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まぼろし砂絵/都筑道夫

1982年発表 角川文庫 緑425-28(角川書店)
「熊坂長範」
 “誰が”や“なぜ”もさることながら、厳重に保管されていた大きな人形を“どうやって”盗み出したのかが大きな謎となるはずのところ、それが幻術という(ミステリとしては)“反則技”で片付けられているのは、やはりいただけません。
 幻術師と“軍師”の意見が合わないために事件に“次の動き”がなく、結果として犯人の目的が見えなくなっているという構図は、それなりに面白くはあるとはいえシリーズ内に類似の前例があります*1し、“身代金”目当ての脅迫というその真相にひねりがないのも残念。

「人ごろし豆蔵」
 C.ディクスン『ユダの窓』を思わせる密室状況となっていますが、明らかに密室内での犯行であるにもかかわらず、凶器が消失しているのが大きな特徴。もちろん、マメゾーが直ちに下手人にされてしまわないためということもあるでしょうが、最初から(“人の出入り”ではなく)“凶器の出入り”に焦点が当てられているのが面白いところです。そして、そこから強引に*2“人の出入り”に持っていったセンセーの(表向きの)解決は、客観的にみて無理はあるものの、事件を穏便に収めるためにはベストといえるでしょう。
 しかして事件の真相は、“人も凶器も密室に出入りしていない”という意表を突いたもので、特殊技能に負っているという点ではアンフェア気味ではありますが、マメゾーが縛られた状態で発見されたという“密室内部の不可能状況”がうまく生かされているのが秀逸です。そして、阿保久斎の自殺の動機とマメゾーが凶器を隠した理由、さらに“やはりマメゾーは、人ごろしでございますよ”(96頁)という最後の一言が「人ごろし豆蔵」という題名につながっていくあたりが印象的。

「ばけもの寺」
 「熊坂長範」と同様にオカルト要素が取り入れられた作品ですが、こちらの化け物はなめくじ連に代わってセンセーを手伝うなど、“謎を解く側”にいることが明らかなので“反則技”とはいえないでしょう。
 とはいえ、凶器の発見から一足飛びに解決に至る手順が、ミステリとして面白味を欠いているのは否めないところ。しいていえば、“なによりも、仏の力にすがるべきでしょう。力ずくや酒の力で、退治できる妖怪変化が、ありがたい経文のお力で、退治させられないはずがない”(126頁)という、現代人にとっては盲点となりがちなロジックが見どころでしょうか。

「両国八景」
 センセーに問われてマメゾーが“むずかしい仕事だが、やってやれねえことはねえでしょう”(146頁)と答えている時点で、何らかの軽業トリックによる犯行であることは明らかで、センセーの指摘通りホワイダニットが眼目となります。が、身投げを止められたがゆえの一か八かの犯行というのは、あまり面白いものとはいえません。

「坊主めくり」
 序盤から鋭いところを見せていた下駄常の推理が、結果的にはミスディレクションとなっているのがうまいところで、“実はあんがい、女の首じゃあねえのかえ”(183頁)というセンセーの推理と足し合わせたような真相がよくできています。そして、撥だこのある右手を隠すために死体をバラバラにしたというのが見事です。

「かっちんどん」
 いわゆる“バールストン先攻法”の変形のような、標的と思われた人物が犯人だったという真相にはさほど面白味がありませんが、本人ではなくひいき客のみに脅迫の手紙を送ることで、“なんにも知らずに、油断しているところを襲われた、と見せかける”(254頁)計画はまずまずです。
 “望まれない解決”はミステリでしばしば見られるものですが、この作品ほどそれが露骨に表れているのはかなり珍しいもので、やはり時代ゆえでしょうか。
 いかにも手がかりらしく思われる、手紙の“黒いしみ”(232頁)の扱いがなかなかユニークです。

「菊人形の首」
 宮芝居の役者への怨恨という表向きの構図がレッドへリングであることは見当がつきますが、真相は容易には見えません。センセーが人形師・亀吉に目をつけたのも半ばまぐれ当たりのように思われてしまいます。
 亀吉が主犯だということが明らかになっても動機の推理が困難なのは難点ですが、最後に明らかにされる真相は十分に納得できるもので、まずまず面白いと思います。

*1: 少なくとも、『くらやみ砂絵』に収録された(以下伏せ字)『雪もよい明神下』(ここまで)
*2: 推理の展開という点でも、また密室を“力技”で破ってあるという点でも。

2009.08.08再読了

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