乾坤無地卓孤筇, 喜得人空法亦空。 珍重大元三尺劍, 電光影裡斬春風。 |
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虜に示す
乾坤(けんこん) 地の 孤筇(こきょう)を 卓(た)つる 無し,
喜び得たり 人 空(くう)にして 法も亦(ま)た 空なるを。
珍重す 大元 三尺の劍,
電光 影裡 春風を 斬る。
◎ 私感註釈 *****************
※無学祖元:鎌倉時代に来日した南宋の臨済宗の僧。1226年(南宋:寶慶二年 ・ 日本:嘉禄二年)〜1286年(元:至元二十三年 ・ 日本:弘安九年)。無学派の祖。字は子元。無學は号になる。明州慶元府の人。勅諡は仏光禅師、円満常照国師。弘安三年、北条時宗の招きで来日し、建長寺の住持となり、円覚寺を開山した。
※示虜:えびすに示す。元軍の兵士に示す。この作品は作者の中国時代の偈。元軍の兵士が、無学祖元の居る温州の能仁寺に攻め寄せた時、独り無学祖元は逃げることなく、泰然自若としていた。元軍の兵士は刀を突きつけた時、無学祖元はこの偈を倡えた。すると元の兵士は懼れ畏まって拝礼して去ったという。東晋の僧肇の『臨刑偈』「四大元無主,五陰本來空。將頭臨白刃,猶似斬春風。」と同じ思想の持ち主であることがよく分かる。なお、わたしは仏教のことは分からないので、文字の義を追っての解釈にすぎないことにご注意。 ・示:詩を目下の者のために作り、示す。 ・虜:異人種を貶めての呼称。胡虜、韃虜。また、捕らわれた人。ここでは、前者の意。
※乾坤無地卓孤:天地の間には、一本の竹の杖を立てるところもない。天地の間には、わたしの居場所は無くなってしまった。 ・乾坤:〔けんこん;qian2kun1○○〕天地。「乾坤」は「天地」に比べて抽象的、概念的な使われ方をする。また、前者は○○であって、後者は○●なので●●とするところに使われる。ここは○○とするところで「乾坤」が好ましい。また「無地」と続くので、「天地」は避けた方がよい。 ・卓:〔たく;zhuo2●〕立てる。他より高く立てる。抜きんでる。 ・卓孤:ひとりで竹の杖をついて、托鉢や修行をするさまをいう。 ・孤:一本の竹の杖(つえ)。 ・:〔きょう;qiong2○〕竹の杖(つえ)。
※喜得人空法亦空:人とは空であり、仏法もまた空であることが分かって、うれしいことだ。 ・喜得:喜ばしいことに。 ・−得:形容詞の後に附き、程度、結果を表す。「〔喜〕得〔人空法亦空〕」(「人空法亦空」であることが分かって「喜」であることだ。 ・空:空(くう)である。用言として使われている。天地の間の一切の事物は、すべて因縁より起こるものであって、その実体も自性もないとする考え。 ・法:仏法。仏の説いた教え。 ・亦:…もまた。
※珍重大元三尺劍:大元の三尺の宝劍を大切になされよ。 ・珍重:〔ちんちょう;zhen1zhong4○●〕結構である。珍しくて大切である。 ・大元:モンゴル民族が建てた王朝。 ・三尺劍:長剣。
※電光影裡斬春風:(わたしを斬ることは、)いなびかりが閃(ひらめ)く一瞬のうちに、春風を斬るようにたやすく斬ることができるのだから。 ・電光影裡:いなびかりが閃(ひらめ)く一瞬に。 ・電光:いなびかり。いなずま。 ・斬春風:春風を斬るように容易に斬る。たやすく斬る。
◎ 構成について
韻式は「AAA」。韻脚は「空風」で、平水韻上平一東。次の平仄は、この作品のもの。
○○○●●○○,(韻)
●●○○●●○。(韻)
○●●○○●●,
●○●●●○○。(韻)
平成17.10.15 10.16 |
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