軍城早秋 | |
唐・嚴武 |
昨夜秋風入漢關,
朔雲邊雪滿西山。
更催飛將追驕虜,
莫遣沙場匹馬還。
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軍城早秋
昨夜 秋風 漢關に入り,
朔雲 邊雪 西山に滿つ。
更に 飛將を催して 驕虜を追はしめ,
沙場の 匹馬をして還らしむる莫れ。
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◎ 私感註釈
※嚴武:唐の武将。字は季鷹。華州の人。肅宗の時、剣南節度使となり、吐蕃(今のチベット)を破り、礼部尚書となり、後、鄭国公に封じられた。杜甫のよい理解者であった。
※軍城早秋:駐屯軍の本拠地の町での初秋。この詩は『全唐詩』『唐詩選』や『萬首唐人絶句』にあるが、これは『萬首唐人絶句』(巻十八)のもの。極めて似たイメージの詩に唐・王昌齡の『出塞』(『從軍行』)「秦時明月漢時關,萬里長征人未還。但使龍城飛將在,不ヘ胡馬渡陰山。」がある。なお、この詩と正反対のことを詠うのが無名氏の『胡笳曲』「月明星稀霜滿野,氈車夜宿陰山下。漢家自失李將軍,單于公然來牧馬。」になる。また、漢魏・蔡文姫に『胡笳十八拍』(我生之初尚無爲)第一拍〜第六、『胡笳十八拍』(日暮風悲兮邊聲四起)第七拍〜第十二、『胡笳十八拍』(不謂殘生兮卻得旋歸)第十三拍〜第十八拍と、『悲憤詩』一(漢季失權柄)、『悲憤詩』二(邊荒與華異)、『悲憤詩』三(去去割情戀)、『悲憤詩』七言騒体(嗟薄兮遭世患)と匈奴に拉致された悲しみを詠う。また、宋・辛棄疾は『滿江紅』で「漢水東流,キ洗盡、髭胡膏血。人盡説、君家飛將,舊時英烈。破敵金城雷過耳,談兵玉帳冰生頬。想王カ、結髮賦從戎,傳遺業。」 と詠い、漢の李広の偉業を称える。なお、杜甫はこの詩に和して『奉和嚴大夫軍城早秋』「秋風嫋嫋動高旌,玉帳分弓射虜營。已收滴博雲陷,欲奪蓬婆雪外城。」を作った。 ・軍城:駐屯軍の根拠地である町。 ・早秋:初秋。陰暦七月。「天高く馬肥ゆる秋」のことを謂い、秋には西方異民族が放牧していた馬も、夏草をしっかりと食べた結果、しっかりと体が出来上がり、長途中原侵略に乗り出してくる季節になったことをも謂う。
※昨夜秋風入漢關:昨夜、(異民族入寇の兆しである)秋風が漢民族が護るとりでに吹いてきて。 ・漢關:漢民族が護る山間の道のとりで。
※朔雲邊雪滿西山:北方の異民族の地の雲や辺疆に降る雪が(チベットと境界を接している)蜀の国の西の方の山に満ちてきた。『全唐詩』や『唐詩選』は、「朔雲邊月滿西山」とする。 ・朔雲:〔さくうん;shuo4yun2●○〕北方のえびすの地の雲。北方の雲。 ・邊雪:辺疆に降る雪。「邊月」ともする。その場合は、辺疆に出る月。 ・西山:前出・杜甫の『奉和嚴大夫軍城早秋』でいう「滴博」「蓬婆」のことか。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)65−66ページの「唐 剣南道北部」の維州(現・四川省西部)にあるというが、見付けられなかった。
※更催飛將追驕虜:「飛将軍」と呼ばれた将軍・李廣をかさねてうながして、驕り昂ぶっている異民族を追い詰めさせて。 ・更催:かさねてうながす。ますますうながす。前出・王昌齡の『出塞』(『從軍行』)では「但使龍城飛將在,不ヘ胡馬渡陰山。」に該る。 ・催:(人を)うながす。せきたてる。もよおす。使役的の雰囲気が濃いようだ。 ・飛將:前漢の名将軍・李廣(李広)のこと。しばしば匈奴を破り、匈奴より「飛将軍」と呼ばれたことによる。 ・追:おう。追撃する。 ・驕虜:〔けうりょ;jiao1lu3○●〕驕り昂ぶっている異民族。天驕。驕り高ぶつている胡。傲慢な異民族。南宋・陸游は『識媿』で「幾年羸疾臥家山,牧竪樵夫日往還。至論本求編簡上,忠言乃在里閭間。私憂驕虜心常折,念報明時涕毎潸。寸祿不沽能及此,細聽只益厚吾顏。」、南宋・張元幹は『賀新郎』で「曳杖危樓去。斗垂天、滄波萬頃,月流煙渚。掃盡浮雲風不定,未放扁舟夜渡。宿雁落、寒蘆深處。悵望關河空弔影,正人間、鼻息鳴鼓。誰伴我,醉中舞。 十年一夢揚州路。倚高寒、愁生故國,氣呑驕虜。要斬樓蘭三尺劍,遺恨琵琶舊語。謾暗澀、銅華塵土。喚取謫仙平章看,過溪、尚許垂綸否。風浩蕩,欲飛舉。」と使う。
※莫遣沙場匹馬還:(砂煙が起ち上がる)戦場から(敵の軍馬を)一匹たりとも還(かえ)させないのだ。 ・莫遣:(…に)…させるな。(…をして)…しむるなかれ。前出・王昌齡の『出塞』(『從軍行』)では「但使龍城飛將在,不ヘ胡馬渡陰山。」。に該る。 ・遣:〔けん;qian3〕…させる。(…をして…せ)しむ。つかはして…せしむ。使役の助字。≒令、使。 ・沙場:〔さじゃう;sha1chang2○○〕(砂煙が起ち上がる)戦場。戦いの場は砂漠地帯などの乾燥した原野が多く、乾燥して砂埃が立つ原野。戦場は、塵土飛揚し、飛沙走石となるため、戦場の比喩として使われる。この語に、砂漠、すなわら等の意はない。漢魏・蔡文姫の『胡笳十八拍』の第十七拍に「十七拍兮心鼻酸,關山阻修兮行路難。去時懷土兮心無緒,來時別兒兮思漫漫。塞上黄蒿兮枝枯葉干,沙場白骨兮刀痕箭瘢。風霜凜凜兮春夏寒,人馬飢豗兮筋力單。豈知重得兮入長安,歎息欲絶兮涙闌干。」とあり、唐・王翰の『涼州詞』に「葡萄美酒夜光杯,欲飮琵琶馬上催。醉臥沙場君莫笑,古來征戰幾人回。」とある。唐・張喬の『宴邊將』に「 一曲涼州金石C,邊風蕭颯動江城。坐中有老沙場客,笛休吹塞上聲。」とある。 ・匹馬:〔ひっぱ;pi3ma3●●〕一匹の馬。盛唐・岑參の『送崔子還京』(送人還京)に「匹馬西從天外歸,揚鞭只共鳥爭飛。送君九月交河北,雪裏題詩涙滿衣。」とある。 ・還:出かけていた者がくるりと向きを変えてもどる。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は「關山還」で、平水韻上平十五刪。この作品の平仄は、次の通り。
●●○○●●○,(韻)
●○○●●○○。(韻)
●○○●○○●,
●●○○●●○。(韻)
2010.3. 1 3. 2 3. 3完 2012.9.14補 |
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