勝利教会インターネットチャペル

若い母親のあなたへ3


  子どもは優れた複写機


 「こんなふうに育ったらいいなあ」
 だれもが理想を持って、一生懸命に子育てに取り組んでいます。ところがなぜかうまく行かないのです。一体どういうわけでしょうか。
 本当は、子どもは実に覚えがいいのです。教えたらきちんと覚え、期待に応えてくれるはずなのです。問題は、お母さんたちの多くが、効果的な教え方というものに気がついていないだけではないでしょうか。

学び方には大きく分けて、2つあります。

第1に、ことばで教えられて学ぶ。

「人に迷惑をかけたときは、あやまりましょうね」
これは学校の授業のようなものです。

第2は、見よう見まねで学ぶ。日常生活の中で覚えるものです。

 私たち日本人の多くは、英語が苦手ですね。ほとんどの人が、3年から6年は学んでいるのにです。しかし、イギリス人やアメリカ人は幼稚園の生徒でも、英語を自由に操るのです。勝負は明らかです。第2の学び方が効率的なのです。
「何度言ったら分かるの?!この前教えたばかりでしょ!」
 確かに教えました。しかしそれは、第1のやり方です。ただしその間に子どもが学んでいたのは、第2のやり方でした。
 お母さん、あなたのなにげない行動が、コピーされていますよ! しかもこのなにげない行動というのが重要なのです。普段の生活における、物事への反応を言っているのです。
「ああ、それなら私、駄目です。自信がありません!」
 確かにそうかもしれません。詩篇の作者はそれを知って、こう言ったのでしょう。
「涙とともに種をまく」
 しかしこの詩は次のように続いています。
「喜び叫びながら刈り取ろう」(詩篇126篇5節)
 良い反応をすることは難しいことです。しかし報いは大きいのです。とりあえずは模範的な反応というものについて述べてみましょう。

第一に、物事への反応。

1.出会った物事への反応。

 少し前に流行った「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という考えかた、大きな問題をはらんだ言い方です。物事の判断を周囲の人々に任せてしまっています。結果には当然責任がないことになります。汚職政治家の「秘書がやった」と同様です。
 このようにして下さい。
 自分の責任において、これは正しいか、正しくないかを判断し、行動する。
 母親がこんなふうに言っているのにぶつかることがあります。
「そんなことをして、お巡りさんに見つかったらどうするの!」
 見つからなければ悪いことをしてもいいのでしょうか。
 お母さん、周囲の目を気にせず、あなたの責任において、行動して下さい。そうすれば責任感のある立派な子に育っていきます。

2.自分に起きた物事への反応。

 夕食時に、ご主人が、
「これ、しょっぱいね!」
 さあ、どうします? 
「いっしょうけんめいに作ったのに!」
 弁明をしますか? お母さん、もしあなたがいさぎよく、
「ごめんなさい!」
 と言えるなら、あなたの愛と経験豊かな助言を、素直に子どもは聞きます。
「この子は素直じゃないのです」
 いえ、素直でないのは、お母さん、あなたなのではありませんか。
「ごめんなさい」のひとことがないから問題が複雑になってきます。

第2に、人への反応。

1.他の人への反応。

 レストランなどで、レジの横に寄付金を求める小さな箱を見かけます。やせ細った、可哀想な子どもの写真が貼ってあります。多くの人が十分に食べて、飲んでそのまま素通りして行きますが、このようなときこそ教えるチャンスです。小銭でいいですから、お母さん、入れてみてください。
「なぜ?」
 気持ちのいい答えができます。思いやりのある親から思いやりのある子が生まれます。どうか皆さん、あなたの出会う人々に思いやりを示して下さい。

2.自分への反応。

 何か嫌なことを経験したとき。叱られたり、事故にあったりするなど、そんなときどのような反応をしているか、自分の心の態度、与え方、行動などをチェックしてみたことがありますか。
 ある人はこう言うのです。「私は悪い星の下に生まれた」「これもまた運命だ」「私は何をやっても駄目!」たとえ良いことがあっても、「たまたまこうなっただけさ!」
 わびしいですね。あきらめ。消極的。なげやり。低いセルフイメージ。自信喪失。これは一種の伝染病であって、子どもにうつります。先ず母親から変わることが必要です。
「私の目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43章4節)
 あなたは自分自身を尊敬しなければなりません。それでこそ自分を尊敬できる立派な子どもを産みだすことができます。自分を尊敬できる者だけが他者を尊敬でき、また愛することができます。
 神さまは偉大です。あなたの愛するお子さんを立派な者に育てて下さいます。責任感ある者に、素直な者に、思いやりのある者に、愛の溢れる者に育ててくださるのです。

 そのためには最後に次のことを知って下さい。子どもを育てるには賜物(能力)が必要です。それは先天的なものと後天的なものの2種類と考えていいでしょう。
 前者は子どもを産むこと、後者は子どもを育てることです。
 私たちの人生の豊かさは後天的なものをいかに開発するかにかかっています。失敗しては、涙を流す。もう一度やってみる。そうして何度かやっているうちにいつの間にか出来るようになる。後天的なものはこの繰り返しの練習にかかっています。失敗にめげず取り組んで下さい。神さまがあなたに子どもを与えて下さったという事実は、大変重いものです。子どもは神さまのものです。あなたのものではありません。
「あなた(神さま)が私の内臓を作り、母の胎のうちで私を組み立てられたからです」(詩篇139編13節)
 神さまがあなたに子どもを託されたことから、神さまのあなたへの信頼を汲みとらなければなりません。「私の大事なこの子をあなたに託します」このように言われているのです。
 その証拠に、あなたが育児という重荷に押しつぶされないように、神さまは一種の保険をかけておられます。幼児期というのは、8か月から1歳半までの間に心に深い傷を受けると分裂病、3才まででは躁鬱病、6才まででは神経症になることがあると言われるほどデリケートな時期です。しかし、6才以降12才までは修正のための期間と言われます。失敗のない子育てはありえませんから、これはリターンマッチと言えるのではないでしょうか。
 神さまの助けと祝福を信じて共に進んでまいりましょう。


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