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  4. ラミア虐殺

ラミア虐殺/飛鳥部勝則

2003年発表 カッパ・ノベルス(光文社)

 本書の最大の見どころはやはり、終盤の“怪物大集合”でしょう。生き残った登場人物が次々と“怪物”に変じて入り乱れる場面は、“吹雪の山荘”ものという物語の骨格からはかけ離れた怪奇小説さながらのもので、作者のやりたい放題の“暴走”ぶりには唖然とさせられつつも苦笑を禁じ得ないところです。

 これについては、“怪物”の実在が匂わされている「序章」をはじめ、池上正人の“手が、肌色から緑色に変化した”(41頁)ことや、中村宏と月岡サオリの意味ありげなやり取り(77頁~78頁)、そしてもちろん杉崎廉の革手袋に包まれた左手など、序盤からかなり露骨に示唆されており*1、作者自身必ずしもサプライズを狙ってはいない――むしろ“怪物”の実在という無茶な設定を読者に受け入れさせるために、早い段階から積極的にヒントを出しているように受け取れます。

 ここで興味深いのは、ホラーやSFなどの要素を取り入れたミステリの通例と異なり、本書では“怪物”の存在が謎解きとまったく関連していない――少なくとも直接的には――点で、最後に示される真相をみても明らかなように、本書から“怪物”を排除したとしてもミステリとしてはまったく問題なく成立します。これはもはや、作中の怪奇小説部分とミステリ部分とが“うまく融合していない”どころの話ではなく、意図的に両者が切り離されているとみるべきでしょう。

 つまり、早い段階から“怪物”の登場を示唆しておくことで、それが謎解きに関わってくると――怪奇小説とミステリが融合した“怪奇ミステリ”だと見せかけるのが本書の大きな仕掛けであって、ミステリとしての観点からいえば、“怪物”の存在は真相から読者の目をそらすための壮大なレッドへリングとして用意されたもの、といえるのではないでしょうか。

 いずれにしても、“天然物”“人工物”(77頁を参照)が入り乱れてはいる*2ものの、いずれも“怪物”ばかりが顔を揃えた中で、唯一の“人間”が殺人鬼だと指摘される――しかも“ラミア”である月岡サオリに――場面の皮肉さは何ともいえません。そして最後に沢口京が“美夜さんみたいな人間でありながらの怪物(273頁)と評していることも。

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 上記の仕掛け以外にも、“探偵”である杉崎の視点での叙述を多用することで、“依頼人”である北条美夜から読者の疑惑を巧みにそらすことに成功している感があります*3。そして当の美夜の視点による章では、“中村清志の死体が頭をよぎった。血にまみれていた。傷だらけだ。あんなに切り刻む必要はなかった。心臓を突くだけで充分だっただろう。異常者かな――と美夜は思う。”(157頁)“殺人犯が怖いのではない。”(158頁)といった微妙な記述が何ともいえませんし、“父、北条秋夫が嫌いだった。(後略)から始まる一連の独白(156頁~157頁)“父も従兄弟も、みんな大嫌い。死んじゃえばいい。”(162頁)といったあたりに、ぬけぬけと動機が示されているのも愉快です。

 また、殺人犯ではない池上の思惑と行動によって、より真相が見えにくくなっているのもうまいところ*4。特に、美夜が中村一郎の死体の横に置かれた“ツキオカ”のカードを発見する場面の、“彼女には、その意図がどうしてもわからなかった。なんでいつも、いつも、こんなものを置いていくのか。”(228頁)という独白は効果的です。

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 なお、本書の後日談にあたる『黒と愛』を読んだ方はお分かりのように、そちらでは序盤から(以下、一部伏せ字)“左手に黒い手袋を嵌めている”(『黒と愛』34頁)“杉さん”や、北条秋夫の弟・夏夫が登場するなど、本書と関連があることが示唆されていますが、“怪物”の存在は本書よりもある程度しっかりと隠されているため、そちらを本書より先に読んだ場合には“怪物”の登場が(ミステリ的なものではないにせよ)サプライズとなり得ることになります。さらにいえば、『黒と愛』単独では“怪物”の登場が一種の“夢オチ”とも解釈できるような形で書かれているのが面白いところで、その後に本書を読むと改めてニヤリとさせられます。(ここまで)

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*1: もちろん、私が本書の後日談である『黒と愛』を先に読んでいたため、“伏線”が目につきやすかったということもあるでしょうが。
*2: 原因が北条製薬の新薬であることから、“人工物”が北条家に集まるのはさほど不自然とはいえないように思いますが、そこに“天然物”まで偶然居合わせるのは、いささか不自然にすぎるかもしれません。
*3: 某海外古典((作家名)カーター・ディクスン(ここまで)(作品名)『貴婦人として死す』(ここまで))に通じるトリックといえます。
*4: 性別誤認の叙述トリックは、少々やりすぎの感がありますが(苦笑)。

2010.11.10読了