征婦怨 | |
張籍 |
九月匈奴殺邊將,
漢軍全沒遼水上。
萬里無人收白骨,
家家城下招魂葬。
婦人依倚子與夫,
同居貧賤心亦舒。
夫死戰場子在腹,
妾身雖存如晝燭。
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征婦怨
九月 匈奴 邊將を殺し,
漢軍 全て沒す 遼水の上に。
萬里の白骨 收むる人 無く,
家家 城下に 招魂して葬す。
婦人は 子と夫とに 依倚し,
貧賤なるも 同居すれば 心も亦 舒ぶ。
夫 戰場に死するも 子 腹に在り,
妾身 存りと雖も 晝の燭の如し。
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◎ 私感註釈
※張籍:中唐の詩人。字は文昌。和州(かしゅう)烏江(安徽省和県)の人。768年(大暦三年)〜830年(太和四年)。師友の韓愈に目をかけられ、その推薦によって、国子博士となった。楽府に長じている。
※征婦怨:出征兵士の妻の歎き。夫が出征して、取り残された妻の歎きのうた。 ・征婦:出征兵士の妻。
※九月匈奴殺邊將:晩秋の旧暦・九月に、匈奴は辺境守備の将兵を殺して(中原を目指し)。 ・九月:晩秋の陰暦・九月で、現在の十月後半。天高く馬肥ゆる秋(匈奴の軍馬の体調ができあがり、中原進出に最適な気候の晴れわたった秋)のこと。 ・匈奴:西北方の強大な遊牧民族。紀元前五世紀から紀元五世紀にかけて活躍した。首長を単于と称する。フン族。 ・邊將:国境を守る将軍。
※漢軍全沒遼水上:漢の軍勢は、全て関外の遼河(りょうが)の上(ほとり)に没してしまった。 ・漢軍:漢民族の軍隊。また、漢の帝室の軍隊。ここでの「漢」は前出「匈奴」に対して使われ、西北の強大な民族・「匈奴」と、それに対抗する中国の「漢民族」の意で使われている。 ・沒〔ぼつ;mo4●〕:しずむ。水中に入りきりになる。おぼれる。 ・遼水:〔れうすゐ;liao2shui3○●〕遼河(りょうが)のこと。現・東北地区の南部を平野を貫いて流れる大河。現・内モンゴル自治区に源を発し、現・遼寧省を南西に流れて現遼東湾に注ぐ。拘柳河ともいう。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)50−51ページ「河北道北部」にある。唐・王建の『渡遼水』に「渡遼水,此去咸陽五千里。來時父母知隔生,重著衣裳如送死。亦有白骨歸咸陽,營家各與題本ク。身在應無回渡日,駐馬相看遼水傍。」とある。 ・上:ほとり。
※萬里無人收白骨:遥かに遠い場所に遺(のこ)された戦士の白骨は、収める人が無いので。 ・萬里:広大な範囲を形容する。 ・無人:…をする人がいない。 ・收:しまう。おさめる。後出の青字部分を参照。 ・白骨:風雨に晒(さら)されて白くなった骨。前秦・苻融の『企喩歌』「男兒可憐蟲,出門懷死憂。尸喪狹谷中,白骨無人收。」や、王昌齢の『塞下曲』には「飮馬渡秋水,水寒風似刀。平沙日未沒,黯黯見臨。昔日長城戰,咸言意氣高。黄塵足今古,白骨亂蓬蒿。」があり、唐・李白『戰城南』「去年戰桑乾源,今年戰葱河道。洗兵條支海上波,放馬天山雪中草。萬里長征戰,三軍盡衰老。匈奴以殺戮爲耕作,古來唯見白骨黄沙田。秦家築城備胡處,漢家還有烽火然。烽火然不息,征戰無已時。野戰格鬪死,敗馬號鳴向天悲。烏鳶啄人腸,銜飛上挂枯樹枝。士卒塗草莽,將軍空爾爲。乃知兵者是凶器,聖人不得已而用之。」や、王建の『渡遼水』の「渡遼水,此去咸陽五千里。來時父母知隔生,重著衣裳如送死。亦有白骨歸咸陽,營家各與題本ク。身在應無回渡日,駐馬相看遼水傍。」や、 晩唐・曹松の「澤國江山入戰圖,生民何計樂樵蘇。憑君莫話封侯事,一將功成萬骨枯。」がある。
※家家城下招魂葬:どの家々でも城壁の外へ出て、魂を招いて葬儀を行った。 ・家家:どこの家も。家ごとに。 ・城下:城の下。城(=まち)の周辺。城壁の外。盛唐・李華の『春行寄興』に「宜陽城下草萋萋,澗水東流復向西。芳樹無人花自落,春山一路鳥空啼。」とあり、 中唐・張籍の『沒蕃故人』に「前年戍月支,城下沒全師。蕃漢斷消息,死生長別離。無人收廢帳,歸馬識殘旗。欲祭疑君在,天涯哭此時。」とある。 ・招魂:死者の魂を呼びかえす。北方に向かって死者の衣を振り、三度その名を呼んでたましいを招いた。死者をとむらう。『楚辭』にある宋玉の『招魂』に「朱明承夜兮,時不可以淹。皐蘭被徑兮,斯路漸。湛湛江水兮,上有楓,目極千里兮,傷春心。魂兮歸來哀江南!」とある。
※婦人依倚子與夫:結婚した婦人は、子と夫(おっと)とに頼っており。 ・婦人:嫁入りした女。士の妻。 ・依倚:〔いい;yi1yi3○●〕よりかかる。たよる。たよりにする。 ・子與夫:子どもと夫(おっと)。
※同居貧賤心亦舒:貧しく賤(いや)しい身分であっても、ともに生活をしていれば、心もくつろぐものである。 ・同居:一つの家族がいっしょに住む。 ・貧賤:〔ひんせん;pin2jian4○●〕貧しいと身分が卑しいと。貧しく卑しい。 ・亦:…も。もまた。 ・舒:〔じょ;shu1○〕おだやか。のんびり。ゆっくり。また、のべる。ここは、前者の意。
※夫死戰場子在腹:夫が戦場に死んだが、その子が腹の中におり。 ・子在腹:子どもが腹の中にいる。
※妾身雖存如晝燭:我が身(女性)は生きながらえているといっても、昼間の燭(ともしび)のような余分なものである。 ・妾身:わたし(女性自身)の体。 ・雖存:生きながらえているものの。 ・晝燭:余計な物、余分な物の譬喩。役に立たない物の譬喩。
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◎ 構成について
韻式は、「aaaBBcc」で、韻脚は「將上葬 夫舒 腹燭」で、平水韻去声二十三漾、上平七虞、入声一屋(腹)、入声二沃(燭)。この作品の平仄は、次の通り。
●●○○●○●,(a韻)
●○○●○●●。(a韻)
●●○○○●●,
○○○●○○●。(a韻)
●○○●●●○,(B韻)
○○○●○●○。(B韻)
○●●◎●●●,(c韻)
●○○○○●●。(c韻)
2008.10.15 10.16 |
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