〈未来警察殺人課〉

都筑道夫




シリーズ紹介

 都筑道夫によるユニークな設定のハードボイルド風SFミステリ連作です。主人公は東京警視庁第三課に所属する星野刑事ですが、この第三課――“殺人課”は、殺人事件の捜査を行って解決する部署ではありません

 この時代には、予防精神医療の発達により殺人事件が“絶滅”し、警察の殺人課も表向きは姿を消しています。が、テレパシー能力者や精神科医などによって時おり殺人願望を持つ人間が発見され、殺人事件を起こす前に密かに“処分”されることになります。その役割を担っているのが警察の殺人課――ということで、星野刑事をはじめとする殺人課の刑事たちは、いずれも殺人衝動を発見されたものの適性を見出されて“処分”をまぬがれ、殺人課に所属して殺人の実行を仕事としているのです*

 刑事とはいっても殺人衝動を持つ人物には違いないため、その行動はある程度制限され、任務から逸脱したとみなされた場合には遠隔操作による死が待っています。そのせいもあって、危険人物を“処分”するにあたってはしばしば曖昧な状況をはっきりさせる必要があり、アクションのみならず(やや控えめながら)謎解きの要素や、都筑道夫らしいひねりのきいたプロットなども楽しめる物語となっています。

 舞台となっているのは未来の地球……ではなく、人類が地球を捨てて移住した第二の地球ですが、ノスタルジーから“ロンドン”・“パリ”・“ニューヨーク”などあちこちに過去の地球と同じ地名がつけられ、人々の暮らしや街の雰囲気も過去の地球を踏襲した部分があります。もちろん大きく変わっている部分もありますが、同じ名前でありながらも微妙に違う都市の雰囲気がかもし出す違和感のようなものが、結果としてSF的な魅力を増大させているようにも感じられます。それら一味違った各都市を舞台にすることで、いわば第二の地球の名所案内のような形になっているのも面白いところです。

*: 『未来警察殺人課[完全版]』巻末の日下三蔵氏による「編者解説」では、このあたりの設定について、アニメ「PSYCHO-PASS」との類似性が指摘されています。




作品紹介

 短編15篇が『未来警察殺人課』・『ロスト・エンジェル・シティ 未来警察殺人課2』(ノベルス版では『未来警察殺人課2』)の2冊にまとめられています。これらはどちらも品切れになっていますが、2014年2月に短編15篇をすべて収録した『未来警察殺人課[完全版]』(創元SF文庫)が刊行され、手に取りやすくなっています。


未来警察殺人課  都筑道夫
 1979年発表 (徳間文庫103-4・入手困難『未来警察殺人課[完全版]』創元SF文庫733-02)ネタバレ感想

 個人的ベストは、「人間狩り」「死霊剥製師」

「人間狩り」
 星野刑事は人探しの指令を受けてケニアのナイロビへとやってきた。軽度の殺人願望を狩猟で解消しにきた男が、突然消息を絶ったのだ。だが、星野は到着早々に命を狙われ、事件の鍵を握る人物も殺されてしまった……。
 異国情緒、お色気、アクション、ひねられたプロットなど様々な要素が詰め込まれた、シリーズの見本のような作品。最後に一ひねりされた真相がなかなかよくできています。

「死霊剥製師」
 ニューヨークに出張中だった東京警視庁殺人課の刑事が行方不明になってしまった。このままでは、命令違反として処分されることになってしまう。同僚の星野は手がかりを求めて、秘密の生体解剖ショーへと潜り込んだのだが……。
 タイムリミットに迫られた人探しというサスペンスフルな状況から、何とも派手なアクションを経て、ラストは予想外のところへ着地。実に巧みなプロットが光る作品です。

「空中庭園」
 新宿に新しくオープンした空中庭園。だが、そこには設計者の手によって、ある人物を狙う殺人装置が仕掛けられているというのだ。捜査のために空中庭園を訪れた星野は、収容された病院から脱走した設計者と対決する……。
 “誰が狙われているのか?”・“どのような仕掛けなのか?”という二つの謎があるものの、残念ながらどちらの真相もやや今ひとつに感じられます。星野が犯人と対決する場面は迫力がありますが……。

「料理長{シェフ}ギロチン」
 標的の男を追ってパリを訪れた星野に、パリ警察二課の刑事が接触してきた。標的が潜伏するレストランが、麻薬組織の巣窟になっているのだという。星野は、取引の現場を押さえるために仕事を延期してほしいという依頼を承諾するが……。
 通常の任務かと思いきや、麻薬事件の捜査が重なってきて事態が複雑なものになっていくのが見どころ。終盤に星野が追い込まれる絶体絶命の窮地と、そこからの鮮やかな逆転が印象的です。

「ジャック・ザ・ストリッパー」
 ロンドンで開かれている国際会議に出席中の医学博士が、学者仲間に殺意を抱いているという報告があった。だが、問題の人物は急病で入院してしまった。星野はテレパシストとともに、狙われた人物を追ってストリップ・バーへ潜入した……。
 やや無理があるように思える箇所もありますが、最後に明らかにされる事件の真相は秀逸。ただし、“ジャック”が誰なのか題名*から読めてしまうのは、少々もったいないというか何というか。

「氷島伝説」
 休暇でグリーンランドを訪れた星野は、奇妙な事件に巻き込まれることになった。先住民文明の調査隊の一人が、突然暴れ出したのだ。非公式の捜査を始めた星野は、新聞記者とともに、先住民の壁画の残る洞窟へと向かった……。
 事件性も定かでなく、また捜査もかなり制限されてしまうという状況で、旅行中の星野が事件に首を突っ込んでいくという、異色のパターンの作品です。真相とそれを受けた結末もユニーク。

「カジノ鷲の爪」
 逃亡した危険人物は、沖合に浮かぶ島ラスヴェガスにあるカジノ・ホテル「鷲の爪」に宿泊しているらしい。そこにある療養所では、殺人願望の治療が非公式に行われているという。星野は早速ラスヴェガスへ渡ろうとするが……。
 序盤の展開からは事件の構図も明らかなように思えますが、それが途中からどんどん怪しくなっていきます。複雑な状況の中、星野の強引な“解決”が印象的です。

*: 徳間書店版の「あとがき」によれば、この題名はアントニイ・バウチャーの短編が元ネタのようで、“ヒントをあきらかにする意味もこめて”([完全版]626頁)採用したとのことですが。

2002.08.13再読了
2014.04.11[完全版]読了 (2014.04.21改稿)  [都筑道夫]

ロスト・エンジェル・シティ 未来警察殺人課2  都筑道夫
 1986年発表 (徳間文庫つ1-10・入手困難『未来警察殺人課[完全版]』創元SF文庫733-02)ネタバレ感想

 本書では定型の展開から外れた作品が多い分、出来にばらつきがあるように感じられます。
 個人的ベストは、「ロスト・エンジェル・シティ」「赤い闘牛士」

「マンハッタン・マンハント」
 日本から危険人物を追ってニューヨークへ出張してきた星野。だが、相手は新たに開発した危険な興奮剤を麻薬王に売りつけにきたらしい。星野は麻薬係の刑事と協力して捜査を始めたが、やがて標的は死体となって発見された……。
 どちらかといえばアクションに重点が置かれた作品で、標的の人物が何者かに殺されるという奇妙な状況ではあるものの、謎解きの要素はほとんどなく、プロットもほぼ一本道なのが物足りないところです。

「空白に賭ける」
 モナコを訪れた日本人旅行者が、突然病院に収容された。テレパシストによって殺人願望が発見されたというのだ。だが患者は、賭博の必勝法を試そうとしたせいだと主張する。星野は患者から預かった計算機を持ってカジノを訪れたが……。
 空中に浮かぶ一大歓楽都市“モナコ”を舞台にしたエピソード。星野がカジノで計算機を試そうとするあたりから、何が起きているのかまったく予断を許さなくなり、俄然面白さを増していきます。犯人の最終的な狙いと計画は非常によくできていると重います。

「殺人ガイドKYOTO」
 京都で開かれるマジック・フェスティヴァル。その審査委員長が、ゲストとして登場するマジシャンに殺意を抱いているらしい。だが、自身も引退したマジシャンである審査委員長は、遺跡見物の最中に星野の目の前で煙のように消失して……。
 第二の地球の先住民が残した遺跡を神社仏閣になぞらえた“京都”の風景が目を引きますが、マジシャンらしいともいえる人間消失まで盛り込まれたプロットも秀逸。派手なクライマックスと事件の真相、そして鮮やかな結末がお見事。

「ロスト・エンジェル・シティ」
 休暇を利用して、元刑事の旧友・オスカーに会おうとロスアンジェルスを訪れた星野。だが、何者かの警告の電話をきっかけに、警察に命を狙われる羽目になってしまう。なぜか星野は、命令違反で逃亡中とみなされたようなのだ……。
 休暇中の星野がなぜか殺人課の刑事に命を狙われてしまうという、実にスリリングな作品です。ひねりのきいた展開の末に用意されている意外な結末が印象的で、最後の最後まで目が離せません。

「私設殺人課」
 東京警視庁殺人課の刑事が、次々と不可解な死を遂げていた。驚くべきことにその葬式には、殺人課課長の偽者が姿を現したというのだ。さらに、星野自身の偽者まで出没しているらしい。殺人課に一体何が起こっているのか……?
 星野の属する東京警視庁殺人課を狙ったと思しき、得体の知れない事件が扱われていますが、入り方はなかなか面白いものの、物語が進むにつれてどんどん陳腐になっていくような印象を受けるのが残念。

「ワイキキ・ワンダーランド」
 風土病の調査隊が行方不明になった事件を調査するため、ハワイを訪れた星野だったが、すれ違いで事件は解決してしまったらしい。星野はそのままホテルに宿泊したのだが、目を覚ましてみると、部屋の中には銃で撃たれた女の死体が……。
 冒頭から窮地に陥ってしまう星野……と思っていると、一転して変な展開に。何ともめまぐるしい作品ですが、一筋縄ではいかないところがさすがで、思いもよらないラストが光ります。

「有毒夢」
 高名な科学者の心の中に殺人願望が発見され、対応に苦慮した当局は新しい治療法を試みることを選択した。かくして星野は、科学者の頭の中の妄想の世界に入り込み、冒険を繰り広げることになったのだが……。
 プロットの中核はシリーズの他の作品と同工異曲で、ミステリとしては見るべきものがなく、夢の中でのチープなRPG風の冒険を楽しむべき作品という印象。最後の決着は「それでいいのか?」という感じですし、つじつまが合っていないところがあるような気もするのですが、何せ夢の話なので、突っ込むのは野暮かもしれません(苦笑)

「赤い闘牛士」
 スペインはマドリッド。人気の女闘牛士とのCM契約のためにやってきた大企業の会長が、心の中に殺意を抱いたという。それは、奇妙なパターンを伴った、一風変わった種類のものだった。だが彼は、マークしていた星野の目の前で……。
 まず発端の“奇妙なパターン”にやや脱力を禁じ得ませんが、それをもとにした星野の推理は納得のいくものです。そしてそこからのひねった展開と、伏線をうまく生かした最後の真相がよくできています。

2002.08.15再読了
2014.04.11[完全版]読了 (2014.04.21改稿)  [都筑道夫]


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