長風破浪一帆還, 碧海遙回赤馬關。 三十六灘行欲盡, 天邊始見鎭西山。 |
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赤馬關に 過(よ)ぎる
長風 浪を破りて 一帆 還(かへ)り,
碧海 遙かに回(めぐ)る 赤馬關(あかまがせき)。
三十六灘(だん) 行(ゆくゆ)く 盡(つ)きんと欲す,
天邊 始めて見る 鎭西(ちんぜい)の山。
◎ 私感註釈 *****************
※伊形霊雨:江戸時代中期の儒者、詩人。延享二年(1745年)〜天明七年(1787年)。名は質。字は大素。通称は荘助。霊雨は号になる。肥後 (現・熊本県) の人。
※過赤馬關:赤間関を過ぎる。この作品は、京都の遊学先より故郷の熊本に帰る際、赤間関を通った際の感興を船上でうたったものになろう。恐らくその航程は、瀬戸内海からその周防灘へ、関門海峡へ入って、赤馬関を通り、九州北部の響灘へ出て、玄界灘、壱岐水道へと辿り、長崎から熊本へと帰ったか。或いは陸路山陽道を通り、下関→小倉の間を舟に乗り、長崎道を通って帰ったか。「天邊始見鎭西山」からは、周防灘や下関側からの九州の山を眺望した様子が覗える。 ・赤馬關:現・山口県下関市の古称。
※長風破浪一帆還:遠くから吹き寄せる風(を受けて)勢いよく波を割り、一隻の帆掛け船が戻ってゆく。 ・長風:遠くから吹き寄せる風。 ・破浪:波を割って。船が勢いよく進むさまの表現。 ・一帆:一隻の帆掛け船。ここでは、作者乗った船のことになる。 ・還:かえる。出かけていた先からもどる。Uターンして向きをかえてもどる。「かえる」と読む字に「歸」があるが、「還」と「歸」との違いは、、「還」は〔くゎん;huan2○〕出かけていた先からもどる。Uターンして向きをかえてもどる意で、「歸」〔き;gui1○〕本来いるべき場所(自宅、故郷、墓所など)にかえる。ここでの「還」の用法である「還ク」「歸ク」の意は、ともに可。ここの「還」字は韻脚でもある。
※碧海遙回赤馬關:青緑色の海を遥かにめぐってきて、赤間関に回航しようとしている。 ・碧海:青緑色の海。青い海。李白の『哭晁卿衡』に「日本晁卿辭帝都,征帆一片遶蓬壺。明月不歸沈碧海,白雲愁色滿蒼梧。」 とある。王維は『送祕書晁監還日本國』「積水不可極,安知滄海東。九州何處遠,萬里若乘空。向國惟看日,歸帆但信風。鰲身映天K,魚眼射波紅。ク樹扶桑外,主人孤島中。別離方異域,音信若爲通。」と表現する。 ・遙:はるかな。遠い道のりを謂う。 ・回:かえる。めぐらす。めぐる。もどる。航海の行(航行、回航)を指すとも、赤間が関へ寄港ともとれる表現。
※三十六灘行欲盡:多くの流れの速い難所も、もう間もなく終えようとしている。 ・三十六灘:多くある流れの速い難所。 ・三十六:実際の数値ではなく、多数を謂う表現。「三十六計」「三十六般」…とある。蛇足になるが、孫悟空は「七十二般」の天。木蘭は「十二年、十二轉」。孫光憲の『謁金門』に「留不得。留得也應無益。白紵春衫如雪色。揚州初去日。 輕別離,甘抛擲。江上滿帆風疾。卻羨彩鴛三十六,孤鸞還一隻。」 とあり、北宋・王安石の『題西太一宮壁』に「柳葉鳴蜩壕テ,荷花落日紅酣。三十六陂流水,白頭想見江南。」とある。 ・灘:〔たん(だん);tan1○〕せ。早瀬。水が浅く急流で舟の難所。 ・行:ゆくゆく。やがて。短時間の経過後…になろうとする。≒行将。将然形を表す。 ・欲盡:尽きようとしている。終わろうとしている。
※天邊始見鎭西山:大空の涯に、やっと九州の山が見えてきた。 ・天邊:大空のはて。≒天際。なお、「天邊」は本来「○○」とすべきところに使い、「天際」(○●)は「●●」とすべきところで使う。晩唐・韋莊の『女冠子』に「四月十七,正是去年今日。別君時。忍涙佯低面,含羞半斂眉。 不知魂已斷,空有夢相隨。除卻天邊月,沒人知。」 とあり、老舍の『奈良三笠山』には「阿倍當年思奈良,至今三笠草微黄。ク情莫問天邊月,自有櫻花勝洛陽。」 と使う。李白の『黄鶴樓送孟浩然之廣陵』「故人西辭黄鶴樓,煙花三月下揚州。孤帆遠影碧空盡,惟見長江天際流。」や、柳永の『鳳棲梧』「竚倚危樓風細細。望極春愁,黯黯生天際。草色煙光殘照裏。無言誰會凭闌意。」 や、 ・始見:やっと見える。 ・始:〔し;shi3●〕やっと。はじめて。 ・鎭西:九州を謂う。鎮西府や鎮西奉行、鎮西守護が九州筑紫郡(現・福岡県)に設置されたことによる。
◎ 構成について
韻式は「AAA」。韻脚は「還關山」で、平水韻上平十五刪。次の平仄はこの作品のもの。
○○●●●○○,(韻)
●●○○●●○。(韻)
○●●○○●●,
○○●●●○○。(A韻)
平成18.5.26 5.27 |
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