ミステリ&SF感想vol.57

2003.03.18
『ぼくのミステリな日常』 『星を継ぐもの』 『陸橋殺人事件』 『ピカデリーの殺人』 『ロボットの魂』


ぼくのミステリな日常  若竹七海
 1991年発表 (東京創元社)ネタバレ感想

[紹介]
 勤務する会社の社内報を編集することになった若竹七海は、そこに掲載する短編小説の執筆を、学生時代の先輩に依頼した。それを断った先輩は、代わりに、現実にあった出来事をもとにミステリ風の小説を書くという友人を推薦してきた。ただし、その友人の身元は明かすことができず、あくまでも匿名が条件だという……。
 かくして始まった、匿名作家による一年間の連載も無事に終了し、七海はようやく匿名作家に会うことができたのだが……。

「桜嫌い」 見事な桜の木のあるアパートで起きた火事。何とか小火で済んだものの、どうやら付け火だったらしい。
「鬼」 公園にあるとべらの木の枝をねじ切ろうとしていた女性。彼女は、とべらの木を“妹の敵”と恨んでいるのだという。
「あっという間に」 商店街の野球チームのサインが、ライバルチームに漏れているらしい。誰が、一体どうやって?
「箱の虫」 前夜の怪談を思い起こさせる、ロープウェイで起きた奇妙な事件。子供はどこへ消えてしまったのか?
「消滅する希望」 夜毎、“朝顔の幽霊”が出てくる奇妙な夢に悩まされる友人。幽霊は何を訴えようとしているのか?
「吉祥果夢」 高野山の寺で隣の部屋に泊まった女性が語ったのは、子供の悲鳴という奇妙な幻聴の話だった。
「ラビット・ダンス・イン・オータム」 “関東の五番目の県の花”というヒントをもとに、取引先の部長の娘さんの名前を当てるという賭け。その結末は?
「写し絵の景色」 アトリエで倒れた有名な版画家。そのどさくさにまぎれて、数十枚もの作品が盗まれてしまったらしいのだ。
「内気なクリスマス・ケーキ」 隣家の友人が焼いてくれたケーキ。ところが、それを食べた姉は、急に腹痛を起こして病院に運ばれてしまった。
「お正月探偵」 無意識のままに山ほどの品物を買い込んでしまう、買い物強迫症にかかった友人。その一日の行動を追ってみると……。
「バレンタイン・バレンタイン」 混雑するチョコレート売り場。その女性は、買ったばかりのチョコをその場で開封し、なぜかすぐに売り場に戻したのだ。
「吉凶春神籤」 大学で同級だった彼女は、最近失恋してしまったという。その原因となったのは、8枚もの“凶”のおみくじだった。

[感想]

 4月の「桜嫌い」から3月の「吉凶春神籤」までの12篇に加えて、冒頭に「配達された三通の手紙」、ラストに「ちょっと長めの編集後記」及び「配達された最後の手紙」というパートを配して長編に仕立て上げたという、特殊な構成の作品です(この構成は、加納朋子『ななつのこ』や倉知淳『日曜の夜は出たくない』など、後続の作品にも影響を与えています)

 いわゆる“日常の謎”を中心とした連作短編は、いずれも他人の話を聞いて推理するという“安楽椅子探偵”風のパターンですが、それぞれの謎と状況、(聞き手である“ぼく”に対する)語り手などがかなりバラエティに富んでいるところが魅力です。その中で、「あっという間に」「ラビット・ダンス・イン・オータム」の解決の鮮やかさ、「箱の虫」「バレンタイン・バレンタイン」のオチのつけ方が特に印象に残ります。

 全体を通じた仕掛けは、例えば山田風太郎『明治断頭台』などのようにそれぞれのエピソードが一つにつながっていくのではなく、いわば作中作である連作短編部分についてメタレベルの視点から手がかりを探し出し、その奥に隠された真相を浮かび上がらせるという手法がとられています。その真相自体もなかなか凝っている上に、何ともいえない余韻を残す印象深いものになっています。デビュー作ながら、間違いなく若竹七海の代表作の一つといっていいでしょう。

2003.03.07再読了  [若竹七海]



星を継ぐもの Inherit the Stars  ジェイムズ・P・ホーガン
 1977年発表 (池 央耿訳 創元SF文庫663-01)ネタバレ感想

[紹介]
 月面で発見された、真紅の宇宙服をまとった死体。それは、人間とほとんど変わるところがなかったが、人類のものではあるはずがなかった。“チャーリー”と名づけられたその死体は、5万年以上も前のものだったのだ。かくして、国連宇宙軍の統括の下、“チャーリー”に関する徹底的な調査・分析が始まった。次から次へと新たな謎が浮かび上がる中、ハント博士とダンチェッカー教授は衝突を繰り返しながら、少しずつ真相に迫っていく……。

[感想]

 “月面で発見された5万年前の死体”の謎を中心とした、SFミステリの最高傑作の一つです。冒頭で提示される不可解な謎に対して、徹底的な調査/分析により手がかりを収集し、それらを組み合わせていくことで、すべての事実を矛盾なしに説明できる結論を導き出すという手法は、まさにミステリそのものです。そして、この作品はほぼ全編がこのような謎解きに費やされており、最終的には豪快な“トリック”による一種のアリバイ崩しが中心となっているのです。その一方で、作品の舞台となるのはあくまでもSFの世界であり、提示される謎と最終的に明らかになる真相もまた、非常に壮大なスケールを感じさせるSFならではのものとなっています。このように、ミステリの魅力とSFの魅力を見事に兼ね備えているところが、SFミステリとして傑作たる所以です。

 しいて難点を挙げるとすれば、一部の伏線の提示がぎこちなく感じられるところですが、このあたりは仕方のないところでしょうか。また、ハントとダンチェッカーの衝突と和解以外の人間ドラマがバッサリと切り捨てられているところも気になるといえば気になりますが、あくまでも謎の解明を中心に据えているという意味で、潔いといえるかもしれません。

 なお、本書には続編があるのですが……次の『ガニメデの優しい巨人』(創元SF文庫)はまずまずといっていいでしょう。しかし、その後の『巨人たちの星』(創元SF文庫)・『内なる宇宙(上下)』(東京創元社)になると作品の方向性がかなり違ってくるので、個人的にはあまりおすすめできません。

2003.03.08再読了  [ジェイムズ・P・ホーガン]
【関連】 『ガニメデの優しい巨人』 『巨人たちの星』



陸橋殺人事件 The Viaduct Murder  ロナルド・A・ノックス
 1925年発表 (宇野利泰訳 創元推理文庫172-1・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 ロンドンから汽車で一時間というイングランドの寒村、パストン・オートヴィル。そこのゴルフ場でプレイ中のリーヴズ、ゴードン、カーマイクル、マリヤット牧師の4人組は、プレイの合間に推理小説談義に花を咲かせていた。ところがそんな彼らが、鉄道の走る陸橋から転落したとおぼしき、顔のつぶれた死体を発見したのだ。被害者は、クラブハウスで顔を合わせていた男らしい。4人組は早速、警察の捜査とは別に、素人探偵としての推理合戦を開始したのだが……。

[感想]

 “推理小説ファンが最後にゆきつく作品”と評されているようですが、確かにある程度ミステリを読み込んでから読む方が楽しめる作品であることは間違いないでしょう。ちょうどA.バークリーの一連の作品と同じように、黄金期に書かれたものでありながら、既存のミステリの形式を逆手に取ったパロディ的作品となっています。その中心となるのは、素人探偵4人組の繰り広げる独自の捜査と推理合戦の混迷ぶりで、それぞれのキャラクター造形や、時おりニヤリとさせられる会話なども相まって、非常にユーモラスな雰囲気が全体を支配しています。特に、本書のクライマックスである第22章から第23章あたりの展開はお見事です。

 惜しむらくは、終盤までの捜査や推理合戦の盛り上がりに比して、提示される解決と物語の結末がやや面白味を欠いてしまっています。そのため、やや腰砕け気味という印象になってしまうのは否めません。ミステリのパロディとして面白い作品ではあるものの、それ以上ではない、どこか物足りなさの残る作品です。

2003.03.11読了  [ロナルド・A・ノックス]



ピカデリーの殺人 The Picadilly Murder  アントニイ・バークリー
 1930年発表 (真野明裕訳 創元推理文庫123-3・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 ピカデリー・パレス・ホテルのラウンジで休んでいたチタウィック氏は、近くの席の、上品な老婦人と赤毛の男の二人連れから目が離せなくなっていた。やがて、赤毛の男の手が老婦人のカップの上で妙な動きをした――しばらく席を外したチタウィック氏が戻ってみると、赤毛の男はすでに姿を消し、老婦人は息を引き取ってしまった。を飲まされていたのだ。チタウィック氏の目撃証言で、直ちに容疑者が逮捕されたのだが、やがて事態は予期せぬ方向へと進んでいく……。

[感想]

 事件は一見非常にシンプルで、疑いの余地はないようにも思えます。犯罪研究家のチタウィック氏による目撃証言が決め手となって、被害者の甥が容疑者として逮捕され、警察(モーズビー首席警部)もほとんどけりがついたものと考えています。そんな中、目撃者であるチタウィック氏自身が、容疑者の妻や友人たちに押しきられて、容疑者の無実を証明するための調査に乗り出すことになります。このユニークな展開のために、ロジャー・シェリンガムではなくチタウィック氏が探偵役として起用されたのだと思いますが、とにかくそのうろたえぶりはなかなかの見ものです。また、チタウィック氏の伯母さんをはじめとした個性的な登場人物たちの描写にかなり筆が割かれていることで、チタウィック氏の控えめなキャラクターが引き立てられているところも見逃せません。派手な事件でないこともあって、初読時はやや冗長にも感じられたのですが、やはりこの人物描写なくしてはこの作品の魅力は半減してしまうようにも思えます。

 シンプルに見えた事件が少しずつ様相を変えていくプロットは巧妙で、結末も鮮やかです。バークリーの作品の中では間違いなく地味な部類に入ると思いますが、見逃すには惜しい佳作です。

2003.03.14再読了  [アントニイ・バークリー]



ロボットの魂 The Soul of the Robot  バリントン・J・ベイリー
 1974年発表 (大森 望訳 創元SF文庫697-04・入手困難

[紹介]
 老ロボット師夫妻の手によって作り出されたロボット、ジャスペロダス。この世に生み出されてすぐに出奔した彼は、盗賊団との戦いに始まり、地方の小国の覇権争いを経て、大帝国の中枢へと昇りつめるなど、波乱に満ちた流浪の旅を続けてきた。だが、他の多くのロボットと異なり、彼は常に一つの悩みを抱えていた。ロボットでありながら高度な自律性を有し、決して人間に従属することのない自分は、“意識”を持った存在なのだろうか……?

[感想]

 大森望氏の「訳者あとがき」にも書かれていますが、ロボットSFにおけるI.アシモフの影響はやはり大きいようで、ストレートなロボットSF、特にI.アシモフの〈ロボット工学三原則〉を真っ向から否定するような作品は、さほど多くはないようです。その中にあって、さすがは鬼才ベイリーというべきか、〈三原則〉などまったく眼中にないかのようなこの作品は異彩を放っています。

 本書は、単にロボットを主役としたピカレスク・ロマンとして読んでも十分に楽しめる作品です。生み出されてすぐに出奔し、幾多の苦難を経ながらも、戦いと謀略を通じて成り上がっていくジャスペロダスの冒険は、非常に痛快です。しかし、その上昇志向の原動力となっているのは、“ロボットの自分に意識はあるのか?”という疑問に端を発する、人間に対するコンプレックスなのです。かくして本書では、ハードな科学技術こそ登場しないものの、意識に関する哲学的問答が随所に挿入された、ロボットSFとして非常にユニークな作品となっています。

 数々の冒険を経たラストでは、ジャスペロダスは遂に最終的な結論に到達することになります。黒崎政男氏による解説でも指摘されているように、本書における“ロボットの魂”の扱いは矛盾をはらんでいるわけですが、ベイリーはお得意の詭弁とインチキ理論(←ほめ言葉です)を駆使して、その矛盾を感じさせない迫力をもった物語を作り上げています。中心となるテーマについては成功しているとはいい難いのですが、十分に読むべき価値のある作品です。

2003.03.17再読了  [バリントン・J・ベイリー]
【関連】 『光のロボット』


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