ネタバレ感想 : 未読の方はお戻りください
  1. 黄金の羊毛亭  > 
  2. 山田正紀ガイド > 
  3. 山田正紀作品感想vol.11 > 
  4. カオスコープ

カオスコープ/山田正紀

2006年発表 創元クライム・クラブ(東京創元社)

 (おそらく)交通事故のせいで鳴瀬君雄の記憶が怪しくなっている上に、それがカオスコープによって再生されている(と考えられる)ため、鳴瀬君雄のパートはかなり不安定になっています。作中でも言及されている記憶の順序の逆転に加えて、事実とは考えにくい記憶も存在しています。

 少々不毛な感じもしますが、とりあえず、現実に起こったのではないかと思われる出来事をある程度時系列に沿って並べてみます。

 鳴瀬君雄犯人一味鈴木惇一
兎飼真沙子に調査結果を聞く。  
父・洋三に調査結果を伝える。
洋三は被験者に連絡。
  
 「万華鏡連続殺人事件」 
  「万華鏡連続殺人事件」捜査開始。
(兎飼真沙子と会う)  
 兎飼真沙子を尾行して殺害。 
 鳴瀬洋三を殺害。 
帰宅して洋三の死体を発見。
死体の喉を切開してマイクロチップ回収。
  
ビニール袋をゴミ捨て場に処分。  
10帰宅後、“鈴木惇一”の訪問。五十嵐本部長、鳴瀬宅を訪問。 
11外出、駅で“彼女”に遭遇。  
12〈カレイドスコープ〉へ。
マイクロチップを鉢に埋める。
  
13帰宅後、“鈴木惇一”との会話。  
14 五十嵐本部長、鳴瀬宅から脱出。 
15ATM設置所で若柳に遭遇。若柳、鳴瀬君雄を襲う。 
16車で逃走中、事故に遭う。  
17  “傷害事件”の捜査開始。
18 若柳、猟銃自殺。他の捜査陣とともに若柳を包囲。
19 鳴瀬君雄を〈牛若ビル〉に搬送。
カオスコープにかける。
 
20 五十嵐本部長、鈴木惇一に鳴瀬宅訪問を指示。鳴瀬宅を訪問。
21  〈牛若ビル〉に潜入。
22鈴木惇一の手で〈牛若ビル〉から脱走。 鳴瀬君雄とともに〈牛若ビル〉から脱走。
23理恵と遭遇。理恵、脱走した鳴瀬君雄と遭遇。 

 〈牛若ビル〉に潜入した鈴木惇一が気づいたように、鳴瀬君雄の記憶はカオスコープによって編集されている節があり、すべてが事実ではないと思われます。
 例えば、鳴瀬君雄の“きみはぼくの妻なんじゃないか”(188頁)という台詞に対する理恵の態度をみると、交通事故によると思われる記憶障害をすでに知っていることがうかがえるので、この場面は事実ではないのではないでしょうか。
 また、“バーガンディ”と記されたメモの存在から、鳴瀬君雄がマイクロチップを鉢に埋めた(224頁)のは事実だと考えられますが、そうなるとそれをすぐに掘り返す(283~284頁)のは(鳴瀬君雄自身も考えているように)理屈に合わない行為ですから、これも事実とは考えにくいものがあります。

 本書の興味深い謎の一つに、鳴瀬洋三の死体の喉が切り裂かれていた理由がありますが、これについては“兎飼真沙子”(理恵)の推理(203頁)がなかなか意味深です。というのは、物は違うものの真相とかなり酷似した推理である上に、“あとでお父さんの切開されてると聞いたときには、ああ、そうか、と思ったよ”(335頁)と述べているように理恵はマイクロチップの隠し場所に気づいたわけで、これは鳴瀬君雄を喉から取り出したマイクロチップの記憶へと誘導し、現実世界でのその所在を確認しようとしているのではないでしょうか。

 記憶の編集についてはもう一つ、“鈴木惇一”との遭遇に関するものが面白く感じられます。実際には鳴瀬宅で鳴瀬君雄と出会ったのは(おそらく)五十嵐本部長であり、それを鈴木惇一と誤認させるトリックが使われているわけですが、その後に鈴木惇一自身が鳴瀬宅を訪れた時の映像が編集されて鳴瀬君雄に与えられ(308~310頁)、人物誤認トリックが事後的に補強されるという恐ろしいことになっています(もっとも、“ぼくが知っている鈴木惇一とは違う。もっと若い男だ。”(313頁)という記述をみると、記憶の編集は完了しなかったようですが)

 最後の場面、謎の老人絡みの部分はよくわかりませんが(あるいは、「後書き」で言及されている映画に関係があるのでしょうか)、愛する理恵が口にした“Nevermore”という“魔法の言葉”による幕切れは非常に鮮やかです。ただし、それがカオスコープを停止させる言葉であることを考えると、最後まで虚実は曖昧だったということになるのですが……。

2006.07.28読了