鴛衾暖透更怡融, 墜枕銀釵慢髻鬆。 睡裡依稀傳密語, 歡餘困頓坐春慵。 殘燈影暗宵分帳, 滴漏聲和月午鐘。 堪笑楚襄無福分, 朝雲徒向夢中逢。 |
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無題
鴛衾 暖 透りて 更に 怡融し,
枕より墜つる 銀釵に 慢髻 鬆(ゆる)む。
睡裡 依稀(いき)として 密語を 傳へ,
歡餘 困頓として 春慵に坐す。
殘燈 影は 暗し 宵分の 帳,
滴漏 聲は 和す 月午の 鐘。
笑ふに堪へん 楚襄の 福分 無く,
朝雲に 徒(いたづ)らに 夢中に 向(お)いて 逢ふ。
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◎ 私感註釈
※友野霞舟:江戸時代後期の詩人、儒者。寛政三年(1791年)〜嘉永二年(1849年)。名は。字は子玉。通称は雄助。霞舟は号になる。
※無題:香奩体(婉約詩)の詩を指すことが多い。本サイトでは、婉約体の詩詞は晩唐五代の『花間集』、宋の婉約詞集、(漢魏)六朝の艶体詩『玉台新詠』集、個人では南唐の李U集等がある。この友野霞舟の作品の色濃さは和凝「正是破瓜年幾,含情慣得人饒。」に似ている。
※鴛衾暖透更怡融:カワセミの縫い取りのある夜具では、暖かさが行き渡って、一層よろこびやわらいで、とろけそうになる。男女の情交をいう。 ・鴛衾:カワセミの縫い取りのあるふすま(夜具)。男女が結びつく寝屋のふすま(夜具)。布団。 ・鴛:夫婦仲の良い鳥。鴛鴦。 ・暖透:暖かさが行き渡る。 ・更:一層。 ・怡融:〔いゆう;yi2rong2〕よろこびやわらいでとろけそうになる。 ・怡:〔い;yi2〕よろこぶ。やわらぐ。
※墜枕銀釵慢髻鬆:枕から(髪を束ねていた)銀のカンザシが滑り落ちてしまって、簡単に束ねてあるだけの髪がゆるんで、乱れてしまった。 ・墜枕:枕から落ちる。江戸時代の髷を保護するための背の高い箱枕のための現象。 ・銀釵:銀のカンザシ。 ・釵:〔さい;chai1〕二股のカンザシ。 ・慢髻:緩やかなもとどり。湯上がりで、夜のため簡単に束ねてあるだけの髪。 ・鬆:ゆるむ。ゆるい。髪の乱れているさま。
※睡裡依稀傳密語:眠りながらぼんやりと、みそかごとを伝えた。 ・睡裡:眠っている時に。 ・依稀:〔いき;yi1xi1〕ぼんやりと。かすかに。趙『江樓書感』「獨上江樓思渺然,月光如水水連天。同來翫月人何處,風景依稀似去年。」 ・傳:つたえる。言う。 ・密語:ひそひそ話。内緒話。蛇足になるが、「蜜語」だと、甘い言葉。甘い語らい、になる。
※歡餘困頓坐春慵:愉しみの後のくたびれた感じで、ぐったりとしている。 ・歡餘:愉しみの後。 ・困頓:くたびれる。苦しみ疲れる。 ・坐:すわる。 ・春慵:春の情のものうさ。 ・慵:春のものうい。おっくう。
※殘燈影暗宵分帳:消えかかった灯火のために、真夜中のとばりの中は、暗い。 ・殘燈:油が切れてきたり、蝋がなくなって、消えかかっている灯火。火を点けてから、時間が経ったことをいう。時間の経過の表現。 ・影暗:影がより暗くなった。 ・宵分:真夜中。 ・帳:とばり。
※滴漏聲和月午鐘:水時計の音と、寺の鐘の音がいっしょになって。 ・滴漏:水時計の音。漏刻の音。夜も更けたことをいう。 ・聲和:音が一緒になる。 ・月午:夜半。月が南中で南の空高く上がっている時。夜中。 ・鐘:寺の鐘の音。
※堪笑楚襄無福分:楚の襄王のような幸運は無くて、お笑いだが。 ・堪笑:笑うに堪える。 ・楚襄:楚の襄王のこと。宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」のこと。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。晩唐の韋莊の『清平楽』「何處遊女,蜀國多雲雨。雲解有情花解語,地綉羅金縷。」 にも詠われている。 ・福分:幸運。
※朝雲徒向夢中逢:朝方の雲が出る時間なのに、いたずらに夢の中で逢おうとしている。 ・朝雲:前出宋玉のいう、襄王と関係した神女の一つの姿。白居易に『花非花』「花非花,霧非霧。夜半來,天明去。來如春夢幾多時?去似朝雲無覓處。」 というのがある。 ・徒:いたづらに。 ・向:…にて。…で。介詞。「於」と似た働きをする。 ・夢中:夢の中で。 ・逢:行きあう。
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◎ 構成について
韻式は「AAAAA」。韻脚は「融鬆慵鐘逢」で、平水韻上平一東(融)二冬(鐘逢慵鬆)。次の平仄はこの作品のもの。
○○●●●○○,(韻)
●●○○●●○。(韻)
●●○○○●●,
○○●●●○○。(韻)
○○●●○○●,
●●○○●●○。(韻)
○●○○○●●,
○○●●●○○。(韻)
平成16.4.4 4.5完 平成28.5.4補 |
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