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朝囘日日典春衣,
毎日江頭盡醉歸。
酒債尋常行處有,
人生七十古來稀。
穿花蛺蝶深深見,
點水蜻蜓款款飛。
傳語風光共流轉,
暫時相賞莫相違。
曲江
朝(てう)より囘(かへ)りて 日日 春衣を 典し,
毎日 江頭に 醉(ゑひ)を盡(つ)くして 歸る。
酒債(しゅさい)は 尋常(じんじゃう) 行く處に 有り,
人生 七十 古來 稀(まれ)なり。
花を穿つ 蛺蝶(けふてふ) 深深として 見え,
水に點ずる 蜻蜓(せいてい) 款款(くゎんくゎん)として 飛ぶ。
風光に 傳語す 共に 流轉(るてん)して,
暫時 相ひ賞して 相ひ違(たが)ふこと 莫かれと。
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◎ 私感註釈
※杜甫:盛唐の詩人。712年(先天元年)〜770年(大暦五年)。字は子美。居処によって、少陵と号する。工部員外郎という官職から、工部と呼ぶ。晩唐の杜牧に対して、老杜と呼ぶ。さらに後世、詩聖と称える。鞏県(現・河南省)の人。官に志すが容れられず、安禄山の乱やその後の諸乱に遭って、流浪の一生を送った。そのため、詩風は時期によって複雑な感情を込めた悲痛な社会描写のものになる。
※曲江:長安中心部より東南東数キロのところにある池の名。また、地名。風光明媚な所。この詩は『曲江二首』の其二になる。其一は「一片花飛減卻春,風飄萬點正愁人。且看欲盡花經眼,莫厭傷多酒入脣。 江上小堂巣翡翠,苑邊高冢臥麒麟。細推物理須行樂,何用浮名絆此身。」 になる。
大きな地図で見る現・西安市(長安)東南東に曲江郷(曲江乡)とある。
下図は曲江の拡大図
大きな地図で見る
※朝回日日典春衣:朝廷からもどって、いつも、春物の衣服をを質に入れて(現金を手に入れて)。 ・朝回:朝廷からかえってくる。唐・岑參の『韋員外家花樹歌』に「今年花似去年好,去年人到今年老。始知人老不如花,可惜落花君莫掃。君家兄弟不可當,列卿御史尚書郎。朝回花底恆會客,花撲玉缸春酒香。」とある。 ・朝:朝廷。 ・回:かえる。もとにもどる。Uターンするようにもどる。後出の「歸」とは異なる。 ・日日:日々(に)。毎日(に)。日ごと(に)。いつも。後出の「毎日」とは同義ではあるが、「日日」は「日ごとに…」といった副詞的用法であって、「毎日」は「毎日が…」と名詞的用法で、それぞれ用法が異なる。 *「日日」と同様の用法に「夜夜」「朝朝」「暮暮」「天天」等がある。 ・典:しち入れ。質におく。また、しち。 ・春衣:春の衣服。「蝶」「蜻」の季節−夏なので、春物を質に入れて、現金を手に入れるという、貧しい生活をいう。
※毎日江頭盡醉歸:毎日川の畔で酔っぱらって、帰っていった。 ・毎日:毎日(が)。 ・江頭:川の畔。 ・盡醉:酔っぱらって。 ・歸:本来あるべきところである自宅、故郷、墓所にもどる。
※酒債尋常行處有:酒代の借りは、常に行くところにある。 *第一、二聯は、杜甫の社会生活の苦しさを詠っている。この詩句は陸游に「寧ヘ酒欠尋常債,恥向人求本分官。」という風にされて、使われている。 ・酒債:酒代の借り。酒逋。 ・尋常:〔じんじゃう;xun2chang2○○〕つね。なみ。あたりまえ。律詩ではこの聯は対句にすべきところで、「尋常」と「七十」とが対になるところ。「尋常」が「七十」と対になり得るのは、「七十」という数字に対して、「尋常」とは「尋」「常」になり、「一尋=八尺」「一常=十六尺(一尋の倍)」と、やはり数になるからである。借対。・行處:行くところ。どこにも。 ・有:…をもっている。…がある。
酒債尋常行處有 人生七十古來稀
※人生七十古来稀:人が生きるのが七十年というのは、古来より稀である。(だからこそ、有限の人生を大切にしよう。「且盡生前有限杯」ということ)。『禮記』に「人生十年曰幼,學。二十曰弱,冠。三十曰壯,有室。四十曰強,而仕。五十曰艾,服官政。六十曰耆,指使。七十曰老,而傳。」とある。この句に基づいて、白居易に「人生七十稀,我年幸過之。」や「得見成陰否,人生七十稀。」の句がある。 ・人生:人が生きる。人が生きている間。詩詞では、名詞「人生」として使うことよりも、前掲のように動詞的な使い方が多い。人の生命。 ・七十:七十歳。 ・古來:昔から。 ・稀:まれである。
※穿花蛺蝶深深見:花の間を行き来するアゲハチョウは、奥深くかすかに見え。 ・穿花:花の間を行き来する。 ・蛺蝶:〔けふてふ;jia2die2●●〕ヒオドシチョウ。アゲハチョウ。劉希夷(劉廷芝)の『公子行』に「天津橋下陽春水,天津橋上繁華子。馬聲廻合青雲外,人影搖動鵠g裏。鵠g蕩漾玉爲砂,青雲離披錦作霞。可憐楊柳傷心樹,可憐桃李斷腸花。此日遨遊邀美女,此時歌舞入娼家。娼家美女鬱金香,飛去飛來公子傍。的的珠簾白日映,娥娥玉顏紅粉妝。花際裴回雙蝶,池邊顧歩兩鴛鴦。」とある。 ・深深:奥深くかすかなさま。 ・見:見える。
ヒオドシチョウ アゲハチョウ 『花の山』から賜りました。
※點水蜻蜓款款飛:點水:尾を水につけていたとんぼが緩やかに飛ぶ。 ・點水:(とんぼが尾を)水につける。 ・蜻蜓:〔せいてい;qing1ting2○○〕とんぼ。 ・款款:ゆるやかなさま。ひとりたのしむさま。=緩緩。
※傳語風光共流轉:ねえ、自然の風景、風物よ。わたしと共になって移り変わっていこうよ。 *人と自然とが転変を共にするということは昔から「年年歳歳花相似,歳歳年年人不同。」の如く叶わぬことではあるが、しばしの間の切ない願いである。 ・傳語:「ねえ、……よ。」。言葉を寄せる。寄言。言葉を伝える。伝言する。ここは、前者の意。 ・風光:風景。ここでは、社会現象を含まない作者を取り巻く天地自然の意で使われている。 ・共:(作者と、それを取り巻く天地自然とは)ともに。 ・流轉:絶え間なく移り変わる人生の生死などが、転変してやまぬこと。
※暫時相賞莫相違:少しの間お互いに賞で楽しむことにして、お互い背かないようにしよう。 ・暫時:少しの間。しばし。 ・相:お互いに。 ・賞:めでたのしむ。 ・莫:…なかれ。禁止、打ち消しの語。 ・違:ちがう。たがう。さる。
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◎ 構成について
仄起。一韻到底。韻式は、「AAAAA」。韻脚は「衣歸稀飛違」で、平水韻上平五微。次の平仄はこの作品のもの。
○○●●●○○,(韻)
●●○○●●○。(韻)
●●○○○●●,
○○●●●○○。(韻)
○○●●○○●,
●●○○●●○。(韻)
●●○○●○●,
●○○●●○○。(韻)
2004.4. 7 4. 8完 4. 9補 12. 8 2005.8.22 2007.4.20 2009.7.23 2017.4. 5 |
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