ミステリ&SF感想vol.225

2018.03.25

ノッキンオン・ロックドドア  青崎有吾

ネタバレ感想 2016年発表 (徳間書店)

[紹介と感想]
 〈不可能(How)〉専門の御殿場倒理{ごてんば・とうり}と、〈不可解(Why)〉専門の片無氷雨{かたなし・ひさめ}――相棒にしてライバルでもある二人の探偵と、女子高生のアルバイト家政婦・薬師寺薬子{やくしじ・くすりこ}による探偵事務所「ノッキンオン・ロックドドア」には、次々と奇妙な事件が持ち込まれてくる。元学友の女傑・穿地決{うがち・きまり}警部補らと協力して、事件の謎を解き明かしていく二人だったが……。

 青崎有吾の新シリーズは、それぞれが〈不可能(How)〉と〈不可解(Why)〉を得意とする“分業制”探偵の二人組、御殿場倒理と片無氷雨を主役とした連作短編集です。『体育館の殺人』に始まる〈裏染天馬シリーズ〉では、推理のロジックが前面に出されていますが、本書ではどちらかといえば――トリックメーカーが“敵役”として登場するところも含めて――トリックに焦点が当てられているのが目を引きます。

 探偵役の“分業”は、古野まほろ『セーラー服と黙示録』のシリーズにインスパイアされたものかもしれませんが、そちらでは三人の探偵役が〈ホワイダニット/ハウダニット/フーダニット〉――ミステリで重要な三種類の真相を求める作業をそれぞれ分担するのに対して、本書での〈不可能(How)/不可解(Why)〉という形はの性格に対応した分担であって、〈ハウダニット/ホワイダニット〉とは観点が異なるものになっています*1。謎を起点とした役割分担であるため、謎解きの過程でしばしば“〈不可能〉→〈不可解〉”(あるいはその逆)といった転換が生じ、謎解きの途中で主役が交代する“主導権争い”のような図式によって、二人の探偵役のライバル関係が強調されているのがうまいところです。

 個人的ベストは、〈不可能〉と〈不可解〉のバランスという点で「ノッキンオン・ロックドドア」

「ノッキンオン・ロックドドア」
 風景画で知られる画家が、自宅屋根裏部屋のアトリエで殺害される。現場は密室状態だったが、犯人が自殺に見せかけようとした形跡はない。そして、現場に飾られていた被害者による六枚の風景画が、なぜか額縁から取り出して床に放置され、しかもそのうち一枚は真っ赤に塗りつぶされていた……。
 探偵コンビの初登場にふさわしく、〈不可能〉と〈不可解〉がほどよいバランスで組み合わされた謎が用意されている作品で、倒理と氷雨の推理合戦は見ごたえがあります。意表を突いた密室トリックもさることながら、最後に明かされる真相が秀逸です。

「髪の短くなった死体」
 とある劇団が借りているマンションの一室で起きた事件。室内には大きな空のダンボールと荷物が残され、梱包途中の犯行とみられたが、シャワーを出しっぱなしの浴室では、劇団リーダーの女性がなぜか下着姿で絞殺されていたのだ。しかも犯人はどういうわけか、死体の髪を切って持ち去っていた……。
 容疑者がかなり限定されている中、ある作品のオマージュらしい*2〈不可解〉な謎が目を引く一篇で、当然ながら“なぜ髪を切ったのか?”が焦点となるものの、一筋縄ではいきません。細かい手がかりを起点として意外な方向へと転じる推理の末に、思わぬ真相が飛び出してくるのが見どころです。

「ダイヤルWを廻せ!」
 亡くなった祖父が遺した金庫が開かないので、遺書に記された番号は暗号ではないかという依頼人/路地で転んだ拍子に頭を打って事故死したとされている父が、実は誰かに殺されたのではないかという依頼人――同時に舞い込んできた二つの依頼を、倒理と氷雨で分担することになったのだが……。
 二人組の探偵であることを生かして、二つの依頼を分担する構成がまず面白いところ*3。関係なさそうな二つの依頼の間につながりが浮かんでくるのは“お約束”ですが、その組み合わせ方が実に巧妙で、そこから鮮やかな結末にたどり着くところもよくできています。

「チープ・トリック」
 大企業の重役が自宅の部屋で、外からライフルで狙撃されて殺される。だが、狙撃を恐れていた被害者は窓に近づこうともしなかった上に、部屋の窓には遮光カーテンが引かれたままで、被害者の姿を見ることはできないはずだった。そして狙撃地点には、チープ・トリックの曲の歌詞を印刷した紙が……。
 倒理と氷雨、穿地の三人にとって因縁のある人物――チープ・トリック(→Wikipedia)の曲を名刺代わりにするトリックメーカー・糸切美影が、“敵役”として登場するエピソードです。
 〈不可能〉犯罪が扱われていますが、犯行後に“不可能に見える”だけでなく、被害者が狙撃を警戒していたために犯行以前から不可能状況が構築されていた*4のが興味深いところで、〈不可能〉を可能だとするためには〈不可解〉な謎が立ちはだかることになります。トリックはシンプルであるがゆえに鮮烈ですし、真相につながる“ヒント”も絶妙です。

「いわゆる一つの雪密室」
 岩手の山奥で奇妙な事件が起きたと聞いて、興味を引かれて現地へ向かった倒理と氷雨。降り積もった雪の中で倒れていた男は、包丁で胸を刺されて死んでいたが、包丁の柄からは指紋が拭き取られていた一方で、雪の上に残された足跡は男のものだけで、犯人の足跡が見当たらなかったのだ……。
 〈不可能〉な謎の定番の一つ、“雪密室”(足跡のない殺人)が扱われた作品で、状況があまりにも典型的であるために有名なトリックへの言及も交えつつ、巧みにひねりが加えてある……のですが、やや微妙な印象が残る部分もあります。

「十円玉が少なすぎる」
 依頼が来ないので退屈している倒理と氷雨のために、薬子がその日の朝に体験した奇妙な出来事を語る。スーツを着た三十代の男がスマホで通話している最中に、「十円玉が少なすぎる。あと五枚は必要だ」と不可解な言葉を口にしたのだ。倒理と氷雨はそれだけを手がかりに、推理を繰り広げるが……。
 シリーズの定型から離れて、ハリイ・ケメルマン「九マイルは遠すぎる」に挑んだ*5異色の一篇。まず焦点となる十円玉の用途については、正直なところ、(一応伏せ字)それが“謎”として扱われることに(作者や登場人物との)ジェネレーションギャップを感じて(ここまで)やや困惑させられたのですが、その部分も含めて論理と想像力を駆使した推理は圧巻です。

「限りなく確実な毒殺」
 政治家のパーティーで、シャンパンを飲みながらスピーチをしていた主役の政治家が毒殺される。こぼれたシャンパンからは毒が検出されたが、録画されていた映像を確認しても、シャンパンに毒を仕込む機会が見当たらない。倒理と氷雨は、糸切美影が仕掛けたトリックを見破ることができるのか……?
 トリックメーカー・糸切美影が再登場し、「チープ・トリック」で宣言した通りの“大きな仕事”をやってのけたエピソード。ある程度わかりやすくなっている部分もありますが、強固な〈不可能〉状況を演出する“限りなく確実な”トリックは、やはりお見事です。
 倒理・氷雨(さらに穿地)と美影の決着はつかないものの、過去の因縁が少しずつ明らかになり、今後の展開が大いに気になるところです。
*1: 例えば、氷雨自身は作中で“僕には(中略)苦手なものがある。犯罪捜査における“どうやったか?”という発想だ。”(233頁)と独白していますが、〈不可解〉がハウダニットにつながる場合もある――というのは、明らかな不可能犯罪の場合でも氷雨が推理を試みていることにも表れているように思います。
*2: 作中に、“初出がカッパ・ノベルス”(56頁)とヒントが示されています(が、恥ずかしながら私は思い当たらないので、どうやら未読のようです)。
*3: 最初の「ノッキンオン・ロックドドア」が氷雨の視点で、次の「髪の短くなった死体」が倒理の視点で描かれているのに続いて、この作品は氷雨のパートと倒理のパートが混在する形になっているあたり、叙述にも工夫されている感があります。
*4: 作中にも、“不可能犯罪じゃなく不可能狙撃”(132頁)という興味深い言葉があります。
*5: そこはかとなく“五十円玉二十枚の謎”(→Wikipedia)にも通じるところがある……ように思えるのは穿ちすぎかもしれません。

2016.05.18読了  [青崎有吾]

家庭用事件  似鳥 鶏

ネタバレ感想 2016年発表 (創元推理文庫473-07)

[紹介と感想]
 某市立高校美術部の葉山君を中心とする“探偵団”の活躍を描いた〈市立高校シリーズ〉*1の、前作『昨日までは不思議の校舎』から三年ぶりに刊行された第六作にして、五つの“事件”(ただし警察が介入するほどではない)が描かれた第二短編集です。
 個人的ベストは、最後の「優しくないし健気でもない」

「不正指令電磁的なんとか」
 映研とパソ研の間で交わされる契約の立会人を頼まれた葉山君。それぞれの制作でヒロインに起用された柳瀬さんの取り合いになったのだが、映研の撮影が優先される旨の契約書が作成され、一件落着したはずだった。だが、なぜか契約書が正反対の内容になっていることが発覚して……。
 作中にも“まるでマジックだった”(36頁)とあるように、トリックは鮮やかではあるのですが、悪い意味でもマジック的というべきか、解明されるトリックの〈手段〉よりもトリックによる〈現象〉の方が面白いのが難しいところです。また、犯人の“不正指令電磁的なんとか”はさすがにやりすぎで、後味が微妙になっているのも残念。

「的を外れる矢のごとく」
 葉山君たちが弓道部部長の練習に協力した数日後、弓道場から的枠がいくつかなくなっているのが発覚した。雨上がりの土に残された犯人の足跡から、犯行日時を特定できたものの、弓道場への入り方を知っている部員と葉山君たち全員のアリバイが成立し、容疑者がいなくなることに……。
 まず冒頭、葉山君たちが協力する弓道部の練習がシュールで愉快*2。事件の方は、的紙を張るための木製の的枠が盗まれたというもので、犯人探しもさることながら、“一個千円くらい”(65頁)と高価なものでもない的枠が“なぜ盗まれたのか”が見どころ。また、事件の構図も面白いと思います。

「家庭用事件」
 自宅マンションで、夜勤で不在の母親に代わって夕食を作っていた葉山君だったが、突然ブレーカーが落ちてしまう。動転しながらも、何とか復旧させることができたのだが、よく考えてみるとそれほど多くの電気を使っていたはずはなく、ブレーカーが落ちた原因がわからない。一体なぜ……?
 葉山君の自宅が現場となった異色の事件。もちろん、理由もなくひとりでにブレーカーが落ちるはずはなく、“誰が/何のために”という謎が焦点となるわけですが、そこから掘り起こされる思いもよらない真相が強烈です。

「お届け先には不思議を添えて」
 OBの伝手で、映研が保存していたビデオテープをDVD化することになり、葉山君とミノも協力してテープを三つの箱に詰めて発送した。ところが、一部のテープが駄目になっていたということで一箱だけ送り返されてきた――かと思いきや、その中身のテープが別物にすり替わっていて……。
 詳しい状況を調べてていくにつれて、すり替えの機会がどんどん消滅して不可能性が高まる中で、解き明かされるトリックは鮮やか。そして、すり替えの背景となった事情からのひどい(?)オチには、やはり苦笑を禁じ得ません。しかしよく考えてみると、謎のために状況を作り込みすぎて、いささか不自然になっているのも否めないところですが……。

「優しくないし健気でもない」
 妹・亜理紗の友人の姉が、不可解な引ったくり事件に遭ったという。塾で夜遅くなった帰り道、後ろからバイクで近づいてきた犯人にバッグを奪われたが、防犯ブザーに驚いて逃げた犯人を追いかけてみると、バッグは置き去りにされた上に、なぜか中にぬいぐるみが入れられていたというのだ……。
 不可解な事件とはいえ――というよりも不可解な事件であるがゆえに、事件の真相は見当をつけやすくなっているきらいがありますが、謎解きの場面に用意されているサプライズは強烈。そしてそれが単なるサプライズにとどまらず、物語のテーマとしっかり結びついているのが秀逸です。
*1: 帯には“市立高校シリーズ6”とあります。本書の刊行に合わせて既刊の装丁も一新された(→「似鳥鶏〈市立高校〉シリーズ 人気イラストレーター・けーしんが描く新カバーで登場。主要登場人物紹介[2016年4月]|今月の本の話題|Webミステリーズ!」)のを機に、シリーズ名も確定したようです。
*2: とりわけ、“ばぼろべぼろばぼろべぼろぶー。”(57頁)の脱力感たるや(苦笑)。

2016.05.23読了  [似鳥 鶏]

二人のウィリング Alias Basil Willing  ヘレン・マクロイ

ネタバレ感想 1951年発表 (渕上痩平訳 ちくま文庫 ま50-2)

[紹介]
 ある夜、ベイジル・ウィリング博士が自宅近くのたばこ屋で見かけた男は、ウィリング本人の目の前で、「私はベイジル・ウィリング博士だ」と名乗ってタクシーに乗り込んだ。驚いたウィリングは男の後を追って、とある屋敷にたどり着く。そこでは、屋敷の主・精神科医のツィンマー博士が主催し、資産家らが集うパーティーが行われていたが、ウィリングが“偽者”と対峙したのも束の間、不可解な毒殺事件が発生する。被害者は最後に、「鳴く鳥がいなかった」という謎の言葉を残して息絶えた。そしてさらに……。

[感想]
 「2017本格ミステリ・ベスト10」(原書房)の海外部門において、同じマクロイの『ささやく真実』(創元推理文庫)に次いで堂々の第2位を獲得した本書は、ベイジル・ウィリング博士を探偵役としたシリーズとしては『暗い鏡の中に』に続く*1第九長編となる作品で、まずは何といっても、シリーズ探偵のウィリング博士が“偽者のウィリング博士”に出くわすという発端が非常に魅力的です。

 もっとも、“二人のウィリング”は謎としてさほど引っ張られることはなく、“偽者”の正体そのものは早々に明らかになるのですが、そこですぐさま毒殺事件が起きて詩的な(!)ダイイングメッセージ*2が残され、さらに立て続けに第二の死者が発生するなど、序盤から息をもつかせぬ展開で読者を引き込むのがさすがです。そしてそのまま、ウィリングが“偽者”を追って乗り込んだ奇妙なパーティーに焦点が当てられ、そこに出席していた関係者たちの人物像と背景が掘り下げられていくことになります。

 “偽者のウィリング博士”はもちろんのこと、目の見えない富豪の老婦人とその甥に付き添いの女性、禁酒法時代に密造酒を提供して財をなしたナイトクラブ経営者と若く美しい妻、二人そろってアルコール依存症*3の土建業者夫婦、不治の病を患う詩人とその娘、そしてパーティーを主催したドイツ人の精神科医ツィンマー博士と、ウィリングの前に現れる個性豊かな関係者たちはいずれも印象的で、さらにウィリングの目が届かない“幕間”でそれぞれに不穏な気配を漂わせているのが目を引きます。

 実のところ、物語が進むにつれて真相のある程度までの部分はおおよそ見えてくると思いますが、巻末の「訳者あとがき」にもあるように、本書では“フーダニット(犯人)、ハウダニット(手段)、ホワイダニット(動機)という謎解きとしての主要なファクターすべてに趣向を凝らし”てあり、そのすべてを見抜くのは困難でしょう。また、見えやすい部分があるがゆえに、読者からすると“いかにして事件を止めるか”がクローズアップされることになり、クライマックスに向けてのサスペンスフルな味わいがより強まっている感もあります。

 クライマックスで犯人が指摘された時点で真相の大半が明らかになることもあって、その後の妻・ギゼラを相手にしたウィリングの謎解きが“落穂拾い”のように感じられるところもありますし、一部の手がかりがややわかりにくいためにすんなりと腑に落ちにくい部分もありますが、ウィリングの口から語られる凄まじい事件の全貌は(すでにわかっているとはいえ)かなりのインパクトがあります。発端の“二人のウィリング”からはかなり離れたところに着地するにもかかわらず、木に竹を接いだような印象を与えない巧みなプロットが光る作品です。

*1: 『暗い鏡の中に』の題材が○○(←文字数は適当)であることを考えれば、そちらの執筆(長編化)がきっかけで本書の一部の着想が得られた、ということもありそうです。
*2: 被害者に毒を飲まされた自覚がないため、犯人の名前ではないことは明らかなので、“何を指しているのか?”からして謎になっているのが面白いところです。
*3: 作中で“スブルビス・アルコホリック(酒浸りの郊外属)”(103頁)なる“学名”が与えられているのに苦笑。

2016.06.11読了  [ヘレン・マクロイ]

セーラー服と黙示録  古野まほろ

ネタバレ感想 2012年発表 (角川文庫 ふ31-1)

[紹介]
 日本帝国・三河湾に浮かぶ人工島に建設された、ヴァチカン直轄の全寮制ミッションスクールにして日本随一の探偵養成学校、聖アリスガワ女学校。卒業試験で学年首席と次席の座を勝ち取った二人の三年生が、合格すれば国家試験を免除されるという特別試験に臨むことになった。そして十二月二十四日の夜、特別試験のために校内の二つの大鐘楼にそれぞれこもった二人は、しかしその翌朝、大鐘楼尖塔の十字架に磔となった状態で発見されたのだ。奇怪な殺人事件に、三人の二年生――ホワイダニットに長けた葉月茉莉衣、ハウダニットを得意とする古野みづき、そしてフーダニットの才を秘めた島津今日子が、三位一体の探偵として事件の謎に挑む……。

[感想]
 ヴァチカン直轄の探偵養成学校・聖アリスガワ女学校を舞台にした、作者のデビュー作『天帝のはしたなき果実』に始まる〈天帝シリーズ〉と微妙なつながりがあるらしい、しかし独立して楽しめる(と思われる)〈聖アリスガワシリーズ〉〈セーラー服シリーズ〉*1の第一作。主役となる女子高生探偵(候補生)をはじめとしたくせのあるキャラクターたちや独特の愉快な会話も印象的ですが、外界から切り離されてミステリに支配された世界の中にユニークな試みを盛り込んだ、ある種メタミステリ風といってもよさそうな内容は見ごたえ十分です。

 探偵養成学校を扱った作品は他にもあります*2が、本書では事件発生前に物語の半分近くを費やし、主人公・島津今日子の学園生活を通じて作り込まれた設定をしっかり説明してあるのが目を引くところで、とりわけ“カトリックと探偵”という異色の組み合わせを支える聖アリスガワ女学校の由来などは面白いと思います。加えて、探偵養成学校ならではのミステリ関連の科目が、授業風景やレポートの課題、論述式の試験問題など*3具体的な形で示されており、それ自体が非常に興味深い*4のはもちろんのこと、特殊な舞台に実在感を与えているところがよくできています。

 そのような“ミステリづくし”の世界にあっては、丸一日“密室”にこもる不可解な特別試験にもあまり違和感はありませんし、そこで不可能状況と遺体の装飾に麗々しく彩られた事件が起きるのはもはや必定。そして、ヴァチカン直轄でほぼ治外法権の舞台ゆえに警察が介入することもなく、簡単な実況見分を経てすぐさま“解決篇”へ突入する、あまりにもスピーディな展開はいっそ潔いというべきかもしれません。いずれにしても、葉月茉莉衣・古野みづき・島津今日子という三人の探偵役が、三人の“ワトソン役”(?)を相手に推理を披露する“解決篇”が、本書の最大の見どころであることは間違いないでしょう。

 巻末の円居挽氏による解説では、“複数の探偵役”のメリット/デメリットが述べられていますが、本書での三人の探偵役はホワイダニット/ハウダニット/フーダニット――三つの謎解きを分担する形になっているのが秀逸。作中にも、“帰納的推理によるハウダニット”“演繹的推理によるホワイダニット”“ロジックによるフーダニット”とあるように、三つの謎解きは手法を異にしている面がある*5ので、それぞれを担当する一芸に秀でた探偵役を登場させる、という趣向には思わず膝を打ちます。しかも本書では探偵役の“競演”ですらなく、探偵役と“ワトソン役”が三つの班に分かれて“完全独立”の謎解きを行う徹底ぶりがすごいところです。

 実のところ、事件の真相には(やむを得ず)見当をつけやすくなっている部分もあり、“意外な真相”を期待する向きには少々物足りなく感じられるかもしれません。が、作中に論述式の問題が再三登場することで強調されている(といってもいいでしょう)ように、本書の眼目は事件の真相以上にそれが“どのように解明されるか”にある*6のは明らか。そして本書の三つに分割された推理は、“犯人”をまったく考慮しない新鮮なホワイダニット*7、大胆にも最初に論点を列挙しつつそこからの“展開”が鮮やかなハウダニット、さらには終盤の思わぬ切り口が特に光るフーダニットと、それぞれに工夫が凝らされて三者三様の面白さを備えています*8

 島津今日子らにとっては重すぎる事件が決着を迎えた後、シリーズの背景となる“黙示録”に関する恐るべき秘密の一端が明かされ、その後の展開が大いに気になるところです。シリーズ第一作ということもあってか全体的にややあっさりした印象で、前述した事件の真相の扱いなど好みの分かれるところもあるかもしれませんが、意欲的な作品であることは確かです。よりパワーアップしたシリーズ次作『ぐるりよざ殺人事件』と併せておすすめです。

*1: シリーズ名は作者のツイートより第三作『ねらわれた女学校』「あとがき」で、“『セーラー服シリーズ』”とされています。
*2: 本書と前後して、北山猛邦『猫柳十一弦の後悔 不可能犯罪定数』や円居挽『シャーロック・ノート 学園裁判と密室の謎』があります。
*3: 例えば、“ジ・オニコベヴィレッジ・マーダケイス”(横溝正史『悪魔の手鞠唄』)を題材に、探偵の“防御率”など様々に論じる授業など。
 なお、『悪魔の手鞠唄』の直接的なネタバレはありませんが、ある程度内容に踏み込んでありますし、本書より先に読んでおく方が楽しめるのはもちろんです。
*4: ただし、いずれの問題/課題も非常に難しく、とても合格する自信がない……どころか、解答をひねり出すことさえ困難に感じられます(そこがまた面白いところでもあるのですが)。
*5: 拙文「ロジックに関する覚書#謎とロジックの対応」(で引用しているMAQさんの「物語と論理-5」)もご参照ください。
*6: 推理ドラマ〈安楽椅子探偵シリーズ〉で有栖川有栖が放った名言、“犯人だけ当てられても痛くもかゆくもない”(大意)を髣髴とさせます。
*7: (一部の?)ミッシングリンクもののようにホワイダニットから入る場合もありますが、犯行の動機は基本的に“犯人の物語”であるわけで、本書のようなホワイダニットはあまり例がないように思います。
*8: 加えて、三組の探偵役と“ワトソン役”による、そこはかとなく漫才めいた(?)やり取りも愉快です。

2016.06.18読了  [古野まほろ]
【関連】 『ぐるりよざ殺人事件』 『ねらわれた女学校』 『全日本探偵道コンクール』

クララ殺し  小林泰三

ネタバレ感想 2016年発表 (創元クライム・クラブ)

[紹介]
 大学院生・井森健は夢の中で、不思議の国に棲む蜥蜴のビルになっていた。しかしある夜、いつの間にか不思議の国を離れて緑豊かな山中の牧草地に迷い込んだビルは、そこで車椅子の美少女・クララ“お爺さん”に出会った……。翌朝大学を訪れた井森は、門の前で車椅子の少女・露天くららと出会い、彼女が学内に入るのを手伝うことに。くららは、何者かに脅されて命の危険にさらされているため、大学教授のおじ・ドロッセルマイアー教授に助けを求めに来たというのだ。彼女を救うために、二つの世界で犯人探しに乗り出したビル/井森だったが……。

[感想]
 〈不思議の国〉と〈現実世界〉とが交錯するユニークなSFミステリ『アリス殺し』の続編*1で、前作に続いて蜥蜴のビル(不思議の国)/井森健(現実世界)が登場しますが、蜥蜴のビルは今回〈不思議の国〉を離れて別の世界へ迷い込みます。アルプスを思わせる山の牧草地で、車椅子の“クララ”に“お爺さん”とくれば、これはもう『アルプスの少女ハイジ』(→Wikipedia)……かと思いきや、19世紀初頭に活躍したドイツの作家E.T.A.ホフマン(→Wikipedia)の作品世界――〈ホフマン宇宙〉が、〈現実世界〉に対するもう一つの舞台となっています。

 恥ずかしながらE.T.A.ホフマンという作家は初耳でしたが、その作品がバレエ『くるみ割り人形』『コッペリア』などのもとになっているということで、〈ホフマン宇宙〉の登場人物たちも思いのほかなじみの薄い感じではありませんし、科学と魔法が混じった奇怪で幻想的な世界や奇矯な人物たちとの不条理な会話など、前作の『アリス』の世界と同様に“小林泰三ワールド”との親和性も高いようで*2、今回も小林泰三作品として違和感のない内容になっています。また前作と同様に、小林泰三ファンにはおなじみの人物が登場してくる*3――中には重要な役割を果たす人物も――のも楽しいところです。

 事件は前作に比べるとだいぶ地味というか、特に〈ホフマン宇宙〉の側では今ひとつとらえどころのないまま進んでいく状態で、どちらかといえばビル/井森とそれぞれの協力者*4を中心とした珍妙な捜査の過程に重きが置かれている感があります。もっとも、次々に登場する“怪人”たちとのかみ合わないやり取りが続く事情聴取は、小林泰三らしい魅力である反面、捜査がなかなか進まない印象でもどかしく感じられる部分もあり、大きく好みが分かれそうでもあるのですが、その中で井森/ビルが遭遇する度重なる災難*5が何とも愉快(?)な見どころとなっています。

 前作をお読みになった方は当然、“ある種のトリック”が頭に浮かんでしまうことになるでしょうし、その意味で前作に比べると衝撃が弱いのは否めませんが、本書では前作と違った新たな効果を生み出すように改変された、いわば“応用編”のトリックとなっているのが注目すべきところで、それを成立させるために積み重ねられた細かい工夫が秀逸です。また、事件の真相の一部をあからさまに匂わせてある箇所もありますが、(少なくともその時点では)“どうしてそうなるのか”が大きな謎として残るのがくせもので、すべてを見抜くのはたやすいことではないでしょう。

 〈ホフマン宇宙〉を舞台に始まる解決篇は、集まったギャラリーを納得させる必要もあって、いきなり核心を突くのではなくじわじわと真相に迫っていく形で、追い詰める側と逃れようとする側の一筋縄ではいかない攻防には、ある種の法廷劇のような味わいもあります。そしてついに真相が暴かれた後、犯人を待ち受けている凄まじい“結末”が強烈な印象を残す一方、地球の側でも“ある真相”が明かされた末にニヤリとさせられる結末が用意されています。シリーズ第二弾ゆえにやや地味に感じられるところもあるものの、十分に楽しめる作品であることは確かで、次は*6どんな手を使ってくるのか大いに楽しみです。

*1: 二つの世界の関係と“アーヴァタール”については前作『アリス殺し』の設定が踏襲されていますし、前作のネタバレになりそうな部分もありますので、前作『アリス殺し』から順番に読むことを強くおすすめします。
*2: ホフマン作品は未読なので、実際のところどうなのかはわかりませんが……。
*3: 前作には谷丸警部と西中島刑事が登場していましたが、本書では『AΩ[アルファ・オメガ]で主役をつとめる諸星隼人などが登場します。
*4: 井森はまだしも、ビルだけではあまり頼りにならないので。
*5: “これはいつものパターンだ”(200頁)という、井森の冷静な分析にも味わい深いものがあります。
*6: 2018年4月にシリーズ第三弾の『ドロシイ殺し』が刊行される予定です(→「ドロシイ殺し - 小林泰三|東京創元社」)。

2016.07.09読了  [小林泰三]
【関連】 『アリス殺し』 『ドロシイ殺し』