ミステリ&SF感想vol.72

2003.09.22
『リバイアサン』 『いざ言問はむ都鳥』 『死の殻』 『暗殺者の惑星』 『柳生十兵衛死す』



リバイアサン The Digging Leviathan  ジェイムズ・P・ブレイロック
 1984年発表 (友枝康子訳 ハヤカワ文庫FT131・入手困難

[紹介]
 発明狂のジャイルズ少年は、魚人間の住む地底世界の探検という途方もない夢に取り憑かれ、地底探査機〈掘削リバイアサン〉の開発に取りかかった。魚人間の世界が存在しているのは間違いない。何せ、ジャイルズ自身の体に鰓と水かきがあるのだから……。ところが、彼の発明を利用しようと、うさんくさい探検家ピニオン、怪しげな医師フロスティコス、得体の知れない詩人アッシュブレスといった面々が、それぞれに陰謀を企てる。かくして、ジャイルズ少年をめぐる大騒動が始まった……。

[感想]

 魚人間に地底世界、さらに怪しげな発明をめぐって、それぞれに強烈な個性を持った登場人物たちが大騒動を繰り広げる、荒唐無稽な〈マッド・ファンタジー〉です。その最大の魅力はくせ者揃いの登場人物で、発明以外にはさして関心を示さないジャイルズ少年は、浮世離れしたマッドサイエンティスト的な雰囲気を漂わせていますし、その発明の才を利用しようとするピニオンやフロスティコスらは一くせも二くせもある怪人たち。一方、その企てを防ごうとする面々も、それぞれにどこか常軌を逸したエキセントリックな部分を備えています。極めつけはジャイルズの友人であるジムの父親のウィリアムで、インチキな科学理論に基づく無茶苦茶な実験を繰り返し、パラノイアックな言動に走って騒動を大きくするなど、主役といってもいい活躍ぶりです。このような登場人物たちが繰り広げるドタバタ劇は、非常に痛快です。

 にもかかわらず、読み終えるのには1週間ほどかかってしまったのですが、その原因の一つには物語がなかなか進んでくれないことがあると思います。本書は400頁以上の分量があるのですが、作中で描かれているのは、ジャイルズ少年が〈掘削リバイアサン〉を作り始めるあたりから、地底世界への冒険にようやく旅立つところまで。つまり、その間はひたすらドタバタ劇が手を変え品を変え繰り返されているわけで、悪くいえばドタバタ劇で進まない物語の間を持たせているともいえます。面白い作品ではあるのですが、壮大な前フリだけを読まされたような気分になってしまうのが、何とも残念です。

 なお、本書は『ホムンクルス』の100年後という設定になっており、両作品の間には微妙なつながりがあるようなので、そちらを先に読む方がいいのかもしれません。

2003.09.05読了  [ジェイムズ・P・ブレイロック]



いざ言問はむ都鳥 Rule of Green  澤木 喬
 1990年発表 (創元推理文庫419-01)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 植物とヴァイオリンを愛する植物生態学講座の助手・沢木敬を主人公に、日常に潜む不可解な謎を、沢木の友人である植物生理学講座の助手・樋口が解き明かしていく連作ミステリです。

「いざ言問はむ都鳥」
 フィールドワークから戻ってきたぼくを待っていたのは、早朝の道路に散らばった都忘れの花びらだった。一体誰が、なぜ……?
 早朝の路面に散らばる花びらという光景の美しさが印象的です。途中の推理はともかく、結末は予想できるところかもしれません。しかし、植物に関する知識のない読者は置き去りにされている感もあります。

「ゆく水にかずかくよりもはかなきは」
 桜の頃、ぼくが駅で見かけた釣り人は、なぜか子供用の切符を大量に買い続けていた。それから数ヶ月、ある新聞記事をきっかけに……。
 あまりにも奇妙な謎が目を引きますが、飛躍こそあるものの、樋口の推理もまずまずだと思います。

「飛び立ちかねつ鳥にしあらねば」
 講座の学生の自宅で起きたぼや騒ぎ。だが、火元となった学生の部屋には火の気はなかった。金魚鉢が原因かとも思われたのだが……。
 ぼや騒ぎと金魚鉢と高枝切り鋏をもとにした樋口の推理は、まさに落語の三題噺といった趣です。無理があるといえばあるのですが……。

「むすびし水のこほれるを」
 咲いているはずのない「サザンカ」の苗木をほしがる隣人の謎。そして、講座の院生が語る“黒猫の幽霊”の話が暗示する真実とは……?
 “黒猫の幽霊”の話を枕にした推理は面白いと思うのですが、最後に示される結論が(悪い意味で)漫画的ともいえるほど現実味が薄いように感じられるところが残念です。
 本書は、北村薫『空飛ぶ馬』を引き金として台頭したいわゆる“日常の謎”派に含まれると同時に、後の若竹七海『ぼくのミステリな日常』などと同じく、連作短編の個々のエピソードが最後につながって長編化する、いわゆる〈連鎖式〉が採用された作品でもあります。つまり本書は、1980年代末から1990年代前半あたりまでの東京創元社刊の国内ミステリを特徴づける二つの潮流を結びつけた、エポックメイキングな作品といえるのかもしれません。

 にもかかわらず、ミステリとしての印象はさほど強いものではありません。鋭い観察眼によって拾い集めた細かな手がかりをつなぎ合わせる謎解き役・樋口の推理は、かなり強引で飛躍を伴うとはいえ、十分に意外で面白い結論を導き出していると思います。が、本書における謎解きはあくまでも脇役にすぎないという印象を受けます。

 本書の主役はやはり、四季を通じて移りゆく植物を中心とした風景でしょう。主人公の視点を通じて描き出される、静謐で淡々とした雰囲気の世界は、独特の魅力で物語全体を支配しています。本書には、“植物”や“日常の謎”といった言葉から単純に想像されるような“優しさ”や“柔らかさ”はあまり感じられず、人間を突き放したようなところがあったり、さりげなくを含んでいたりもするのですが、それもまた植物に通じるところがあるようにも思います。

 ただ、個人的に残念なのは、作中で示された植物に対する考え方が一面的にすぎるように思えるところです。例えば、「飛び立ちかねつ鳥にしあらねば」の主役となるのは、“人間に都合のいい植物を作るなんて失礼だし気持ちが悪いと思って”(文庫版111頁)育種(品種改良だと思って下さい)から生態へと講座を移ってきた学生なのですが、この書き方では品種改良という手法そのものを否定しているようにしか読めません。実は私自身が当の育種出身だということもあって余計に気になってしまうのかもしれませんが、誰しも穀物や野菜、あるいは花卉など、人間に都合のいいように改良されてきた多くの植物を日常的に利用している、という事実を棚上げしているように受け取れてしまい、釈然としないものが残ります。

2003.09.07再読了  [澤木 喬]



死の殻 Thou Shell of Death  ニコラス・ブレイク
 1936年発表 (大山誠一郎訳 創元推理文庫233-02)ネタバレ感想

[紹介]
 大戦で大活躍した伝説的な飛行士ファーガス・オブライエン。今は隠棲している彼のもとに、何者かが復讐を誓う脅迫状を送りつけてきた。クリスマスの日に彼を殺害するというのだ。私立探偵のナイジェル・ストレンジウェイズが護衛を引き受けたが、招待客が集まったその夜、オブライエンは凶弾に命を落としてしまった。降り積もった雪の上には現場へ向かうオブライエン自身の靴跡だけが残され、一見自殺とも思える状況だったのだが、やがて次の事件が……。

[感想]

 郊外の邸を舞台に繰り広げられる復讐劇を描いた作品ですが、まず登場人物の描写がしっかりしているところが秀逸です。魅力的な人物はもちろんのこと、いけ好かないところのある人物についてもしっかりと描かれていることで、物語は深みを増し、緊張感が高められています。ただし、ある女性について“お猿のようなその顔”と表現されているのはいかがなものかと思うのですが……。

 “足跡のない殺人”が扱われているものの、残念ながらそのトリック自体はかなり陳腐なものになっています。が、これはもともと作中でもさほど重視されておらず、瑕疵とはいえないでしょう。本書はあくまでも、トリックではなくプロットに重点が置かれた作品なのです。そしてそのプロットは非常に巧妙で、シンプルに見える事件ながら最後まで読者の興味をひき続けます。

 探偵であるナイジェルの推理は、物的証拠だけでなく人々の性格を重視したものになっているのですが、前述のように登場人物の描写がしっかりしているため、その解決には十分な説得力があります。事件の真相そのものは、よくできているとはいえ、ナイジェルによる解明の直前には予想がついてしまうのですが、それもまた説得力があればこそ。というわけで、結末には十分納得できます。何より、復讐を遂げた犯人の姿が強く印象に残ります。全体的にみて、非常によくできた作品であるのは間違いないでしょう。

2003.09.09読了  [ニコラス・ブレイク]



暗殺者の惑星 Walpurgis III  マイク・レズニック
 1982年発表 (小川 隆訳 新潮文庫206-2・入手困難

[紹介]
 “ひとり殺せば殺し屋でしかないが、ひとり残らず殺せば神となる”――訪れる惑星で次々と数千万人の規模の大虐殺を繰り返す、破壊と殺戮の王コンラッド・ブランド。彼は今、魔術を信じ悪を崇拝する惑星〈ヴァルプルギスIII〉に滞在し、神にも等しい悪の権化として君臨していた。だが、共和国から依頼を受けた一人の男がこの惑星に降り立った。年齢や容姿などは一切不明のまま、“ジェリコ”と呼ばれるその男こそ、銀河系最高の暗殺者だったのだ……。

[感想]

 魔術に彩られた惑星を舞台に繰り広げられる、虐殺王ブランドと暗殺者ジェリコの死闘を描いたSFサスペンスです。目的があるわけでもなく、また楽しむわけでもなく、あくまでも自然に虐殺を繰り返すブランドと、標的に接近して任務を果たすために淡々と殺人を重ねていくジェリコ。両者はどこか似ているようでもあり、また対照的にも感じられます。もう一人の主役である、警察側を代表するセイブル刑事部長が常識人として描かれていることも、この類まれなる二人の殺人者の個性を際立たせています。

 序盤の見どころは、〈ヴァルプルギスIII〉に潜入し、殺人を重ねつつブランドを目指すジェリコと、一見ごく普通に見える殺人事件から暗殺者の到来を察知し、その行く手を阻もうとするセイブルが繰り広げる激しい頭脳戦です。このスパイ・スリラー風の展開は非常に見応えがあるのですが、物語はやがて一風変わった方向へと姿を変えていきます。〈ヴァルプルギスIII〉という特異な舞台がそれに一役買っているあたりはうまくできていると思います。

 ブランドとジェリコの対決を経て訪れる結末は、やや予想を外したところに落ち着いています。二人の殺人者に出会ったセイブルの決断は、余人には窺い知れない重さを備えるもので、物語に思いがけない奥行きを与えているといっていいでしょう。傑作とはいい難いのですが、当初の予想を裏切る深みを持った作品です。

2003.09.12読了  [マイク・レズニック]



柳生十兵衛死す(上下)  山田風太郎
 1992年発表 (小学館文庫R J-7 1,2)

[紹介]
 柳生十兵衛死す――柳生の庄で発見されたのは、鮮やかに斬られた柳生十兵衛三厳の姿だった。だが、この無双の剣豪を倒したのは一体誰なのか? そしてまた、潰れていたはずの十兵衛の左目が開き、右目が潰れていたのはなぜなのか……?
 能楽師・金春竹阿弥と知り合った十兵衛は、を通じて室町時代の天才・世阿弥に変身するという竹阿弥の大望に巻き込まれ、時を越えて室町時代の先祖・柳生十兵衛満厳と入れ代わってしまう。かくして、江戸は慶安の柳生十兵衛室町の柳生十兵衛は、世を揺るがす大騒動に関わっていくのだが……。

[感想]

 『柳生忍法帖』『魔界転生』に続く、山田風太郎のいわゆる〈柳生十兵衛三部作〉の掉尾を飾る作品です。『柳生十兵衛死すという題名からして刺激的ですが、内容の方も負けずに破天荒なものになっています。まず、いきなり柳生十兵衛の死体が発見される場面から始まるのですが、その死体には不審なところがあり、読者の興味をひく冒頭の謎としては完璧です。そしてそこから話はカットバックで過去に戻るのですが、陰謀に巻き込まれて絶体絶命の窮地に陥った十兵衛が、室町時代へタイムスリップしてしまうというアイデアには脱帽です。

 ぬけぬけとしたタイムスリップのメカニズムといい、そのユニークな扱いといい、異色のタイムスリップ小説として個人的にはJ.D.カー『ビロードの悪魔』と並ぶものになっていると思います。特に本書では、二人の十兵衛を重ね合わせることに重点が置かれており、過去へのタイムスリップのお約束ともいえる“過去の改変”という概念が微塵も存在しないところがなかなか面白いと思います。

 非常によく似た、しかし微妙にどこかが違う二人の柳生十兵衛という主役は、圧倒的な存在感を備えていますが、それに加えて、竹阿弥と世阿弥というもう二人の主役をはじめ、彼らに絡んでいく登場人物たちはいずれも魅力的に描かれています。しかも、時を隔てた二つの時代で起きる騒動は、どちらも歴史を揺るがす大事件。というわけで、どちらの時代の物語も目が離せない、非常に面白くスリリングなものに仕上がっています。そして、クライマックスから一気になだれ込んでいく怒涛の終幕は、迫力とともに一抹の寂しさをも感じさせますが、やはり見事といわざるを得ません。傑作です。

2003.09.15読了  [山田風太郎]
【関連】 『柳生忍法帖』 『魔界転生』


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