後漢末・孔融
遠送新行客,
歳暮乃來歸。
入門望愛子,
妻妾向人悲。
聞子不可見,
日已潛光輝。
孤墳在西北,
常念君來遲。
褰裳上墟丘,
但見蒿與薇。
白骨歸黄泉,
肌體乘塵飛。
生時不識父,
死後知我誰。
孤魂遊窮暮,
飄颻安所依。
人生圖孠息,
爾死我念追。
俛仰内傷心,
不覺涙霑衣。
人生自有命,
但恨生日希。
|
*******************
。
雜詩
遠く 新行の客を送り,
歳暮 乃ち來り歸る。
門に入りて 愛子を望むに,
妻妾 人に向かひて悲しむ。
聞く 子 見ゆる可からざるを,
日 已に 光輝を潛む。
孤墳 西北に在り,
常に 君の來ること遲きを念ふ。
裳を褰げて 墟丘に上るに,
但だ 蒿と薇とを見るのみ。
白骨は 黄泉に歸し,
肌體は 塵に乘じて飛ぶ。
生時 父を識らず,
死後に 我の誰なるを知らんや。
孤魂 窮暮に遊び,
飄颻として 安にか依る所なる。
人生 孠息を圖るに,
爾 死して 我 念ひ追ふ。
俛仰して 内に心を傷ましめ,
覺えず 涙は 衣を霑す。
人生 自づから 命 有り,
但だ 生日の希なるを 恨む。
******************
◎ 私感訳註:
※孔融:後漢末の文学者。建安七子の一。153年(永興元年)〜208年(建安十三年)。字は文挙。魯国(現・山東省に属す)曲阜の人。孔子二十世の子孫で、若くして名を知られた。剛直で敢えて直言し、屡々曹操の忌諱に触れた挙げ句、「倫を敗り理を乱す」の罪名で殺害された。
※雑詩:雑多な詩。いろいろな詩。 *家を空けていた間に、子どもが亡くなっていたことの悲しみを詠った詩。
※遠送新行客:(旅行慣れをしていない)初めて旅立つ者を遠くまで(共に旅行するかたちで)、途中まで送り届けて。 ・遠送:旅立つ者を、共に旅行するかたちで、途中まで送り届ける。 ・新行客:(旅行慣れをしていない)初めて旅立つ者。
※歳暮乃来帰:年の暮れになって、帰って来た。 ・歳暮:〔さいぼ;sui4mu4●●〕年末。年の暮れ。 ・乃:〔だい(ない);nai3●〕そこで。すなわち。 ・来帰:〔らいき;lai2gui1○○〕帰って来る。また、頼って来る。離婚されて、実家に帰る。ここは、前者の意。
※入門望愛子:門を入って、愛(いと)し子をのぞみ見(ようとしたが)。 ・入門:戸口に入ってくる。晉・陶淵明の『歸去來兮辭』中の入門の表現は「乃瞻衡宇,載欣載奔。僮僕歡迎,稚子候門。三逕就荒,松菊猶存。攜幼入室,有酒盈樽。」とある。後世、中唐・元稹の『得樂天書』で「遠信入門先有涙,妻驚女哭問何如。尋常不省曾如此,應是江州司馬書。」とある。 ・望:のぞみ見る。待ちのぞむ。 ・愛子:いとしご。
※妻妾向人悲:妻や妾(めかけ)は、主人(=作者)に向かって悲しげであった。 ・妻妾:〔さいせふ:qi1qie4○●〕つまとめかけ。正妻と側室。 ・人:ここでは、作者=主人のことになる。
※聞子不可見:(妻妾から)聞けば、「子どもには会うことができません」と。 *「遠送新行客,歳暮乃來歸。入門望愛子,妻妾向人悲。聞『子不可見,日已潛光輝。孤墳在西北,常念君來遲。』褰裳上墟丘,但見蒿與薇。白骨歸黄泉,肌體乘塵飛。生時不識父,死後知我誰。孤魂遊窮暮,飄颻安所依。人生圖孠息,爾死我念追。俛仰内傷心,不覺涙霑衣。人生自有命,但恨生日希。」青字部分が妻妾の言になる。 ・聞:きく。誰が聞くのか、【わたし=子の父=作者】なのか、それとも【あなた(=夫=作者】なのか。意味がやや変わってくる。 ・子:前出・「子」に同じく「我が子(こ)」を指す。「子」は子(し)と読んで、「あなた」の意もあるが、「あなた」の意は後出・「常念君来遅」の如く、「君」と表されている。この「子」を「あなた=夫=作者」ととれば、「あなた(=夫)にお目にかかれないのを聞いて」となり、「『聞子不可見,日已潛光輝。孤墳在西北,常念君來遲。』と「聞」も伝聞の中に含まれる。 ・不可:…ことができない。…べからず。不可能、禁止の表現。 ・見:まみえる。会う。
※日已潜光輝:「太陽(=子ども)は、とっくに輝きを潜(ひそ)めてしまいました」と。 *愛児が死亡したことの隠喩の句。妻妾側の言。 ・日:太陽であるが、愛児のことでもある。 ・已:〔い;yi3●〕とっくに。すでに。 ・潜:〔せん;qian2○〕ひそめる。かくれる。 ・光輝:かがやき。ひかりかがやく。ここは、前者・名詞の意。
※孤墳在西北:「(子どもの)ぽつんとひとつだけの墓は、西北にあり」。 ・孤墳:一つだけぽつんとある墓。 ・在:…にある。 ・西北:墓地のある方位で、負のイメージや陰鬱な雰囲気の漂う方角でもある。魏・曹植『白馬篇』に「白馬飾金羈,連翩西北馳。借問誰家子,幽并遊侠兒。少小去ク邑,揚聲沙漠垂。」とある。『列子・湯問』に「(女補天の故事の後)其後共工氏與爭爲帝,怒而觸不周之山,折天柱,絶地維;故天傾西北,日月星辰就焉;地不滿東南,故百川水潦歸焉。」とあり、東南が低くなっていることが分かる。『楚辭・天問』に「墜何故以東南傾?九州安錯?」と同じく東南側が下がり、川が注いでいくことをいう。昔聞洞庭水,今上岳陽樓。呉楚東南坼,乾坤日夜浮。親朋無一字,老病有孤舟。戎馬關山北,憑軒涕泗流。清末・孫文が「半壁東南三楚雄,劉カ死去霸圖空。尚余遺艱難甚,誰與斯人慷慨同。塞上秋風悲戰馬,~州落日泣哀鴻。幾時痛飮黄龍酒,攬江流一奠公。」として使っている。
※常念君来遅:「あなた様(=主人=作者)がいらっしゃるのが遅く、ずっと思い続けてきました」と。 ・念:いつも思う。心の中にじっと思っていて思いが離れない。胸にもつ。覚えている。心にかたくとめておく意。 ・君:あなた。作者である主人を指す。 ・遅:(動きが)おそい。ぐずぐずして(おそい)。のろのろして(おそい)。これらのように、動作がゆっくりとしている状態を謂う。なお、蛇足になるが、「晩」=「おそい」は、時期おくれ、タイミングが(ずれて)おそい。おそくなって日が暮れる意で、時間的に後(あと)になったさまを謂う。
※褰裳上墟丘:(わたしは)衣服の裾(すそ)を持ち上げて墓山に登った。 ・褰:〔けん;qian1○〕(衣を)からげる。すそを持ち上げる。持ち上げる。ちぢめる。 ・裳:〔しゃう;shang1○〕もすそ。も。したばかま。ここでは、作者である主人の衣服のすそのことになる。 ・墟丘:〔きょきう;xu1qiu1○○〕あれはてた地。おか。丘陵。
※但見蒿与薇:(墓山には、)ただ蒿(こう:くさよもぎ)と薇(び:のえんどう)が見えるだけで(『蒿里曲』や『蒿里行』といった葬送の音楽や命の尽きる悲しみをうたった『采薇歌』を聯想させる)。 ・但見:ただ…だけが見える。 ・蒿:〔かう;hao1○〕よもぎ。くさよもぎ。漢・樂府の『蒿里曲』「蒿里誰家地,聚斂魂魄無賢愚。鬼伯一何相催促,人命不得少踟蹰。」や魏・曹操の『蒿里行』「關東有義士,興兵討群凶。初期會盟津,乃心在咸陽。軍合力不齊,躊躇而雁行。勢利使人爭,嗣還自相。淮南弟稱號,刻璽於北方。鎧甲生虱,萬姓以死亡。白骨露於野,千里無鷄鳴。生民百遺一,念之斷人腸。」を暗示させるもの。蒿里曲:〔かうりきょく;hao1li3qu3〕とは、士大夫や平民の葬送の際の歌。殯(もがり)の時に歌う。蒿里の本来の意は、泰山の南にある山の名。人が死ぬと魂がここに来るということに因る。墓地のこと。なお、貴人の葬送には『薤露歌』「薤上露,何易晞。露晞明朝更復落,人死一去何時歸。」を歌う。 ・与:〔よ;yu3●〕…と。 ・薇:〔び;wei1○〕のえんどう。ぜんまい。殷末周初・伯夷に『采薇歌』「登彼西山兮,采其薇矣。以暴易暴兮,不知其非矣。神農虞夏,忽焉沒兮,吾適安歸矣!吁嗟徂兮,命之衰矣!」を暗示していよう。
※白骨帰黄泉:白骨は、黄泉(よみ=こうせん=死者が行く所)に帰っていき。 ・歸:〔き;gui1○〕かえる。本来の居場所である自宅や郷里、祖国、墓所へもどる時に使う。 ・黄泉:地下のいずみ。死者が行く所。よみじ。
※肌体乗塵飛:肉体も、塵(ちり)によって飛んで行った。 ・肌体:〔きたい;ji1ti3○●〕からだ。肢体。また、組織。ここは、前者の意。
※生時不識父:生まれた時には、(父が不在のため)父を見知ることなく。 ・生時:生まれた時。 ・不識:見分けが付かない。東晉・陶淵明の『責子』に「白髮被兩鬢,肌膚不復實。雖有五男兒,總不好紙筆。阿舒已二八,懶惰故無匹。阿宣行志學,而不好文術。雍端年十三,不識六與七。通子垂九齡,但覓梨與栗。天運苟如此,且進杯中物。」とあり、列子の『康衢謠』に「立我蒸民。莫匪爾極。不識不知。順帝之則。」とある。 ・識:見知る。見分ける。
※死後知我誰:死んだ後では、一体誰がわたし(=父=作者)のことが分かろうか。 ・知:分かる。 ・我:ここでは、作者=主人のことを指そう。また、自我。自己、のことともとれる。前者の場合「死後、どうしてわたし(=作者・主人・父)のことがわかろうか」であり、後者の場合は「死後、どうしてわたし(自分自身=こども)が誰なのかわかろうはずがない」となる。 ・知我誰:誰がわたしを知ろうか。(我の誰なるを知らんや)上代漢語の語法に則った疑問文の表現の様式。秦末漢初の項羽の『垓下歌』「力拔山兮氣蓋世,時不利兮騅不逝。騅不逝兮可奈何,虞兮虞兮奈若何。」(「奈若何」:あなたをどのようにしよう。「奈何」の間に人称代詞の「若」が入る。また、漢・『樂府』『箜篌引』「公無渡河,公竟渡河。墮河而死,當公何。』がある。)より現代語風の表現にすれば、「誰知我」((誰か我を知らん)。
※孤魂遊窮暮:離れていった(子どもの)たましいは、黄泉路(よみじ)をさまよい。 ・孤魂:ひとりぼっちのたましい。一つだけぽつんと離れたたましい。ここでは、愛児のたましいを指す。 ・遊:(肉体から)遊離する。 ・窮暮:「窮泉」のことか。泉下。墓の中。また、「窮陰」冬の末。なお、窮暮を「窮陰」のこと(冬の末)ととれば、季節的に前出・「蒿与薇」との整合性に苦しむ。(ただし、「蒿」「薇」は墓地の常套的な表現ととらえれば、季節にとらわれなくて済むが…)。
※飄颻安所依:ひるがえり動いて、どこでやすまることなのやら。 ・飄颻:〔へうえうpiao1yao2○○〕風に翻(ひるがえ)る。飛びあがる。=飄搖〔へうえうpiao1yao2○○〕。 ・安:どこに。いずくにか。また、どうして。いずくんぞ。ここは、前者の意。 ・所−:…ところ。動詞の前に附き、その動詞を名詞化する働きがある。 ・依:〔い;yi1○〕よる。たよる。また、やすんじる。後者の意では:〔い;yi3●上声〕。ここは韻脚(平水韻でいえば上平五微)なので、前者の意。
※人生図嗣息:人としてこの世に生きる(かぎり、)跡継ぎの息子を儲(もう)けようと、思い図るものだが。 ・人生:人としてこの世に生きること。また、人の一生。ここは、前者の意のSV構文のところ。 ・図:はかる。 ・孠息:〔しそく;si4xi1●●〕跡継ぎの子。嫡子。跡継ぎの子息。=嗣息。「孠」は「嗣」の古字。
※爾死我念追:おまえが死んだ(ため、)わたしは追想に(耽(ふけ)り)。 ・爾:〔じ;er3●〕おまえ。なんじ。亡くなった子ども(「子」「息」)を指す。
※俯仰内傷心:うつむいたり、あおいだりしてはたちまちの間に、心の中をいため。 ・俛仰:〔ふぎゃう;fu3yang3●●〕=「俯仰」:うつむいたり、あおいだり。「俯仰之間」の意では、たちまちの間、少しの間、という短時間を表す。魏〜西晋・張華の『壯士篇』に「天地相震蕩,回薄不知窮。人物稟常格,有始必有終。年時俯仰過,功名宜速崇。壯士懷憤激,安能守虚沖。乘我大宛馬,撫我繁弱弓。長劍九野,高冠拂玄穹。慷慨成素霓,嘯咤起C風。震響駭八荒,奮威曜四戎。濯鱗滄海畔,馳騁大漠中。獨歩聖明世,四海稱英雄。」とあり、阮籍の『詠懷詩』に「朝陽不再盛,白日忽西幽。去此若俯仰,如何似九秋。」とある。忽西幽。」とある。 ・俛:〔ふ;fu3●〕ふせる。首をたれる。うつむく。=俯:〔ふ;fu3●〕ふせる。うつむく。うなだれる。 ・傷心:心をいためる。
※不覚涙霑衣:いつの間にか、涙で衣(ころも)を濡らしてしまう。 ・不覚:知らず知らずのうちに。つい。うっかりと。おぼえず。 ・霑:〔てん;zhan1○〕うるおす。湿らす。また、うるおう。湿る。ここは、前者の意。蛇足になるが、現代語でもよく使われる動詞で「お刺身を醤油に(/を)つけて食べる」という場合の「つける」は“霑”。
※人生自有命:人生には、おのずと天命(=天寿)というものがある(ものの)。 ・自:自然と。おのずから。 ・有命:天命というものがある。天命で決まっている。南朝・宋・鮑照の『擬行路難』に「瀉水置平地,各自東西南北流。人生亦有命,安能行歎復坐愁。酌酒以自ェ,舉杯斷絶歌路難。心非木石豈無感,呑聲躑躅不敢言。」とある。 ・有:持っている。ある。 ・命:天命。寿命(じゅみょう)。運命。
※但恨生日希:命ある日々が少ないことは、ただうらめしいばかりだ。 ・但恨:ただうらめしいのは。 ・恨:残念に思う。うらむ。 ・生日:生きている時。命ある日々。蛇足になるが、現代語では、誕生日の意。 ・希:ほとんどない。まれ。うすい。しだいにやむ。
◎ 構成について
韻式は「AAAAAAAAAAA」。韻脚は「歸悲輝遲薇飛誰依追衣命希」で、平水韻でいえば、上平五微(歸輝薇飛希依衣)と上平四支(悲遲誰追)。次の平仄はこの作品のもの。
●●○○●,
●●●○○。(韻)
●○◎●●,
○●●○○。(韻)
◎●●●●,
●●○○○。(韻)
○○●●●,
○●○○○。(韻)
○○●○○,丘
●●○●○。(韻)
●●○○○,
○●○○○。(韻)
○○●●●,
●●○●○。(韻)誰
○○○○●,
○○○●○。(韻)
○○○●●,
●●●●○。(韻)
●●●○○,
●●●○○。(韻)
○○●●●,
●●○●○。(韻)
2010.12. 5
12. 6
12. 7
12. 8
12. 9
12.10
12.11
12.12
12.13
12.14
|
次の詩へ
前の詩へ
「先秦漢魏六朝・詩歌辞賦」メニューへ戻る
**********
玉臺新詠
陶淵明集
辛棄疾詞
陸游詩詞
李U詞
李清照詞
花間集
婉約詞集
豪放詞集・碧血の詩篇
歴代抒情詩集
秋瑾詩詞
天安門革命詩抄
扶桑櫻花讚
毛主席詩詞
読者の詩詞
碇豊長自作詩詞
豪放詞 民族呼称
詩詞概説
唐詩格律 之一
宋詞格律
詞牌・詞譜
詞韻
詩韻
参考文献(宋詞・詞譜)
参考文献(詩詞格律)
参考文献(唐詩・宋詞)
|
わたしの主張