一九三一年夏 |
白雲山頭雲欲立,
白雲山下呼聲急,
枯木朽株齊努力。
槍林逼,
飛將軍自重霄入。
七百里驅十五日,
贛水蒼茫閩山碧,
橫掃千軍如捲席。
有人泣,
為營歩歩嗟何及!
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漁家傲 反第二次大『圍剿 』
白雲 山頭 雲立 たんと欲 し,
白雲山下呼聲 急 なり,
枯木 朽株 努力を齊 しくす。
槍林 逼 り,
飛將軍 重霄 より入 る。
七百里を驅 くること 十五日,
贛水 は蒼茫 として閩山 は碧 く,
千軍を橫掃 すること席 を捲 くが如し。
人の泣 く有り,
營 を爲 すこと歩歩 たるも嗟 何 ぞ及 ばん!
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私感註釈
※漁家傲:詞牌の一。六十二字。双調。仄韻一韻到底。上片と下片は同一。韻式は「aaaaa aaaaa」。詳しくは「構成について」を参照。
※反第二次大『圍剿』:第二回めの大「包囲攻伐戦」への反抗戦。 *蒋介石の率いる国民政府軍の、共産党・紅軍に対する五次に亘る大規模な包囲討伐戦(=囲剿・掃共戦)を展開したこと。
「大『囲剿』」は第五次まであり、第二次大『囲剿』の戦闘は、政府軍側は第一次の大『囲剿』の敗北は「長距離を一気に攻める(長駆直入)」することにあったと総括し、第二次の大『囲剿』その点を改めて、「穏紮穏打,歩歩為営」として包囲を縮めていくこととした。紅軍は敵を自分の有利な地帯に誘(おび)き出し、総力を一点に集中させ、敵の弱いところを見附け、(正面攻撃をするのではなく)優勢な兵力でその部分を各個撃破していく作戦をとった。紅軍は、吉安県の東固地区で、敵の一箇師団と一箇旅団に突然猛攻し、東に向かい、連続して五回勝利した。このため、紅軍側は攻囲軍を撃ち破り、新たな勢力圏を得、中央根據地は一層鞏固なものとなった。第三次大『囲剿』は、政府軍三十万に対して、紅軍側が勝利した。(この頃、満洲事変(九一八事変)が起こる)。第四次大『囲剿』は基本的には紅軍側が撃退した。第五次大『囲剿』は、一年間続き、政府軍は百万の兵力で「堡壘主義」の戦術をとり、革命勢力側を封鎖して囲剿の輪を縮めていった。このため、共産党・紅軍側は壊滅寸前の状態に追い込まれ、夜陰に乗じて、共産党の中央指導機関と紅軍の主力は、中央革命根據地から脱出した。この逃避行は、紅軍側は長征(『七律 長征』「紅軍不怕遠征難,萬水千山只等閒。五嶺逶迤騰細浪,烏蒙磅礴走泥丸。金沙水拍雲崖暖,大渡橋橫鐵索寒。更喜岷山千里雪,三軍過後盡開顏。」)と呼び、陝西省の延安の近くに行き着く。 ・圍剿:〔ゐさう;wei2jiao3○●〕包囲討伐する。取り囲んで滅ぼす。
大きな地図で見る白雲山の辺り
※白雲山頭雲欲立:白雲山の山上に、雲が湧き上がろうとし。 ・白雲山:山の名。江西省の吉安東南の興国、泰和の辺り。。第二次反囲剿の時の主戦場。ここで五回戦って五勝し、第二次大『囲剿』を押し返した。 ・山頭:山の上。山頂。峰。「山上」としないで「山頭」としたのは、この句(=「白雲山頭雲欲立」)の四字めを○(平)としたいため。「山上」とすれば●(仄)となるため、不都合。
※白雲山下呼声急:白雲山の下では、(共産党・紅軍側の相互聯絡のための)呼びあう声が慌(あわ)ただしい。(/「白雲山頭…」を紅軍側、「白雲山下…」を国民党政府軍側の情景ととるのもある:『毛沢東詩詞大辞典』丁力主編 95ページ~中国婦女出版社 1993年北京)。 ・呼声:(大ぜいの)叫び声。呼び声。(大ぜいの)声。
※枯木朽株斉努力:“おいぼれ”も力を合わせている。 ・枯木朽株:〔ku1mu4xiu3zhu1○●●○〕“役立たず”。“おいぼれ”。枯れた立木と朽ちた木の株。年をとって体が衰えた人や虚(うつ)ろで生気のない人。この語、マイナスのイメージが漂う成語だが、一般的には「(国民党政府軍の進撃に対して)、(紅軍側の)あらゆる者達は(力を合わせて)」/「(紅軍側の)一木一草に至るまで(力を合わせて)」ととるようだ。わたしは、「枯木朽株斉努力」の句は国民党政府軍側の描写ではないのかと感じるが…。「枯木朽株斉努力……有人泣,為營歩歩嗟何及!」で国民党政府軍側の努力(の甲斐(かい)がないこと)を詠っているのではないか? ・斉:〔せい;qi2○〕一つにする。そろえる。等しくする。
※槍林逼:(紅軍側の)銃の林が(しずかに)近づき。 ・槍:〔さう;qiang1○〕銃。小銃。槍(やり)。 *銃と槍(やり)の両義があり、「槍林」では多くの槍の穂先の趣があるが、毛沢東は“槍杆子裏面出政権”(鉄砲から政権が生まれる/政権は銃で取る)と言い、『毛主席語録』「九 人民軍隊」(92ページ)では「我們的原則是党指揮槍,而決不容許槍指揮党」(槍:軍・武力)と使う。 ・逼:〔ひつ;bi1●〕迫る。接近する。近づく。せばまる。
※飛将軍自重霄入:飛将軍が天より降ってきた。 *紅軍側は山上側に陣取っており、飛将軍とは別段漢の将軍・李廣を謂うわけではなく、「高い山上側から攻め降りた将軍」といった洒落。 ・飛将軍:前漢の将軍・李廣のこと。しばしば匈奴を破り、匈奴より「飛将軍」と呼ばれた。盛唐・王昌齡の『出塞』(『從軍行』)に「秦時明月漢時關,萬里長征人未還。但使龍城飛將在,不敎胡馬渡陰山。」
とあり、盛唐・嚴武の『軍城早秋』に「昨夜秋風入漢關,朔雲邊雪滿西山。更催飛將追驕虜,莫遣沙場匹馬還。」
」とあり、南宋・辛棄疾の『滿江紅』に「漢水東流,都洗盡、髭胡膏血。人盡説、君家飛將,舊時英烈。破敵金城雷過耳,談兵玉帳冰生頬。想王郞、結髮賦從戎,傳遺業。 腰間劍,聊彈鋏。尊中酒,堪爲別。況故人新擁,漢壇旌節。馬革裹屍當自誓,蛾眉伐性休重説。但從今、記取楚臺風,庾樓月。」
とある。 ・自:…より。 ・重霄:〔ちょうせう;chong2xiao1○○〕高い空。「九重霄」ともいう。
※七百里駆十五日:十五日間で、七百里を駆けぬけた。「十五日駆七百里」のことで、「日」を韻脚とするため、このようにした。 ・七百里:約403キロメートル。(1里=576メートル:0.576km×700=403.2km)この戦役での移動距離で、贛江流域の富田地区から福建省西部の山岳地帯の武夷山までの距離。 ・十五日:この戦役の日数。1931年5月16日から30までをいう(『毛沢東詩詞大辞典』丁力主編 99ページ~中国婦女出版社 1993年北京)。
※贛水蒼茫閩山碧:贛江(かんこう)は見わたす限り青々として広く、福建の山(ここでは武夷山)は、緑色である。 *中唐・白居易の『長恨歌』に「蜀江水碧蜀山靑,聖主朝朝暮暮情。行宮見月傷心色,夜雨聞鈴腸斷聲。天旋地轉迴龍馭,到此躊躇不能去。馬嵬坡下泥土中,不見玉顏空死處。君臣相顧盡霑衣,東望都門信馬歸。」とある。 ・贛水:〔かんすゐ;gan4shui3●●〕贛江流域。ここでは、贛江流域の富田地区のことになる。毛沢東の『蝶戀花・從汀州向長沙』一九三〇年七月に「六月天兵征腐惡,萬丈長纓要把鯤鵬縛。贛水那邊紅一角,偏師借重黄公略。 百萬工農齊踊躍,席捲江西直搗湘和鄂。國際悲歌歌一曲,狂飆爲我從天落。」
とあり、同・毛沢東の『減字木蘭花・廣昌路上』一九三〇年二月「漫天皆白,雪裏行軍情更迫。頭上高山,風捲紅旗過大關。 此行何去?贛江風雪迷漫處。命令昨頒,十萬工農下吉安。」
とある。贛水/贛江は、江西省最大の川で、江西省の南から北流れして鄱陽湖に注ぎ込む。長江右岸の支流の一。また、「贛」〔かん;gan4●〕は江西省の略称でもあり、「江西一帯省で」といった意味合いをも表している。 ・蒼茫:〔さうばう;cang1mang2○○〕(空、海、平原などの)広々として、はてしのないさま。見わたす限り青々として広いさま。また、目のとどく限りうす暗くひろいさま。なお、「蒼莽」は〔さうまう(ばう);cang(1)mang3●●(上声上声)〕となる。「蒼」は多音字。清・王士禛の『即目三首』其二に「蕭條秋雨夕,蒼茫楚江晦。時見一舟行,濛濛水雲外。」
とある。 ・閩山:福建省の山々。ここでは省境の武夷山。 ・碧:みどり色(である)。
※橫掃千軍如捲席:大軍を撃退するさまは、むしろを巻くように、物をすべて巻き込んで総なめするかこのうであった。 ・橫掃:〔heng2sao3○●〕撃退する。打ち負かす。掃討する。 ・千軍:多くの軍兵。大軍。ここでは、国民政府軍のことになる。 ・捲席:むしろを巻くように、物をすべて巻き込む。総なめする。=席巻。「席巻」が通常の言い方だが、ここを「捲席」としたのはこの句の第七字(=語)めを韻脚となり、韻字である「立急力逼入日碧泣及」と合わせる必要があるため。このため、「席巻」を「捲席」として、「席」を韻字とした次第。
※有人泣:だれか(蒋介石)が泣いている。 ・有人:ある人が…。だれかが…。ここでは、蒋介石を指す。
※為営歩歩嗟何及: ・為営歩歩:成語の「歩歩為営」〔bu4bu4wei2ying2●●○○〕のことで、一歩前進するごとに砦(とりで)を設ける。一歩一歩、地歩を固めて攻撃し、急激な攻撃をしないこと。 ・歩歩:〔bu4bu4●●〕一歩一歩と。 ・嗟:〔さ(しゃ);jie1(jue1)○〕ああ。感歎また、嘆き悲しむ声。嘆く。 ・何:どうして。なんぞ。疑問の副詞。
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◎ 構成について:
漁家傲六十二字。双調。仄韻一韻到底。上片と下片は同一。韻式は「aaaaa aaaaa」。韻脚は「立急力逼入日碧席泣及」で、詞韻第十五部以降の入声。
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○○●●,(韻)
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●○○●。(韻)
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○○●●,(韻)
○●,(韻)
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●○○●。(韻)
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○○●●,(韻)
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●○○●。(韻)
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○○●●,(韻)
○●,(韻)
○
●○○●。(韻)
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