天有愁兮地有難, 涙潸潸兮地紛紛。 醒一笑兮夢一痕, 人間三十六春秋。 |
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絶命詞
天に 愁ひ 有りて 地に 難 有り,
涙 潸潸(さんさん)として 地 紛紛(ふんぷん)たり。
醒(さ)めて 一笑すれば 夢 一痕,
人間 三十六 春秋。
◎ 私感註釈 *****************
※西田税:国家主義者。明治三十四年(1901年)〜昭和十二年(1937年)鳥取県の人。幼年学校、陸軍士官学校、陸軍大学を経て任務に就く。後、病気で退役。北一輝の日本改造法案大綱に深く共鳴する。維新同志会を結成して急進青年将校らの結合の中心となった。二・二六事件で、その精神的支柱と看做され、事件鎮圧後に逮捕。軍法会議で、北一輝とともに死刑判決を得、処刑さる。西田税には『爲國』「同盟叛兮吾可殉,同盟誅兮吾可殉。幽囚未死秋欲暮,染血原頭落陽寒。」がある。
※絶命詞:2・26事件後に逮捕され、軍法会議で死刑判決を受ける前のもの。この作品は、押韻や平仄については考えを致していないが、想いや志を表した獄中での無念の絶命詞。その意味では『懷風藻』に遺されている大津皇子の『臨終』「金烏臨西舎,鼓聲催短命。泉路無賓主,此夕離家向。」を想起する。
※天有愁兮地有難:天は愁いを帯びており、地上には災難が起こっている。 ・天:神。運命。天帝。 ・有:…がある。 ・愁:悲しみ。愁(うれ)い。 ・兮:〔けい;xi1○〕詩歌で語調をととのえ、強めるため、節奏の切れ目の部分に現れる辞。詩が歌われていた時代、音楽リズムや語調を調えるために使われる。騒体を始めとした『楚辞』や上代詩に多く見られる。 ・地:地上。人の世。 ・難:〔なん;nan4●〕災難。わざわい。名詞で●。
※涙潸潸兮地紛紛:(非業の死を遂げた同志の最期の報に接して)涙がはらはらと流れ落ちて、地上は(かくも)紛糾している。 ・涙:同志の刑死を悼む涙。 ・潸潸:〔さんさん;shan1shan1◎◎〕涙が流れるさま。ここは「潛潛」〔せんせん;qian2qian2○○〕としてあったが、果たして「潛潛」という語はあるのか。恐らく「潸潸」を見誤ったものであったろうと推察して、改めた。 ・紛紛:〔ふんぷん;fen1fen1○○〕入りみだれる。混乱している。或いは、桜田門の変を詠った村上佛山の「落花紛紛雪紛紛,踏雪蹴花伏兵起。白晝斬取大臣頭,噫時事可知耳。落花紛紛雪紛紛,或恐天下多事兆於此。」 を思っていたのかも知れない。
※醒一笑兮夢一痕:(昭和維新の夢から)覚めて、夢の跡を軽く笑いとばそう。 *明治・中江兆民の『病中得二首之二』に「西風終夜壓庭區,落葉撲窗似客呼。夢覺尋思時一笑,病魔雖有兆民無。」とある。 ・醒:〔せい;xing3◎〕夢から覚(さ)める。めざめる。酒の酔いからさめる。後出・明智光秀の『辭世』「五十五年夢,覺來歸一元。」とあるのに同じ。 ・一笑:軽く笑う。笑いぐさにしてしまって、問題としないこと。 ・夢一痕:夢の跡。一場の夢。松尾芭蕉の「夏草や兵どもが夢のあと」や『南柯記』を聯想してしまう。 ・夢:句の前半と結びつければ「昭和維新」、詩の後半と結びつければ「人生」の意となる。前者の場合は、挫折感が甚だしい。前者の例に、安土時代・明智光秀の『辭世』「順逆無二門,大道徹心源。五十五年夢,覺來歸一元。」があり、後者の例には、盛唐・李白の『春日醉起言志』に「處世若大夢,胡爲勞其生。所以終日醉,頽然臥前楹。覺來盼庭前,一鳥花間鳴。借問此何時,春風語流鶯。感之欲歎息,對酒還自傾。浩歌待明月,曲盡已忘情。」がある。
※人間三十六春秋:この三十六年の人生を。 ・人間:〔にんげん(じんかん);ren2jian1○○〕「じんかん」と読んで「世間、現世」の意で使うことが多いが、ここでは、「にんげん」のことになろうか。『信長公記』の敦盛の舞「人間(にんげん)五十年、下天(げてん)の内をくらぶれば、夢幻(ゆめまぼろし)の如くなり。一度(ひとたび)生を得て、滅せぬ者のあるべきか。」を聯想することばである。 ・三十六:西田税が刑死した時の年齢。彼にとっての生涯。 ・春秋:年月。歳月。星霜。年齢。
◎ 構成について
押韻はない。平仄には配慮していない。ただ、作者は、幽囚の身であるという特殊な環境の下で、或いは、押韻だけは考えていたのかもしれない。韻脚は第一句、第二句、第四句末に、正格の平水韻ではないが、現代日本語韻で「難」「紛」「痕」と、ふんでいたのかも知れない。その場合、本来「天有愁兮地有難,涙潸潸兮地紛紛。人間三十六春秋,醒一笑兮夢一痕。」であったのが、詩意の明確化のために、現状のように誤伝されたのかとも考えられる。次の平仄は、この作品のもの。
○●○○●●●,
●○○○●○○。
◎●●○●●●,
○○○●●○○。
平成17.10.15 10.16完 平成18. 2.26補 平成22.11.15 |
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