ミステリ&SF感想vol.65 |
2003.07.04 |
『歌うダイアモンド』 『無限コンチェルト』 『死が招く』 『浴槽で発見された日記』 『証拠が問題』 |
歌うダイアモンド The Singing Diamond and Other Stories ヘレン・マクロイ | |
1965年発表 (好野理恵 他訳 晶文社ミステリ) | ネタバレ感想 |
[紹介と感想]
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無限コンチェルト The Infinity Concerto グレッグ・ベア |
1984年発表 (宇佐川晶子訳 ハヤカワ文庫FT104・入手困難) |
[紹介] [感想] 本書は、『ブラッド・ミュージック』などで知られるSF作家G.ベアが書いたファンタジーで、続編『蛇の魔術師』で完結する一つの物語の、いわば前半部分にあたる作品です。
異世界に放り込まれた主人公の少年が様々な苦難を乗り越えて成長していくビルドゥングス・ロマン的な作品ですが、同時に、主人公の視点を通じて舞台となる異世界の様子を少しずつ、丸ごと一冊かけて紹介していくという側面も備えています。この、ある種の“わかりにくさ”が逆に、異世界に奇妙な“現実感”のようなものをもたらしているように感じられます。音楽によって連れてこられた人間たち、世界を支配していた妖精たち、そして両者の間に生まれたハーフたちが、複雑な取り決めとバランスのもとでせめぎ合う中で、魔法と詩と音楽が力を発揮するという不思議な世界は、一冊かけてじっくりと紹介されるに足る複雑さと魅力を備えています。生き延びるために、わけのわからない世界を少しずつ理解しようとする主人公・マイケルとともに、読者もまた、この“もう一つの現実”の姿を理解していくことになるのです。 ラストで物語は一応の結末を迎えますが、二つの“現実”の関わりはいまだ明らかになっていません。それでもなお、傑作となることを予感させる見事な作品といえるでしょう。 2003.06.22読了 [グレッグ・ベア] |
死が招く La mort vous invite ポール・アルテ | |
1988年発表 (平岡 敦訳 ハヤカワ・ミステリ1732) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 『第四の扉』に続く〈ツイスト博士シリーズ〉の第2弾ですが、残念ながらこの作品はあまり成功しているとはいえません。その最大の原因は、ネタと分量のバランスの悪さにあるのではないでしょうか。長編というよりも長めの中編といった感じの分量でありながら、プロットなどがかなり凝っているため、やや詰め込みすぎの印象が拭えません。そして、そのあおりを喰らったのか、物語は全般的に味気ない文章で説明的に進行し、一部の手がかりが見え見えになっている上に、解決場面は駆け足で説明不足に感じられる部分もあるという状態です。
この、長編にしてはやや短めのサイズはフランスのミステリにはしばしば見られるもので、フランスの出版界では長い作品が敬遠されるという事情があるようです。分量だけの問題ではないかもしれませんが、せめて1.5倍程度の長さでじっくりと書き込まれていれば、先に挙げた問題点もある程度解消できたのではないでしょうか。 さて、前述のように本書のプロットはかなり凝ったものになっています。現場の状況が、被害者が構想中の小説と同じというだけでなく、さらに過去の事件との類似もみられるなど、これでもかと幾重にも重ね合わされているところが面白いと思います。また、密室トリック自体はさほどでもないものの、その使い方はなかなかよくできていると思います。それだけに、いくつかの問題点が非常にもったいなく感じられてしまいます。 2003.06.29読了 [ポール・アルテ] |
浴槽で発見された日記 Pamietnik Znaleziony W Wannie スタニスワフ・レム |
1961年発表 (深見 弾訳 集英社・入手困難) |
[紹介] [感想] 発掘された1冊の日記をもとに、遠未来から現代(近未来?)を振り返るという趣向の作品ですが、まず紙の消滅により歴史に空白が生じてしまっているという設定が非常にユニークです。歴史家たちはわずかな手がかりから空白時代の様子を推測するのですが、情報量の少なさからすっかり歪んでしまったその文明の姿には、苦笑を禁じ得ません。何しろ、〈アムメル=カ〉が〈カプ=エ=タアル〉神(またの名を〈ダ=ルラ〉神)を崇める信仰社会だったというのですから……(それぞれ元の言葉を想像してみて下さい)。
そんな中、遺跡から発見された日記が、過去の世界の様子を伝える重要な手がかりとして注目されるのですが、この日記がまたとんでもない代物です。日記の主は〈第三ペンタゴン〉で任務を果たすことになった民間人ですが、彼は任務の内容もよくわからないままに、様々な部署をたらい回しにされることになります。その背景にあるのは極度の人間不信に端を発する情報の統制で、機密漏洩を恐れてすべての手続が仰々しいものとなり、スパイ行為や裏切りさえもが本質を離れて儀式化されてしまっています。あたかも後世の歴史家の推測する“信仰社会”を裏付けるかのように、あちらこちらで繰り返され、エスカレートしていくこの不条理劇には、レムならではの風刺精神が遺憾なく発揮されているといえるでしょう。 2003.06.30読了 [スタニスワフ・レム] |
証拠が問題 Additional Evidence ジェームズ・アンダースン | |
1988年発表 (藤村裕美訳 創元推理文庫228-04) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 黄金時代の雰囲気も漂う『血のついたエッグ・コージイ』とは打って変わって、かなりすっきりした現代的な作品ですが、登場人物の魅力は健在です。中心となるのはもちろんヒロインのアリソンで、浮気が原因で逮捕されてしまった夫に対して、その浮気という行為自体には怒りを隠さないものの、自分の意志で夫の無実を証明するために奔走するその姿には胸を打たれます。夫に向ける愛情の深さと、唯々諾々と従うだけではない芯の強さ、そして困難に立ち向かう健気さといったものが相まって、非常に魅力的なヒロインとして描かれています。また、もう一方の主役であるロジャーの方も、被害者の兄であると同時に(管轄外ながら)刑事でもあるという複雑な立場にあることで、その人となりが印象深いものになっています。
この、容疑者の妻と被害者の兄という立場にある二人が、共同で事件の調査を行うことになるわけですが、その呉越同舟ともいえる展開がなかなか面白いと思います。やがて、容疑者が無実であるという点で二人の見解が一致した後の、別の容疑者の存在を示す新たな証拠を探し求め、推理の試行錯誤を重ねていく過程が非常によくできていると思います。 正直、最終的な真相にはもう一ひねりほしかったところではあるのですが、それでも、全体的にみてまずまずの作品といえるのではないでしょうか。 2003.07.02読了 [ジェームズ・アンダースン] |
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