董逃行 | |
張籍 |
洛陽城頭火曈曈,
亂兵燒我天子宮。
宮城南面有深山,
盡將老幼藏其間。
重巖爲屋橡爲食,
丁男夜行候消息。
聞道官軍猶掠人,
舊里如今歸未得。
董逃行,
漢家幾時重太平。
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董逃行
洛陽城頭 火 曈曈,
亂兵 我が天子の宮を燒く。
宮城の南面に 深山 有りて,
盡く 老幼を將て 其の間に藏す。
重巖を屋と爲して 橡を食と爲し,
丁男 夜 行きて 消息を候ふ。
聞道く 官軍 猶ほも 人を掠すと,
舊里 如今 歸ること未だ得ず。
董逃行,
漢家 幾れの時か 重ねて太平ならん。
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◎ 私感註釈
※張籍:中唐の詩人。字は文昌。和州(かしゅう)烏江(安徽省和県)の人。768年(大暦三年)〜830年(太和四年)。師友の韓愈に目をかけられ、その推薦によって、国子博士となった。楽府に長じている。
※董逃行:戦乱を呪う歌。董逃行(とうたうかう=とうとうこう(正しくは『董逃歌』のこと))という後漢末、京都(けいと)で流行った歌の「董卓が逃げた」の歌詞のような内容。 ・董逃行:〔とうたうかう;dongtao2xing2●○○〕漢楽府篇名で、神聖な山に登って、仙薬を採取し、不老長寿を願う歌。但し、ここでは、『董逃歌』(とうとうか)の意で使われている。『董逃歌』とは、後漢末、京都(けいと)で流行った童謡で、「承樂世,董逃;遊四郭,董逃;蒙天恩,董逃;帶金紫,董逃;行謝恩,董逃;整車騎,董逃;垂欲發,董逃;與中辭,董逃;出西門,董逃;瞻宮殿,董逃;望京城,董逃;日夜絶,董逃;心摧傷,董逃。」という歌。なお、後漢末の董卓は「董卓が逃げた」のように聞こえるこの歌を、疎んじて、禁じた。
※洛陽城頭火曈曈:洛陽(らくよう)城内では、(安史の乱の)兵火が日の出の太陽のように輝いているのは。 ・洛陽:東京。河南省西部の都市。黄河の支流、洛水の北岸に位置する。西の長安に対し、東都として栄える。周の成王が当時の洛邑に王城を築いたのに始まる。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)46−47ページ「唐 河東道」にある。東都河南府『中国史稿地図集』下冊(郭沫若主編 中国地図出版社)19−20ページ「安禄山之乱」「史思明之乱」「洛陽長安地区戦争形勢」によると、洛陽は何回かに渡って兵火にまみえたことが分かる。 ・城頭:(洛陽)城のほとり。(洛陽城の)城壁の上。(洛陽)城のあたり。(洛陽)城の上。 ・曈曈:〔とうとう;tong2tong2○○〕夜のあけわたるさま。
※亂兵燒我天子宮:叛乱軍の兵士が我が天子の宮殿を焼いたからなのだ。 ・亂兵:叛乱兵。ここでは、安禄山軍のことになる。 ・燒我天子宮:我が天子の宮殿を焼い(た)。
※宮城南面有深山:宮城の南面には深山があって。 ・宮城:皇宮。皇居。
※盡將老幼藏其間:老人や幼児をその山の間に隠(かく)した。 ・盡:ことごとく。 ・將:…をもって。…を。「將+名詞」で、強調したい名詞を前に取りだす。古漢語の「以」と似た働きをする。 ・老幼:老人と幼児。 ・藏:かくす。 ・其間:ここでは、宮城の南面の深山のことになる。
※重巖爲屋橡爲食:重(かさ)なった巌(いわお)を家として、どんぐりを食糧として。 ・重巖:重(かさ)なりあった巌(いわお)。 ・爲屋:家屋とする。 ・橡:〔しゃう;xiang4●〕どんぐり。クヌギ。トチ。 ・爲食:食糧とする。「食」は〔し;si4●〕と読んで、「めし」の意。『論語・雍也第六』に「子曰:賢哉回也,一箪食、一瓢飮,在陋巷,人不堪其憂。回也不改其樂,賢哉回也。」(一箪(たん)の食(し)、一瓢(ぺう)の飲(いん))とある。蛇足になるが、「食」は普通〔しょく;shi2●〕。押韻の関係から見れば、後者の方が自然。
※丁男夜行候消息:成人男子が夜になって行ってみて、様子を窺(うかが)った。 ・丁男:〔ていだん;ding1nan2○○〕成人した男子。壮丁。 ・夜行:よまわり。よあるき。夜の旅。 ・候:〔こう;hou4●〕うかがう。さぐる。 ・消息:たより。たよりの手紙。消えることと生じること。減ることと増えること。物や人の栄枯盛衰。
※聞道官軍猶掠人:聞くところでは、唐朝廷側の軍でもなお人を(夫役のために)掠(さら)っているとのことで。 ・聞道:聞くところによると。人の言うのを聞くと。きくならく。伝聞表現。 ・官軍:(ここでは、唐朝の)朝廷の正規軍。政府方の軍隊。正統の軍。なお、『舊唐書』などではこれに対して、叛乱軍(安禄山軍や史思明軍)を「賊」と表現している。賊軍のこと。この詩では「亂兵燒我天子宮」の「亂兵」のこと。 ・猶:なお。 ・掠人:〔りゃくじん;lyue4ren2●○〕人を掠(さら)う。人を掠奪(りゃくだつ)する。 ・掠:〔りゃく;lyue4●〕かすめる。掠(さら)う。略奪する。=略。
※舊里如今歸未得:郷里へは、現在、帰ることがまだできない。 ・舊里:ふるさと。郷里。故郷。 ・如今:現在。 ・歸未得:まだ帰れない。帰ることがまだできない。
※董逃行:董逃行(とうたうかう=とうとうこう(正しくは『董逃歌』のこと))という後漢末、京都(けいと)で流行った歌の「董卓が逃げた」の歌詞のように。意味は前出。
※漢家幾時重太平:いつになったら漢の国家(唐の国家を暗示)に重(かさ)ねて太平がおとずれることになるのだろうか。 ・漢家:漢朝の帝室。転じて、漢民族の王朝・国家。ここでは、唐王朝を指す。 ・幾時:いつ。 ・重:〔ちょう;chong2○〕もう一度。かさねて。 ・太平:平和。世の中がよく治まって平和なこと。
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◎ 構成について
韻式は、「AABBcccDD」で、韻脚は「曈宮 山間 食息得 行平」で、平水韻上平一東、上平十五刪、入声十三職、下平八庚。この作品の平仄は、次の通り。
●○○○●○○,(A韻)
●○○●○●○。(A韻)
○○○●●○○,(B韻)
●○●●○○○。(B韻)
○○○●●○●,(c韻)
○○●○●○●。(c韻)
◎●○○○●○,
●●○○○●●。(c韻)
●○○,(D韻)
●○●○○●○。(D韻)
2008.10.14 10.15 |
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