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トリックスターズM/久住四季 |
2006年発表 メディアワークス文庫 く3-4(KADOKAWA)/(電撃文庫 く6-4(メディアワークス)) |
事件と直接関係のないはずの作中の推理ゲーム『マスカレイド城殺人事件』が、天乃原周の未来視と組み合わされて、“事件がいつ/どこで起きるのか”を解き明かすための重要な手がかりとなってくる――という形で、本筋に絡めてあるところがまず巧妙。それ自体は読者が推理する余地があまりないのが少々残念ではありますが、扇谷諡(と周)の名探偵ぶりを読者に印象づける効果もありますし、なかなか面白い使い方だと思います。
未来視の中で走った距離と右側にあるドアでいくつかの教室が除外され、 しかしこの“何もない”手がかり、周自身の直接(?)の体験、そしてそれを一人称で記述した地の文での描写まではいいのですが、他人に説明する際にわざわざ“何もない”ことを語るとは考えにくい――とりわけ、それが手がかりとなることに周自身が気づいていない以上――わけですから、未来視の内容を周からの伝聞で知った佐杏先生は、“犯行現場の窓から時計塔が見えない”という手がかりを入手できず(*1)、犯行現場に先回りすることも不可能となるのではないでしょうか。 ……というのが初読時に気になったのですが、改めてよく考えてみると佐杏先生にも推理は可能。ポイントとなるのは、周が最初に披露した犯行時刻の推理(53頁)で、未来視の中の土砂降りと天気予報を手がかりとしていること――時刻の話題であるにもかかわらず、時計塔に言及すらされなかった(*2)ことが、窓の外に時計塔が見えなかったことを暗示しているのです。
さて、肝心の“被害者探し”についてはまず、冒頭の周の未来視を“他人の未来”だと見せかけるトリックがユニークです。周が起きた際の描写は少々あざといようにも思われますが、これまでになかった新たな設定(他人の未来視)を導入しておいて、それをレッドへリングに使ってあるところが大胆です。また、 ただし、ミスリード先となるダミーの被害者が少々苦しいのは否めません。犯人・諡の“動機探し”を経て、諡の写真を撮った在真氷魚に絞り込まれるところはよくできているのですが、それがそのまま真相だとするともはや謎がほとんど残らないことになるので、最後にどんでん返しが用意されていることが予想できてしまうきらいがあります。そして、氷魚以外の四人の中に被害者がいるにしてはあまりに手がかりや伏線がないため、クライマックスでまさに犯行現場へ向かっている周自身が被害者となることは、かなり見え見えといわざるを得ないでしょう。 しかし見当がついてしまうとはいえ、“探偵=被害者”という図式になっているのは、未来視によって事件の因果関係が逆転した本書ならではのもの(*3)で、なかなか面白いと思います。そして、その真相を早々に見抜いた佐杏先生の推理が注目すべきところで、“安楽椅子探偵”風に周の話の中に手がかりを見出すだけでなく、周が事件を止めようとしているにもかかわらず未来が確定していること――探偵役の意志と能力――を手がかりとし、なおかつ探偵役が介入することによる事件への影響(*4)を考慮したその推理、すなわち探偵役の存在をも材料として扱った推理は、探偵役・周の上位に位置する“メタ探偵”ならではの“メタ推理”といってもいいように思います。 犯人・諡の動機の背景として、麻薬の問題が浮かび上がってくるのがなかなか強烈ですが、そこから動機がさらに二転三転するところがよくできています。そして最後に明らかになる“後ろ向き”な動機が、かつての周自身の心境と重なり合うことで共感を生み、周の心からのアドバイスの結果として“前向き”な未来が作られる――ことが“予測”される結末は、やはり印象に残ります。 *
なお、前作『トリックスターズD』のネタバレを防ぐために、(以下伏せ字)周を紹介された際の衣笠偵史郎と宮野亜子の様子(80頁〜81頁)(ここまで)が微妙なことになっていますが、やむを得ないとはいえ苦しいところではあります。というのも、(以下伏せ字)“暗示”で前日の事件のことだけを忘れたのならば、まず周の性別にはっきりと驚くはず(ここまで)だからで、前作のネタに関わるその部分を苦肉の策で何とかごまかしてある……ようでいて、前作を未読の方でも(以下伏せ字)“妙な違和感”から“別人トリック”に勘づいてしまう(ここまで)おそれがあるように思われます(*5)。 * * *
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*1: 走った距離や“二股の尾を持つ猫”については、(犯行現場の手がかりとなり得るので)周が説明してもおかしくないですし、『マスカレイド城殺人事件』で得られる手がかりは、使い魔の“アマネ”経由で佐杏先生にも伝わるはずです。
*2: 時計塔が見えていたのであれば、例えば“残念ながら文字盤までは見えなかった”のような説明があるはずで、まったく言及しない方が不自然にすぎるでしょう。 *3: 単にシリーズ探偵が被害者となるのではなく、また事件発生後に関わった探偵役が二番目以降の被害者となるのでもなく、事件を止めようとした探偵役が唯一の被害者となるところがユニークです。 *4: この点は、いわゆる“後期クイーン的問題”の“第二の問題”―― “また、「名探偵の存在そのものにより事件が引き起こされるケース(例えば、探偵を愚弄あるいは探偵に挑戦するために引き起こされる殺人のようなケース)」、あるいは、「探偵が捜査に参加することを前提として計画された事件が起きるケース」などとも絡んで議論される。”(「後期クイーン的問題#第二の問題 - Wikipedia」より)といったあたりを思い起こさせます。 *5: ここをご覧になっているということは、もし前作をお読みになっていなければ手遅れ(?)ですが……。 2006.08.12 電撃文庫版読了 2016.03.03 メディアワークス文庫版読了 (2016.03.17改稿) |
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