自殺事件が起きた後、その現場――「絵画の間」に幽霊が出現するという噂が立つようになっていた。その〈奇傾城〉を心霊特番で取り上げようと、雨の中訪れたロケハンのスタッフ一行。カメラマンの友人の頼みでアシスタントとして加わった“探偵”亜久直人に、霊能リポーター役だという黒服の女子高生・示門黒{しもんくろ}は、「あなたは鋏が好きですか?」と問いかける。……やがて密室状況の「絵画の間」で、黒と親しいディレクターが首を切断されているのが発見された。解決を求められた亜久は直ちに犯人を名指しするが、嵐に閉ざされた〈奇傾城〉では……。

[感想]
 怪奇ミステリの大作『堕天使拷問刑』から二年ぶりとなる飛鳥部勝則の新作長編。“呪わしくも美しい純愛(恋愛)本格ミステリ”という惹句が付された物語の中心となるのは、どこか不気味な城主の住まう何とも奇怪な城〈奇傾城〉であり、また“黒”と“死”に魅せられた風変わりな女子高生・示門黒であり――という具合に、全編に横溢するゴシック趣味が印象に残る作品です。

 まず「奇傾城殺人事件」と題された〈第一幕〉、悪趣味で異様な舞台にどこか壊れたような登場人物たちが集う中、幽霊が出現すると噂の部屋で密室殺人が起きるあたりは定番中の定番ともいえますが、事件が発生してほどなく、物語全体の三分の一にも満たないところで早々に“探偵”亜久直人*1犯人を指摘してしまうという超展開に困惑。しかもここで明示されるのは犯人だけで、真相を導き出した“探偵”の推理が読者に対しては一切明かされないまま、事件の背景としての前日譚に切り替わるというひねくれた構成が非常にユニーク。

 その前日譚――〈第二幕〉と〈第三幕〉に分かれた「亡霊圏」は、倒叙ミステリさながらに犯人の一人称で記述されており、常軌を逸した示門黒の趣味に犯人が引き寄せられ、やがて示門黒に対する偏執的な思いに“堕ちて”いく過程が――不可解な死体消失の謎なども交えながら――じっくりと描かれています。また〈幕間〉として挟み込まれた「奇傾城自殺事件」ではさらに時を遡り、幽霊譚の発端となった奇妙な自殺事件とともに、「亡霊圏」とはまた別の視点から示門黒の特異な人物像に焦点が当てられ、彼女こそが全編の主役であることを強く印象づけています。

 事件の前日譚が終わり、物語が再び現在の〈奇傾城〉に戻る〈第四幕〉の「破獄」では、“もはや仕込みは終わった”といわんばかりに、章ごとに視点を切り替えながらあちらでもこちらでもクライマックスに突入。少しずつ明かされる巧みな仕掛けや意外な真相――特に密室構成の倒錯した動機には唖然――にうならされつつも、最大の見どころはやはり作者が遠慮なく*2趣味を暴走させた壮絶なカタストロフで、最終章で繰り広げられる“地獄絵図”の凄まじさにはしばし呆然とせざるを得ません。

 最後にようやく明らかにされる密室トリックのバカミス的な豪快さもさることながら、思いのほか静かな結末の中で浮かび上がってくる“最後の真相”がまた見事。どう見てもやりすぎな内容とは裏腹の美しい終幕の一文まで含めて、まさに飛鳥部勝則にしか書き得ない異形のミステリ*3(あるいは変態ミステリ/苦笑)といえるでしょう。読者を選ぶ作品なのは間違いありませんが、個人的には大いに満足させられた傑作です。

 なお、本書は『ラミア虐殺』と微妙に関連があり、いわばその“姉妹編”にあたります。作中の時系列では『ラミア虐殺』→本書の順になりますが、物語は独立しているので必ずしも順番に読む必要はありませんし、むしろ本書を先に読む方が楽しめるようにも思います*4

*1: 『堕天使拷問刑』などに登場。
*2: “ある種のエクスキューズ”が用意されているといえなくもないかもしれませんが……。
*3: 本書におけるゴシック趣味については、「2010-09-26 純愛少女のための絶対領域」が参考になります。
*4: 私自身、本書を読んだ後に『ラミア虐殺』を読みましたが、この順序でよかったと思います。

2010.09.29読了  [飛鳥部勝則]

隻眼の少女  麻耶雄嵩

ネタバレ感想 2010年発表 (文藝春秋)

[紹介]
 1985年、冬。ひなびた寒村・栖苅村を訪れた種田静馬は、〈龍ノ首〉と呼ばれる巨岩のある〈龍ノ淵〉で、水干を身にまとった少女・御陵みかげと出会った。左目に碧がかった義眼を入れたみかげは、やはり隻眼だった母の名を継いで探偵になるべく修行をしているのだという。やがて、村の生き神〈スガル様〉を代々引き継いできた琴折家の少女が殺害され、切断された首が〈龍ノ首〉に載せられるという事件が起きる。静馬にかけられた疑いを晴らしたみかげは、依頼を受けて事件の解決に乗り出すが、さらに第二、第三の事件が相次いで発生し……。
 ……そして事件が決着を迎えてから十八年後、2003年の冬。再び栖苅村を訪れた静馬の前に現れたのは……。

[感想]
 長編としては実に5年ぶりとなる麻耶雄嵩の新作は、隻眼の美少女探偵・御陵みかげを主役とした非シリーズの作品で、帯の“ちょっぴりツンデレ”といった惹句、そしていかにも狙ったようなキャラクターとして描かれた探偵の姿には若干の苦笑を禁じ得ないところもありますが、内容は一見するとかなりオーソドックスなミステリ――とりわけ麻耶雄嵩の作品にしては――という印象を与えるものになっています。

 生き神様が崇められる因習深き寒村を舞台に、因習の中心にある村の名家で猟奇的な連続殺人が起きるという物語は、そこはかとなく横溝正史テイスト。その中で、視点人物である種田静馬をワトソン役に配置することで“探偵・御陵みかげ”を物語の中心に据えて、序盤からその推理――ささいな“不整合”を手がかりに導き出される緻密なロジックに焦点が当てられています。特に冒頭の、切断された首にまつわるロジックは実に見事。

 しかしそれに対して、犯人は数多くの偽の手がかりをばら撒いて次々にミスリードを仕掛け、探偵みかげは事件を止めることができないまま“手がかりの迷宮”の中でさまよい、苦悩することになります。このように、本書ではいわゆる“後期クイーン問題”――作中の探偵は手がかりの完全性を保証できず、論理的に唯一の真相に到達することはできない*1――がテーマとされており、特にマニアックな本格ミステリファンにとって非常に興味深い作品といえるのは間違いないところでしょう。

 この“後期クイーン問題”に対しては、これまでに何人かのミステリ作家が色々なアプローチを試みています*2が、本書では“偽の手がかりと本物の手がかりをいかにして論理的に峻別するか”という、ある意味愚直なまでに真正面からのアプローチがとられているのがものすごいところ。そして幾度も“犯人によって誘導された推理”が廃棄された後に示される、その困難な命題に対する回答としてのユニークなロジックが非常に秀逸です。

 最初の事件から十八年を経て訪れる終幕は、皮肉で何ともいえない後味を残す部分もあるものの、麻耶雄嵩の長編では定番ともいえる壮絶なカタストロフに比べるとインパクトは弱めですし、『夏と冬の奏鳴曲』などにみられるような読者自身に解明を委ねる幕切れでもなく*3、ややもすると肩透かしの感さえあるあっさり風味。とはいえ、今までにない(というのは言い過ぎかもしれませんが)明快さは麻耶雄嵩作品への入り口としても打ってつけですし、何より本格ミステリとしてよくできているのは確かでしょう。

*1: 「後期クイーン的問題 - Wikipedia」では、“探偵に与えられた手がかりが完全で全て揃っている、あるいはその中に偽の手がかりが混ざっていないという保証ができない、つまり、「探偵の知らない情報が存在することを探偵は察知できない」”とされています。
*2: 例えば、氷川透『最後から二番めの真実』や山田正紀『神曲法廷』など。興味のある方には、諸岡卓真『現代本格ミステリの研究』(北海道大学出版会)をおすすめします。
*3: 本書では解決のロジックが前面に押し出されているのですから、少なくとも本筋に直接関わるところについては読者に解明が委ねられた部分はなく、すべて明示されていると考えるのが妥当ではないでしょうか。

2010.10.02読了  [麻耶雄嵩]

完全・犯罪  小林泰三

ネタバレ感想 2010年発表 (東京創元社)

[紹介と感想]
 『完全・犯罪』という題名から連想される(『モザイク事件帳』のような)ミステリ短編集ではなく、(多少はミステリ色のある作品もあるものの)基本的には作者らしいブラックなホラーを並べた作品集です。
 なお、「ロイス殺し」はJ.D.カー生誕百周年記念アンソロジー『密室と奇蹟』に収録された作品で、ジョン・ディクスン・カー『火刑法廷』の中で少しだけ言及されている事件を短編に仕立て上げたものです。『火刑法廷』を先に読んでいないとやや意味がわかりにくいところがあるかとも思いますので、ご注意下さい。

「完全・犯罪」
 物理学者の時空惑雄博士は、実用的なタイムトラベル理論を確立しながらも、実証に手間取っている間に水海月只朗博士が同様の理論を発表したことで、大きな功を逃すことになってしまった。逆恨みの末に、ついに完成させたタイムマシーンを使って過去の水海月博士を暗殺しようと企む時空博士だったが……。
 小林泰三ファンにはおなじみの“ターイムマスィ――ン(筆者はポーズを取った)”*1ではなく、タイムマシーンを使った犯罪計画を描いた一篇。タイムパラドックスが実行の障害となるのは定番ですが、シンプルな理論からとんでもないドタバタへ、さらに唐突にして脱力ものの結末へとつなげる力技がお見事です。

「ロイス殺し」
 カナダ奥地の村で苛酷な環境に耐えつつ生活してきた少年が、唯一心の支えとしてきた優しい少女・マリー。だが、彼女は無法者の手によって悲惨な死を遂げてしまう。仇を追って村を飛び出した少年は、ゴーダン・クロスと名前を変え、数々の苦境を潜り抜けてついに目指す相手を発見した。その時、彼の耳にある囁きが……。
 数あるカー作品の中から『火刑法廷』を選んでネタにしているのが小林泰三らしく感じられます。しかもできあがった作品では、独特の気色悪さに満ち満ちた“小林泰三ワールド”が展開されており、元ネタを知らなければ普通に「ああ、小林泰三の作品だな」という感想を抱いてしまいそうです。しかしそれでいて、カーへのオマージュらしくきちんと密室ものになっているのがすごいところ。

「双生児」
 双子の姉妹・真帆と嘉穂は、幼い頃からあらゆるものを共有してきた――二人の名前さえも。両親は、ある時はわたしを「真帆」と、彼女を「嘉穂」と呼び、またある時はわたしを「嘉穂」と、彼女を「真帆」と呼んだ。二人が成長するとそんなこともなくなっていったが、わたしは本当は真帆なのか、それとも嘉穂なのか……?
 双子の一方である語り手のアイデンティティへのこだわりを、色々なエピソードにより説得力豊かに描き出しているのが秀逸。そして物語は、冒頭に掲げられたニュース記事*2に記された“結末”に向かって突き進んでいきますが、最後にはひねりの加えられたブラックなオチが。

「隠れ鬼」
 河川敷を歩いていた貞二が、ふと強烈な視線を感じてそちらに目をやると、ホームレスの男が鋭く睨みつけていた。何の心当たりもないまま、近づくホームレスに恐れをなして逃げ出した貞二だったが、相手はどこまでも追いかけてくる。何とか振り切ることに成功した貞二は、やがて子供の頃の隠れ鬼を思い出して……。
 大筋ではどこかで見たことのあるような話になっているのは否めませんが、作者らしいねちっこく気色の悪い描写で読ませます。どことなくシュールな結末も印象的。

「ドッキリチューブ」
 一般人相手に過激なドッキリ企画を仕掛け、その様子を撮影してネットの動画共有サイトで流し、広告料収入を得る〈ドッキリチューブ〉。だが、スポンサーからの制作費を使い込んでしまった社長は、スタッフから未払いの給料を請求されて大いに焦る。何とかごまかそうとしたものの、業を煮やしたスタッフは……。
 これも大まかな展開は予想通りですが、ドッキリ企画のえげつなさがどこまでもエスカレートしていくのが見どころ。そして結末の、妙に淡々とした味わいが何ともいえません。

*1: 「未公開実験」『目を擦る女』収録)を参照。
*2: 本筋とは関係ありませんが、やりたい放題の地名に思わず苦笑。

2010.10.05読了  [小林泰三]