マヂック・オペラ/山田正紀
まず、“芸者殺人事件”がもみ消されてしまった理由はほぼ予想通り、というよりも、似たような前例である泡坂妻夫の(以下伏せ字)「紳士の園」(『煙の殺意』収録)(ここまで)を連想してしまったので、さほどの驚きはありませんでした。
しかしその“芸者殺人事件”ですが、事件の様相が次々と変化していくところが非常によくできていると思います。“密室からの犯人の消失”という状況が犯行時刻の錯誤という事実(無意味に登場したかに思えた蟹が手がかりとなっているのが面白いところです)により覆され、ついで密室状況そのものがきよの偽証という事実により覆され、そして最後に被害者が照若であったことさえ覆されています。犯人の仕掛けたトリックよりも主に錯覚の積み重ねでまったく違った状況が作り出されているところが、なかなか面白く感じられます。
そして、被害者が照若ではなくいわばその“ドッペルゲンガー”だったという真相が、本書のテーマと合致しているところが見事です。まったく予想もしていなかったので驚かされましたが、“おれにはその女の顔が女房の秋子のように見えたのさ”
(319頁下段)という田所の台詞が重要な伏線となっています。そして、被害者の局部がえぐられていた理由も(ダミーの解決よりも)納得できるものです。しかし、きよの死に立ち会った阿部定が、自分なりの(ダミーの)解決に囚われて事件を起こしてしまった(と思われる)ことが、何ともいえない哀れさのようなものを催します。
遠藤平吉による真内伸助殺しのトリックは、とても実現できるとは思えない“超トリック”ですが、遠藤自身が“怪盗二十面相”に擬せられるほどの超人として描かれているので、あっても不思議ではないように思えてきます。少なくとも、“怪盗二十面相”が登場する“江戸川乱歩の探偵小説”の世界においては、それほど違和感はないのではないでしょうか。
2005.11.28読了