創造士・俎凄一郎 第一部 ゴースト/山田正紀
- 「甘い殺意」
- 4人の容疑者たちが一堂に会してのディスカッションが、伊沢素子を除く容疑者たちの社会的地位のせいもあって、どこか他人事めいた妙に冷静なものになっているのが目を引きます。そして、伊沢素子が“退場”を余儀なくされ、結論が出る前にディスカッションがお開きになってしまうという意外な展開がユニークです。
最後に倉石署長が推測する“真相”は、意外を通り越して非常識(?)なバカトリックで、唖然とさせられると同時に苦笑を禁じ得ません。少なくとも槙田佐織と飯野木純の関係を知らなければ頭に浮かぶはずもないトリックで、読者が見抜くことはまず不可能でしょう。ただ、主な焦点となっているのが飯野木純に毒を飲ませた手段なので、フォークを落としてテーブルの下に潜り込んだ際に何かを口にした可能性に思い至ることは不可能ではないかもしれません。
その、被害者自身の行動や、槙田佐織の行動――キッチンに忍び込んだこと、そしてケーキを食べる際の生クリームの扱い――といった手がかりが、ディスカッションの過程で要領よく提示されているところはよくできていると思います。
- 「パラダイス・シフト」
- 死体の奇妙な状態から、てっきり物理トリックを中心に据えたハウダニットだと思い込んでしまったのですが、それが“誰の死体なのか?”という謎を生み出すための設定だったとは……。
伊沢素子と梅木律子の二人が同居しており、“二人が店で一緒の時間に働いたということはない”
(182頁)ということから、一人二役というのは予想できる範囲かと思いますし、さらに「甘い殺意」で伊沢素子=柴田恒男ということが示されている(ただしこの点については後述)ので、関口が語る一人三役という真相を見抜くことも不可能ではないでしょう。
死体の“消失”を機に一転して犯人探しへとシフトするのは面白いと思いますが、手がかりや伏線はやはり強引に感じられます。特に秋山誠子が浦島の居場所を見抜くところは、ルーム・ミラーの不備が伏線になっているとはいえ、かなり唐突といわざるを得ません。
しかしその浦島の証言で、被害者の正体がまったくわからなくなってしまうという展開は強烈です。実際のところ、作中で死体が女性のものだとしている記述はほとんどが登場人物たちの台詞ですし、例えば“彼女がピンクのランジェリーを着ていることだった。”
(174頁~175頁)のように地の文に記されている箇所も(三人称とはいえ)秋山誠子の視点なので、死体が男性か女性かは定かではありません。
- 「角砂糖、いびつに溶けて」
-
“角砂糖の入った容器の蓋を取る。”
にもかかわらず“砂糖は要らない”
(228頁)という矛盾した行為から、角砂糖に毒が仕込まれたことは明らかではないでしょうか。
このエピソードの本題であるはずの、馬酔木良一と写真に写った高校生たちの顛末ですが、何がどうなっているのか正直よくわかりません。“馬酔木”の推測通り尾羽辰司=柴田恒男だとしても、伊藤重治と柴田恒男との関係には不可解なものが残りますし、一年前の交通事故に何か裏があるのかどうかも不明なまま。そしてやはり、長田が殺された理由も釈然としません。
- 「鐙橋五叉路交差点」
- 主人公かと思われた太田が殺されてしまって思わず呆然。そして、事故の際の“柴田の妻”も“柴田恒男”も別人だったという真相とその背景に、慄然とさせられます。
物語全体が“柴田恒男”を中心に動いていることは確かですが、あちらこちらで登場人物の発言に信用できないところがあり、“事実”、ひいては“現実”が不安定になっています。例えば関口は、「甘い殺意」では「ボーイズ・パラダイス」で働く“柴田恒男”の正体は伊沢素子だと倉石署長に告げ、「パラダイス・シフト」では“ツネ”こと柴田恒男は客として訪れた伊沢素子が作り上げたパーソナリティだと証言し、「鐙橋五叉路交差点(4)」では柴田恒男が実在するという趣旨の台詞を口にするという風に、発言の内容がコロコロと変わっており、あたかも複数の“現実”が混在しているかのような状況です。
そのせいもあってか「エピローグ」では、柴田恒男だと確信して善知鳥悪鳥が射殺した相手が別人だったという結末になっていますが、自信を持って犯人だと断定した人物ではなく別の人間が犯人だったという、いわば“名探偵にとっての悪夢”に通じるところに苦笑を禁じ得ません。
その射殺された女性の正体として考えられるのは、やはり伊沢素子でしょうか。前述の「鐙橋五叉路交差点(4)」における関口の台詞などから柴田恒男が実在することは間違いなさそうですし、「甘い殺意」で三人称客観視点の地の文に“女だ。”
(71頁)と記されている(*1)ことから伊沢素子を名乗る女性が実在することも確実だと考えられます。そして「パラダイス・シフト」の事件を起こした“浦島”の“あれはたしかに女装した柴田恒男でした”
(208頁)という証言が真実だとすれば、関口が善知鳥に告げた単純な“一人三役”ではなく、伊沢素子と柴田恒男による“二人三役”(*2)――そしてビルの間で死んでいたのは柴田恒男の方だという可能性も浮かんできます。
いずれにしても、現時点では確定できないことが多く、次巻を待たないと何ともいえませんが……。
“いや、少年と呼んだほうがいいか。そのジージャン姿は非常にボーイッシュだ。”(71頁)という微妙な記述もあるのですが……。
*2: 伊沢素子が「ボーイズ・パラダイス」で“ツネ”を演じることもあり、また柴田恒男が女装して「セクシー・パラダイス」で伊沢素子(もしくは梅木律子)として働くこともあった、というものです。
2007.09.08読了