七河迦南『刹那の夏』と『わたしがいなくなった世界に』を未読の方はお戻りください
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『刹那の夏』と『わたしがいなくなった世界に』の関連

 二か月連続で刊行された七河迦南『刹那の夏』『わたしがいなくなった世界に』の間には、「千夜行」と後日談の「その走り抜けた一瞬」や、「地の涯て」「もう一つの対話」の表裏の関係以外にも、隠された関連が存在します。すでにお気づきの方もいらしゃるかとは思いますが、できるだけ紹介しておきます。

 以下、引用箇所の表示については、『刹那の夏』“A”と、『わたしがいなくなった世界に』“B”と表記します。

「刹那の夏」

 「刹那の夏」に登場した“藤原かなた”“紺野七夏”の正体は、名前のローマ字アナグラム*1で推測できますが、二人が使っているイニシャル入りの真珠色のボールペン(A・9頁/B・307頁)が、いわば“答え合わせ”になっています。

*1: 「刹那の夏/ネタバレ感想」にも書いているように、“HUZIWARA KANATA”と“KONNO NANAKA”のアナグラムです(『わたしがいなくなった世界に』でも、ほぼ一貫してヘボン式ではなく訓令式(→「ローマ字#訓令式の表 - Wikipedia」)が用いられています)。

「魔法のエプロン」

 「もう一つの対話」の最後で、“瑠美、瑠斗”という名前の弟妹からゆっちゃん(B・427頁)と呼ばれる裕美は、「魔法のエプロン」の主役にして“ルミ”(A・123頁)“ルト”(A・125頁)の姉である“ゆっちゃん”(A・134頁)だったことがわかります。

 『わたしがいなくなった世界に』(と「地の涯て」)だけをみると、告発の手紙を送り続ける行為は厳しすぎるように思われる部分もあるかもしれませんが、「魔法のエプロン」母親に“殺された”経験――“ATMのボタンを押したとき、あの人はあたしたちを殺した。”(A・137頁)という“ゆっちゃん”の言葉がそのまま、“結果よりも、殺す意思があったっていう方が悪い”(B・84頁)という考え方につながっている、ということになるでしょうか。

「千夜行」

 「サンクトゥス」で吉野先輩の父親がいう“同級生のゲンヤ(B・202頁)は、「千夜行」で朝乃がいうゲンヤくん”(A・166頁)こと原野将生{まさお}、すなわち吉田理水の父親だと考えられます*2。“ゲンヤ”が演劇に関わっていたこと、さらに当時の劇団で“そんな言葉遊び(注:ローマ字アナグラム)が流行ってた”(B・202頁)ことからすると、かつて“劇団を主宰”(A・173頁)して“ことば遊びの好きな人だった”(A・192頁)朝乃の父・浦戸予志満(反町十友)と、“ゲンヤ”が“顔見知りだった”(A・165頁)というのも納得です。

 さて、当時の劇団関係者として名前が出てくる四人のうち、三人(反町十友に加えて、“狩野三佐子”“吉野宗介”(いずれもB・202頁))までがローマ字アナグラムで変名を作っていたとすると、残る一人も疑いたくなる(?)のが人情。ということで、狩野三佐子や吉野宗介と同じく名字を読み替えてローマ字を並べ替える手法で、“GEN'YA MASAO”から――“本名もあだ名も混ぜこぜにして適当に並べ替えた”(A・283頁)――“NAGASE MAYO”の名前ができあがります*3

 ちなみにこの人物、「刹那の夏」に登場する隆臣の友達・“マサオ”(A・41頁)でもあり*4、また「わたしとわたしの妹」で早乙女先生が言及した“ぼくなんかよりよっぽど優秀な仲間”(A・208頁)でもあるようです*5。残念ながら、「魔法のエプロン」には該当者が見当たらないようですが……。

*2: “ゲンヤ”と付き合うようになったという“よく劇団に出入りしていた高校生の女の子”(B・202頁)が、理水の母・映里でしょうか。
*3: “洋楽とかにも詳しくて”“参考人とかで事情聴取はされた”“怪しげな人たちとの付き合いも結構多くなった”(いずれもA・166頁)といったプロフィールも、“永瀬麻世”に符合します。
*4: “小さい頃は田舎暮らしだったけど、災害に遭って家財を無くしてそこを出てきた”“西の方で震災があった時、急にまた辞めてボランティアに行っちゃった”(A・166頁)
*5: “理系の大学院”(A・166頁/208頁)や、“運に恵まれずいい仕事を逃す”(A・208頁)など。

「わたしとわたしの妹」

 「わたしがいなくなった世界に」の終盤で明かされた亜紀の過去(B・410頁~411頁)をみれば、亜紀が「わたしとわたしの妹」に登場した麻里亜の妹だったことは明らかで、それゆえに、奇しくも(?)発せられたつれてって(A・237頁/B・403頁)という言葉が強く印象に残ります。そして、(「魔法のエプロン」の後の裕美もそうですが)「わたしとわたしの妹」での状態から亜紀が立派に育ってくれたことに、深い感慨を覚えずにはいられません。

 ちなみに、“姉たちの名前から文字をとって亜紀と名付けた”(B・411頁)とされているように、亜紀は麻里里絵から一文字ずつとって名付けられたわけですが、結果として、名前に“Rの文字が入る”(A・223頁)姉たちと違って“R”のない名前になったことが、意味深長に感じられます。

「地の涯て」

 「地の涯て」の“永瀬麻世”は、天堂(兄)の配下と思しきナガセさん(B・97頁・389頁)であり、“自分ももうこの辺りを離れるので”(B・390頁)という言葉どおり、北の果ての町にまでたどり着いて、“わたし”――鷺宮瞭*6と出会った、ということになるでしょう。

 「もう一つの対話」で、“わたし”に送られてくる“あなたはあの人を殺した”(A・276頁)という手紙の裏事情が明かされますが、「地の涯て」の結末で“わたし”が受け取り損ねた“この町での二通目の手紙”は、おそらく特殊な“郵便事情”(B・426頁)のせいで「もう一つの対話」から一年以上程度を経て*7ようやく届いた、“春菜さんが生きている”(B・426頁)という手紙ではないでしょうか。

*6: これは『わたしがいなくなった世界に』を読まなくてもわかると思います。
*7: 「地の涯て」では、事件が起きたのが“二年前”(A・275頁)とされています。