ミステリ&SF感想vol.132 |
2006.09.25 |
『顔のない敵』 『赤髯王の呪い』 『透明受胎』 『奇術師の密室』 『螢』 |
顔のない敵 石持浅海 | |
2006年発表 (カッパ・ノベルス) | ネタバレ感想 |
[紹介と感想]
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赤髯王の呪い La Malediction de Barberousse ポール・アルテ | |
1995年/2000年発表 (平岡 敦訳 ハヤカワ・ミステリ1790) | ネタバレ感想 |
[紹介と感想]
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透明受胎 佐野 洋 |
1965年発表 (角川文庫・入手困難) |
[紹介] [感想] 早川書房の〈日本SFシリーズ〉で刊行された、ミステリ作家・佐野洋によるSFミステリです。といっても、舞台となるのは昭和40年の東京で、ファンタジーでいうところの“ロー・ファンタジー”のように日常の世界に架空の要素が入り込んだ形になっています。
日常の世界をベースにしているとはいえ、物語冒頭からいきなり不可解な謎が続けざまに登場しているあたりは飛ばしすぎのようにも思えてしまいますが、一つ一つの現象が非常にわかりやすいために、出版当時であっても読者が置き去りにされるようなことはなかったのではないかと思われます。現象だけを取り出すと伝奇ミステリのようにも受け取れるので、SFを読み慣れない読者でもとっつきにくさは感じられないでしょう。逆にいえば、少なくとも現在の感覚で“SF性”を期待すると肩すかしの印象もないではないところです。 中盤以降は医学的知識を踏まえたアイデアが展開されるとともに、メインテーマである“処女懐胎”が物語の中心となっていきます。最終的に解き明かされる真相は、個人的な感覚でいえばやや安易に思えてしまうところに落ちているのが残念ですが、それでもまずまずのものではあると思います。そして、淡々としているのかとぼけているのかよくわからない、何とも奇妙な余韻の漂う結末が印象に残ります。 難をいえば、作中でしっかりと描かれている当時の社会風俗のせいで、今読むと全体が古びたものに感じられてしまいます。致し方ないところではあるでしょうし、またもっと若い読者であればかえって気にならない可能性もあるかもしれませんが……。 2006.09.01読了 [佐野 洋] |
奇術師の密室 Now You See It... リチャード・マシスン |
1995年発表 (本間 有訳 扶桑社文庫 マ26-1) |
[紹介] [感想] 端的にいえば、山口雅也「解決ドミノ倒し」(『ミステリーズ』収録)を思わせる“どんでん返しの乱れ打ち”。伏線も何もあったものではなく、ひたすらどんでん返しに徹した怪作で、短編ならいざ知らず、これを長編に仕立て上げた豪腕に脱帽です。
それが成功している理由の一つは、登場人物たちが奇術師とその関係者であり、また奇術師の屋敷が舞台になっていることでしょう。もともと人を騙すことを生業にしている奇術師ですからトリッキーな発想はお手の物ですし、またそれを実現するための小道具にも事欠きません。つまり、どんでん返しが繰り返される下地が最初から存在しているといえます。 もう一つは、語り手である老デラコートという“観客”の存在です。目も耳も健在で意識もあり、目の前で起きる出来事をすべて認識できる一方で、自分では何もできず登場人物たちにも空気のような扱いをされるという状態の老デラコートは、繰り返されるどんでん返しに一喜一憂しながらも、自らがそこに介入することはありません。このような、舞台を眺める観客のような視点(つまりは読者と同じような視点)が採用されることで、読者は自然と(事態を止めることができないもどかしさも含めて)老デラコートの感覚を共有することになります。そしてそれが、息をもつかせぬスピーディな展開と相まって、読者を否応なしにどんでん返しの連続に引きずり込むのではないかと思います。 さらに、手を変え品を変えて読者の予測をはずそうとする、どんでん返しの仕掛けそのものが秀逸であることはもちろんです。そして、物語が進むにつれて各人の思惑が入り乱れていき、老デラコートの眼前で様々に展開する密室劇の果てに待ち受けるのは、何とも人を食ったオチ。最初から最後まで、大いに楽しめる作品といっていいでしょう。 2006.09.04読了 [リチャード・マシスン] |
螢 麻耶雄嵩 | |
2004年発表 (幻冬舎) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 異端の新本格作家・麻耶雄嵩による、綾辻行人『十角館の殺人』へのオマージュ――と表現したくなるほど、両者には共通するモチーフ――例えば、かつて殺人事件が起きた怪しげな館、エキセントリックな芸術家の狂気、学生サークルの合宿、以前に死んだサークルのメンバー、事件の陰に見え隠れする合宿参加者以外の容疑者など――が見受けられます。作者がどの程度意識したのかはわかりませんが、結果としては比較的オーソドックスな“館もの”のようなスタイルになっています。
現在のファイアフライ館で起きる事件は思いのほかシンプルですが、そこに過去の事件の未解決のまま残された謎や、かつて仲間の一人の命を奪った“ジョージ”と呼ばれる連続殺人鬼の謎も加わり、さらに正体不明の女が容疑者として浮かび上がってくるなど、事態は混迷を深めていきます。が、しかし。 やがて少しずつ解き明かされていくそれらの謎は、麻耶雄嵩にしてはやけにオーソドックスというか、麻耶雄嵩らしさを感じさせる独特の“歪み”のようなもの――例えば、単なる“狂気”とは一線を画した異質な論理に基づく動機や、アンチミステリの域に踏み込むかのような挑戦的かつ破壊的なトリックなど――が見受けられず、どうも物足りなく感じられてしまいます。 とはいえ、このまま終わるはずはないだろうと警戒しながら読み進んでいくと、最後の最後に思わぬ方向からの一撃が炸裂。実のところ、トリックそのものはありふれているといっても過言ではない類のものなのですが、その例を見ない使い方が強烈な“歪み”を生み出し、終盤近くまでの物足りなさをある程度払拭しています。そして物語はそのまま、読者を突き放すようなすさまじい結末へとなだれ込み、巨大なインパクトを残して幕を閉じます。 ただ、最後にかなり挽回したとはいえ、他の作品に比べると作者独特の“味”が薄いのは確かで、個人的には“傑作”とはいい難いところです。裏を返せば、“初めての麻耶雄嵩”としては打ってつけの一冊といえるのかもしれません。 2006.09.05読了 [麻耶雄嵩] |
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