ロバート・J・ソウヤー作品紹介vol.2

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 ソウヤーのサイト「SFWRITER.COM」に掲載されている、各作品の"Opening Chapters"にもリンクしてあります。
 なお、未訳作品のネタバレ感想についてはパスワードによる制限をかけてありますので、ご了承ください。

フラッシュフォワード Flashforward

ネタバレ感想 1999年発表 (内田昌之訳 ハヤカワ文庫SF1342) "Opening Chapters"
[『Flashforward』北米版単行本カバー(Drive Communications)] [『フラッシュフォワード』日本版文庫カバー(加藤直之;ハヤカワ・デザイン)]

[紹介]
 CERN(ヨーロッパ素粒子研究所)で、実験を見守っていたはずのロイド・シムコーは、実験開始と同時に自分がまったく別の場所にいることに気づき、さらに鏡の中に年老いた自分の姿を見いだして驚愕する。二分後に研究所で意識を取り戻したロイドは、この現象が全世界的なものだったことを知る。同じように“幻覚”を見た人々の証言から、この“幻覚”は二十一年後の未来の姿であることがわかる。一方、この“幻覚”を見ることができなかった、ロイドの共同研究者テオは、自分が二十一年後に何者かに殺されていたことを知って衝撃を受ける。“フラッシュフォワード”と名付けられたこの現象により、未来の姿を知ってしまった人々は……。

[感想]
 未来の姿をのぞいてしまったとき、人は何を考え、どう行動するのか。
 のぞき見た未来の姿が固定されたものだという考えに固執し、人生の選択に苦悩するロイド。一方、自分を殺した/殺す犯人を突き止めるために情報を集め、奔走し、未来を変えようとするテオ。この対照的な二人の姿を通して、このような状況に置かれた人間の苦悩がうまく描かれています。見事なエクストラポーレーションといえるでしょう。ニュースダイジェストによる未来の世界の点景も秀逸です。

2000.01.07-2000.01.15読了
2001.01.28読了(日本語版)

Calculating God

ネタバレ感想 2000年発表 (Tor・未訳 "Opening Chapters"
[『Calculating God』北米版単行本カバー(Drive Communications)]

[紹介]
 カナダのトロントにあるロイヤル・オンタリオ博物館に突然やってきた異星人は、完璧な英語でこう言った。「古生物学者に会わせてください」――こうして、異星人ホルスと、古生物学者トーマス・ジェリコの共同研究が始まった。ホルスの属するフォーヒルナー族(Forhilnor)、そして彼らが旅の途中で遭遇したリード族(Wreed)たちは、〈神〉――宇宙の創造主の存在を科学的に証明できると考えていたのだ。
 無神論者のジェリコはホルスたちの考えを頑強に否定していたが、ガンに冒され、少しずつ死へと近づいていく中で、提示される証拠を冷静に見直し始める。
 だが、彼らの前には危機が訪れようとしていた……。

[感想]
 この作品は、難病を抱えた主人公が、その苦難を乗り越えようとしつつ、個人にとってはあまりにも大きな問題に直面せざるを得なくなるところなど、『フレームシフト』によく似た部分があります。しかし、『フレームシフト』ではそれが人類とその進化というところにとどまっているのに対し、この作品では異星人を含めたすべての知的生命体、そして〈神〉という、さらにスケールの大きなものとなっています。
 創造主による宇宙の創造あるいは生物の進化というテーマは、これまでの作品でも繰り返し登場していますが(少なくとも三つの長編で扱われています)、この作品ではそれがストレートに扱われています。一歩間違えると超自然的な物語(トンデモ?)になってしまうところですが、ソウヤーはあくまでもこれを科学的に扱おうとしており、SFの範疇に踏みとどまっています。
 博物館を舞台とし、古生物学者が主人公であること、生物学的基盤によって規定される精神(思考形態)というお得意のネタ、そして時おり挿入されるユーモアなど、ソウヤーらしさがふんだんに盛り込まれた作品です。

2000.06.12-2000.06.20読了



〈ネアンデルタール・パララックス〉

 人類――ホモ・サピエンス――が支配する地球と、人類の代わりにネアンデルタール人が生き残ったパラレルワールドの地球。二つの世界でそれぞれ文明を築き上げた二種類の“人間”が、互いの存在に気づき、交流を深めていくというシリーズです。

 第一作『ホミニッド―原人―』がヒューゴー賞を受賞しました。


ホミニッド―原人― Hominids

2002年発表 (内田昌之訳 ハヤカワ文庫SF1500) "Opening Chapters"
[『Hominids』北米版単行本カバー(Donato)] [『ホミニッド―原人―』日本版文庫カバー(岩郷重力+T.K)]

[紹介]
 ネアンデルタール人の物理学者・ポンターは、量子コンピューターの実験の最中に起こった事故によって、ネアンデルタール人が絶滅したパラレルワールドの地球へと転移してしまった。自力で故郷へ戻るすべのない彼は、同じ種族の仲間が一人もいない異邦人として、想像を絶する孤独に直面する。だが、彼はやがて、慣れ親しんだものとは大きく異なる人類の文明に戸惑いながらも、ルーベン医師や遺伝学者のメアリらの助力によって事態を受け入れようとしていく……。
 一方、ポンターと共に実験を行っていたアディカーは、彼の突然の消失によって殺人の疑惑をかけられ、裁判に臨むことになったのだが……。

[感想]
 ポンターとアディカーをそれぞれの主役として、二つの地球を舞台とした物語が交互に繰り広げられていくという、ソウヤーお得意の“多元中継”ともいうべき手法が効果的に使われています。
 “こちら側”の地球ではネアンデルタール人であるポンターの視点を通じて人類という存在が相対化されていると同時に、“あちら側”の地球の物語ではネアンデルタール人の文明が直接描かれ、両者が鮮やかに対比されています。異星人ほど理解が困難ではないものの、同種の異邦人よりはやはり差が大きい(ルーベン医師が日本での体験をもとにポンターの心境を推し量ろうとする場面は印象的です)という関係はなかなか絶妙です。
 (おそらく)最新の知見をもとにして構築されているネアンデルタール人の文明は、人類のものとはまったくかけ離れた、実に興味深いものになっています。テクノロジーレベルの問題ではなく、その方向性の違いによって、これほど異なる姿の世界が描き出されているのは大きな魅力です。
 どちらかといえばポンターの物語に重点が置かれているようにも思いますが、自力で故郷へ戻ることができずアディカーの救助を待ち続けるポンターに対して、予期せぬ裁判に巻き込まれて救助もままならないアディカーの焦燥が同時進行で描かれ、物語がスリリングなものになっているところも見逃せません。法廷劇そのものは原始的ともいえるものの(ネアンデルタール人の文明には“弁護士”なる職業は存在しないのです)、それだけに原告と被告のぶつかり合いは見応えがあります。その結末がややあっけなく感じられるのは、残念ではありますが致し方ないところかもしれません。
 序盤にかなり後味の悪いエピソードがあるのが意外でしたが、全体的に驚きは少なく、結末もまた(いい意味で)予定調和といえます。しかし実はその裏に、続編へとつながる様々な伏線が散りばめられており、仕込みは十分、という感があります。

2002.08.04-2002.08.10読了
2005.02.26読了(日本語版)

ヒューマン―人類― Humans

2003年発表 (内田昌之訳 ハヤカワ文庫SF1520) "Opening Chapters"
[『Humans』北米版単行本カバー(Donato)][『ヒューマン―人類―』日本版文庫カバー(岩郷重力+T.K)]

[紹介]
 ネアンデルタール人の物理学者・ポンターは、メアリとの交流を少しずつ深めていく。しかし、彼にとってこの“もう一つの地球”は、知れば知るほど不可解なものに感じられるようになっていた。なぜ人類はお互いを殺し合うのか? なぜ平気で環境を破壊し続けるのか? そしてなぜ“神”を信じるのか……? やがて起こる事件、そして一つの“結末”、さらに人類文明を脅かす危機……。

[感想]
 この作品でも様々な事件が起こります(前作のネタバレを避けるため、詳しくは書きませんが)。しかし、作品の中心となるのはあくまでも、前作に引き続く人類文明の相対化です。農耕を行わず、少ない人口を維持しながら文明を築き上げたネアンデルタール人が、徹底した合理主義者/実用主義者として描かれているところが非常に興味深いのですが、その一員であるポンターの視点を通じて、人類文明の抱える様々な不合理が浮き彫りにされています。とはいえ、人類文明との隔たりがあまりにも大きすぎることもあり、特にメアリの視点を通して描かれるネアンデルタール人が築き上げた社会が必ずしも理想的とはいえないのですが。
 物語のもう一つの中心は、一層深まっていくポンターとメアリの交流です。その結末は見えているようにも思えますが、そこには様々な障害が待ち構えており、それをいかにして乗り越えていくかが見どころでしょう。
 前作で起きたあの事件に対するポンターなりの解決が、ネアンデルタール文明の延長線上にあるところなどは、なかなか興味深いと思います。
 全体的にみて、物語としてはよくできているものの、ややSF色が薄くなっているように感じられたのですが、最後に提示されるSF的アイデア、そしてそこから導き出される人類の危機が秀逸です。

2003.05.29-2003.06.05読了
2005.06.26読了(日本語版)

ハイブリッド―新種― Hybrids

2003年発表 (内田昌之訳 ハヤカワ文庫SF1535) "Opening Chapters"
[『Hybrids』北米版単行本カバー(Donato)][『ハイブリッド―新種―』日本版文庫カバー(岩郷重力+T.K)]

[紹介]
――内容紹介は割愛させていただきます――

[感想]
 『Hybrids』という題名から、物語の大まかな展開は予想ができてしまいますが、例によって、克服すべき様々な障害や困難が登場してきます。詳しくは書きませんが、その本筋への組合せ方がなかなかうまいと思います。また、本書を含む三部作にはミステリ要素はほとんどないのですが、『ゴールデン・フリース』などのSFミステリを書いているソウヤーだけあって、物語の展開に関する伏線の巧みさが目につきます。さほど本筋に関係のなさそうにも思える細かいエピソードが、次第に重要な出来事へとつながっていく展開は圧巻です。特に、ある人物が本書の終盤で重要な役割を演じるに至るまでの流れは、強く印象に残ります。
 最終章の出来事が若干唐突に感じられますが、おおむねよくできた物語といっていいでしょう。

 三部作全体としては、根本にはSFアイデアがあるものの、思いのほかSF色が薄いものに感じられます(『フレームシフト』などに通じる印象です)。しかしそれはおそらく、人類とネアンデルタール人という類縁関係の近さによるものであって、その実体はソウヤー好みのファーストコンタクトを克明に描いたものに他なりません。むしろ、類縁関係が近いからこそ細部まで描くことができ、違いが際立っているというべきかもしれません。今までになく、色々な意味で考えさせられる作品でした。

*

(2005.11.07追記)  今回、原書に比べれば短いスパンで日本語版三冊を読むことになりましたが、全体を通じた巧みな伏線が光る反面、ややそつなくまとまりすぎているかな、という印象を受けました。物語として都合よく進みすぎというべきでしょうか。例えば、本書の終盤にネアンデルタール世界で起きたある事件がなければ、将来的に二つの世界の間に深刻な軋轢が生じる可能性が非常に高かったわけで、それが(完全に、とはいえませんが)回避されているあたりは、見方によってはご都合主義的といえるようにも思います。

 これがミステリであれば最後の収束もまったく問題はない、というよりもむしろ賞賛されるべきかと思われますが、SFとしては収束感が強すぎる(特に“未来”に関して)のは難点といわざるを得ないようにも思います。実は、〈キンタグリオ三部作〉の最終巻『Foreigner』を読んだ時にも多少似たような感想を抱いたので、ボリュームが増えるほど目立ってしまうということなのかもしれません。
 やはり面白い物語であったのは確かなのですが、若干の物足りなさが残ります。

2004.02.10-2004.02.25読了
2005.10.22読了(日本語版)



Mindscan

ネタバレ感想 2005年発表 (Tor・未訳 "Opening Chapters"
[『Mindscan』北米版単行本カバー(Stephan Martiniere / Jamie Stafford-Hill)]

[紹介]
 人間の意識をコピーして、機械の体にアップロードする――画期的な新技術〈マインドスキャン〉を開発したイモーテックス社は、それを裕福で余命の短い人々に向けて大々的に売り出した。処置を受けた人々は、半永久的に“生きる”ことができる“もう一人の自分”にすべての権利と財産を譲り渡し、自らはイモーテックス社が月の裏側に築いた施設〈ハイ・エデン〉で、安楽に、そして静かにその生涯を終えるのだ。
 脳内血管の先天的な異常により明日をも知れない人生を送ってきたジェイク・サリヴァンは、〈マインドスキャン〉の処置を受け、地球に別れを告げて〈ハイ・エデン〉へとやってきた。だが、ある日もたらされた一つのニュースが、彼の運命を激変させる。一方、機械の体にアップロードされたジェイク・サリヴァンは予期せぬ事態に直面し、さらに前代未聞の裁判に巻き込まれ……。

[感想]
 『ターミナル・エクスペリメント』などの作品で、人間の精神をコンピュータ上でシミュレーションするというアイデアを何度か使ってきたソウヤーですが、本書では人間の意識をそのままコピーして機械にアップロードするというアイデアが扱われています。しかも、余命幾ばくもない“オリジナル”が“コピー”と顔を合わせることなく地球を去り、代わりに“コピー”が“オリジナル”の立場を受け継いで半永久的に“生き続ける”という設定がユニークです。もちろん、それがすんなりといくわけがないのはいうまでもありませんが。

 意識を機械にアップロードするというアイデアそのものは目新しいものではありませんが、私の知る限り、“オリジナル”の死後に“コピー”が稼働するものがほとんどで、本書のように“オリジナル”が生きているうちに“コピー”が動き始めるのはあまり例を見ません。生前に“記録”した意識を死後に作動させると意識(や記憶)の不連続が生じてしまう場合が多いので(例えばグレッグ・イーガン「ぼくになることを」『祈りの海』収録)などではこれがうまく解決されていますが)、その点では本書のやり方の方が好ましいともいえるのですが、それがほとんど採用されないのはやはり、本書で描かれたような問題を生じることが明らかだからではないでしょうか。

 というわけで、中盤以降の中心となる裁判などは予想できる展開どころか、事前に解決しておくべき問題のようにも思えるのですが、そこは日本人とアメリカ人(裁判が行われるのはアメリカです)の感覚の違いによるものかもしれません。いずれにしても、様々な観点から生命倫理に踏み込むこの法廷劇は、非常に面白いものになっていると思います。

 この裁判以外にも、ジェイクの頭の中に響く“声”や、生身の体のジェイクの焦燥など、見どころは多いと思います。そして終盤は実にスリリングな展開が待っています。最後は、実にソウヤーらしいエピローグ。読んでいる途中で気になることが一つあったのですが、それがこうつながってくるとは思いませんでした。お見事です。

2005.05.13-2005.05.24読了

Rollback

2007年発表 (Tor・未訳 "Opening Chapters"

[紹介]
 2009年。地球から18.8光年離れたりゅう座シグマから、異星人のメッセージが届く。SETI研究者のサラ・ハリファックス博士がそのメッセージを見事に解読し、異星人へ向けて地球からの返事を送信した……。
 ……そして2048年。再び異星人から届いたメッセージはなぜか暗号化されていた上に、解読に必要なキーが欠けていた。再びサラに解読の期待がかかるものの、87歳になった彼女に残された時間はあまりにも少ない。そこでSETIのスポンサーでもある大富豪が、膨大な費用のかかる若返り処置――〈ロールバック〉を提供することになったのだが、ともに処置を受けた夫のドンが25歳の肉体を取り戻したのに対して、サラの肉体は年老いたまま効果が見られなかったのだ……。

[感想]
 “ファーストコンタクト大好き”なソウヤーが、『Factoring Humanity』以来久々となる異星人との交信を扱った作品です。『イリーガル・エイリアン』『Calculating God』のように異星人が直接地球を訪れる場合と異なり、電波による交信の場合にはメッセージの往復に要する時間がネックとなるわけで(前述の『Factoring Humanity』ではそのあたりが巧妙に回避されていましたが)、本書ではその不可避なタイムラグにどう対処するかというところに焦点が当てられています。

 そこで登場するのが〈ロールバック〉という若返り処置で、遺伝子治療などを含むさまざまな医学的手法を組み合わせて、まさに時間を“巻き戻す”かのように20代の肉体を取り戻すことができる夢のような技術です。題名にもなっているこの技術が社会に与える影響をエクストラポーレーションにより描き出すという手法は、前作『Mindscan』と同様といえるでしょう。

 しかし本書では、社会的な問題よりも個人的な問題の方がクローズアップされているのが目を引きます。サラとドンという同い年の、結婚60周年を迎えた円満な夫婦が、〈ロールバック〉によって夫のドンだけが若さを取り戻すという悲劇的な事態に遭遇するというのが(表現は悪いかもしれませんが)最大の見どころで、若返りに失敗したサラの悲哀もさることながら、自分だけが若返ってしまったドンが感じる引け目――ドンはいわばサラの“おまけ”にしかすぎなかったわけですから、なおさらです――と苦悩がじっくりと描かれています。そしてまた、思いがけず若者としての新たな人生の構築を余儀なくされることによる戸惑いと、降りかかってくる様々な困難が印象に残ります。

 一方、ファーストコンタクト・テーマの中核である異星人からのメッセージについても、十分に力が注がれています。まず、作中でも言及されている人類の過去の試みのように自分たちの存在を知らせるだけのものではなく、(相手は不特定とはいえ)明らかに“返信要求”のある問いかけになっているのが面白いところ。そのために前述の交信のタイムラグが問題になってくるということもありますが、その問いかけの内容がそのものも非常に興味深く、かつ説得力のあるものになっています。
 そして特筆すべきは、サラがまとめて送信した地球からの返事に対する、再度のメッセージに込められた異星人の意図で、ソウヤーならではの微妙な外し具合(?)が秀逸です。

 正直なところ、物語の終盤近くまではこれら二つの柱――異星人とのコンタクトと〈ロールバック〉――がうまく結びついていない感もあるのですが、それでも最終的にはそれがうまくかみ合ってしまうのがいかにもソウヤーらしいところ。既視感のある予定調和ともいえるものの、結末の感慨はひとしおです。

 個人的には、「Chapter 23」に登場する人物の名前にびっくりしました(苦笑)

2007.06.18-2007.06.29読了