ミステリ&SF感想vol.65

2003.07.04
『歌うダイアモンド』 『無限コンチェルト』 『死が招く』 『浴槽で発見された日記』 『証拠が問題』


歌うダイアモンド The Singing Diamond and Other Stories  ヘレン・マクロイ
 1965年発表 (好野理恵 他訳 晶文社ミステリ)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 H.マクロイの自選短編集『The Singing Diamond and Other Stories』に中編「人生はいつも残酷」が追加された傑作集ですが、SFやオカルト/超常現象への興味が表れている点など、ミステリにとどまらないマクロイの幅広い作風を俯瞰できる内容となっています。
 個人的ベストは、「東洋趣味{シノワズリ}」・「鏡もて見るごとく」・「風のない場所」

「東洋趣味{シノワズリ}」 Chinoiserie
 清朝末期、列強の公使館が建ち並ぶ北京。ある夜、安全なはずの道を行く露国公使夫人の馬車が消え失せてしまった。事件は、露国公使が最近入手した名画「山水図」と関わりがあるのか、それとも満州侵攻を企む列強の陰謀か……?
 何とも不思議な、独特の雰囲気を湛えた作品です。まず、西洋人の視点を通じて描かれる東洋の世界がよくできています。決して表面的な部分だけをなでるのではなく、奥深いところまで掘り下げてその異質さをあらわにする手腕は見事です。そして、その異質さをうまく謎に絡めてあるところも巧妙です。評判通りの傑作といえるでしょう。

「Q通り十番地」 Number Ten Q Street
 酔って眠り込んだ夫を家に残して、エラはQ通り十番地へと向かった。見張りに「もぐり酒場{スピーク・イージイ}と合い言葉を告げ、怪しげな建物の中に入ったエラ。彼女が求めるものは……?
 異色の近未来SF。正直なところ、結末はさほどの出来ではないと思うのですが、作中で描き出される世界の異様さはやはり秀逸です。

「八月の黄昏に」 Silence Burning
 1965年8月。16歳の私は、公園で父とともにUFOを目撃したのだった――その後エンジニアとなった私は、画期的な統一場動力理論を打ち立てた男と出会い、共同で宇宙船を開発する。そして2000年8月、完成した宇宙船のテスト飛行は……。
 物語の展開はこの種の作品の王道ともいえるものですが、何とも不思議な読後感をもたらす作品です。

「カーテンの向こう側」 The Other Side of the Curtain
 カーテンの陰に何かがいる。決して向こう側に行ってはいけないのに、勝手に足がそちらに向いてしまう。早く目を覚まさなくては――いつも同じ悪夢を見るレティ。そして彼女は、やがて事件に巻き込まれ……。
 奇妙な味のサスペンス。事件の渦中にある主人公の心理描写がよくできています。結末は見えているようにも思えますが、それでもなお十分な衝撃を与えてくれます。

「ところかわれば」 Surprise, Surprise!
 遂に実現した有人太陽系探索、そして“異星人”とのファーストコンタクト。だが、姿形がよく似ていたにもかかわらず、二つの種族の間には決定的な違いがあったのだ……。
 異星人の造形が非常にユニークな、ファーストコンタクトSFの怪作。まさに“ところかわれば”という感じですが、この作品で最も重要なのは、その差異の奥に垣間見える類似性でしょう。
 余談ですが、読んでいる途中で星新一のショートショート(題名は「親善キッス」だったと思います)を思い出してしまいました(さすがに結末はまったく違っていますが)。

「鏡もて見るごとく」 Through a Glass, Darkly
 理由も告げられないまま、突然解雇されてしまった女教師。その奥に隠された事情を探るウィリング博士は、学校で奇怪な出来事が起きていたことを知った。女教師の周辺には、繰り返し“あるもの”が姿を現していたのだ……。
 長編『暗い鏡の中に』のもとになった短編です。これはこれでよくできているのですが、長編版と比べるとやはり色々な意味で物足りない部分がありますので、そちらの方を読むことをおすすめします。
(この部分のみ2011.07.16改稿)

「歌うダイアモンド」 The Singing Diamond
 全米各地で、“歌うダイアモンド”と名づけられた謎の飛行物体の目撃報告が相次いだ。だが、目撃者たちはその後次々と不可解な死を遂げていたのだ。最後の一人となって怯える目撃者の相談を受けたウィリング博士は……。
 未確認飛行物体の目撃者が次々と殺されてしまうというユニークな謎は非常に魅力的。しかしながら、犯人の計画にかなり無理があるところが難点です。

「風のない場所」 Windless
 砂丘の真ん中にあるその窪地には、どういうわけかまったく風が吹かなかった――最後にそこを訪れた私が目にしたのは……。
 緩慢で穏やかな終末を彩る一つの命、そして鎮魂曲。この上なく美しい風景。短いながらも、終末テーマSFの傑作といえるでしょう。

「人生はいつも残酷」 Better Off Dead
 15年前、何者かに殺されかけながら九死に一生を得たフランク・ブライは、かつての事件に決着をつけるために名前を変えて町に戻ってきた。誰が、そしてなぜ、彼を殺そうとしたのか? 事件の容疑者は、彼の周囲にいた4人の男女。そして今、新たな事件が……。
 次々とこちらの予想を裏切ってくれる展開が見事な、サスペンス風の作品です。分量の割にやや詰め込みすぎの感もありますが、複雑な真相が少しずつ解き明かされていく終盤は圧巻です。

2003.06.17読了  [ヘレン・マクロイ]



無限コンチェルト The Infinity Concerto  グレッグ・ベア
 1984年発表 (宇佐川晶子訳 ハヤカワ文庫FT104・入手困難

[紹介]
 詩人を志すマイケル少年は、親しくなった高名な映画音楽作曲家の指示に従って、深夜の冒険に繰り出した。受け取った鍵を手に、40年も人が住んでいない屋敷へと入り込むのだ。そして……屋敷を通り抜けた彼を待ち受けていた不気味な人影。マイケルは追われるように、路地の石壁にあった門を鍵で開いて、そこへ飛び込んだ。だが、その向こうに広がっていたのは、妖精と人間、その混血たちが、奇妙なバランスの上に暮らす異世界だったのだ。わけもわからぬまま、厳しい訓練を受けたマイケルは、やがて……。

[感想]

 本書は、『ブラッド・ミュージック』などで知られるSF作家G.ベアが書いたファンタジーで、続編『蛇の魔術師』で完結する一つの物語の、いわば前半部分にあたる作品です。

 異世界に放り込まれた主人公の少年が様々な苦難を乗り越えて成長していくビルドゥングス・ロマン的な作品ですが、同時に、主人公の視点を通じて舞台となる異世界の様子を少しずつ、丸ごと一冊かけて紹介していくという側面も備えています。この、ある種の“わかりにくさ”が逆に、異世界に奇妙な“現実感”のようなものをもたらしているように感じられます。音楽によって連れてこられた人間たち、世界を支配していた妖精たち、そして両者の間に生まれたハーフたちが、複雑な取り決めとバランスのもとでせめぎ合う中で、魔法と詩と音楽が力を発揮するという不思議な世界は、一冊かけてじっくりと紹介されるに足る複雑さと魅力を備えています。生き延びるために、わけのわからない世界を少しずつ理解しようとする主人公・マイケルとともに、読者もまた、この“もう一つの現実”の姿を理解していくことになるのです。

 ラストで物語は一応の結末を迎えますが、二つの“現実”の関わりはいまだ明らかになっていません。それでもなお、傑作となることを予感させる見事な作品といえるでしょう。

2003.06.22読了  [グレッグ・ベア]



死が招く La mort vous invite  ポール・アルテ
 1988年発表 (平岡 敦訳 ハヤカワ・ミステリ1732)ネタバレ感想

[紹介]
 奇矯な言動で知られる密室専門のミステリ作家ハロルド・ヴィカーズが、密室状態の書斎の中で、煮えたぎる鍋に顔と両手を突っ込んで死んでいるのが発見された。その傍らに並べられた料理からは湯気が立っていたにもかかわらず、遺体は死後24時間以上が経過しているという不可解な状態だった。しかも、窓際の床に置かれた水の入ったカップまで含めて、現場の状況は、被害者が構想中の新作『死が招く』の設定とまったく同じだったのだ……。

[感想]

 『第四の扉』に続く〈ツイスト博士シリーズ〉の第2弾ですが、残念ながらこの作品はあまり成功しているとはいえません。その最大の原因は、ネタと分量のバランスの悪さにあるのではないでしょうか。長編というよりも長めの中編といった感じの分量でありながら、プロットなどがかなり凝っているため、やや詰め込みすぎの印象が拭えません。そして、そのあおりを喰らったのか、物語は全般的に味気ない文章で説明的に進行し、一部の手がかりが見え見えになっている上に、解決場面は駆け足で説明不足に感じられる部分もあるという状態です。

 この、長編にしてはやや短めのサイズはフランスのミステリにはしばしば見られるもので、フランスの出版界では長い作品が敬遠されるという事情があるようです。分量だけの問題ではないかもしれませんが、せめて1.5倍程度の長さでじっくりと書き込まれていれば、先に挙げた問題点もある程度解消できたのではないでしょうか。

 さて、前述のように本書のプロットはかなり凝ったものになっています。現場の状況が、被害者が構想中の小説と同じというだけでなく、さらに過去の事件との類似もみられるなど、これでもかと幾重にも重ね合わされているところが面白いと思います。また、密室トリック自体はさほどでもないものの、その使い方はなかなかよくできていると思います。それだけに、いくつかの問題点が非常にもったいなく感じられてしまいます。

2003.06.29読了  [ポール・アルテ]



浴槽で発見された日記 Pamietnik Znaleziony W Wannie  スタニスワフ・レム
 1961年発表 (深見 弾訳 集英社・入手困難

[紹介]
 宇宙から持ち込まれた化学物質によって地上からが消滅し、文明の記録がことごとく失われてしまった〈第三紀〉は、歴史上の空白の時代として認識されていた。そんな中、地下深くに建造された〈第三ペンタゴン〉の遺跡が発掘され、その内部にあった浴槽で発見された1冊の日記が、その空白を埋める手がかりとして注目されたのだが、そこに書かれていたのは、極度の人間不信に基づく不条理な管理社会の姿だった……。

[感想]

 発掘された1冊の日記をもとに、遠未来から現代(近未来?)を振り返るという趣向の作品ですが、まず紙の消滅により歴史に空白が生じてしまっているという設定が非常にユニークです。歴史家たちはわずかな手がかりから空白時代の様子を推測するのですが、情報量の少なさからすっかり歪んでしまったその文明の姿には、苦笑を禁じ得ません。何しろ、〈アムメル=カ〉が〈カプ=エ=タアル〉神(またの名を〈ダ=ルラ〉神)を崇める信仰社会だったというのですから……(それぞれ元の言葉を想像してみて下さい)

 そんな中、遺跡から発見された日記が、過去の世界の様子を伝える重要な手がかりとして注目されるのですが、この日記がまたとんでもない代物です。日記の主は〈第三ペンタゴン〉で任務を果たすことになった民間人ですが、彼は任務の内容もよくわからないままに、様々な部署をたらい回しにされることになります。その背景にあるのは極度の人間不信に端を発する情報の統制で、機密漏洩を恐れてすべての手続が仰々しいものとなり、スパイ行為や裏切りさえもが本質を離れて儀式化されてしまっています。あたかも後世の歴史家の推測する“信仰社会”を裏付けるかのように、あちらこちらで繰り返され、エスカレートしていくこの不条理劇には、レムならではの風刺精神が遺憾なく発揮されているといえるでしょう。

2003.06.30読了  [スタニスワフ・レム]



証拠が問題 Additional Evidence  ジェームズ・アンダースン
 1988年発表 (藤村裕美訳 創元推理文庫228-04)ネタバレ感想

[紹介]
 アリソンにとってはまさに青天の霹靂だった。出張中のはずの夫スティーヴンが突然帰宅してきたかと思えば、今度は夜中に二人の刑事が訪ねてきたのだ。町で若い女性が殺害され、その現場で死体のそばにひざまづいているスティーヴンの姿が目撃されたのだという。夫の逮捕に衝撃を受けたアリソンだったが、やがて、その潔白を証明するために独自の調査を開始する。被害者の兄で刑事のロジャーと協力しながら……。

[感想]

 黄金時代の雰囲気も漂う『血のついたエッグ・コージイ』とは打って変わって、かなりすっきりした現代的な作品ですが、登場人物の魅力は健在です。中心となるのはもちろんヒロインのアリソンで、浮気が原因で逮捕されてしまった夫に対して、その浮気という行為自体には怒りを隠さないものの、自分の意志で夫の無実を証明するために奔走するその姿には胸を打たれます。夫に向ける愛情の深さと、唯々諾々と従うだけではない芯の強さ、そして困難に立ち向かう健気さといったものが相まって、非常に魅力的なヒロインとして描かれています。また、もう一方の主役であるロジャーの方も、被害者の兄であると同時に(管轄外ながら)刑事でもあるという複雑な立場にあることで、その人となりが印象深いものになっています。

 この、容疑者の妻と被害者の兄という立場にある二人が、共同で事件の調査を行うことになるわけですが、その呉越同舟ともいえる展開がなかなか面白いと思います。やがて、容疑者が無実であるという点で二人の見解が一致した後の、別の容疑者の存在を示す新たな証拠を探し求め、推理の試行錯誤を重ねていく過程が非常によくできていると思います。

 正直、最終的な真相にはもう一ひねりほしかったところではあるのですが、それでも、全体的にみてまずまずの作品といえるのではないでしょうか。

2003.07.02読了  [ジェームズ・アンダースン]


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