ミステリ&SF感想vol.59

2003.04.09
『衣裳戸棚の女』 『柳生忍法帖』 『火の鶏』 『盗まれた街』 『悪魔の機械』


衣裳戸棚の女 The Woman in the Wardrobe  ピーター・アントニイ
 1951年発表 (永井 淳訳 創元推理文庫299-01・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 ホテルの二階の窓から出てきた男が、バルコニー伝いに隣室の窓へと忍び込んで行った。それを目撃した名探偵のヴェリティ氏は、早速ホテルの支配人にご注進に及んだが、すぐさま当の男が降りてきて、人が殺されていると告げたのだ。その間、同じ窓から脱け出した男が巡査に逮捕され、さらにいつの間にか事件の起きた部屋のドアも窓も施錠されていた。そして、衣裳戸棚の中には手足を縛られたウェイトレスが……。

[感想]

 双子の劇作家シェーファー兄弟が“ピーター・アントニイ”名義で書いたユーモラスなミステリで、ロバート・エイディー氏による“戦後最高の密室ミステリ”という評が付されてはいるものの、トリック中心というよりはプロットで読ませる作品です。その、冒頭の不可解な状況に始まって二転三転するプロットは、それぞれに味のある人物描写と相まって、非常に面白いものに仕上がっています。

 ミステリとしてはやはり、ある意味“二重の密室”ともいうべき現場の特殊性が目立ちますが、最後に明らかになる真相もかなり意外性の高いもので、強烈な破壊力を持っています。同時に、その真相を成立させるために様々な細かい工夫がされているところも秀逸です。

2003.04.01読了  [ピーター・アントニイ]



柳生忍法帖(上下) 江戸花地獄篇/会津雪地獄篇  山田風太郎
 1964年発表 (富士見書房 時代小説文庫29-2,3)

[紹介]
 暴虐の限りを尽くす会津の領主加藤明成によって、城代家老堀主水の一族は滅ぼされてしまった――ただ七人の女だけを残して。将軍家光の姉である千姫に救われた彼女たちは、非道の領主明成と、恐るべき技を使いこなす七人の側近“会津七本槍”を、自分たちの手で討ち果たすことを誓う。かくして、千姫の依頼を受けた沢庵禅師と柳生十兵衛の助力を得て、七人の女たちは会津七本槍に立ち向かっていくが……。

[感想]

 “忍法帖”と銘打たれてはいるものの、おそらく忍法帖の中では異色の部類に入るのではないでしょうか。例えば『甲賀忍法帖』などでは、忍法同士の対決、なおかつ集団対集団の中の一対一が中心となっていますが、この作品ではまったく違います。“会津七本槍”の使う技は基本的に通常の武芸の延長線上にあるといっていいものですし、それに直接立ち向かう七人の女たちに至っては、柳生十兵衛に多少稽古をつけてもらったとはいえ、あくまでごく普通の女性にすぎません。しかも、彼我の戦力差が圧倒的だということもあって、女たちと協力者の仕掛ける戦いは“いかにして有利な状況を作り出すか”という心理戦・謀略戦の色彩を帯びることになります。

 特に後半、加藤明成が江戸を離れて以後は沢庵禅師が軍師となり、会津へ向かう道中では虚々実々の駆け引きが繰り広げられますし、会津での攻防も逆転に次ぐ逆転でまったく目が離せないものになっています。このような、忍法帖にしては一風変わった、しかし非常に面白い戦いが、この作品の最大の魅力といえるのではないでしょうか。

 もちろん、登場人物たちの魅力も見逃せません。特に沢庵禅師と柳生十兵衛は、七人の女たちを陰から助けるという役どころながら、物語が進むにつれて次第に存在感を増していきます。終盤、ジレンマを抱えて深く苦悩する沢庵に対して、加藤家の城に単身乗り込んだ十兵衛がまったく迷いのない台詞を叩きつける場面などは、二人の人物像が鮮やかなコントラストを生み出しており、強く印象に残ります。

 クライマックスからラストへの流れも実に見事で、何もいうことはありません。非の打ち所のない傑作です。

2003.04.02 / 04.03読了  [山田風太郎]
【関連】 『魔界転生』 『柳生十兵衛死す』



火の鶏  霞 流一
 2003年発表 (ハルキ・ノベルス か1-2)ネタバレ感想

[紹介]
 〈奇蹟鑑定人〉魚間岳士と天倉真喜郎のコンビを待っていたのは、“火を吹きながら飛ぶ”の謎だった。その怪現象は、近所で養鶏を営む自然食品販売店に関わりがあるのか? やがて、出入り口を監視された密室状態の部屋で殺人事件が起こった。しかもその現場は、無数の白い羽と七つので飾られていたのだ。そして相次ぐ第二、第三の不可解な見立て殺人。“鶏”づくしの奇怪な事件の真相は……?

[感想]

 『赤き死の炎馬』『屍島』に続く、〈奇蹟鑑定人〉シリーズ久々の第三弾です。今回は、霞流一にしては登場人物が比較的整理されている上に、お題の鶏に関する薀蓄もやや控えめになっていて、今までになくすっきりした印象を受けます。自然食品販売店のエキセントリックな人々によって展開される食材談義もうまく物語に絡んでいて、全体的によくまとまっていると思います。

 次々と繰り出される突拍子もない不可能犯罪や、霞流一ならではの豪快なトリックは健在です。特に、これ以上ないほど人を喰った密室トリックには唖然とさせられますが、これが霞ワールドにはぴったりとはまっていて、納得どころか感心させられてしまいます。普通ならば無理のあるトリックでも使い方次第でどうにでもなるという、いい見本といえるのではないでしょうか。犯人指摘のロジックなども含めて、ミステリとしては非常によくできていると思います(相変わらず無茶な部分も若干ありますが)

 それにしても、作中の焼き鳥とオムライスはぜひ食べてみたい……(笑)。

2003.04.04読了  [霞 流一]



盗まれた街 The Body Snatchers  ジャック・フィニイ
 1955年発表 (福島正実訳 ハヤカワ文庫SF333)

[紹介]
 アメリカ西海岸沿いの小都市サンタ・マイラでは、ひそかに奇妙な現象が進行していた。夫が、妻が、親が、子が……身近な人間が偽者にすりかわってしまったと感じる人々が増えてきたのだ。外見や記憶などにはまったく違いがないにもかかわらず……。医師や心理学者たちは、集団的な一過性の心理錯覚、マス・ヒステリー現象だと考えていた。だが、開業医のマイルズ・ベンネルは、友人がガレージで発見した奇怪な“死体”を目にしたことから、恐るべき事態に気づいてしまった……。

[感想]

 『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』などのタイトルで映画化もされた、侵略テーマSFの傑作です。しかし、SF色の薄い日常的な場面から始まるこの作品の最大の魅力は、ひそやかに進行する“侵略”がかもし出すサスペンスでしょう。ごく身近な人間が、どことなくはっきりしないながらも違和感を漂わせ、偽者にすりかわってしまったように感じられる恐怖。しかもその“偽者”は日ごとに増えていき、やがて街を覆いつくしてしまう……。事態が静かに、そして何事もなかったかのように進行していくだけに、真相に気づいた主人公たちの焦燥は計り知れません。

 主人公たちが“死体”を目撃することがなければ、つまり自分たちが正しいということに確信が持てなければ、恐怖はやがて狂気へと変わっていき……物語は大幅に姿を変え、サイコスリラーの様相を呈することになったのではないかと思われるのですが、この作品では(少々怪しげとはいえ)現象がはっきりと説明されています。このあたりが、(特に1950年代の)SFらしい雰囲気を漂わせている反面、多少もったいなく感じられる部分でもあるのですが、それは仕方ないところでしょうか。

 追いつめられた主人公の半ば絶望的な逆襲の果てに待っている結末は、一見するとややあっけないようにも思えますが、最後に残る何ともいえない後味は非常に印象深いものがあります。“傑作”の名に恥じない、よくできた作品といえるでしょう。

2003.04.07読了  [ジャック・フィニイ]



悪魔の機械 Infernal Devices  K.W.ジーター
 1987年発表 (大伴墨人訳 ハヤカワ文庫FT128・入手困難

[紹介]
 ロンドンでも名高い時計職人にして偉大なる発明家だった父親に対して、その跡を継いだジョージ・ダウアー氏は才能に恵まれず、店の評判を落とし続けていた。そんな中、黒い肌の怪人物が店を訪れ、ダウアー氏の父親が作った得体の知れない機械を修理してほしいと置いていったのだ。だが、前金として受け取ったクラウン銀貨は女王の代わりに謎の魚の顔が彫られた贋金だったのだ。それをきっかけに、ダウアー氏は訳もわからないまま奇想天外な冒険に飛び込んでいく……。

[感想]

 SFとホラーの境界あたりで活躍する鬼才・ジーターが、ヴィクトリア朝の英国を舞台に徹底的にふざけ倒した(と思われる)スチームパンクの快作です。一言でいえば、全編が調子の外れたドタバタ劇に彩られた痛快な冒険譚。いずれ劣らぬ曲者揃いの登場人物たちに対して、あくまでも英国紳士として振る舞おうとしながらも、少々鈍くて物わかりの悪い主人公・ダウアー氏というミスマッチが、どこか不条理な独特の物語世界を作り上げています。全編がダウアー氏の手記という形式になっていて、すべてが彼のややずれた視点から、しかも味のある語り口で説明されていることで、その不条理感が一層際立っています。

 登場するガジェットは、人間そっくりのヴァイオリン自動演奏人形、“エーテル制御装置”に“ヘルメス航宙球”など、怪しげなものばかり。そこに、“王立科学狂会”に“神聖防衛隊”といった秘密結社めいた組織や、魚に似た顔の人々、果ては海底人までも絡んでくるというやりたい放題の状態ですが、それがテンポよく読めるスピーディな展開と相まって、まさに“パンク”というべき猥雑で勢いのある作品となっています。

 しかし、危機が目前に迫ったスリリングな状況でありながらも力が抜けてしまいそうなラストになってしまうのは、やはりダウアー氏のキャラクターのなせる業でしょうか。とにかく、最初から最後まで楽しめる作品であることは間違いありません。

2003.04.09読了  [K.W.ジーター]


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