ミステリ&SF感想vol.20

2001.04.09
『青列車は13回停る』 『400年の遺言』 『枯草熱』 『ウルフ連続殺人』 『この人を見よ』


青列車は13回停る Le train bleu s'arrete treize fois...  ボアロー/ナルスジャック
 1966年発表 (北村良三訳 ハヤカワ・ミステリ1042・入手困難ネタバレ感想

[紹介と感想]
 パリ−リヨン−マントン間を走る特急“青列車”になぞらえて、その停車駅のある13の街を舞台にしたミステリ短編を集めた作品集です。本格ミステリ風味の薄い作品が多いものの、いずれもひねりのきいたトリッキーな佳作です。
 個人的ベストは「奇術」「危険な夫」

「非常警報」 (パリ)
 愛人にそそのかされ、夫を毒殺しようとする人妻。夫は何者かに脅迫状を送りつけられ、つい先日銃で狙われたところだった。今なら自分に疑いはかからないはず――そう信じた彼女は、魔法瓶のコーヒーに毒を混入したのだが……。
 相次ぐ逆転、そして皮肉な結末。よくできたプロットです。

「最後の手紙」 (ディジョン)
 嫉妬に狂った男は、銃を手にして、部屋を飛び出していった女を追いかけた。電話ボックスにいる女を見つけた彼は、彼女を撃ち殺してしまう。絶望した彼は、裁判所の判事宛てに自白の手紙を送ったが、やがて彼の前に……。
 判事宛てに送ってしまった自白の手紙。それを帳消しにするための手段が秀逸です。ラストも印象的です。
 ところでこの作品の題名ですが、目次では「最後の手紙」となっているのに対して、扉では最初の手紙」になっています。おそらく目次の方が正しいのだと思いますが……。

「掌中の取引」 (リヨン)
 強迫観念に取り憑かれた精神病患者が、以前の雇い主に復讐しようと病院を脱走した。彼は銃で相手を脅迫してその命を掌中に収め、それを代償に取引を持ちかけたが……。
 犯人の詭弁に基づく取引の場面が非常にスリリングですが、ラストはややご都合主義に感じられます。

「襲われた帰還」 (マルセイユ)
 二人のギャング、ジョーとトニーは対立を深めていた。トニーは手下に命じて奇想天外なアリバイを作らせ、その間にジョーを殺そうと企む。だが……。
 この作品は、どうも前半の方が面白く感じられます。後半の展開にあまり意外性がないせいでしょうか。ラストは印象的ですが。

「奇術」 (トゥーロン)
 銀行から運ばれてくる給料は、厳重に警備されているはずだった。三人の職員で受け取りに行き、鞄に入れてそのまま護衛していたのだ。だが、いつの間にか鞄の中身は古新聞にすりかわっていた……。
 見事なトリックとミスディレクション。まさに「奇術」という題名に恥じない作品です。

「余分の弾丸{たま}」 (サン・ラファエル)
 年齢もわきまえず、秘密クラブのカジノで遊ぶ少年たち。挙句に銃を持ち出し、もみ合った末に一人が肩を射ち抜かれてしまう。とりあえず一度は両親をごまかすことができたものの……。
 ネタはありがちで、しかも甘すぎる展開。ある意味で“笑える”ラストぐらいしか見る所はないように思えます。

「人は一度しか勝てない」 (カンヌ)
 本を売り歩くしがないセールスマンが、ある日大金を持ち帰ってきた。彼は憂さ晴らしに入ったカジノで思いがけず大勝したのだ。だが、そのことを妻に告げなかったため、彼女は夫に対して恐ろしい疑惑を抱く……。
 読者にとって事件の真相は明らかですが、その事件に翻弄される夫婦の運命からは目が離せません。

「不意打ち」 (アンティーブ)
 従兄と共同で馬券を買っていた男。だが、ついに大当たりをしたまさにその日、馬券を保管していた従兄が急死し、当たり馬券の行方がわからなくなってしまった。従兄の妻が隠しているとにらんだ彼は、当たり馬券を取り戻すためにある作戦を立てるが……。
 主人公のとる作戦のえげつなさが衝撃的ですが、その後の思わぬ展開は面白いと思います。

「十一号船室」 (ニース)
 十一号船室で事件は起こった。酔ったならず者が頭を斧で殴られ、犯人は化粧箱を奪っていったのだ。だが、近くにいた船客が駆けつけた時、どこにも逃げ道のないはずの犯人は姿を消していた……。
 犯人の消失トリックは密室ものの古典を応用したものですが、手がかりがよくできています。

「罠」 (ボーリュウ)
 主人に友人として遇されながら、その妻に恋してしまい、石垣の穴を利用してひそかに恋文を送る若者。しかし、恋文に気づいた主人は、相手が誰かもわからないままを仕掛けた。まんまと罠にかかり、窮地に陥ってしまった若者は……。
 危険な罠を仕掛ける主人のエキセントリックさも印象に残りますが、やはり鮮やかなラストが秀逸です。

「告白」 (モナコ)
 友人の車に同乗し、事故で一人だけ生き残った男。だが、予審判事は彼に疑いをかけた。長い取調べの末、証拠不十分で釈放された彼は、かねてからひそかに慕っていた友人の妻のもとを訪れる。意外にも彼女は、暖かく彼を迎えてくれたのだが……。
 中盤まで盛り上がりに欠けるように感じられましたが、そんな印象はラストの衝撃ですべて吹き飛ばされてしまいました。

「危険な夫」 (モンテカルロ)
 ふとしたきっかけから人妻に恋してしまった若者。だが、彼女の夫は嫉妬深く、探偵を雇って常に彼女を監視させているというのだ。彼女は、夫のことは何とかするから次の夜に自分を迎えにきてほしいと頼む。翌日の夜に若者が彼女を訪ねてみると、夫は睡眠薬を飲まされて眠り込んでいたのだが……。
 使い方がややもったいなく感じられますが、非常によくできたアイデアだと思います。皮肉なラストも印象的です。

「逃亡者」 (マントン)
 分厚い眼鏡をかけた逃亡者は、少年を銃で脅して車に乗り込んだ。寝る間もない逃亡ですっかり消耗していた彼は、襲いくる睡魔と必死に戦いながら少年に車を運転させ、迎えにくる仲間との待ち合わせ場所まで何とかたどり着いたが……。
 最後の作品は、やや拍子抜けです。ラストの処理も今ひとつで、プロットにもあまり工夫が感じられません。

2001.03.29読了  [ボアロー/ナルスジャック]



400年の遺言 龍遠寺庭園の死  柄刀 一
 2000年発表 (角川書店)ネタバレ感想

[紹介]
 謎めいた庭園で名高い京都・龍遠寺。開祖の不可解な切腹死という伝説を持つこの寺、その庭園が、400年の時を経て再び血にまみれることになった。
 まず4年前、近隣で発生した火事騒ぎの最中に庭師の泉真太郎が殺された。そして今また、亡くなった真太郎に代わって庭師を勤めていた父親・泉繁竹が、首を絞められた住職の孫息子を救おうとして刺殺されてしまったのだ。しかし、どこにも逃げ場のないはずの庭園から、犯人の姿は完全に消え失せていた。
 一方、歴史事物保全財団の職員が、着衣をあべこべにされた上に両手首を切断された惨殺死体となって発見された。そして、犯行現場である財団からは、龍遠寺庭園の謎を調べていた泉真太郎の遺品が奪い去られていたのだ。やがて、持ち去られた片方の手首は龍遠寺の庭から発見された……。

[感想]

 400年の歴史を持つ龍遠寺に隠された謎と、現代の事件の謎とが見事にリンクした作品です。まず龍遠寺で起こった事件については、泉親子がともに庭園に隠された秘密を調べていたという背景があり、また歴史事物保全財団の事件では、泉真太郎の遺品が持ち去られた上に、被害者の手首が龍遠寺の庭に埋められていたことで、どちらの事件も龍遠寺庭園の謎に密接につながっていきます。

 そして、この歴史的な謎が非常によくできています。庭園には“思想の井戸”や“子の柱”、“夫婦灯籠”といった謎めいた構造物がふんだんに配置されており、その秘密が少しずつ明らかにされ、すべてが鮮やかに真相へと収束していく終盤の展開は実に魅力的です。

 一方、事件自体もよくできています。特に歴史事物保全財団の事件については、犯行当時、ある人物を追っていた探偵によって監視されていた上、ひそかに仕掛けられた盗聴器によって“音の手がかり”が残されているというユニークな状況になっています。捜査陣がこの手がかりを丹念に調べていく過程は、非常に興味深いものです。

 さらにもう一つ、主人公・蔭山自身の物語も見逃せません。死に瀕した泉繁竹の最後の言葉を聞いた彼は、その言葉に秘められた真意を探るために事件に関わっていき、泉一家の人となりを深く知ることになります。終盤に蔭山が到達する真相、そして爽やかなラストは、深く印象に残ります。

 歴史的な謎、事件の謎、そして人間ドラマが三位一体となった傑作です。

2001.04.01読了  [柄刀 一]



枯草熱 Katar  スタニスワフ・レム
 1976年発表 (吉上昭三・沼野充義訳 サンリオSF文庫28-A・入手困難

[紹介]
 イタリアのナポリで連続怪死事件が発生した。水泳の得意なアメリカ人が泳ぎに出て溺死したのを皮切りに、狂って窓から飛び降りる者、高速道路を歩いてひき殺される者、拳銃を口にくわえて自殺する者など、死に方は様々だったが、被害者たちには不可解な共通点があった。いずれも50歳前後のがっしりした独身の外国人男性で、枯草熱を始めとするアレルギー性疾患を持っていたのだ。捜査の依頼を受けたアメリカの元宇宙飛行士は、ある被害者の身の回り品を持ち、被害者と同じ道筋をたどることで事件を再現しようとするが……。

[感想]

 『捜査』にも似たミステリ小説、というよりは、同じテーマに再挑戦したというのが正しいかもしれません。不可解な死を迎えた被害者たちの隠された共通点を抽出し、怪死事件の真相に迫っていくという物語です。相変わらずとっつきにくい文章ですが、主人公である元宇宙飛行士のキャラクターのせいか、『捜査』よりも読みやすく仕上がっているのではないでしょうか。ただ、本筋とあまり関係のないエピソードもあり、やや散漫な印象も否めません。

 ところで「訳者解説」によれば、“枯草熱”というのは“花粉症”のようです。この頃(日本では1979年に出版)はまだ花粉症の患者がかなり少なかったのだと思うと、感慨深いものがあります。

2001.04.03読了  [スタニスワフ・レム]



ウルフ連続殺人 The Werewolf Murders  ウィリアム・L・デアンドリア
 1992年発表 (斎藤健一訳 福武書店ミステリ・ペイパーバックス ・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 フランスの大富豪・ベナック男爵が私財を投じて開催した国際科学オリンピック。アルプス山中のリゾート地に全世界のすぐれた科学者が集結し、新たな研究成果も出始めた最中に、事件は起こった。ある朝、聖火台の炎に焼かれる天文学者ゲッツ博士の死体が発見されたのだ。さらに同じ天文学者のロマネスク博士が何者かに襲われ、爪で頬をえぐられた。そして捜査陣からも犠牲者が……。その残虐な手口と、満月の夜に限られた犯行から、狼男への恐怖がつのっていく中、アメリカから犯罪研究家・ベイネデイッティ教授が到着して……。

[感想]

 『ホッグ連続殺人』から10年以上間をおいて発表された、ベイネデイッティ教授を主役とする作品です。型破りなアイデアを中心とした前作と比べて、よりオーソドックスなフーダニットに仕上がっています。途中、やや不用意にも感じられる記載もあるため、犯人の目星をつけることはさほど難しくないかもしれませんが、手がかりや伏線はなかなかよくできています。

 独特のくせのあるベイネデイッティ教授らの言動も含め、十分に楽しめる作品です。

2001.04.05読了  [ウィリアム・L・デアンドリア]



この人を見よ Behold The Man  マイクル・ムアコック
 1968年発表 (峯岸 久訳 ハヤカワ文庫SF444)

[紹介]
 現代の社会にうまく適応できず、自分のなすべきことを求めて苦悩し続ける神秘主義者カール・グロガウアー。彼は市井の科学者が作り上げたタイム・マシンを入手し、キリストの最期を見届けるために西暦29年のエルサレムへと旅立った。洗礼者ヨハネに助けられた彼は、やがてキリスト生誕の地・ナザレを目指す。だが、彼が目にしたのはキリストの意外な姿だった。ゴルゴダの丘に十字架の立てられる運命の時が近づく中、カールがとった行動は……。

[感想]

 この作品のネタは、上の紹介だけでも大半の人にはわかってしまうでしょう。しかし、この作品ではネタバレはさほど重大な問題ではありません。西暦29年のエルサレムへと旅立った主人公のカールが“どのように生きたか”。この非常にシンプルなテーマを徹底的に追求したのがこの作品です。多用されるカットバックによって、幼い頃からのカールの人生が多数のエピソードで克明に再現されると同時に、たどり着いた過去の世界で自分のなすべきことに気づいていく彼の運命が描かれています。

 イエスとの出会いを経て、自分の果たすべき役割を見つけだした時、カールは多少なりとも満足感を得ることができたのか。それともその胸にあるのは諦念だけだったのか。苦悩し続ける主人公という設定と、SFアイデアとの出会いによって、深みのある物語が生み出されています。

2001.04.08読了  [マイクル・ムアコック]


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