ミステリ&SF感想vol.161

2008.05.18

クラリネット症候群  乾 くるみ

ネタバレ感想 2008年発表 (徳間文庫 い51-1)

[紹介と感想]
 書き下ろしの中編「クラリネット症候群」に、2001年に徳間デュアル文庫で刊行された『マリオネット症候群』をカップリングした、乾くるみ久々の新作(?)。文春文庫版『イニシエーション・ラブ』をあからさまに意識したカバーイラストといい、あらすじに付された“恋愛変格ミステリ”なるコピーといい、あざとい商売っ気が気になるところですが……。

 先に発表された「マリオネット症候群」に合わせて「クラリネット症候群」が書かれたらしく、題名の語呂合わせのみならず、高校一年生の主人公(ただし性別は違いますが)が超常現象的な体の異変に襲われる発端、憧れの先輩とともに怪事件に巻き込まれるという展開、全体を覆うスラップスティックなコメディ・タッチ、そして皮肉な結末といった具合に両作品の共通点は多く、統一されたイメージになっているのが印象的です。

「マリオネット症候群」
 高校一年生の御子柴里美は、ふと目を覚まして異変に気づいた。意識ははっきりしているのに体の自由がきかず、まるで誰かが乗り移って勝手に動かしているようなのだ――意のままにならない“自分”の言動を観察しているうちに、里美の体を乗っ取っているのが憧れの森川先輩だとわかった。しかもどうやら、先輩は誰かに殺されたらしい……。

 意識が別人の体に入り込む“人格転移”という設定はすでにありふれたものになっている感がありますが、心と体の不一致によって生じる騒動を“乗り移った”側の視点から描くのではなく、体を“乗っ取られた”側の視点から描かれているのがやはり新鮮です。

 主人公の里美は自分の体を“操る”人物に意思を伝えることもできず、“自分”の言動を観察して懸命に状況を把握しようとしますが、実のところはそれがわかっても何もできることはないわけで、それもあって森川先輩に体を乗っ取られたという現状を比較的簡単に受け入れています。その一方で、突然里美の体に入り込んだ森川先輩をはじめ、事情を知った登場人物たちまでもがあっさりと納得してしまっているところが、何ともいえない独特の雰囲気をかもし出しています。

 ミステリ的には森川先輩を殺した犯人を探すのがメインかと思いきや、こちらも思いのほかあっさりと判明してしまい、そこから事態が一層の混迷を深めていくのが、作者の一筋縄ではいかないところ。そして続けざまに起こる(そしてエスカレートしていく)予想外の出来事と、あくまでもスラップスティックな雰囲気とのギャップが印象的です。

 物語の落としどころは、ある意味“それしかない”というものではありますが、そのブラックな味わいはやはり絶妙。定番ともいえる設定からスタートしながらどんどん定型をはずしていく、いかにも作者らしいよくできた作品です。

「クラリネット症候群」
 高校一年生の犬育翔太は、憧れのエリ先輩の目の前で、勝手に持ち出した養父のクラリネットを壊される羽目になった。しかもそれがきっかけで、「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」の音が聞こえなくなってしまったのだ。さらに養父が何かの事件に巻き込まれて姿を消し、ようやくつかんだ手がかりは意味不明な文章だけ。もしかしてこれは暗号なのか……?

 クラリネットが壊れたことがきっかけで「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」という音(言葉)が聞こえなくなるという、かの有名な「クラリネットをこわしちゃった」という歌を下敷きにした発端はやや安直にも思えますが、会話文が“虫食い状態”になってしまう実験小説的な体裁はなかなか面白いところです。

 もっとも、音(言葉)の欠落による叙述トリックめいた仕掛けもあるにはありますが、大半は主人公の視点による地の文などで補われて意味が通るようになっており、どういう扱いになるのかと思っていると……そこから暗号ミステリへとつながっていく意表を突いた展開に。このあたりの巧妙なつなぎ方が目を引きます。

 その暗号は、かなり力が入ったものになっています。特に、主人公(と養父)がクラリネット奏者だけあって、連城三紀彦『敗北への凱旋』ばりの楽譜の暗号まで登場するあたりは見ごたえがあります。ただし暗号の扱いについては、大森望氏の解説でも言及されている「過去からきた暗号」『林真紅郎と五つの謎』収録)ほどの面白味は感じられず、少々物足りなさが残ります。

 ついに暗号が解き明かされ、その背景となる事件に決着がつくあたりの意地の悪さはさすがですが、少々露骨すぎる感がなきにしもあらず。とはいえ、こちらもまたなかなかよくできた作品といっていいのではないでしょうか。

2008.04.13読了  [乾 くるみ]

ミステリクロノIII  久住四季

ネタバレ感想 2008年発表 (電撃文庫 く6-9)

[紹介]
 なぜか真里亜に対して距離を置くようになった慧。その急変した態度に真里亜は疎外感を覚え、ついには書き置きを残して家出をしてしまう。だがその真里亜を、資産家である小布院の身内と勘違いした誘拐犯が……。
 真里亜の家出を知っても煮え切らない様子の慧のもとに、恐るべき知らせがもたらされる。真里亜の身に“時間退行”のクロノグラフであるリグレストが取り付けられ、その肉体は刻一刻と幼児化――そして消滅へ近づいているというのだ……。

[感想]
 シリーズ第三作となる本書に登場するクロノグラフは、南京錠のついた腕輪の形をした“リグレスト”。“施錠”によって取り付けた相手の肉体を急速に退行させていく、“時間退行”のクロノグラフです。作中では“成長における時間進行が逆転し、肉体が退行していきます”(142頁)と表現されている一方で、描写をみる限り意識がそのまま“順方向”で継続しているあたりは少々気になりますし、肉体の退行に伴って失われていくはずの質量の行方も疑問ではあります*1が、そこはそれ

 それよりも注目すべきは、前作までに登場した“リザレクター”や“メメント”とは違って効果の上限がない点で、“鍵”を使って解除するまで際限なく作用が持続し続けるという、実に恐ろしいことになっています。しかも、“錠”単独では*2“リ・トリガー”による効果の取り消しも無効という凶悪な代物で、どうみても拷問や脅迫に打ってつけの道具だというあたりが、天使の世界の深い“闇”をうかがわせます*3

 本書ではその恐るべき“リグレスト”の特質が、誘拐ミステリというプロットと組み合わされることで最大限に生かされています。“リグレスト”の作用が謎を生じ得るものではないこともあって、推理部分が控えめになっているのが残念ではありますが、タイムリミットサスペンスとしての興味はなかなかのもの。クライマックスがいきなり「プロローグ」として冒頭に置かれるという構成も効果的ですし、真里亜の救出と“リグレスト”の解除という二つの難題を同時に処理しなければならないという窮地もよくできています。

 難をいえば、事件が動き出してから解決に至るまでがややあっさりしすぎで、慧と誘拐犯の“読み合い”にはそれなりに見ごたえがあるとはいえ、せっかくのサスペンスを盛り上げるだけの“タメ”が欠けている感があります。が、これは最後に明らかになる“歪み”を浮かび上がらせるための、致し方ない処理といえるかもしれません。

 紆余曲折を経た後味のいい結末がひとまずの救いとなってはいるものの、意味深長な会話が交わされる一場面など波乱を予感させる部分もあり、今後の展開からますます目が離せないところです。

*1: 効果の及ぶ範囲が肉体のみに限定されている上に、生じる現象が連続的であるところをみると、“リザレクター”のような時間軸の歪曲(?)ではなく、体内(細胞内)の生化学的なプロセスを“反転”させるようなものではないかと思われます(もっとも、“リ・トリガー”による取り消しはやはり不連続な現象(瞬時に元に戻る)なのですから、あまり意味のない考察ではありますが)。
*2: 少なくとも“錠”と“鍵”が“リ・トリガー”の有効圏内に揃わない限りは。
*3: “リザレクター”や“メメント”も相当に怪しい道具ではありますし、“リグレスト”にも(記憶を保ったままの)若返りというポジティブな用途もあるとは思うのですが。

2008.04.14読了  [久住四季]
【関連】 『ミステリクロノ』 『ミステリクロノII』

山魔{やまんま}の如き嗤うもの  三津田信三

ネタバレ感想 2008年発表 (原書房 ミステリー・リーグ)

[紹介]
 奥多摩の山中にある神戸{ごうど}地方。その初戸集落に生まれて東京で教師になった郷木靖美{のぶよし}は、数年ぶりに初戸に戻り、三つの山にある宮を独りで巡って礼拝する成人参りを行う。だが、途中で道に迷った靖美は“忌み山”に入り込んでしまい、そこで様々な怪異に翻弄された末に、得体の知れない家族の住む一軒家にたどり着いた。そして翌朝、その家族は朝食の途中で消失していたのだ……。
 ……郷木靖美が送ってきた手記を読み、自ら神戸地方を訪れた刀城言耶だったが、到着早々に奥戸集落で六地蔵様にまつわる殺人事件が発生して……。

[感想]
 ホラーとミステリを融合させた好調のシリーズ第四弾。時系列としては『首無の如き祟るもの』『凶鳥の如き忌むもの』の間に位置する事件のようで、重大なネタバレはなさそうではあるものの、少なくとも『首無』は本書より先に読んでおいた方がいいかもしれません。

 これまでの作品では“カカシ様”(『厭魅』)・“大鳥様”(『凶鳥』)・“淡首様”(『首無』)といった信仰/畏怖の対象が物語の中で重要な位置を占めてきましたが、本書では題名にある“山魔”という怪異そのものよりもむしろ、それを含む“忌み山”という“場”が主役となっている感があります。特に、冒頭100頁近くを占めている「忌み山の一夜」と題された手記では、書き手である郷木靖美の“忌み山”に対する恐怖心が強く表れており、非常に興味深いものになっています。

 “忌み山”で様々な怪異に翻弄された郷木靖美に、いわば“止めを刺している”のが、作中でも言及されているように“マリー・セレステ号”*1の事件を彷彿とさせる一家消失事件です。食べかけの朝食を残したまま、しかも出入り口に内側から閂の掛かった家から忽然と姿を消すという鮮やかな消失事件で、読んでいる方としては実に魅力的な謎ですが、当事者である郷木靖美の受けた衝撃の大きさは手記からうかがえます。

 その手記を読んで現地を訪れた刀城言耶ですが、到着早々に六地蔵様の童唄にまつわる見立て殺人に遭遇することになります。しかし、刀城言耶自身による「はじめに」“事件の中心的な存在となる鍛炭家の人々(中略)のほとんどと全く面識がないままに、僕自身が連続殺人の渦中に巻き込まれた”と記されているように、関係者と対面する間もなくあれよあれよと事件が進んでいくことで、今ひとつとらえどころのない事件という印象が最後まで続くところがなかなかユニークです。

 解決直前の章が「たった一つの光明を導く謎」と題されているあたりは、前作『首無の如き祟るもの』のような鮮やかな解決を期待させますが、その意味では少々期待はずれというべきか。怒涛の解決であることは間違いないのですが、一般的などんでん返しともやや違った、あるポイントがひっくり返されて確定した後に次のポイントへ移っていくといった独特の形で、読んでいて解決全体の整合性が心配になるというか、落ち着かない感覚が残ってしまうのは否めません。

 とはいえ、大量の伏線が次から次へと回収されていく様は圧巻ではありますし、最終的な真相、そして事件の裏に盛り込まれたある趣向*2は非常に面白いものになっています。また、解決の最中の落ち着かない感覚が、最後のホラー的な結末を味わい深いものにしているようにも思います。前作よりはやや落ちる感がありますが、やはりよくできた作品というべきでしょう。

 なお、本書で重要な要素となっている六地蔵様の童唄ですが、作中には“あかじぞうさま、のーぼる”と唄われるもの(60頁/141~142頁)“しろじぞうさま、のーぼる”と唄われるもの(143頁/336~338頁)の二種類があり*3、何かの引っかけかとだいぶ悩まされたのですが、どうやら前者は単なる間違いのようです。これからお読みになる方はご注意ください。

*1: 一般的には“マリー・セレスト号”の方が通りがいいように思います。
*2: ただし、少々見えにくいのが難点ではあります。
*3: 少なくとも「2008年4月28日 第1刷」では。

2008.04.21読了  [三津田信三]

教会の悪魔 Satan in St Mary's  ポール・ドハティ

1986年発表 (和爾桃子訳 ハヤカワ・ミステリ1811)

[紹介]
 十三世紀、ロンドン。殺人を犯した金匠ダケットは、司直の手が及ばぬ聖メアリ・ル・ボウ教会へと逃げ込んだ。だが、やがて罪の意識に苛まれたのか、ダケットは教会内で首を吊って死んでしまう。扉に内側から閂がかかった密室状況だったこともあって、ダケットの死は自殺として処理されたのだが、国王エドワード一世はその裏に謀略の気配を感じ取り、事件の再検分を命じる。密偵役を拝命したのは、切れ者で知られる王座裁判所書記ヒュー・コーベット。早速現場の教会やダケットの死体の検分を行い、自殺に見せかけた殺人であることを見抜いたコーベットだったが……。

[感想]
 〈ロジャー・シャロット・シリーズ〉(→『白薔薇と鎖』)や〈アセルスタン修道士シリーズ〉(→『毒杯の囀り』『赤き死の訪れ』)など、主に中世英国を舞台にした歴史ミステリのシリーズを発表している作者の、代表作ともいわれる密偵ヒュー・コーベットを主役としたシリーズの第一作です。本書を読む限りではどちらかといえば〈ロジャー・シャロット・シリーズ〉に近い、不可能犯罪よりもその背後の謀略に力点を置いた歴史冒険ロマンといったところでしょうか。

 主人公のヒュー・コーベットは、十年ほど前にペストで妻子を失って絶望し、死に場所を求めて志願したウェールズ戦役で国王を救う武勲を挙げたという過去を持っています。戦功によって王座裁判所の書記に任じられてからも鬱々とした生活を送ってきたようで、同じ密偵という立場でも『白薔薇と鎖』のロジャー・シャロットのような陽性のキャラクターではなく、いきおい物語も暗めの雰囲気を帯びています。中盤以降、従者となる若者レイナルフの登場をきっかけに若干の明るさが加わってはいるものの、シリアスなプロットがコーベットの暗さに拍車をかけており、その点はやや好みの分かれるところかもしれません*

 発端となるのは密室状況の教会内での首吊り自殺に見せかけた殺人ですが、本書の帯にある(ヒュー・コーベットが)“密室殺人に挑む!”との煽り文句とは裏腹に、物語の中で不可能犯罪の謎解きそのものがさほど重要な位置を占めていないのは作者の“仕様”というべきかもしれません。密室トリックそのものはもはや陳腐といわざるを得ないもので、犯人につながる手がかりなどに見るべきところもないではないものの、本格ミステリ的な面白味は薄くなっています。

 重視されているのはやはり、一見すると何でもないような事件の背後に隠されていた謀略、さらにはそれをめぐるサスペンス/冒険ロマン的な興味で、そこにコーベット自身のロマンス――(一応伏せ字)しかも、その悲劇的な結末が見えているだけに一際強い印象を残す(ここまで)――も絡んで、なかなか見ごたえのある物語に仕上がっていると思います。

 なお、本書は1284年にロンドンで起きた現実の事件を下敷きにしたもののようで、主な関係者の名前や事件の概要までほぼ史実のままだということが巻末の「著者あとがき」(←本書のネタバレになるので、決して本文より先に読まないようご注意下さい)に記されていたのに驚かされました。

*: 巻末の「訳者あとがき」によれば、本書以降は“公私ともに右肩上がりの人生”とのことです。

2008.04.25読了  [ポール・ドハティ]

堕天使拷問刑  飛鳥部勝則

ネタバレ感想 2008年発表 (ハヤカワ・ミステリワールド)

[紹介]
 両親を事故で亡くした中学一年生の如月タクマは、とある田舎町にある母方の実家に引き取られた。だが、“ツキモノハギ”と称する乱暴な除霊など奇怪な因習がはびこるその町では、数年前に起きた不可解な斬首事件を魔術崇拝者であったタクマの祖父が召喚した悪魔の仕業だとする噂が根強く残り、さらに数ヶ月前に当の祖父が密室の蔵で怪死したことで状況は悪化していた。時に自身も“悪魔憑き”としていわれなき差別を受けるタクマだったが、「月へ行きたい」と呟く不思議な少女・江留美麗と出会い、心を惹かれる。そんな中、新たな斬首事件が発生し……。

[感想]
 “ジョン・ディクスン・カー+ボーイ・ミーツ・ガール”という素敵な(?)キャッチコピーが目を引く、飛鳥部勝則の久々となる新作です。「人面瘡」・「悪魔の紋章」・「夜這い」・「オススメモダンホラー」・「暗黒天使」・「新婚旅行」・「第二次創世記戦争」・「縄人間」・「実験体」……といった章題が並ぶ目次からもうかがえるように、様々な要素が雑然と放り込まれた*1怪奇ミステリ*2の大作となっています。

 「プロローグ」で語られる密室内で全身の骨を砕かれた死体という謎、さらに三人が一瞬で首を切断された数年前の斬首事件、そしてそれと呼応するかのように起きた新たな斬首事件と、立て続けに本格ミステリ的な謎が提示されはするものの、それらの謎については物語終盤に至るまでほとんど放置状態。まったく言及されないわけではないのですが、それがほぼ怪奇小説としての文脈のみに限られているのは、やはり奇天烈な物語世界によるところが大きいでしょう。

 舞台となるのは、因習にとらわれた閉鎖的な田舎町――といった表現からイメージされるどころではない、混沌とした“異世界”。“ツキモノハギ”のような(どちらかといえば)和風の要素と西洋の悪魔という概念が共存し、大人も子供も程度の差こそあれどこか奇妙な人々ばかりで、挙句の果てには殺人事件の捜査さえまともに行われない有様。そして都会からやってきた少年・如月タクマの視点で全編が描かれることで、その世界の異様さが際立っています。

 もちろん町の人々はタクマの方を“異端”として扱うわけで、その身には様々な苦難が降りかかってくることになるのですが、物語が過度に陰惨なものにならずに思いのほかさばさばした雰囲気を帯びているのは、主人公・タクマの尋常でない落ち着きと毅然とした態度のせいでしょうか。どう見ても中学一年生とは思えない老成したキャラクターともいえるのですが、それでいて友人とのやり取りや美少女との出会いなどには若さも感じられ、青春小説としてもなかなか魅力的なものに思えます。

 (本格)ミステリ部分を置き去りにしつつも、怪奇小説と青春小説がない交ぜになった展開は決して中だるみすることなく、十分に読ませます。そして「第三部 天使が現れなければならない」に至るとあらゆるものが一気に暴走を始め、ついにはとてもミステリとは思えない*3怒涛のクライマックスと壮絶な“崩壊”が訪れます。思わず圧倒されてしまうほどの迫力に満ちたやりたい放題の展開で、本書の最大の見どころといえるのではないでしょうか。

 その後は一転して、長らく放置されてきた不可能犯罪の謎解きが行われますが、異様な物語世界による裏打ちを存分に生かしたバカトリックの連打は圧巻で、少なくともバカミス好きの方は必読でしょう。とりわけ、犯人を隠蔽する最大のポイントとなっている“ある一点”は、これ以上ないほど強烈なインパクトを残します。多少無理のある部分も見受けられますが、さりげなく張られた伏線や犯人の隠し方は巧妙で、ミステリとしてもなかなかよくできていると思います。

 本編を読み終えてみるとひたすら無茶苦茶で愉快な作品という印象が残りますが、それをがらりと変えてしまう結末の趣向は実に見事。これほどまでに破天荒な物語を美しくまとめてしまう力技には脱帽です。間違いなく好みの分かれる、万人にはおすすめできない作品ではありますが、個人的には大いに楽しませてもらいました。

*1: 中でも、21頁にわたってひたすらオススメのモダンホラーが解説される「オススメモダンホラー」という章の、(一見すると)呆れるほどの本筋との関係のなさと、それとは裏腹の全力投球ぶりは印象的です。
*2: あくまでも個人的なイメージですが、本書については“ホラー”よりも“怪奇小説”という言葉の方がしっくりします。
*3: 多少なりとも本書に比肩し得るのは、セオドア・ロスコーの怪作『死の相続』くらいではないでしょうか。

2008.05.02読了  [飛鳥部勝則]