周りにあるものを適当に撮って書いております。
2007年のC62 東海道形の発売以来、出番が少なくなった旧C62です。
しかし、決して悪いものではないのでたまには走らせます。
今の製品よりも自分にしっくりくる点もありますし、それなりに思い出もあります。
比較的よく走った模型ですが、パワーパックの操作に応じた挙動がダイレクトで、今の製品に比べると余裕のなさのようなものは感じます。
当時は余裕のある車両のほうが少なかったです。
古くても、全体から受ける「C62みたいな感じ」のようなものはよく出ていると思います。
コンピューターによる設計などできなかった時代ですし、作った方々の模型センスは相当なものです。
当時はまだ、実物が本線を走っていましたしね。SLブームの真っ只中ですから気合いも入ったでしょう。
それにしてもこの年にはC11も発売されていましたし、設計製造チームの方々がお若かったとしても相当な根性が入っていたのではないでしょうか。
ナンバープレートは紙シール式です。中古品などで生き残っているものには、ハサミで適当に切り抜いて貼り付けられたようなものも結構あります。買ってきたら、シールを丁寧に切り抜いて貼り付ける手間も惜しく、一刻も早く走らせたかったことと思います。
デフの裏を薄く見せる斜めの削り表現はまだありませんが、デフ自体が結構薄くできています。そして、丁寧にランボードに接着されています。
このデフが強度的な弱点で、バラバラに取れてしまっているものもよく見られます。私自身も何度も接着と破損を繰り返しています。
長い発売期間において一番大きい変化は、動輪の入れ替えかと思います。
C57の発売後に、部品がそっくり共用化されました。
初期の製品 | |
後期の製品 |
動輪のタイヤが薄くなり、輪心パターンが変わりました。特に第二動輪の違いが顕著です。
脱線傾向のあった先輪のフランジがかなり高くなり、その軸距離も少し縮まりました。
TMS的に言えば「思い切りよく先輪フランジを高くしているのが特徴」となるのでしょうか…。
ちなみに、最近のC62 2号機も、その前のC62 東海道形と比べて、輪心周辺やタイヤの形状に若干の見え方の違いを感じます。
詳しいロットはわからないのですが、初期の製品にはタイヤ踏面が細かいヤスリ状になっているものがありました。
ゴムタイヤがなかったので、レールとの摩擦を強くして牽引力を増そうとしたのかもしれません。
すぐにこの加工?はなくなります。その後発売されたD51には、最初からゴムタイヤが装着されていました。
私のレイアウトではここ数日、縮尺も作りも全然違う新旧製品が並んでおります。
混在はやめたほうがいいなどと書いているくせに、自分のこととなるといい加減なものです(笑)。
別パーツのディテールはありませんが(採用した手法や製品化の価値観が違う)、煙室のボワッとした膨張感などは印象的にできています。
出るべきところと引っ込むべきところは、よく考えられているようです。
現在の製品だって立派なご作品ですが、当時の製品もやっぱり、当時の立派なご作品です。
これはR249とR282の複線ですが、内側の新製品と外側の旧製品が占める角度がほぼ同じです。
だまし絵のようになってます。
客車も同様なら面白かったですね。旧製品の編成と、新製品の編成が曲線部なら同じ全長になるなど(笑)。
客車といえば、完成品は20系とオハ31系ぐらいしか発売されておらず、特急を牽こうとすれば20系しかありませんでした。
あとはオハ31系をたくさんつないで、旧客のつばめに脳内変換するのが普通だったかと思います。
20系客車も歴史が長いため、今に至る過程は壮絶です。
旧:ナハフ20 1970年代の一般的な製品。ロットによって塗装状態が様々でした。 曲面部の細いラインなどは当時見ても「量産は大変なんだろうな〜」と素直に同情を誘うようなものでした。 |
新:ナハネフ22 同形式ではありませんが平成のリニューアル後の製品です。 何から何まで全然違います(笑)。 |
個人的には今でも、旧製品のC62には旧製品の客車の組み合わせが好きです。
ディテールや造形のツボが同じ視点で揃っているからです。最新のC62に旧製品を牽かせるのはお互いにちょっとかわいそうかなと思います。
それにしても塗装や印刷は今も昔も相当な関門ですね。昔はほとんどのものを自分で作るしかなかったので、その難しさが身にしみていて、一度にたくさん作らなくてはいけない量産品に対する許容度も大きかったと思います。
現在はそういう状況はなくなり、製品に要求される水準は非常に高くなっていますが、それに応えている最近の製品はすごいです。
本当にとりとめなくこの頃の模型のことです。
何度かリニューアルされたあとのEF70ですが、まだライトは非点灯で、ナンバーは選択式ではありません。
スカートなど下廻りはEF65と共用が多く、時期によってどちらもEF70風だったり、どちらもEF65風だったりします。
妙に有名な、青塗装バージョンが存在した時期の製品より、1時代あとのものです。
旧曲線での走行性能や連結性能の確保のため、スカートがカプラーと一体に首を振る構造です。
スカートにカプラーの切り欠きが大きく入ることもないので、この考え方はある程度は支持できました。今の製品と比べてこちらのほうがよいとは思いませんが、当時の解決方法としては、です。
何かケバい塗装だな〜とは思っていました。その後のリニューアルで、抑えられた赤塗装に変わります。
高圧配管は白い線が目立ちますが、パーツの一体化を進めて量産性を上げようとしたのは理解できました。
銀色部分はマスキング塗装されているんでしょうか。
話が戻りまして最後にC62の動力のことです。
旧製品は、キャブ内から従台車直上までの空間をモーターがぎりぎりまで占有しており、これで最小寸法になっています。
構造的に車体サイズはこれより小さくなりません。
旧製品(後期) これは上野駅の「ホイッスル」で買ったのでした。 |
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最新製品 |
機関車を立派に見せるためにあえて大きくしたとの見解も有名ですが、それはあるのでしょうが派生的なことでしょう。
製品を見ると、やはりモーターの大きさによる制約が大きかったろうと思います。
現物がなく自分で確認できませんが、当時OEM製造していた大型の米国蒸機J3aと、共用もされていた模様とのお話も頂きました。
そんな大きさであっても、当時Nゲージのレイアウトを走れるC62が手の届く値段で出たことに、たいへん意義があったのは誰もが認めるところです。
旧C62の登場時、同じ手法で作れそうなD52やD62もすぐ予定品に挙がりましたが、世間的な人気争いに破れてフェードアウトしております。代わりにD51や、その後復活したC57というスターが製品化されました。
さて、来週12月27日には新しいC62 3号機も工場出荷の予定になっていますが、年内に出回るかどうかは結構微妙なタイミングですね。