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  4. 二人のウィリング

二人のウィリング/H.マクロイ

Alias Basil Willing/H.McCloy

1951年発表 渕上痩平訳 ちくま文庫 ま50-2(筑摩書房)

 “ウィリング博士”を名乗っていた探偵のダガンがまず毒殺されたことで、その正体が知られたために殺されたのか、それとも“ウィリング博士”として殺されたのかが興味を引きます……が、実のところはどちらにしても“探偵”だから殺されたというのは変わりがない*1ので、事件の様相が大きく左右されるわけではなく、さほど面白味があるとはいえないようにも思います。いずれにしても、ダガンをパーティーに招待したキャサリン・ショーが同じ手口で毒殺された時点で、犯人がダガンをウィリングと取り違えて殺した可能性はほとんどない、といっていいでしょう*2

 さて、ミス・ショーの死によって直接利益を得るのは甥のブリンズリーと付き添いのシャーロットに限られますし、ローレンスの毒殺未遂に際して娘のパーディタに“安楽死殺人”(207頁)の動機があることが示され、さらにヨーク夫妻とカニング夫妻については不和の気配が横たわっています。このように、(まだ事件が起きていない潜在的なものも含めて)犯行の動機が四つのグループにきれいに分かれている――ダガンは別として――ために、動機に着目すると事件の構図が見えやすくなってしまうのが難しいところではあります。

 作中でウィリングは、パーディタがローレンスだけでなくミス・ショーを殺す動機も持っていた可能性に言及しています*3が、これはいくら何でも無理筋。そして、巻末の「訳者あとがき」で挙げられているものとは別の“クリスティの某有名作品”((以下伏せ字)『ABC殺人事件』(ここまで))のパターン――動機の不在による(以下伏せ字)ミスディレクションとしての連続殺人(ここまで)――も考えられない*4ので、パーディタが口にした自分で父に毒を盛るなんてできません”(207頁)という手がかりを待つまでもなく、動機のある人物に代わっての“請負殺人”が頭に浮かぶのは不可避ではないかと思われます。

 いわば、フーダニットとホワイダニットを切り離すことで真相を隠蔽しようとする仕掛けになっているのですが、今となってはいささかわかりやすく、パーティーの主催者であるツィンマー博士に疑いが向いてしまうのは否めないでしょう。それでも、巻末の「訳者あとがき」にもあるように*5パーティーの出席者、すなわち主要登場人物の大半が(犯人と被害者いずれかの立場で)事件に関与していたという真相はやはりインパクトがありますし、本格ミステリらしからぬというか、妙に現代的に感じられる――それでいて、19世紀に書かれたディケンズの『リリパー夫人の遺産』*6がヒントになっているのが面白いところです。

 残るハウダニットは、“どうやって毒殺したか”というよりも、カクテルに毒を混入した実行犯と思しき執事のオットーに“どうやって殺人の指令を出したか”という、実にユニークな謎となっています。が、手がかりが少々わかりにくい――あまり目立たない上に、“動作の手がかり”と“の手がかり”に分かれている(下の表を参照)――ために、ウィリングが最後に説明する真相(260頁~261頁)がすんなりとは腑に落ちにくくなっているのが残念。

被害者動作の手がかり色の手がかり
ダガン“クチナシの花をまっすぐに直し、折り襟を正しながら”(26頁)クチナシの白と夜会服の黒(一般知識?)
ミス・ショー“杖の握り部分を持って拾い上げると、持つ場所を杖の中ほどに移して”(26頁)“象牙の握りのついた黒檀のステッキ”(18頁)
ローレンス“片手をマントルピースに置いて(中略)火掻き棒を手に”(218頁)“白い大理石のマントルピース”(20頁)
イゾルダ“D、Dシャープ、F、Fシャープ”(255頁)白鍵と黒鍵(一般知識)

 ところで、最後のウィリングによる謎解きでは、ツィンマー博士が“ダガンの肩に腕を回した”ところで札入れを奪い、中身を確認してダガンの正体を知り、“オットーに(中略)合図を送った”(いずれも259頁)とされていますが、「第三章」冒頭の場面をみると、“小男の肩に親しげに手を置いた”(25頁)ところから殺人の合図(26頁)まで、ほぼ一連の出来事であるかのように描かれており、ツィンマー博士がダガンの正体を知る機会がなかったように読めてしまうのが、大いに気になるところです。

 キーツの詩を下敷きにした“鳴く鳥がいない”というダガンのダイイングメッセージの意味は、解決直前の“鳥の死骸”(242頁)でおおよそ明らかになってしまいますが、目の見えないミス・ショーが見出した“死の世界”が浮かび上がる結末は、やはり印象的です。

*1: なりすましが暴露されていない以上(依頼人のキャサリン・ショー以外に)ダガンを知る人物はいなかったと考えてよさそうですし、ウィリングと(犯罪絡みを除いて)関わりがあったのはロザマンドただ一人なので、“探偵”と無関係の個人的な動機とは考えられないでしょう。
*2: 「第六章」の終わりにようやく、“ベイジル・ウィリングだと思われたから”(84頁)という説をブリンズリーが口にしていますが、これは“時すでに遅し”といわざるを得ないように思います。ミス・ショーの死が明らかになる前の「第四章」で、ツィンマー博士あたりが持ち出した方がよかったのではないでしょうか。
*3: ウィリングは、“パーディタが安楽死殺人をもくろんでいるという疑いを、ローレンスがミス・ショーに打ち明けていたとしたら? ミス・ショーが私立探偵を雇って調べさせていたのも、その証拠をつかんで、ばらすぞと脅してパーディタを止めるつもりでいたのかも?”(210頁)としています。が、いまだ調査段階でパーディタがミス・ショーの思惑を知り得るとは考えにくいものがありますし、そもそも毒殺未遂後にパーディタをかばおうとしているローレンスが、娘への疑いを他人に漏らすのはそぐわないのではないでしょうか。
*4: (以下伏せ字)他殺であることがはっきりしなければミスディレクションにならない(ここまで)ため。
*5: “クリスティの某有名作品を意識したかのように、現場にいた容疑者の過半が事件に関わりを持っていた”(277頁)とされています……が、ここでクリスティの作品((以下伏せ字)『オリエント急行の殺人』(ここまで)だと思われます)を引き合いに出すのは、やや違和感があります。
*6: 篠田昭夫「Charles Dickens: Mrs. Lirriper's Legacy ―1864年のクリスマス作品―」(PDF)によると、“ディケンズを含む6人の作家が分担執筆した作品の連合体という形式”で、2篇目のCharles Collins「A Past Rodger Relates a Wild Story of a Doctor」が問題の作品のようです。
 ちなみに、本書に続いて邦訳されたマクロイ作品『ささやく真実』の中でも、登場人物の一人が“自殺を売る医者”の話を持ち出している(94頁~95頁)のが興味深いところです(そちらでは事件の真相とは無関係なのでご安心ください)。

2016.06.11読了