遣悲懷 | |
元稹 |
謝公最小偏憐女,
嫁與黔婁百事乖。
顧我無衣搜藎篋,
泥他沽酒拔金釵。
野蔬充膳甘長藿,
落葉添薪仰古槐。
今日俸錢過十萬,
與君營奠復營齊。
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悲懷を遣る
謝公が 最小にして 偏憐の女,
黔婁に 嫁してより 百事 乖る。
我に衣 無きを 顧て 藎篋を搜し,
他に酒を沽ふを 泥れば 金釵を拔く。
野蔬 膳に充てて 長藿 に 甘んず,
落葉 薪に添へんと 古槐を 仰ぐ。
今日 俸錢 十萬を過ぎたれば,
君が與に 奠を營み 復た 齋を營まん。
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◎ 私感註釈
※元稹中唐の詩人。進士に及第して官僚となる。白居易と親交があり、元白と称され、その詩風は二人合わせて「元軽白俗」とも評される。字は微之。河南・洛陽の人。779年〜831年。二人の交流を示すものに、元?は『聞白樂天左降江州司馬』「殘燈無焔影幢幢,此夕聞君謫九江。垂死病中驚坐起,暗風吹雨入寒窗。」 や、白居易の『舟中讀元九詩』「把君詩卷燈前讀,詩盡燈殘天未明。眼痛滅燈猶闇坐,逆風吹浪打船聲。」がある。
※遣悲懷:遣悲懷三首の一。これは、作者・元稹の妻・韋叢が亡くなり、それを悼んだ悼亡詩三首の第一。
※謝公最小偏憐女:(自分の妻女は)謝公(しゃこう)の末娘((姪)の謝道韞)として生まれ、一番可愛がられて育っていたが。自分の妻は豊かな家に生まれ、親に可愛がられて育ってきたが。 ・謝公:東晉の宰相である謝安のこと。才女である姪の謝道韞を可愛がっていた。 ・最小:「謝公最小偏憐女」の句は「謝公偏憐最小女」(謝公 偏憐せし最小の女)の意で、平仄との関係(「謝公偏憐最小女」(●○○○●●●)⇒「謝公最小偏憐女」(●○●●○○●))で、「最小」部分を倒置させることによって、平仄の配列を満足させている。 ・偏憐:偏愛する。その子だけを可愛がる。 ・憐:可愛がる。愛する。 ・女:むすめ。魏晋時代随一の才女といわれた東晋・謝安の姪の謝道韞のこと。謝安は姪の謝道韞をこよなく可愛がったという。ここでは、作者・元稹の妻のことを指す。
※嫁與黔婁百事乖:(貧苦な境涯で常に妻に励まされていた)晋の隠者・黔婁(けんろう)のようなに人物(=作者・元?)に嫁(とつ)いでしまってからは、多くのことが思い通りにはならないようになった。 ・嫁與:…にとつぐ。 ・黔婁:〔けんろう(きんろう);Qian2lou2○○〕春秋時代の齊(せい)の貧士。隠者。ここでは、作者・元稹自身を指す。魯・恭王は黔婁が賢明であるとの噂を聞き、臣下にしようとしたが、黔婁は受けなかった。彼の妻も非常に賢明で、よく夫の黔婁を支えていたといわれる。なお、「黔婁」〔けんろう;Qian2lou2〕は複姓(漢字二字(以上)の姓のことで、一般に漢民族は「李」「王」「張」…といった単姓が主流。 ・百事:多くの事柄。何事(につけて)も。 ・乖:〔くゎい;guai1○〕もとる。たがう。そむく。はなれる。へだたる。ここは、「乖忤」「乖悖」の意で、「物事がうらはらである」「ちぐはぐである」「くいちがう」の意。
※顧我無衣搜藎篋:わたしに整った衣服が無いのを気にかけて、衣裳箱の中を捜(さが)してくれて。 ・顧:見る。気にかける。 ・搜:見えなくなった物をさぐり取る。 ・藎篋:〔じんけふ;jin4qie4●●〕イネ科のコブナグサで作った衣類をはさみおさめる箱。衣裳箱。
※泥他沽酒拔金釵:彼女(妻)に酒を買うことを甘えておねだりしたら、金のかんざしを抜い(て換金してくれ)た。 ・泥:〔でい;ni2◎〕媚(こ)びてねだる。≒昵。 ・他:彼女。(また、彼。)ここでは、妻を指す。 ・沽酒:〔こしゅ;gu1jiu3○●〕酒を買う。また、買った酒。店売りの酒。また、酒を売る。ここは、前者の意。 ・拔:〔ばつ;ba2●〕ぬく。 ・金釵:〔きんさい;jin1chai1○○〕(婦人の髪に挿す二本足の)金のかんざし。
※野蔬充膳甘長藿:野草を食膳に供して、豆の葉などの粗食に満足して。 ・野蔬:野草。 ・充膳:食卓に供する。 ・甘:〔かん;gan1○〕満足する。あまんじる。 ・長藿:〔ちゃうくゎく;chang2huo4○●〕長い豆の若葉。食用とする。
※落葉添薪仰古槐:落ちてくる葉を薪(まき)に付け加えて燃料の足しにしようとして、古い槐(えんじゅ)の木を見上げていた。 ・薪:まき。 ・仰:見上げる。 ・槐:槐(えんじゅ)の木。
※今日俸錢過十萬:今日(こんにち)、俸給の金額は十万銭を過ぎたので。 ・今日:今。現今。 ・俸錢:俸給。給与。 ・過:超過する。
※與君營奠復營齊:あなたのために酒食を供(そな)えてまつり、復(ま)た、ものいみを営もう。 ・與君:あなた(=作者の亡くなった妻・韋叢)のために。 ・與:…ために。 ・奠:〔てん;dian4●〕(酒を供(そな)えて)まつる。 ・復:また。くりかえして。詩詞では、語調を整えるためにも使われる。 ・齊:〔さい;zhai1○〕ものいみ。
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◎ 構成について
韻式は、「AAAA」で、韻脚は「乖釵槐齊」で、平水韻上平八齊(齊)、上平九佳(釵乖槐)。この作品の平仄は、次の通り。
●○●●○○●,
●●○○●●○。(韻)
●●○○○●●,
◎○○●●○○。(韻)
●○○●○○●,
●●○○●●○。(韻)
○●●○◎●●,
●○○●●○○。(韻)
2008.10.18 10.19 10.20 10.23 10.24 11. 1 11. 2完 2020.12.17補 |
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