ミステリ&SF感想vol.130

2006.08.19
『どこまでも殺されて』 『プロテクター』 『開けっぱなしの密室』 『白薔薇と鎖』 『星降り山荘の殺人』



どこまでも殺されて  連城三紀彦
 1990年発表 (新潮文庫 れ1-13・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 “どこまでも殺されていく僕がいる。いつまでも殺されていく僕がいる……”――その手記には、幼い頃から七度にわたって殺された“僕”を狙って、今また八度目の殺人が起こりつつある様子が綴られていた……。
 高校教師・横田勝彦は、生徒の一人から“僕は今、殺されようとしています。助けて下さい”というメッセージを受け取る。だが、助けを求めているのは一体誰なのか? 信頼できる生徒たちの協力を得て、謎の解明と殺人の阻止に挑む横田だったが……。

[感想]

 “どこまでも殺されていく僕がいる”という印象的なフレーズで始まる手記には、一人の人物が何度も殺されるという幻想的な謎が描き出されていますが、謎そのものもさることながら、信じがたい内容とは裏腹の一貫して淡々とした語り口が、奇妙な“現実感”のようなものを生み出しているところが秀逸です。また、この謎がかつて『私という名の変奏曲』で扱われたもののちょうど“裏返し”(殺す側ではなく殺される側の視点から描かれている)になっているところも興味深く感じられます。

 一方、高校教師の横田のもとに助けを求めるメッセージが届いたことから、その手記が物語の表舞台に姿を現し始めます。当初は悪戯かと思われたものの、今まさに“僕”に迫りつつある危機が具体的になることで、タイムリミットサスペンスめいた被害者探しが始まります。が、しかし。どのような理由があるのかはわかりませんが、とにかく短すぎるというのが本書の大きな欠点で、盛り上がる暇もないほど駆け足で捜査が進んでいくのはいかがなものかと思います。

 またそれに関連して、横田に協力する生徒・苗場直美のあまりといえばあまりな“名探偵”ぶりも鼻につきます。やたらに手回しのいい調査で次々と謎を解いていくかと思えば、まるで効果的な演出を狙っているかのように肝心なところを最後まで伏せておくという言動には、どうにも違和感を禁じ得ません。

 手記の真相はある程度予想できないこともないのですが、それでも十分に驚かされるところもあり、なかなか巧妙な企みといっていいでしょう。ただそれだけに、しかも小説巧者であるはずの作者にしては、何ともいただけないところがあるのが非常に残念です。

2006.07.29読了  [連城三紀彦]



プロテクター Protector  ラリイ・ニーヴン
 1973年発表 (中上 守訳 ハヤカワ文庫SF321・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 時は22世紀。遙か彼方から亜光速で太陽系に接近しつつある一隻の宇宙船。円筒と目玉と卵形の部分がつながったその船には、パク人のプロテクターであるフスツポクが単身乗り込み、船内時間で1200年もの旅を続けてきたのだ。小惑星帯でのモノポール採掘の最中に宇宙船の接近に気づいた小惑星帯人{ベルター}のジャック・ブレナンは、フスツポクとのファーストコンタクトに臨む。だが、ブレナンの前にそのおぞましい姿を現したフスツポクは、その行動も、目的も、人類の予想を遙かに越えていたのだ……。

[感想]

 L.ニーヴンの未来史〈ノウンスペース・シリーズ〉の中の1作で、長編『プタヴの世界』の少し後の話になります。そして、シリーズの中でもやや毛色の違った印象を与える作品となっています。

 まず、主役となるパク人のプロテクターが、ニーヴンの創造した異星人の中では異色の存在です。例えばパペッティア人やクジン人などシリーズを代表する異星人は、その形態などが(言葉は悪いかもしれませんが)かなり適当にでっち上げられたように思えてしまいますし、思考や言動には意外に人間くさいところも見受けられます。それに対して本書のプロテクターは、しっかり練り込まれた秀逸なアイデアがもとになっていますし、その思考などは(理解不能というわけではないものの)人間とはかなり異質なものに感じられます。

 そのパク人は、“幼年期”から“ブリーダー期”を経て、いわば“一族の保護者たる長老”であるプロテクターへと変じます。“長老”といえども強靭な肉体と永遠に近い寿命を持ち、さらには人類を遥かに凌駕する明晰な思考と高い知性を備えた、一種の“超人”といえるでしょう。このプロテクター――自らの使命のために冷徹に判断を下し、孤独でハードな戦いを続ける超人――が物語の中心となっていることで、ニーヴンの作品にしては硬質な雰囲気が強く感じられるのも本書の特徴です。

 物語は、人類とパク人とのファーストコンタクトを通じて驚くべき事実が明らかにされる「フスツポク」、その200年後に始まるプロテクターの戦いを中心とした「ヴァンダーヴェッケン」、そして最後のカタストロフ(?)を描いた「プロテクター」という三部構成になっています。作中の年代が幅広いものになっているのもシリーズとしては異例ですが、プロテクターの長きにわたる戦いを強調するとともに壮大なスケールを演出しているという点で効果的です。

 正直なところをいえば、シリーズの中ではあまり好きな作品ではないのですが、それは他の作品との比較による違和感*や、物語のハードな雰囲気によるものであって、決して本書が面白くないというわけではないのでご安心を。また、本書で展開されているアイデアは、シリーズの代表作である『リングワールド』連作(特に『リングワールドふたたび』以降)へとつながっているので、できればそちらより先に読んでいただきたいところです。

*: 本書はシリーズで唯一(早川書房から刊行された作品の中では)翻訳者の違う作品なので、このあたりは翻訳の問題によるところもあるのかもしれません。
 (関連:「昔の翻訳紙魚供養」内の「ニーヴン『プロテクター』第1回」「第2回」「第3回」

2006.08.03再読了  [ラリイ・ニーヴン]  〈ノウンスペース〉



開けっぱなしの密室  岡嶋二人
 1984年発表 (講談社文庫 お35-4・入手困難ネタバレ感想

[紹介と感想]
 デビュー直後という岡嶋二人の最も充実した時期に発表された短編を収録した、傑作揃いの第一短編集です。活動中に残された短編はそれほど多くはありませんが、決して短編を苦手としていたわけではないことは本書をみても一目瞭然でしょう。6篇中3篇が犯罪計画の進行を描いた倒叙ミステリに近い形式となっているあたりは、リアルタイムで進行する誘拐事件を好んで扱った岡嶋二人ならではといえるかもしれません。

「罠の中の七面鳥」
 競馬にはまって会社の金を使い込んでしまった宮本太郎は、同じ経理課にいる冴えないOL・佐々木花子と面立ちの似たアサミというホステスと知り合ったことから、ある計画を思いつく。一方、会社の仕事を終えた後にアサミという名でホステスをしている佐々木花子は、店で宮本太郎と出会ったことから……。
 長編『焦茶色のパステル』で乱歩賞を受賞した後の第一作。あまりにも適当なネーミング(太郎と花子、宮本(武蔵)と佐々木(小次郎))が微笑ましいというか何というか。しかし内容の方は完全にプロの仕事。二人の独白と会話が繰り返される構成が騙し合いを効果的に演出していますし、ひねりのきいた結末も鮮やかです。

「サイドシートに赤いリボン」
 広告代理店に勤める若槻は、同僚の奥山を自宅に訪ねる途中、赤いリボンをつけた少女がひったくりに遭うのを目撃する。犯人を取り押さえて盗まれたバッグを取り返した若槻だったが、少女はいつの間にか姿を消していた。そして残されたバッグの中からは、なぜか奥山の遺書が発見されて……。
 少々詰め込みすぎの感もありますが、とにかく凝ったプロットが楽しめる作品。序盤から予想もつかない展開に目が離せません。

「危険がレモンパイ」
 廃ビルの屋上で映画を撮影していた4人の学生たち。その中の一人・芳野純夫が、顔にレモンパイをぶつけられた直後に転落死してしまう。警察は事故として処理するが、その後発見された、転落の様子を撮影したビデオテープの映像には、自ら飛び降りたかのような様子の純夫の姿が……。
 傍若無人な学生たちの様子にはいらいらさせられますが、事件の謎は非常に面白いと思います。ただ、仕方ない部分もあるとはいえ、後半の展開がやや難。

「がんじがらめ」
 借金の返済に追われる和彦が姉の千鶴子を訪ねてみると、彼女はガス自殺していた。自分を受取人とする生命保険のことを思い出した和彦だったが、困ったことに自殺では保険金が下りない。かくして和彦は、警察に通報する前に、現場にあれこれと工作して他殺に見せかけようとしたのだが……。
 本書の中ではやや落ちる印象ですが、それでも水準以上の出来。タイトルどおり“がんじがらめ”の状況に追い込まれた和彦の心の動きが鮮やかに描かれています。

「火をつけて、気をつけて」
 アパートの郵便受けに、隣の小村正孝宛の封書が誤配されているのに気づき、何気なく開封してみた小林昭一は驚愕した。匿名の差出人は小村を連続放火魔だと告発し、ある人物の家に放火するよう命じていたのだ。だが、実は連続放火魔は小林自身だった……。
 偶然発見した連続放火魔に、目的の人物を殺させる――という計画だったはずが、いきなりおかしなことに。それでも何とか放火魔に話が通じ、計画も首尾よく進む……かと思いきや、思わず目を疑ってしまう真相と結末に脱帽。20頁弱という短い分量の中で、これでもかというほどひねりにひねった快作です。

「開けっぱなしの密室」
 留守中に大家が部屋に入り込んでいるのではないか――疑念を抱いた夏美は一計を案じ、親友の悦子が夏美を装って出勤した後、部屋に残って待ち伏せることに。だが、悦子が部屋に戻ってみるとなぜかドアの鍵が開いたまま、部屋の中では夏美が殺されていたのだ。そして大家には完璧なアリバイが……。
 “開けっぱなしの密室”という逆説的なアイデアがなかなか魅力的。真相は比較的わかりやすいかと思いますが、素人ながらきちんと手順を踏んで捜査を行う悦子の活躍が目を引きます。

2006.08.05再読了  [岡嶋二人]



白薔薇と鎖 The White Rose Murders  ポール・ドハティ
 1991年発表 (和爾桃子訳 ハヤカワ・ミステリ1785)ネタバレ感想

[紹介]
 16世紀初頭の英国。悪事をはたらいて絞首刑になる寸前、旧友のベンジャミン・ドーンビーに救われたロジャー・シャロットは、従者としてベンジャミンに仕えることになった。やがて、ウルジー枢機卿から甥のベンジャミンに密命が下される。スコットランド王だった故ジェームズ四世の元侍医で、ロンドン塔に監禁されているセルカークから、スコットランド王室にまつわる重大な秘密を聞き出せというのだ。だが当のセルカークはすっかり正気を失い、時おり不可解な詩を口ずさむばかり。そうこうするうちに、密室状態の独房でセルカークが毒殺されてしまう。そして現場には、ヨーク家の象徴である白薔薇が……。

[感想]

 複数の名義を使い分け、いくつものシリーズを次々と手がける歴史ミステリ作家P.ドハティの、長編では初の邦訳。他に不可能犯罪を中心としたシリーズもあるようですが、密偵として活躍した風雲児ロジャー・シャロットを主役とした本書は、不可能犯罪を絡めた歴史冒険ロマンといったところでしょうか。

 物語は、齢90を超えてなお健在なロジャー老人がかつての冒険談を話して聞かせるというスタイル。シリーズ第1作ということで、密偵になった経緯と最初の事件の顛末が語られます。が、読者はまず語り手のロジャー老人から強烈な洗礼を受けることになります。いきなり始まり延々と続く大法螺と、身も蓋もなく下世話な語り口。ヘンリー八世ら歴史上の有名人も次々とぶった斬り、傍らで聞いている牧師のツッコミも毒舌でねじ伏せる……といった具合に傍若無人の様相。最初のうちは少々辟易させられましたが、慣れてくるとただただ痛快にしか感じられなくなる、不思議な魅力を備えています。

 事件はロンドン塔の独房内での毒殺に始まり、スコットランド王妃マーガレット(ヘンリー八世の姉)の一行に魔の手が迫るという展開ですが、現場に残された白薔薇からは、テューダー王家に恨みを持つヨーク党の残党の暗躍がうかがえます。このあたり、歴史の知識があるに越したことはないのでしょうが、作中でもある程度しっかりと、しかもロジャーの愉快な語りで説明されているので、事前に詳しい知識がなくても十分に楽しめると思います。

 残念ながら密室殺人の真相そのものはかなり拍子抜けですが、それを包含する歴史方面の謎は非常に興味深いものがあり、またその背後にある謀略には底知れないものを感じさせられますが。が、それを鮮やかに切り裂くベンジャミンとロジャーという主従の探偵ぶりはなかなか爽快で面白く、さらなる活躍の紹介(続編の邦訳)が非常に楽しみなところです。

2006.08.10読了  [ポール・ドハティ]



星降り山荘の殺人  倉知 淳
 1996年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 広告代理店に勤める杉下和夫は、上司を殴ってしまったことで芸能部に異動させられ、“スターウォッチャー”なる怪しげな肩書きで活躍するタレント文化人・星園詩郎の付き人となった。その初仕事は、秩父の山奥にある雪の残る山荘への出張。招待主の不動産会社社長・岩岸と部下の財野、UFO研究家・嵯峨島、流行作家のあかねと秘書の麻子、そして女子大生のユミと美樹子という、総勢9名で一夜を過ごすことになったのだが、その夜、殺人事件が起きる。しかも突然の吹雪で下山の道が閉ざされてしまい、残された一同は救出を待ちながら犯人探しをする羽目に……。

[感想]

 「著者のことば」によれば“あくまでも基本に忠実に、そしてフェアプレイの精神で取り組みました”ということで、細かいところまでフェアプレイを意識した本格ミステリとなっています。随所に図面が挿入されることで状況を把握しやすくなっている感がありますが、特筆すべきは、参考文献として巻末に挙げられた都筑道夫『七十五羽の烏』の趣向にならって、各章の冒頭に配された以下のような作者からの注意書きです。
まず本編の主人公が登場する
主人公は語り手でありいわばワトソン役
つまり全ての情報を読者と共有する立場であり
事件の犯人では有り得ない
 (7頁)
 これらの図面や注意書きに加えて、視点も一貫して主人公の杉下和夫に据えられており、実に読みやすい作品となっています。

 また、登場人物の多くが比較的ステレオタイプなキャラクターであることも、状況をわかりやすくするという意味では効果的ですし、事件がベタベタなまでにストレートな“雪の山荘”ものになっていることも同様です。決して深みのある物語とはいえませんが、あくまでも推理ゲームのための盤であり駒であるということが徹底されていると考えれば、潔い作品であるといっても間違いではないでしょう。

 はっきりした“読者への挑戦状”こそありませんが、終盤の
星園の推理披露が始まる
読者もこのシークエンスの終わりまでに
犯人を指摘することが可能になる
ただし動機だけは推理では判明しない
 (279頁)
といった注意書きなどは、控えめな表現の裏に隠された挑戦的な作者の姿勢をうかがわせるもので、思わずニヤリとさせられます。そしてこの“読者への挑戦状”めいた注意書き以降、事件解決に至るまで展開され続ける推理は圧巻で、手がかりから引き出されるユニークな解釈とそれをもとにした推論の積み重ねは、質量ともに見応えがあります。

 もっとも、手がかりが若干不足気味であったり、あるいは一部詭弁に近いところがあったりすることもあって、提示された手がかりに基づいて読者が論理的に犯人を指摘することができるかといえば微妙なのですが、そこはそれ。本書はパズラーに近いところに位置してはいるものの、あくまでもできる限りフェアに読者を騙すことに主眼が置かれた作品ととらえるべきでしょうし、その意味では傑作といっても過言ではないと思います。ただし、好みが分かれる作品であることも間違いないでしょう。

2006.08.11再読了  [倉知 淳]


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