ミステリ&SF感想vol.131

2006.09.02
『トリックスターズM』 『アレン警部登場』 『中性子星』 『旧宮殿にて』 『過ぎ行く風はみどり色』



トリックスターズM  久住四季
 2006年発表 (メディアワークス文庫 く3-4/電撃文庫 く6-4・入手困難ネタバレ感想

[注意]
 以下の[紹介]及び[感想]では、やむを得ずシリーズ第一作『トリックスターズ』ネタの一つに触れている箇所がありますので、『トリックスターズ』を未読の方はご注意ください。

[紹介]
 城翠大学学園祭の二日目の朝、天乃原周は予知夢とともに目覚めた。懸命に逃げている様子の誰かが、仮面を着けた男に追いつめられ、ついには首を絞められてしまう。もみ合いの中で仮面がはずれ、見知らぬ犯人の顔があらわになる――しかし、いつ、どこで、そして誰が襲われるのか? 被害者となるのは、周にとってごく近しい人間――三嘉村凛々子ら五人のゼミ仲間の一人ではないのか……? 見えてしまった未来を変えようと焦る周をよそに、推理小説研究会などが合同で主催する学園祭のコスプレイベント『マスカレイド』が始まった……。

[感想]
 シリーズ前作『トリックスターズD』の翌日*1、学園祭二日目の出来事が描かれた作品。前作ではいよいよ始まるというところで学園祭から切り離される形でしたが、この作品では前作で語られていた予定の通り、推理小説研究会などの企画によるコスプレ(+ちょっとした推理ゲーム)イベント『マスカレイド』が大々的に開催される中、『トリックスターズ』で明らかにされた天乃原周の“未来視”の能力を生かしたサスペンスフルな物語――事件を未然に防ぐために奮闘する探偵の物語が展開されています。

 犯人の視点で進む倒叙ミステリとは違って探偵の側に描写の視点を置きながらも、まず犯人が判明*2してからそれ以外の謎を推理していくという、通常のミステリとは逆転(?)したあまり例のない趣向*3がこの作品のユニークなところ。予知夢を手がかりとして“いつ/どこで/誰が襲われるのか”を解明しようとする、事件発生前ならではの推理もさることながら、被害者を明らかにするために“どうしてその人物が事件を起こすのか”(犯人の動機や背景となる事情)を探る、犯人から“逆算”する推理が非常に面白いと思います。

 もう一つの見どころが、主人公である周自身の変化です。『トリックスターズL』では佐杏先生に探偵役を押しつけられた周ですが、本書では佐杏先生による未来視の能力の“講義”を受けて、その特異な能力と向き合い、自らの意志で探偵役をつとめることになります*4。このあたりは、師弟関係*5を通して描かれる主人公の成長という、シリーズのテーマ(の一つ)が顕著に表れているといっていいでしょう。また、周がやがて“元・名探偵”と出会い、北村薫『冬のオペラ』の名文句を髣髴とさせる“名探偵の条件”を告げられる一幕もあり、この作品は“名探偵小説”としての一面も備えているといえるでしょう。

 事件が起きるまでに謎を解かなければならないタイムリミットサスペンスとなっている分、読者がじっくり考える余裕がなくなってしまうきらいもありますが、クライマックスからの解決は実に鮮やか。真相にはややわかりやすい部分もあるものの、なかなか面白いものになっていると思いますし、そこに至る推理の筋道がよくできています。そして事件の性質上*6、最後に雰囲気のいい結末が用意されているのが印象的。他の作品に比べると短めではありますが、コンパクトにまとまった佳作といっていいのではないでしょうか。

*
「トリックスターズ 彼女たちの花言葉」
 ゼミでお世話になった佐杏冴奈先生に花を贈ろうと、フラワーショップを訪れた三嘉村凛々子と天乃原周。若い女性店員が親切に応対してくれたのだが、やがて来店した若い男性客の姿を見て、なぜか店員の様子が一変する。そして客は小さな鉢植えを手に取り……。
 メディアワークス文庫版で初めて収録された短編で、作中の時系列では『トリックスターズL』『トリックスターズD』の間に当たるエピソードです。「あとがき」“魔術が存在する現代での日常の謎”と記されているように、魔術絡みの事件ではなく“日常の謎”――ただし魔術、というよりも魔学の中の“ある要素”が関わってくる、といえばいいでしょうか。序盤の凛々子の天然ぶり(?)*7、周の鮮やかな推理、そして最後の見事なオチまで、ニヤリとさせられる小品です。

*1: 『トリックスターズD』のはっきりしたネタバレはないと思いますが、若干微妙な箇所があるので、順番通りに前作からお読みになることをおすすめします。
*2: 予知夢で見えた犯人は周にとって未知の人物ですが、すぐに誰なのか明らかになります。
*3: 他には(発表順に)、誰が被害者なのかを推理するパット・マガー『被害者を探せ』(←我孫子武丸氏の指摘を受けて思い出しました。ありがとうございます)、“真犯人”と事件の関係が不明な山田正紀『長靴をはいた犬』、犯行の動機とその背景に重きが置かれた西澤保彦「幻視路」『転・送・密・室』収録)、そして(この作品より後の作品ですが)“どうしたらその人物が犯人たり得るのか”が眼目となる麻耶雄嵩『さよなら神様』、といったところでしょうか。
 ちなみに、『被害者を探せ』(古新聞の記事が破れて被害者がわからない)以外は、この作品も含めて特殊設定により早い段階で犯人が判明するものばかりですが、いずれもシリーズ第二作以降の作品である点も共通しています。つまり、この趣向のために特殊設定が導入されたのではなく、導入した特殊設定を(再)利用するための趣向が“収斂”する形になっているわけで、興味深いものがあります。
*4: 『マスカレイド』で周が身に着ける衣装が象徴的ですが、さらにそれが選ばれる経緯が(一応伏せ字)「トリックスターズ 彼女たちの花言葉」のテーマと関連している(ここまで)のが面白いと思います。
*5: 学生と教官、新米魔術師とベテラン(?)魔術師、そして探偵と“メタ探偵”(『トリックスターズL』の感想を参照)という具合に、三重の意味で師弟関係といえます。
*6: この作品での“解決”が何を意味するかを考えれば明らかだと思いますが。
*7: ダメ元で尋ねてみるにもほどがあるでしょう(苦笑)。

2006.08.12 電撃文庫版読了
2016.03.03 メディアワークス文庫版読了 (2016.03.17改稿)  [久住四季]
【関連】 『トリックスターズ』 『トリックスターズL』 『トリックスターズD』 『トリックスターズC PART1/PART2』



アレン警部登場 A Man Lay Dead  ナイオ・マーシュ
 1934年発表 (岩佐薫子訳 論創海外ミステリ18)ネタバレ感想

[紹介]
 新聞記者のナイジェルは、従兄弟のチャールズとともにヒューバート卿の屋敷に招かれる。そのパーティーでは、余興として殺人ゲーム――密かに犯人役に選ばれた人物が、適当な被害者を“殺害”した後、屋敷の明かりを消して合図の銅鑼を鳴らし、それから被害者を除く一同が犯人を当てるために模擬裁判を開く――が行われることになっていた。犯人役が誰かはわからないまま、しばらくすると予定通りに明かりが消され、屋敷に銅鑼の音が響き渡る。だが、再び明かりが点けられた後に横たわっていた“被害者”は、本当に殺されていたのだ……。

[感想]
 ナイオ・マーシュのデビュー作。後の作品にみられる人物描写の妙はすでにある程度確立されているものの、プロットが迷走気味で今ひとつピントが定まらない感があり、またミステリとして手慣れていない部分が見受けられるなど、やや微妙な作品です。

 貴族の屋敷で行われる殺人ゲームが本物の殺人事件にすり替わってしまうという発端は、いわゆる黄金期の本格ミステリらしい雰囲気になっているのですが、いかに警察官らしからぬ人物とはいえ、アレン主任警部を中心とした警察による捜査に重点が置かれているあたりは異色。そこまでならまだしも、とある秘密組織をめぐる大捕物へと“脱線”してしまう展開は、さすがに木に竹を接いだような印象が拭えません。

 謎解き部分の中心となるのは、「読書の栞」で横井司氏が“読み手によっては噴飯ものと考えそうな”と表現しているトリックですが、これ自体は、笑えるところがないでもないとはいえ、悪くないと思います。が、解決場面を素直に読むとあまりにも無理があるとしか受け取れないのが大きな難点。実はこの問題、ある設定を少し改変してやるだけで簡単に解消できてしまうだけに、トリックをきちんと成立させるための目配りが不足しているように感じられてしまいます。さらに、解決のための手がかりの提示などがうまくないために、トリックと犯人がかなりわかりやすくなってしまっているところにも不満が残ります。

 登場人物たちの人間模様や、アレン警部とのやり取りなどはなかなか面白く、まずまず楽しめる物語ではあると思うのですが、肝心のミステリ部分に難があるのがやはり残念です。

2006.08.15読了  [ナイオ・マーシュ]



中性子星 Neutron Star  ラリイ・ニーヴン
 1968年発表 (小隅 黎訳 ハヤカワ文庫SF400・入手困難ネタバレ感想

[紹介と感想]
 ラリイ・ニーヴンの未来史〈ノウンスペース・シリーズ〉の第一短編集です。作中の年代も内容もバラエティに富んだ第二短編集『太陽系辺境空域』とは違って、8篇中7篇が27世紀(「狂気の倫理」のみ25世紀)に集中し、さらにそのうち4篇では27世紀ノウンスペースの名物男(?)ベーオウルフ・シェイファーが主役となっていることで、比較的統一感のある作品集となっています。
 ニーヴンの作品全般についていえることですが、本書も謎解きやオチに重点が置かれている作品がほとんどで、ミステリファンにもおすすめの作品集です。

「中性子星」 Neutron Star
 中性子星BVS=1の調査に赴いたパイロットが宇宙船内で無惨な死を遂げる。だが、ゼネラル・プロダクツ社製の宇宙船は可視光以外は何も通過させることなく、絶対安全なはずだった。ベーオウルフ・シェイファーは、ゼネラル・プロダクツ社のパペッティア人に半ば脅迫される形で、原因調査のためにBVS=1へと向かったが……。
 絶対安全なはずの宇宙船に乗っていた人間が死んだ原因を探る、ミステリ風の作品です。多少なりとも知識があれば、真相はすぐにわかってしまうかもしれませんが……。ノウンスペースの名脇役であるパペッティア人もいい味を出していますが、さらにその上を行くベーオウルフ・シェイファーのしたたかさが印象的です。

「帝国の遺物」 A Relic of Empire
 とある惑星上で、遥か昔に銀河全体を支配していたスレイヴァー帝国の遺物の一つ、“ステージ樹{ツリー}の調査を行っていたリチャード・マン博士。ところがそこへ、警察船に追われてきた宇宙海賊たちが着陸し、マン博士は囚われの身となってしまう。機転を利かせて何とか脱出したマン博士だったが……。
 かつて銀河を支配していた“スレイヴァー”(スリント人)はすでに滅びていますが、唯一の生き残りが長編『プタヴの世界』に登場しています。この作品では、そのスレイヴァーの残した遺物が重要な要素となっています。面白いアイデアではあるものの、この作品を下敷きにしたと思しき某漫画を先に読んでいたのでややインパクトが乏しかったのが残念。

「銀河の〈核〉へ」 At the Core
 パペッティア人から新たな仕事を引き受けたベーオウルフ・シェイファー。強力なハイパードライヴにより分速1光年に迫る超高速を達成した新型宇宙船で、銀河系の中心部まで調査に行くのだ。だが、思わぬ困難を乗り越えてようやく到達した目的地には、予想を超えた驚くべき光景が広がっていた……。
 超高速の宇宙船で遥か遠くまで行って戻ってくるというだけの話ではありますが、目的地である銀河系中心部のものすごい光景と、帰還したベーオウルフ・シェイファーを待ち受ける予想外の事態が印象に残ります。

「ソフト・ウェポン」 The Soft Weapon
 スレイヴァーの遺産を収納した停滞ボックスを発見したジェイスンとアン、そしてパペッティア人のネサスは、輸送中に立ち寄った惑星でチュフト船長率いるクジン人の一隊に捕まり、停滞ボックスを奪われてしまう。そしてその中から発見されたのは、形と機能を様々に変える恐るべき武器だった……。
 たびたび人類に戦争を仕掛けてくる好戦的なクジン人が登場する作品です。物語の中心となるのは、停滞ボックスから発見された武器に関する謎解きで、ジェイスンの推理にはなるほどと思わされます。また、クジン人とパペッティア人の奇妙な心理の一端がうかがえるのも興味深いところです。
 なお、パペッティア人のネサスは長編『リングワールド』にも登場しています。

「フラットランダー」 Flatlander
 エレファントと名乗る地球人{フラットランダー}の富豪と知り合ったベーオウルフ・シェイファーは、アウトサイダー人から買い取った情報をもとに“ノウンスペースの中で最も変わった惑星”を目指すエレファントのパイロットをつとめる。だが、目的の惑星が間近に迫ってきた時、思わぬアクシデントが起こった……。
 この時代を扱った作品にしては珍しく地球の風物が描かれており、前半はさながら“ベーオウルフ・シェイファーの地球旅行記”といった様相を呈しています。後半は宇宙に舞台が移りますが、やはり例の場面が実に衝撃的です。

「狂気の倫理」 The Ethics of Madness
 18歳の時に偏執狂のおそれがあると診断されたダグ・フッカーは、定期的に自動治療機にかかることで、長年にわたってその進行を抑えてきた。だが、ある時自動治療機が故障してしまったことに気づかなかったダグは、やがて少しずつ狂気に蝕まれ始め、ついに恐るべき事態を引き起こしてしまう……。
 主人公ダグの狂気が進行していく様子と、ポール・アンダースンの某作品を思わせる後半の展開、そしてカタストロフ的なラストがよくできています。なお、マウント・ルッキットザット星については長編『地球からの贈り物』をご覧下さい。

「恵まれざる者」 The Handicapped
 イルカやバンダースナッチなど、“手”を持たない知性体のために特殊な〈手〉を作ってきたガーヴェイは、惑星ダウンに降り立った。この星に住む生物“グロッグ”に知性があるらしいという話を聞きつけてきたのだ。だが、実際に目にしたグロッグは、目もなく四肢もほとんど退化してしまって一歩も動かない定着生物だった……。
 奇妙な生物“グロッグ”の隠された生態に焦点を当てた作品で、謎を解くための手がかりが秀逸です。緊張感漂うラストも見事。

「グレンデル」 Grendel
 宇宙空間を航行中の客船アルゴス号が何者かに襲撃され、乗客の一人、クダトリノ人の高名な芸術家ルルービーが誘拐されてしまった。ちょうどアルゴス号に乗り合わせていたベーオウルフ・シェイファーは、友人のエミールとともにルルービー救出に乗り出すことになったのだが……。
 派手な事件の割に今ひとつすっきりしない形の決着ですが、その不満を帳消しにするようなラストの鮮やかなオチに脱帽です。

2006.08.17再読了  [ラリイ・ニーヴン]  〈ノウンスペース〉



旧宮殿にて 15世紀末、ミラノ、レオナルドの愉悦  三雲岳斗
 2005年発表 (光文社)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 長編『聖遺の天使』に続いてレオナルド・ダ・ヴィンチを探偵役とした歴史ミステリで、ミラノの宰相ルドヴィコ・スフォルツァと才媛チェチリア・ガッレラーニが脇を固めるのも前作同様です。
 不可能状況を中心としたメインの謎はもちろんのこと、作中で交わされるレオナルドとルドヴィコの問答にもミステリ風味を感じさせるところがあり、いずれも内容の濃い作品ばかりという印象です。また、レオナルドが探偵役であるという設定と謎解きの内容とが、前作よりもさらに緊密に結びついている感があり、歴史ミステリとしての完成度は高くなっていると思います。

「愛だけが思いださせる」
 音楽家のガッフーリオが山荘で開いた祝宴。その席上、ガッフーリオの新しい愛人を描いた肖像画が、未完成ながらも披露されていたのだが、しばらく目を離していた隙にそれが忽然と消え失せてしまった。疑惑は、祝宴に招かれていたガッフーリオの前の愛人へと向けられるが……。
 消失トリックそのものはシンプルで、まずまずといったところでしょうか。それよりも、事件の背景と犯人の動機が非常に面白く感じられます。ラストも鮮やか。

「窓のない塔から見る景色」
 商人バハモンデは娘のレオノーラを自分の選んだ婚約者に娶せようとしたが、レオノーラには心に決めた相手がいるという。怒ったバハモンデはレオノーラを塔の一室に幽閉するが、レオノーラはやがて、部屋からは決して見えないはずの景色を描いた精密な絵を残して失踪してしまう……。
 密室からの人間消失の謎と、見えない風景を描いた絵の謎。どちらも若干の疑問があるものの、なかなかよくできていると思います。レオナルドが語る二人の画家の逸話も印象的です。

「忘れられた右腕」
 ナポリの秘書官の依頼を受けて、さる美術商から高価で購入したという古代ローマ時代の大理石の彫像を護衛することになったルドヴィコ。だが、衛兵たちが厳重に警備していたにもかかわらず、彫像は折れた右腕だけを残していつの間にか消え失せてしまったのだ……。
 トリックの物理的側面はまだしも、心理的側面が(とある理由で)かなりわかりやすくなっているのは残念。とはいえ、物語そのものは十分面白いものになっていると思います。

「二つの鍵」
 年老いた商人ファブリツィオは、財産を相続する後継者を定めた遺言書を、金の鍵と銀の鍵とによって開閉される特殊な箱に保管し、ファブリツィオ自身が金の鍵を持ち、息子たちには銀の鍵を渡していた。だがファブリツィオは殺害され、遺言書を収めた箱と金の鍵が紛失してしまった……。
 解決場面でレオナルドが展開するロジックが圧巻です。“犯人は最大の利益を求めようとする”(238頁)という仮定が推理の前提としてきちんと押さえられているところもいいですし、少々込み入ってはいるものの十分に説得力のある秀逸なロジックだと思います。ただ、細かいところで手順の前後が見受けられるのが残念。

「ウェヌスの憂鬱」
 ミラノ大聖堂に建設される八角塔の設計案の競作。その審査が行われている旧宮殿で、競作に応募した建築家が一人の詩人を殺害する。その原因となったのは、ある女性と密かに道ならぬ関係を続けていた建築家のもとに届けられた、一通の脅迫状だった……。
 倒叙ミステリ風に幕を開ける異色の作品。いくつものネタを贅沢に盛り込みつつ、男女の機微を軸に展開する物語は実に印象深いものがあります。

2006.08.21読了  [三雲岳斗]



過ぎ行く風はみどり色  倉知 淳
 1995年発表 (創元クライム・クラブ)ネタバレ感想

[紹介]
 不動産業などで巨富を築き上げて引退した方城兵馬老人が、このところ怪しげな霊媒師・穴山慈雲斎に心酔していた。心配した家族は、兵馬を説得するために超常現象研究者の神代・大内山のコンビを招き、慈雲斎のインチキを暴こうとする。そんな中、かつて兵馬と衝突して家を飛び出した孫の成一が十年ぶりに帰宅したその日に、誰も近づけなかったはずの屋敷の離れで兵馬が撲殺されてしまったのだ。成一は猫丸先輩に事件を相談するが、悪霊の仕業だと主張する慈雲斎が開催した降霊会の席上、第二の惨劇が……。

[感想]
 『日曜の夜は出たくない』でも活躍した名探偵・猫丸先輩の登場する、現時点では唯一の長編です。本書の解説では法月綸太郎氏が作者を“天然カー”と評していますが、オカルトと不可能犯罪の取り合わせ、あるいはぬけぬけとしたオカルトの扱いなどには確かにジョン・ディクスン・カーに通じるところがあるように思いますし、飄々としているようでいて案外人が悪い(ようにみえる)猫丸先輩のキャラクターにも、ジョン・ディクスン・カー(カーター・ディクスン)のシリーズ探偵であるフェル博士とH.M.卿を足して二で割ったような印象を受けます。

 さて物語は、今どきの作品にしてはベタベタとも思える富豪の屋敷内での連続殺人を扱ったもので、祖父との確執を経て十年ぶりに屋敷に戻ってきた主人公の成一の視点からの描写と、交通事故の後遺症でほとんど屋敷から出ることのない成一の従妹・左枝子の独白とが交互に繰り返される形で進行していきます。猫丸先輩に“辛気くさい”と評される成一の方はともかく、左枝子の方は事件に怯えながらも密かに抱く恋心が中心となっており、さらに探偵役であるはずの猫丸先輩からして終盤近くまで事件そっちのけで別のことに没頭していることもあって、オカルト絡みの連続殺人でありながらさほど陰惨な印象はありません。このあたりは、良くも悪くも作者の持ち味といえそうです。

 事件の真相は思いの外シンプルですが、かなり綱渡りめいた大胆なトリックで巧妙に隠されています。そして、ようやく事件に首を突っ込んだ猫丸先輩が一同の前で真相を解き明かすクライマックスは、驚きとカタルシスに満ちた、非常に見応えのあるものになっていると思います。

 ただ、読み終えて全体を振り返ってみると、ミステリてしての仕掛けの中心部分以外は今ひとつ印象に残りにくいのも事実です。登場人物の印象がころころ変わったり、あるいは事件が起きても妙に超然とした雰囲気だったりと、物語部分が何となく作り物めいて感じられるためでしょうか。

2006.08.22再読了  [倉知 淳]


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