癸巳五月三日北渡三首其一 | |
元好問 |
道傍僵臥滿纍囚,
過去旃車似水流。
紅粉哭隨回鶻馬,
爲誰一歩一廻頭。
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癸巳五月三日 北渡 三首 其の一
道傍に 僵臥せる 纍囚 滿ち,
過ぎ去る 旃車は 水の流るるに似たり。
紅粉 哭して隨ふ 回鶻の馬,
誰が爲にか 一歩に 一廻頭す。
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◎ 私感註釈
※元好問:金の文学者。字は裕之。号して遺山。1190年〜1257年。北魏の拓跋氏の家系(=鮮卑人系)。
※癸巳五月三日北渡三首:天興二年(1233年)の陰暦五月三日に(汴京(=開封)から黄河を)北に渡った(ところに位置する博州の聊城に拘留された時 = 汴京(=開封)の陥落・華北の陥落 = 祖国・金の滅亡の瞬間)の情景。 *これは三首の中で其の一。この詩の時代的な背景:漢民族の王朝・宋(北宋)が金(北方の異民族=女真族)のために滅ぼされ、華北を追われて江南半壁の地に追い込まれて、南宋を建てた。金は、遼を滅ぼし、南宋と対峙して圧迫した。やがてモンゴル帝国が強大になり、弱体化(軟弱化)した金を滅ぼし、更に南宋を滅ぼし、旧大陸を席捲した。この詩は、モンゴル帝国のために金が滅ぼされた瞬間を詠う。 ・癸巳:〔きし;gui3si4〕みづのとみ(=水の弟(と)巳(み))。十干と十二支の組み合わせによる六十までの序列表示をいい、癸巳は(はじめの「甲子」から三十番目。歳次が癸巳年は、天興二年(1233年)。翌・天興三年(1234年歳次:甲午)一月に金は亡ぶ。なお、干支による表記では、六十回(六十年)で一巡し、例えば癸巳年は天興二年(1233年)の六十年前の1173年や、六十年後の1293年も癸巳年である。 ・北渡:北に渡る。ここでは汴京(=開封)から黄河を北に渡ったところに位置する博州の聊城(現・山東省聊城市冠県・済南の西南西100キロメートルのところ。『中国歴史地図集』第六冊 宋・遼・金時期(中国地図出版社)54−55ページ「金 山東東路 山東西路」にある)の至覚寺に拘留されたことをいう。
※道傍僵臥滿纍囚:道ばたには、倒れ伏したしばられた(敗戦国・金側の)俘囚で満ちており。 ・道傍:道ばた。 ・僵臥:〔きゃうぐゎ;jiang1wo4○●〕倒れ伏す。 ・纍囚:〔るゐしう;lei2qiu1○○〕とらわれ人。しばられた罪人。敗戦国である金国側(女真人と華北の漢民族の領民)の臣民。
※過去旃車似水流:通り過ぎて行く(モンゴル人の)幌(ほろ)馬車は、川の流れのよう(に停まることがない)。 ・過去:通り過ぎて行く。過ぎ行く。過ぎ去る。 ・旃車:〔せんしゃ;zhan1ju1(che1)○○〕毛織物でできた幌(ほろ)馬車。モンゴル人の馬車を指す。「氈」や「羶」など遊牧民を暗示する語は漢代では匈奴などの遊牧民で、時代に応じて指す民族は異なるが、考え方は同じ。漢魏・蔡琰(蔡文姫)の『胡笳十八拍』(第一拍〜第六拍)、『胡笳十八拍』(第七拍〜第十二拍)、『胡笳十八拍』(第十三拍〜第十八拍)や同じく蔡琰(蔡文姫)の『悲憤詩』一、『悲憤詩』二、『悲憤詩』三、また、同じく蔡琰(蔡文姫)の『悲憤詩其二章』などにはその用例が多い。 ・旃:〔せん;zhan1○〕毛織物。=氈〔せん;zhan1○〕。 ・水流:川の流れ。 ・水:川。
※紅粉哭隨回鶻馬:(敗戦国・金側の)べにおしろいをした若い女性が、声をあげて泣きながら(西北異民族の)ウイグル(史実ではモンゴル)の馬に附(つ)き随(したが)っており。 ・紅粉:べにおしろい。女性の化粧品で、女性を謂う。 ・哭隨:声をあげて泣きながら附(つ)き随(したが)う。 ・回鶻:〔くゎいこつ;Hui2gu3○●〕ウイグル。中国北西方の異民族(=回紇(くゎいこつ;Hui2he2))。但し、ここでは、金を滅ぼすために攻め込んできたモンゴル帝国軍(後に元を建てる)を指している。ウイグルとモンゴルとでは全く異なるが、ともに中国北西方の異民族。 ・馬:軍馬。
※爲誰一歩一廻頭:誰のためなのだろうか、一歩(いっぽ)歩(あゆ)む毎(ごと)に、一回ふり返っている。 ・爲誰:誰のために。誰によって。 ・一歩:一歩(いっぽ)歩(あゆ)む。(「歩」は動詞)。 ・一歩一廻頭:(いっぽ)歩(あゆ)む毎(ごと)に一度ふり返る。 ・廻頭:ふり返る。 ・一…一…:一度…するや、一度…する。二つの動作が相対応して行われることを表す。清・袁枚の『意有所得雜書數絶句』に「莫説光陰去不還,少年情景在詩篇。燈痕酒影春宵夢,一度謳吟一宛然。」とあり、清・周實の『睹江北流民有感』に「江南塞北路茫茫,一聽嗷嗷一斷腸。無限哀鴻飛不盡,月明如水滿天霜。」 とある。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は「囚流頭」で、平水韻下平十一尤。この作品の平仄は、次の通り。
●○○●●○○,(韻)
◎●○○●●○。(韻)
○●●○○●●,
●○●●●○○。(韻)
2009.7.14 7.15 |
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